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疑惑

シェイラが茶会でロレッタ嬢の様子を見てくれるというので任せた。僕の話題を少しは気にしているようだが、まだまだ余裕のご様子と聞く。ロレッタ嬢が出席されると情報のあった夜会にシェイラと一緒に出席する。イチャイチャしていると、時々悲しそうな視線を投げてこられることもあって、僕がふらふらとロレッタ嬢に近付こうとするとシェイラが「焦らさなくては元の木阿弥ですわ」と注意してくる。とてもつらい。

ロレッタ嬢とお話ししたくてうずうずする。

ロレッタ嬢はお友達のバーベナ嬢とホールの隅でお喋りをしている。バーベナ嬢については実はよく知らない。大変社交的な性格で令嬢方には人気があるのだそうだ。お友達などより取り見取りだろうが、バーベナ嬢はとりわけロレッタ嬢を好んでいる。

あの口調のロレッタ嬢が令嬢間で排斥されきらないのはバーベナ嬢のご威光あってのことだと聞いている。


「今日のロレッタ嬢も可愛い。今日はいつもとドレスの型が違う。あんな形のドレスもあるんだね」


シェイラにしか言えないのでシェイラに囁くとシェイラが僕をジト目で見た。


「お兄様、今日のわたくしのドレス、どう思いまして?」


言われてシェイラの全身図を視界に収める。色はミントグリーン。胸下から切り返しがあってストーンと布が落ちているデザイン。


「あれ? ロレッタ嬢が着ていらっしゃるのと同じ型だ」

「……お兄様…」

「ごめん…」


少々色ボケしすぎていたようだ。ロレッタ嬢が着ているものは二倍増しで良く見えてしまうのだ。惚れた欲目とはこのことか。お喋りできなくてもロレッタ嬢の様子を遠目に拝見し、時々は近くで会話を盗み聞きしているだけで、僕の胸は高鳴る。ロレッタ嬢が暴言を吐いてしまい、自分の言葉を後悔している表情を見ていると胸が締め付けられる。切ない思いは増すばかり。


「シェイラ…ロレッタ嬢、全然迫ってこないんだけど…話しかけちゃダメかな?」

「……追い込みが足りないのかもしれませんわね」


ロレッタ嬢を焦らしているというより僕が焦らされている気分だ。恋のテクニックは忍耐が必要なのだなあ。何だか僕に向かない気がしてきた。


「そうだ。お兄様。婚約いたしませんこと?」


僕はワインが気管に入り込み、咳き込んだ。


「…シェ、シェイラ…?」


僕のことは諦めたのではなかったの?


「婚約まで決まれば流石にのんびり屋さんのロレッタ様も焦りますわ」

「……」


……もしかしてシェイラは僕を騙して婚約・結婚するつもりかもしれない。

疑惑が湧いた。

「シェイラはそういう悪知恵の働く令嬢だ」という何処からか湧いてきた確信にも似た思いと「心優しい妹がそんなことするはずない」という気持ちが交錯する。


「お兄様? もしかしてわたくしを疑っていらっしゃるの…? ……そうですよね。血の繋がらない妹など所詮は赤の他人。信じられませんわよね…」


シェイラが酷く悲しそうな表情で目を伏せた。


「シェイラを信じていないわけではないよ! ……でも、ほら、後から婚約解消するのは大変そうだしさ、シェイラの評判にもかかわるし…」

「わたくしは構いませんのに…」

「……僕はちょっと構うかな…」

「気が変わったらいつでも仰ってくださいましね?」

「うん…」


献身を向けてくれているはずのシェイラにどこかうすら寒いものを感じてしまう。可愛い妹にこんな気持ちを抱いてはならないはずなのに…衝動的に思い切り突き放してしまいたいような気持になる。何だかシェイラが怖いんだ。無性に突き放したくなるんだ。こんなに尽くしてくれているのに。

…………僕の心の奥底、深いところで声がする。シェイラを信用してはならない。彼女は敵だ、と。そもそもロレッタ嬢を愛しているのは僕なのだ。恋のテクニックなどと言って、ロレッタ嬢のお心を掌の上で転がそうなどと画策するのが間違いではない?

確かにシェイラが言うようにロレッタ嬢がお心を決めかねて優柔不断にされている可能性はあるけれど、それは辛いことだけど…もし僕がシェイラとロレッタ嬢の間で気持ちが揺れていて(今作り出している疑似的状況に他ならない)その時に、ロレッタ嬢が僕の心を手玉に取ろうとわざと焦らしてみたりしたら……僕はロレッタ嬢に対しての信頼度をかなり下げる気がする。

シェイラの言いなりに事を運ぶのはまずい気がする。

何だか…僕の勘違いであれば嬉しいけれど…何だか…シェイラは僕の都合の悪い状況を故意に作り出そうとしているような気がする。

もしシェイラが本当は僕を諦めていなかったら?

あの吹っ切れた笑顔がシェイラの演技だとしたら?

シェイラはそんな子じゃない…根は優しい妹…そう思いたいのはただの希望的観測で、シェイラは狡猾な女の子。

シェイラの言葉を鵜呑みにして婚約など結んだら、トントン拍子に結婚まで運ばれてしまう気がする。シェイラを信じたい気持ちはあるが、僕はシェイラの狡猾な一面をほんの少しだけ知っている。疑わしいと思うとささくれの様に引っかかっていた違和感が全て真っ黒に思える。

ロレッタ嬢がお心を揺らしているのではないかという意見…それはシェイラの思考誘導。

そもそも手紙が届かないことに違和感を感じているのだ。あのように好意的な意見をくださったロレッタ嬢が次のお手紙を下さらないなんてことがあるのだろうか? 僕は「手紙を送った」と言っているけれど、それはただ単に手紙を書いて封筒に入れて蝋をして、使用人に送っておいてくれるよう言づけているだけ。

シェイラがその気になれば回収するのは容易い。使用人は皆シェイラの母上であるレネゼッタ母上の言いなりなのだから、その娘のシェイラの言うことは僕より優先される。また僕に送られてくる手紙も使用人を介している以上回収される可能性はある。

シェイラはロレッタ嬢がヤキモチを妬くような状況を仕立てているという。……本当に? シェイラは僕を手玉に取って恋人の枠にまんまと収まったのではない? 状況だけを見れば、シェイラの念願の想いが叶って僕の心がシェイラのものになったという状況が作り出されている。

完璧にシェイラが外堀を埋めているのではない?

僕は……シェイラに嵌められているのではない?

一度湧いた疑惑は黒さを増していく。


「お兄様?」


シェイラが僕の様子に違和感を感じて声をかけてきた。


「ねえ、シェイラ…ロレッタ嬢は僕を好いてくださるかな?」

「そうですね…そのためにはわたくしとお兄様が親しくしている様子をもっと見せつける必要がありますね」


シェイラは微笑んだ。

その微笑みは相変わらず白々しく、うすら寒い。


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