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アルトの回想1

僕が初めて姉上に合ったのは6歳の頃だ。父上が再婚される女性の連れ子ということだった。

姉上は美しい少女だった。8歳と聞いていたが、緩く波打つ茶色い髪にぱっちりと大きなサファイアのような瞳。配色はこの国で最も多いありふれた色合いだが、ツンとした小ぶりな鼻もぷっくりとした柔らかそうな薔薇色の唇も、人形のように整った美しい少女。僕は一瞬で心奪われた。こんな美しい人が僕の姉になる…そう思っただけで甘い気持ちで胸がいっぱいになった。思えば一目惚れの初恋だったのだろう。

姉はその可憐な唇を開くと僕に向かってこう言った。


「まあ、なんて奇妙な瞳の色なのでしょう。とっても目障りだわ。(訳:変わった瞳をしているのね。綺麗でよく目立つわ。)」


侮蔑に満ちた口調だった。

パリーンと僕の初恋が出会って数秒で砕け散る音が聞こえた。このオッドアイは僕にとってコンプレックスの一つだった。とりたてて醜いと感じたことはないが、周囲にこんな瞳をした人間など居ないし、どこへ行ってもヒソヒソくすくす言われる。もしかしたら好意的な意見もあったのかもしれないが、ヒソヒソやられては傷付くだけだ。一番触れられたくないところを面と向かって悪し様に言われて傷付いた。

父上と新しい母上は愛し合っているし、もうこの少女が僕の姉になってしまうのは確定しているのだが、顔を見る度、思い出して傷付くので出来れば近寄りたくない気持ちだ。

なのにもかかわらず、姉上は僕を見る度寄ってきて暴言を吐く。


「今日も一日書庫で本を読んでいたのですってね?将来軟弱になること請け合いですわ。(訳:読書もいいけれど、体も動かさないと健康に悪いですわよ?)」


嫌味っぽくネチネチと僕を甚振る。


「放っておいてください。きちんと運動もします。」

「あらあら。運動するのは良いですが、筋肉痛で泣かないでくださいましね。みっともないから。(訳:運動頑張ってね。でも根を詰めすぎちゃダメよ?)」

「姉上こそ人のことを言えるのですか?」

「ほほほ。わたくしは常に精進してますことよ。上に立つものとして。(訳:アルトのお姉ちゃんとして恥ずかしくないよう頑張ってるよ!)」


姉は宣言通り勉強や運動に手を抜かない人なので僕は悔しい気持ちになる。成績の方は家庭教師にもよく褒められているのを知っている。家庭教師は性格の方は評価しないらしく「ロレッタお嬢様の様になってはいけませんよ。」と僕に言ってくる。僕は姉上が大嫌いだが、面と向かって悪く言われるのもいい気持がしなくて「姉上を悪く言うな!」と家庭教師に抗議した。


「あら、お父様。アルコールの飲み過ぎで中年太りになったのではなくて?(訳:飲み過ぎは体に悪いですよ。)」

「そうかもしれんなあ。気をつけよう。」


父上も母上も姉上が何を言ってもにこにこと聞き流している。揃って食べる夕食時も姉上の暴言は止まらない。


「ロレッタちゃん、新しい枕にしたでしょう?具合はどう?」

「まあまあですわね。(訳:とってもいいですわ。)」


職人が精魂込めた最高作品であることを知っている僕としては「まあまあ」などと評する姉上に悪感情が湧く。


「アルト。眉間にしわが寄ってましてよ。とても不細工ですわ。(訳:可愛い顔が台無しだよ。)」


姉上に指摘されたが、ぷいっとそっぽを向いて食事をとった。ほんとに厭味ったらしい性格をしている。黙っていれば見惚れるほどに美しいのに。

食後父上と二人きりになる。


「父上、姉上は躾がなっていないのではないですか?」


姉上の実母たる母上には言えずに、父上に言うと父上は笑った。


「ロレッタちゃんは変わってるけれど、すごくいい子だ。あの口調も慣れると味があっていいしな。なあに。ロレッタちゃんは理解者を得られれば強いだろうよ。」


父上は笑って相手にしてくれなかった。


「でも……姉上は性格が悪いです。」


僕は口を尖らせた。口を開けば嫌味ばかり。特に家族の中でも僕のことが一際嫌いみたいで、殊更ネチネチと嫌味を言う。あんなのじゃきっと嫁の貰い手がないに違いない。


「…………今日、デザートにブルーベリーたっぷりのジュレが出たのは何故だと思う?」


父上が唐突に言った。


「?」


何故?よくわからなかった。食事のメニューは料理人に一任されているはずだが。


「お前が本ばかり読んでいるから、目が疲れているのではないかと、料理人に特別に作らせたからだ。ロレッタちゃんが。」


信じられないような気持ちでそれを聞いていた。あの姉上が?僕の為に?ありえない気がしてならない。


「お前は、もうちょっと大人にならないとロレッタちゃんの『味』はわからないだろうな。」


父上に言われて苦い顔になる。何だかまるで僕ばかり子供で、僕ばかり姉上を知らないようで、とても面白くない。

気に入らないなら相手にしなければいいというのはわかっているのだが『気になる存在』なので無視も出来ず、もどかしい。


「姉上はどうして、そう僕に突っかかってくるのですか。」


そう聞くと姉上は必ず「目障りだからよ。(訳:気になっちゃうんだもん)」と言う。きっととても僕のことが嫌いなのだと思う。僕はその返答を聞くたびにずきりと胸が痛い。姉上なんて大嫌いだ。



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