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踊り子の思惑

僕は密かにロレッタ嬢の親友であるバーベナ嬢に渡りをつけた。ランチで、レストランの個室をとった。シェイラには友達と出かけてくると嘘をついた。護衛にはお小遣いを渡して口止めしてある。

バーベナ嬢は時間通りにやってきた。

バーベナ嬢の姿を見て、立ち上がり、挨拶した。


「正式に。初めまして、アルト・ディナトールと申します」

「初めまして、アルト様。バーベナ・コロンネですわ」

「まずはお掛けになってください」

「ありがとう」


二人で着席した。料理はコース。バーベナ嬢は軽くワインを召し上がるようだ。料理が運ばれてきて、ワインで口を湿らせると、バーベナ嬢はニヤッと笑った。


「それで? わざわざわたくしを呼びつけて、何の御用かしら? お聞きになりたいことでも? 例えばロレッタ様の左手の薬指のサイズだとか」

「……」


何を聞くべきか一瞬迷った。


「……バーベナ嬢は噂に耳聡い方と伺います。その…僕とシェイラの噂をどのようにお聞きしておりますか?」


バーベナ嬢は面白そうな顔をした。


「うふふ。何を仰いますやら…シェイラ様が嬉しそうにはにかみながら『お兄様に永遠の愛を誓われましたの』『長年の想いが叶って、わたくし、嬉しい…』って鼻高々ですわよ?」


舌打ちしたい気持ちだ。そんな言い方をされたら、ロレッタ嬢に脈があったとしても失ってしまうような言い方ではないか。既に使用人数人に金銭を掴ませて手紙が没収されている事実は掴んでいる。シェイラが燃やしてしまったらしいので現物は手にできなかったが。シェイラの暗躍は確定的だ。


「近々婚約されるそうですわね。シェイラ様は、それはそれは嬉しそうでしたわ」

「そんな事実はありません」


僕は憮然とした表情になる。シェイラと婚約などとんでもない。


「婚約をお申し込みになられませんの?」

「僕は本当はシェイラとは…」


苦々しい表情になる。シェイラの口車に乗せられて、ロレッタ嬢の気を引くための作戦であったのだ。それは全てシェイラに都合のいい外堀埋めだったわけだが。

シェイラのような狡猾な女性を『可愛い妹』『根は優しい子』などと信じて頼りにして愛でていた自分はただ愚かしく恥ずかしい。あのような狡猾な女性をそれと知って自分の妻になどと思うわけがない。

バーベナ嬢は美味しそうにローストチキンを召し上がっている。


「わかってますわ。どうせシェイラ様に、何か小賢しげなことを耳打ちされたのでしょう?」

「……シェイラと偽の恋人を演じ、ロレッタ嬢にヤキモチを妬かせればロレッタ嬢が僕を追ってくださると…」

「ほほほ。アルト様はあまり耳がよろしくないですわね。ロレッタ様は周囲のご令嬢には酷く見下されておりますのよ? たった一時アルト様と浮名を流したくらいで調子に乗った哀れな道化だと」

「そんな…!」


バーベナ嬢は付け合わせの香味野菜を口にしてちょっと顔を顰められた。苦手な味のものが含まれていたのだろう。

僕はそれどころではなくショックを受けている。ロレッタ嬢を熱愛しているのは僕の方。あの時無体を働いたのも僕の方。ロレッタ嬢は調子になど乗っておられない。寧ろシェイラの口車に乗せられた僕こそ道化だ。


「僕はどうしたら…」

「婚約をお申し込みになられませんの?」


バーベナ嬢は先ほどと同じことを僕に尋ねた。


「だから僕はシェイラとは…」

「別にシェイラ様とは申しておりませんわ。ロレッタ様に。そうしたいのでしょう?」


涼しい顔でバーベナ嬢は仰った。ワイングラスを振って香りを楽しんでいる。


「でも……ロレッタ嬢は僕などに婚約を申し込まれても…」


お困りになるだけではないだろうか。


「いつまでうじうじと燻ぶっていらっしゃるの? ロレッタ様がアルト様を想っていらっしゃらなかったらアルト様はロレッタ様を容易く諦められる程度の想いですの? それなら止めておきなさいと進言いたします」


僕は唇を噛んだ。


「…………僕はロレッタ嬢を諦められない。例えロレッタ嬢が僕をお好きでなかったとしても」


我ながらどうしてこんなにもロレッタ嬢に執着するのかわからない。でも、ロレッタ嬢の羞恥のお顔を思い出して、可愛いお手紙を思い出して、悲しそうなお顔を思い出して、胸が締め付けられるように苦しいのだ。好きなのだ。


「なら前進あるのみですわ。それに悔しいのではない? シェイラ様に手玉にとられたままでいるのは」


バーベナ嬢はニヤッと笑った。


「告白して婚約を申し込めばいいと思いますわよ。シェイラ様の目の前で。ねえ? 悪い子には罰が必要ではない?」


バーベナ嬢はワインを味わい、口元に笑みを浮かべた。


「それは…」


確かにシェイラにとって罰にはなるだろうが、僕がロレッタ嬢に断られてしまったらどうしたら良いのか…かなりの致命傷ではない?


「ふふ。何があったのかは聞いておりませんけれど、ヴェルモンテ家での夜会…ロレッタ様はその気のないお相手に触れさせるほど尻軽な令嬢ではないと親友として証言しておきましょう」


ロレッタ嬢の手紙にも抵抗できなかったのは相手が僕だったからだと書かれていた。僕は…期待して良いのだろうか…? ロレッタ嬢のお言葉に踊らされている可能性はある。でもどうせ踊るならシェイラの掌の上でなく、ロレッタ嬢の掌の上の方がいい。


「アルト様はわたくしにお聞きになりたいことがあるのではない?…例えばロレッタ様の左手の薬指のサイズだとか」


バーベナ嬢には敵わない。最初から僕がその質問をする流れになるように掌で転がしていらっしゃったのだ。僕はバーベナ嬢の掌で心置きなく転がってみることにした。



***



バーベナ嬢との食事を終えて、何食わぬ顔で屋敷へ戻った。


「お帰りなさい、お兄様」

「ただいま、シェイラ」


シェイラは嬉しそうに笑った。


「なんだか、夫婦みたいなやり取りですわね」

「そうだね」


微笑んで同意した。シェイラははにかんでいる。


「ねえ、シェイラは僕に協力してくれるのだよね? シェイラの左手の薬指のサイズを聞いてもいい?」


シェイラの顔はぱあっと顔を輝かせた。

うきうきとサイズを教えてくれた。

僕は満足げに頷いた。シェイラ、今度は君が踊る番だよ。

僕は父上に内密に面会し、婚約を申し込みたい令嬢がいる旨伝えた。父上は「お前が心より想う令嬢となら、構わない」と仰ってくださった。

少し耳掃除した僕の耳にはシェイラが「お兄様が婚約指輪を贈ってくださる予定ですの」と鼻高々に自慢しているという噂が流れてきた。

僕はとっておきの美しい指輪を誂えた。シェイラは僕が指輪を注文していると聞いてニコニコ顔だ。


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