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第6話

ジークムント様とは文のやり取りをしている。中々機知に富んだ文章を書かれる方で、やり取りが楽しい。因みに私は文章では例の言語の呪いが出ないので、随分と素直な文章を書いている。ジークムント様がご自分で丹精された薔薇の花を贈ってくださったときは、本当に嬉しくて舞い上がった。何度も何度も嬉しかったという喜びのメッセージを綴った。

アルトの方はハリエット・シリエルという子爵家令嬢と良い仲になったようだと、社交界では言われている。いつから仲が良いのかは知らないけれど、気付いたら仲良くなってたっぽい。

家に帰ってアルトに絡む。


「ほほほ。『運命の女性』などと大口をたたいて、あっさりと心変わりをなさったのね。やはり男性の『誓い』ほど信用ならないものはありませんわ。」


アルトがまともな女性に目を向けてくれるならそれに越したことはない、と思いつつ、心にどこか隙間風が差し込んでいる。


「……ハリエット嬢はそういうのではありません…」


アルトはそっと目を伏せた。何だかその顔が大人びていて、アルトにそのような顔をさせたのがハリエット様なのだと思うとミシリと胸が痛んだ。

いいもんね。私にはジークムント様がいらっしゃるし。お手紙では素敵な日常が生き生きと綴られ、ますます素敵な方だという印象が募った。

私は頻繁にジークムント様と文のやり取りをして浮かれている。この高揚する気持ちが恋かしら?なんて思いつつ。


「姉上こそ、よくおモテになりますね。」

「当り前でしょう?あなたが言うと皮肉にしか聞こえませんけれどね。(訳:ありがとう。でもアルトの方がモテるでしょ。)」


美形だし、私と違って言語が呪われてないし。女の子にはモテモテなのを知ってるよ。せめてアルトが結婚するとき、小姑として家に残るのは遠慮したいなあ。私言動があれだからお嫁さんは嫌な思いすると思うし。つきつきチクチク胸が痛む。



***

夜会でもアルトはハリエット様をお傍に置いている。ハリエット様は丸顔で、美人ではないが愛嬌のある方だ。気立ての良さは大変な評判で、彼女の性格に惚れこむ男性は多いと聞く。勿論女性からの人気も高い。男性も人を選ぶし、女性からの人気もからっきしな私とは大違いだ。


「何をご覧になっているのですか?」


ぼんやりとアルトとアルトの隣にいるハリエット様を眺めていたら、ジークムント様に尋ねられた。


「目障りな存在が更に目障りになったので、目を引いてしまうだけですわ。(訳:気になっちゃうことが出来てしまったので。)」


アルトとハリエット様の関係に横槍を入れるつもりなどない。むしろ仲睦まじげなのは歓迎している。ただアルトがああして夜会で私を傍に置いてくれたことなどなかったなあ…とも思う。仲の良くない姉弟として有名だったものね。アルトは私の事よく思ってないし。

ジークムント様はお父様の調査結果でも非の打ちどころのない貴公子であった。性格も良好。資産も潤沢。見ての通りの美青年。因みに22歳だそうだ。女性関係も清らかとまでは言わないが、目立つようなことはない。まさに理想の結婚相手。これを逃したらこれ以上の物件を探すのは難しかろう。私は頻繁に文のやり取りをして、お心を繋ぎとめている。夜会でも何度かお会いしているし。ダンスのある夜会ではまさにジークムント様の独壇場。誰よりも素敵に踊られる。


「どうです?一曲いかがですか?」

「悪くない提案ですわ。(訳:喜んで。)」


やはりジークムント様はダンス上手で気持ち良く一曲踊り終えた。一曲踊り終えた後そっと抱き締められた。とくんとくんと鼓動の聞こえそうな密着体勢。


「テラスへ行きましょう?」


誘われるがままテラスに出た。テラスはところどころに木を植えられ、コの字型に壁に囲まれた空間だった。夜空には大きな青白い月が出ている。


「ロレッタ嬢のお手紙は面白いですね。普段奇妙な言語を操るロレッタ嬢から想像できないくらい素直で…。」

「口調は癖ですわ。」


悪い癖だとは思うけど直らないのだもの。性格が歪んでいると、大いに他人に誤解を与える態度だ。おかげで全然人脈がない。悲しいくらい。アドヴァンス様くらい大人の男性からは可愛がられるんだけどね。


「本当のロレッタ嬢は素直で、前向きで、可愛らしい方だ。」

「褒めても何も出ませんわ。(訳:有難うございます。)」


率直に褒められると照れちゃうなー…

ぽっかり浮かぶ月を見る。青白い月光が柔らかな光を注いでいる。


「月に照らされるあなたは一段と美しい。」

「月に照らされないわたくしは一段落ちるとでも仰いたいの?(訳:いつでも綺麗って言ってくんなきゃヤダ。)」


ジークムント様は微笑んだ。


「失礼。あなたはいつでも最高に美しいですよ。」


ジークムント様は私を甘やかした。甘やかされるのは心地いい。何となく安定した気持ちを得るのだけれど、この安心感も恋なのかしら?


「麗しい…愛しいロレッタ嬢…」


ジークムント様は壁際に私を追い込んでそっと頬に手を滑らせた。ゆっくりと近づいてくる唇。私にキスされるおつもりだ…身が竦む。


「いやっ。」


拒むと一瞬ジークムント様が止まった。


「怖がらないで…?」

「いや…いやなの…」


怯えて泣いた。何故だかわからないけど、すごく嫌なのだ。ジークムント様にキスされたくない。


「姉上が嫌がっています。離れてください。」


いつの間にかやってきていたアルトがジークムント様を引きはがした。ジークムント様は抵抗するでもなく、すぐに私から離れた。


「ロレッタ嬢。すみません。泣かせるつもりはなかったのです。」


ジークムント様は悲しそうなお顔をされると一礼して去って行った。


「あると…」

「……。」


アルトは怖い顔で私を壁に押しつけると、無理矢理唇を奪った。ねっとり濃厚で激しいキス。あうあう~舌入れられてるうう…心臓が早鐘を打つ。

たっぷり唇を貪って、私をとろとろにとろかして、アルトは離れた。


「今夜はもう帰りましょう。」

「……そうね。」


私も心が乱れて夜会の気分ではない。

この人こそと思ったジークムント様を拒んでしまったことも、素顔のままでアルトに口付けられたことも混乱している。



***

馬車の中でアルトは無言だった。私はさっきのキスがどういう意図を持ってされたものなのかわからずに困惑している。


「アルト…?」

「話しかけないでください、姉上。自己嫌悪で死にそうなのです。」

「……。」


勢いあまって大嫌いな姉などにキスしてしまって自己嫌悪に陥っているという意味だろうか。なんだかとても凹んだ。





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