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可愛さは罪

ベッドの上で目を覚ました。僕の自室のベッドだ。飛び起きようとして、身体に力が入らないことに気付いた。

目覚めた僕に気がついた侍従のドグが慌てた様子で水差しを差し出してきた。差し出されて気がついたがすごく喉が渇いている。


「無理なさらないでください。4日も眠り込んでいらっしゃったのですよ」


ごくごくと水を飲み干し言った。


「姉上は!?」

「第一声がそれですか…」


ドグは呆れた顔だ。そんな顔されても僕の最重要事項は姉上以外にあり得ないもの。


「ロレッタ様はまだお目覚めになっておりません」


ドグは悲痛な面持ちだ。僕はパトル様に、姉上はきちんと現実世界で目を覚まされると聞いていたので、大丈夫だとは信じているが、4日も眠っていたのだ。僕だって全身だるい。姉上も相当な苦痛を覚えるはず。心配でならない。


「それにロレッタ様はお腹の傷も…」

「お腹の傷!?」


何それ!? 聞いてない! ドグから説明を受けた。シェイラ嬢は時空と運命を改変すべく、禁呪の魔方陣を刻んだナイフを、改変すべき起点となるところに差し込んだらしい。姉上のお腹に。小さな傷ではあるが跡が残るらしい。


「…殺してやる…!」

「落ち着いてください。アルト様が手に掛けずとも、シェイラ嬢は極刑が決定されております」


その言葉に溢れる殺意が少しだけ薄まった。

極刑。最も重い罰。我が国、ローグハーツでの極刑は拷問の後の死刑だったはずだ。

ドグが父上と母上を呼んできた。


「アルト…目が覚めて安心したよ」

「アルト君…良かった。でもロレッタちゃんが…」


母上は泣きそうな顔だ。僕はパトル様にお会いして、姉上はきちんと目覚めると伺った、という話をした。ほっと安堵の息をついていらした。

すぐに「ロレッタ様がお目覚めになりましたー‼」というウィンディの叫び声が聞こえた。僕は勿論姉上に会いに行こうと、立ち上がろうとしたが、ふらふらとよろめいた。思いの外体が弱っているらしい。強制的に水分は摂らされていたらしいが食事はとっていなかったし、4日間寝たきりだったのでだるさが尋常ではないのだ。


「アルト君は寝てなさい」


母上に言われた。


「でも姉上が…!」

「そんなフラフラの姿を見せたらロレッタちゃんも心配するわ。今日は大人しく我慢して、アルト君は寝てなさい!」


母上に強い口調で言われたので、渋々堪えた。ベッドの上でゆっくり体を慣らしている。流石に筋力が衰えるほど長期間眠っていたわけではないので、少しずつだるさが抜けて行く。

姉上は大丈夫だろうか。だるいのはともかく、お腹に穴が…お労しい。それもシェイラ嬢が僕(の持つ容姿や財産)に執着しての仕打ちだというのだからやりきれない。あの狡猾で残虐なシェイラ嬢を『もしも』世界では『妹』として可愛がっていたのだからはらわたが煮えくり返る。

その日は一日侍女に話し相手になってもらい、情報を収集した。



***



翌日、母上にも許可を頂いて、姉上の部屋へお見舞いに行った。


「姉上!」


ベッドに半身を起こしていらっしゃる姉上の少し心配そうなお顔を見て愛おしさが溢れた。姉上はご自分の身体に穴が開いているというのに寝込んだだけの僕を心配していらっしゃるのだ。なんとお優しい!

もう少しで姉上を失う所だった…

現実世界には戻れたけれど姉上は怪我をされて…

堪らず僕はぎゅうぎゅうと姉上を抱きしめて「姉上」「姉上」と壊れたように口にした。


「アルトはいつの間に九官鳥になりましたの?(訳:アルトさっきから同じことしか言ってないよ?)」

「姉上のお体に傷が残るって…」


お美しい姉上のお体に悪意でついた傷跡が残るなんて…なんとお労しい。


「アルトは傷物のわたくしは要らないの?(訳:傷が残ったら嫌いになっちゃう?)」

「僕は姉上が相手であれば、顔面を焼かれていても愛せます」


きっぱりと言い切った。


「それは少し意外ね(訳:アルトはこの顔が大好きなのだと思ってたけど)」


姉上は心底意外そうな顔をされた。そりゃあ僕は姉上のお顔が大好きですけれどね! 女神のように…いや女神以上にお美しくて。でも別に顔だけを愛しているわけではないのですよ?


「姉上のご容姿は大好きですが、お声も行動パターンも大好きです」

「行動パターン…?」


姉上は首を傾げた。


「一生懸命自己紹介の練習などしてしまうようなところです。上手くいかずに反省会を行うところは尚可愛いです」

「……嫌なところがお好きなのね(訳:恥ずかしいわ)」


姉上の恥ずかしがっているお顔が可愛らしい。

今思えば双月宮のテラスでの姉上の池に向かっての自己紹介は反省会だったのだと思う。そういう所がとてつもなく可愛い。

折角なので姉上にお茶を淹れて差し上げた。僕が『もしも』世界で、姉上が淹れてくださったお茶の味を再現したくて頑張って勉強したことだ。中々上手に淹れられたのではないかと思う。

味わってみたが、姉上の淹れてくださったお茶は『姉上補正』が効いているので、もし同レベルの味を再現したところで姉上が淹れてくださった方が美味しいに違いないのだ。


「悪くないわ(訳:美味しいわ)」

「有難うございます」


僕は姉上のお茶の方が好きだが、姉上にはお褒めいただけた。嬉しい!

一緒に紅茶を味わった。


「…………シェイラ様はどうなるのかしら?」

「極刑だそうですよ」


姉上がポツリと漏らしたので、答えて差し上げた。


「シェイラ嬢が使ったのは時空と運命を改変する究極の禁呪。軽い罪で許していたら、使おうとするものが多すぎて国が転覆します。シェイラ嬢に禁書を閲覧させてしまった王都図書館の司書も重い罪を受けるそうです。シェイラ嬢を妾として買っていた、豪商は元手が取れなくて怒ってたみたいですけど」

「もうそんな情報が出てるの?」


姉上が吃驚した顔をされた。


「侍女が情報を集めてきて色々と聞かせてくださいました。禁呪を使われたことは4日…いえ、5日前からわかっていたことですし、シェイラ嬢は既に牢です。僕らが目覚めたのでこの世界は改変されていない世界ですが、改変されていたかもしれない世界がどんな世界か知らない権力者は極刑は譲らないと言っているそうです。もしかしたら王位が剥奪されていた世界だったかもしれませんしね」


僕らは昨日目覚めたばかりだけれど侍女たちが持っている情報は5日前から蓄積されたもの。それはもう、お腹を刺された姉上と刺したシェイラ嬢が倒れ込んでの、護衛が驚いての、禁呪が発覚しての、ドラマティックに盛りだくさん。

きっとシェイラ嬢も牢の中で目を覚まされただろう。いつ刑に処されるかまではまだわからない。失敗して拷問のフルコースの上で死刑だそうだから、シェイラ嬢の計画はハイリスクのハイリターンだったようだ。成功すればディナトール家の財産を好きに出来たのだけどね。

本当に現実世界に帰ってこられてよかった。


「ねえ、姉上」

「うん?」


姉上が少しあどけない表情で返事をされた。


「僕はどんなお立場の方であろうとロレッタ嬢を愛していますよ」


シェイラ嬢が望んだのは『もしもシェイラがアルトの血の繋がらない妹だったら』という世界。シェイラはその世界なら上手くやれる自信があったのだろう。そして姉上はその世界ではうまくやれる自信がなかったのだろう。

別に僕は姉上が姉として出会おうが一令嬢として出会おうが恋に落ちたと思う。姉上はとても魅力的な女性だから。


「……アルトも記憶があるの?」


姉上は目を丸くされた。


「ずっと夢を見ていた感じです。夢の中では僕は『今の僕とは違う歴史を歩んできたアルト』で、ずーっと自覚なく過ごしてきたんです。でもディナトール家の夜会で姉上に愛を誓って、姉上の笑顔を見たらふわっと…パトルと名乗る神の使いが現れて、『長い夢はどうだった?』って…その時一瞬で現実を思い出しました。僕が姉上と歩んできたアルトだと」


禁呪にかかっていたのだから、記憶がないのは仕方がない……でもさ、僕ちょっと情けなさすぎない?


「あちらの僕も中々に情けなかったですね。シェイラ嬢に良いように転がされて…」


現実での僕も姉上にはつらい思いを沢山させた幼少期。そして姉上と結ばれた後も幼馴染のシェイラ嬢に気をとられて、シェイラ嬢の狡猾さに気付かず、姉上につらい思いをさせた。

『もしも』世界では『可愛い妹』と錯覚したシェイラ嬢の口車に乗せられて、無駄に姉上の前でシェイラ嬢と親しくして見せた。姉上は最初から僕のことをお好きだったわけなのだから、さぞや辛い思いをされただろう。


「家族を愛さない人は嫌いですわ(訳:妹を大切に思うお兄さんは好きですわ)」


姉上は本当にお優しい…

ぎゅっと抱き締めた。


「姉上が好きです。この世の誰よりも。架空の妹よりも」

「そんなきらきらした顔をしてもダメよ(訳:私の『愛しています』という言葉はそんなに安くないのよ)」


姉上からの『愛しています』という甘美なお言葉は頂けなかった。

拗ねて唇を尖らせていたら、姉上にちゅっと唇をぶつけられた。


「これで我慢なさい」

「~~~っ‼」


真っ赤になった姉上は悶絶物の可愛さだ。

思わずベッドに押し倒したら頭を殴られた。

姉上の可愛さは罪。でも僕は自重を覚えるべき…


「シェイラの呪い」は以上でおしまいです

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