偽りの恋人
まずは社交界に噂をばらまく。女性陣はシェイラがうまくやってくれるというので、僕は男性の知人に「ロレッタ嬢には脈がなさそうだ」「シェイラに親身に相談に乗ってもらっているうちにシェイラの女性としての魅力に気付いた」と広め始めた。
上手に噂は広まり始めた。ロレッタ嬢のお耳にも入るだろうか…僕が離れて行くかもしれない危機感を持って追ってくださればいいな。
***
ロレッタ嬢がヴェーダ子爵家で開かれる夜会に出席されるという情報を入手して、シェイラと二人で出席することにした。ロレッタ嬢に危機感を持たせる…ヤキモチを妬かせることが目的なので、最初から僕とシェイラはべったりだ。腕を絡め合って入場した。
「アルトー。お前散々『シェイラのことは妹だと思っている』とか言ってたくせにそれかよ?」
ロバートが嘆いた。
「はは。シェイラの魅力に気づいてしまったんだ」
演技には自信がないけれど、出来るだけシェイラと親密そうな様子を見せる。シェイラは僕にぴったりくっついてニコニコしている。
「まあ、お似合いだとは思うけどな。シェイラ嬢は可愛いが、俺らにはちょっと高嶺の花だし」
「有難う」
談笑しているとロレッタ嬢がウェルス殿のエスコートでホールに入っていらっしゃった。ロレッタ嬢はシンプルな紫のドレスを身に纏っていらっしゃる。ありふれたドレスなのにやはり美しい。着ている本人が良いからだな。一人でうんうんと頷く。
「彼がお兄様のライバルなのではない?」
シェイラが僕の耳元に唇を寄せ、そっと囁いた。
「彼は違うとロレッタ嬢は仰っていた」
僕もシェイラの耳にそっと囁く。
「本当かしら?」
シェイラは懐疑的である。確かにロレッタ嬢とウェルス殿はちょっと尋常じゃないくらい親密そうだ。ロレッタ嬢は違うと仰っていたが、本当は彼がそうなのかもしれない。
ロレッタ嬢と目が合った。愛おしいという気持ちが溢れる。でも恋の駆け引きとしてさっと目を逸らして「もうロレッタ嬢に関心はありませんよ」とアピールする。
ロレッタ嬢とウェルス殿はさっさとバルコニーに出て行ってしまった。
「怪しいですわ。わたくし、ちょっと様子を見てきますわ」
「僕が…」
「お兄様が行かれたら、バレた時にロレッタ様に未練たらたらなのがまるわかりで作戦失敗ですわ」
シェイラに諫められて、自重する。
シェイラはこっそりとロレッタ嬢とウェルス殿の消えたバルコニーへと向かった。
「アルト、シェイラ嬢とはもう婚約の約束は出来ているのか?」
ディックに聞かれた。
「そんな話も出ているね」
「さっさとまとめちまえばいいのに」
「まあ、追々ね」
流石に婚約するわけにはいかないのでお茶を濁す。ロレッタ嬢たちがどうされているのかが気になって気もそぞろ。
随分と時間が経ってからシェイラが戻ってきた。
「やっぱり、あちらのウェルス様に言い寄られてましたわ。ロレッタ様はお兄様のことが気になっているみたい。まずまず作戦成功だと思いますわ」
「有難う、シェイラ」
ロレッタ嬢が他の男性に言い寄られてるとあっていい気はしないが、僕のことを気にされていると聞いてほっとした。
ロレッタ嬢は俯いてバルコニーから出てきた。ウェルス殿と目が合った。彼は鬼のような形相で僕を睨み付けてきた。やはり彼がライバルなのか…
ロレッタ嬢のお顔は俯いていてよくわからない。
しばらくシェイラやシェイラの友人とお喋りしていたら、ロレッタ嬢はさっさとヴェーダ子爵に挨拶して帰ってしまったそうだ。お話しできずにがっかり。
まあ、お話したらしたで、僕の好意がもろバレという事態になりそうな気もしなくはないが。
「シェイラ様はアルト様のどんなところをお慕いしているの?」
「お優しくて、頼りになって、格好良いですわ。小さな頃からずっとわたくしの前に立っていてくださったの。わたくしが泣いていると『どうしたんだい? シェイラ』ってそっと涙を拭ってくださいますの」
令嬢たちの歓声が上がる。
「本当に良かったですわね、シェイラ様。あんなにお慕いしていましたものね」
「ええ。相思相愛で本当に嬉しいの」
シェイラが照れたように微笑む。
「一時はロレッタ様に恋を妨害されて…」
「本当に嫌な令嬢ですわ、ロレッタ様って。美しいのを鼻にかけてツンケンして」
「あの時はシェイラ様がご不憫で、みんなでロレッタ様に抗議いたしましたのよ」
令嬢たちがピーチクパーチクと囀る。
どうもシェイラの周囲の令嬢たちはロレッタ嬢を好ましく思っていないようだ。ロレッタ嬢に批判的な意見が続いて、僕の目は冷たいものとなる。それに気付いたシェイラがフォローする。
「皆さんがわたくしを大切に思ってくださったのは感謝いたしますわ。わたくしも皆さんを大切に思っていますもの。でもロレッタ様を批判するのは良くないと思いますの。わたくしは一番大切なものを手に入れたので、もう恨みになど思っていませんのよ?」
「まあ、やっぱりシェイラ様はお優しいわ!」
「美しい上にお優しいなんて、流石自慢のお友達ですわ」
シェイラは周囲に褒められて、照れてもじもじしている。その様子が可愛いとますます周囲はシェイラを褒め称えている。
恥ずかしそうに僕の後ろに隠れてしまった。




