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誤解の解消

ロレッタ嬢から返信が届いた。お詫びしたけれど、「絶対に許しませんわ!」などと書かれていたらどうしよう。不安と期待、半々で封を切った。



《アルト・ディナトール様


春の風に吹かれる日もあれば、冬のような冷たい雨の降る日もあり、まことに安定しない空模様のこの頃。お風邪など召してはいらっしゃらないでしょうか。

わたくしは幸いにも体調に変わりはありません。足の怪我も特に不自由なく、完治したと思います。御心配頂き、有難うございます。

例の夜会での口付けの件についての謝罪はお受けいたします。気にしていないとは申し上げませんが、心に傷を負うようなことはありませんでした。

気になったのですが、アルト様はわたくしの気持ちを誤解なさっているのではないでしょうか。わたくしは別にアルト様を嫌ってなどおりません。

わたくしには悪癖がございます。幼少の頃の実父との関わりでついた癖なのですが、考えていることを『嫌味のようなセリフ』で表現してしまうのです。わたくしが大層口の悪い令嬢として評判なのは存じております。しかし、わたくしの吐く言葉のほとんどは素直な言葉が口に出せず、悪意をたっぷりとまぶして本心を包み隠した言葉なのです。本当はそのような意地の悪いことはたまにしか考えておりません。

心から皮肉を言う場面もあるので何とも弁解しにくいことですが。

そういったわたくしの言語から、アルト様はわたくしがアルト様を嫌っていると誤解なされたのではないでしょうか。

因みに手紙には悪癖は作用されないのですよ! 本当は毎日ノートとペンを持って筆談したい思いです。

令嬢たちからはつるし上げを食らいましたが、無事撃退いたしました。わたくしもやるときはやるんですのよ! 「アルト様とシェイラ様が想い合って付き合っていらっしゃったなら悪いのはアルト様とわたくしの『二人』、わたくしにあれこれ仰るなら、勿論アルト様にも仰るのよね?」というような内容の発言をしてしまいました。もしアルト様が令嬢たちからつるし上げられるような事態になりましたら大変お気の毒ですね。

もしそうなったらわたくしの唇を奪った代償として奮戦なさいませ。

勘違いをしてほしくないのですが、わたくしは殿方に無体を働かれて、激しい拒絶・抵抗をしない尻軽な令嬢ではありませんわ。わたくしが上手く抵抗できなかったのはアルト様がお相手だったからです。常々誤解なきよう。

長々と筆をとってしまい、申し訳ございません。思ったことを自由に表現できる『手紙』というツールが楽しくて仕方がないのですわ。

またお手紙を頂けたらな、と期待しております。


ロレッタ・シェルガム》



は? え? ロレッタ嬢は僕のことがお嫌いではない…? 嫌われていると思っていたのはただの勘違い? ロレッタ嬢の刺々しい口調も本意ではない…実父との関わり…何それ!? ロ、ロレッタ嬢の情報を集めねば…

というか「上手く抵抗できなかったのはアルト様がお相手だったからです」ってどういう意味!? ロレッタ嬢は僕に気がおありになる? ……また以前のお手紙のように過分に気を持たせるような意図が…? いや、その後のロレッタ嬢の酷い態度は本意ではないと。

僕はもしかして、ものすごい勘違いをしている? 僕はお食事を頂いている時にロレッタ嬢に僕のことをどう思っているか聞いたけれど、その時のお答えは「アルト様がわたくしに抱いている気持ちと正反対の気持ちを持っているのではないかしら?」だった。僕はロレッタ嬢に恋い焦がれていたから、そのセリフを聞いて「ロレッタ嬢は僕をお嫌い」なのだと信じ切ってしまっていたけれど、ロレッタ嬢があの時「自分はアルトに嫌われている」などと誤解されていたら、あのセリフの意味は…いや、それは希望的観測か。

それにしてもロレッタ嬢のお手紙はやはり可愛い。「もしそうなったらわたくしの唇を奪った代償として奮戦なさいませ」だって。なんだかちょっとからかう調子。どうやら僕がロレッタ嬢の唇を奪ったことは全然怒っていらっしゃらないようだ。

「またお手紙を頂けたらな、と期待しております」とお手紙の催促まで頂いてしまった。ふわふわと夢見心地だ。

 


***



僕は急遽知り合いを招いて、ロレッタ嬢の幼少期の事情を知るものがいないか尋ねた。知人たちは顔を見合わせた。


「えっと…ロレッタ嬢の実父について?」

「ロレッタ嬢の実父はジャキル・ダイアード。ダイアード子爵家だな。鉄鉱石の産出で一時期は栄えた領地を持ってたが、税収を誤魔化して報告したり、住民の人数を大幅に改竄して報告したり、徴税官に袖の下を渡して便宜を図ってもらったり、まあ金銭を大分懐に入れるような汚職をしていたのが発覚して改易されたのは知ってるよな?」

「知らない…」


僕は茫然と呟いた。


「マジかよ? 割と有名な話だぜ? 父親がそれだからロレッタ嬢も結構色眼鏡で見られてたところあるし」


なんてことだ。ロレッタ嬢にそんな事情が…ロレッタ嬢がヴェルモンテ家の夜会で怪我を負った際に迎えに来ていた男性はロゼッタ嬢の叔父だと周囲に聞いてはいたけれど。


「でもカーラ夫人とロレッタ嬢はジャキルには結構つらく当たられてたらしいぜ? 妾を沢山作ってカーラ夫人はないがしろ。ロレッタ嬢はいい駒。当時ジャキルはロレッタ嬢の将来の夫を結構物色していたって話だぜ? ロレッタ嬢は当時…6歳? 7歳? 子供だったけれど美幼女として有名で、顔で釣って裕福な家と繋がりを持とうとしてたって。かなり裕福で爵位の高い変態のおっさんとかが候補に上がってた。…本当に知らねえのかよ?」


コリンズが教えてくれた。


「知らない…」


そんなご不幸なお立場だったなんて…6,7歳の子供の人格を歪めてしまうに十分足りえる家庭事情だ。いや、言語は歪んでるけど、お手紙から察するに人格の方は歪んでないけれど…


「コリンズ詳しいな。俺もそこまでは知らないぞ?」

「あれ? そうなの?」


この話はみんな知らなかったらしく、情報を齎した側のコリンズはきょとんとしていた。そんなご不幸な幼少期を過ごされてご自分の意思のままならない悪癖を身につけてしまったロレッタ嬢を、「なんと口の悪い令嬢…」と断じていた自分を恥じた。

みんなは気にせず茶菓子をぱくついている。


「まーロレッタ嬢にはロレッタ嬢なりの事情があるんだろうが、随分意地の悪いことばかりを言うから、周囲には遠巻きにされてるな。俺もロレッタ嬢は完全な観賞用だと思ってるし」

「美人だけどな」

「美人だよな」


みんなロレッタ嬢のことは美しいとは思っているらしい。つい嫉妬したような顔になるとみんな手を振った。


「観賞用だって。いつも隣であんなきついこと言われてたら心が休まらねえよ」

「アルトは蓼食う虫だぞ?」


ロレッタ嬢を褒められると嫉妬してしまうが、貶されると面白くない。複雑な気持ち。ロレッタ嬢のお手紙を見たらみんなロレッタ嬢を可愛いというかもしれないけど、ライバルが増えるのは歓迎できない。まあ、僕に宛てた個人的なお手紙な訳だから、見せるはずもないんだけど。


「まあ、なんだ。ロレッタ嬢を支持する男性は『貶されて喜ぶ変態』か『じゃじゃ馬を調教したがる変態』か、ごく一部の『あの口調を可愛いと思える奇特な人物』だし。アルトはまあまあの良物件だと思うぜ?」

「がんばれ」


応援された。有り難くはあるけれど。『あの口調を可愛いと思える奇特な人物』に多分父上は入ってると思う。羨ましい。あの口調を可愛く解釈できるコツを伺いたいものだ。父上は「恋は自分で掴み取れ」派だから協力はしてくれないかも。レネゼッタ母上と再婚されたことを後悔しているようだから、父上もある意味敗北者だけど。

そう言えばレネゼッタ母上は何故シェイラの実父と離婚されてしまったのだっけ? その辺の記憶が妙に曖昧だ。レネゼッタ母上に育てられたにしてはシェイラはまともな女の子だと思っていたけれど、最近少し見方が変わってしまったし。

ロレッタ嬢もお手紙で見せる内面とお会いした時に喋られる外面で大分違う女性だし、女性は表面上だけ見てもわからないということなのだよね。

知人男子らとお喋りを楽しんだ。



***



徐に筆をとる。



《ロレッタ・シェルガム様


きらきらと日の光が溢れ、春も爛漫ですね。まるで僕の今の気分の様です。

ロレッタ嬢のお怪我は良くなられ、風邪などもお召しになられていないということで、安心致しました。僕も勿論元気です。最近は少し社交を控え、父に将来の仕事を教えていただいているところです。

ロレッタ嬢がお手紙で指摘していらっしゃったように、僕はロレッタ嬢に嫌われているとばかり思っておりました。以前お食事を頂いている際にロレッタ嬢の僕に対するお気持ちを伺ったところ「アルト様がわたくしに抱いている気持ちと正反対の気持ちを持っているのではないかしら?」と仰っていたので、てっきり大嫌いだという意味かと。

僕はロレッタ嬢に「大嫌いだ」と言われたものと思っておりましたので、その後は大変酷いことを申し上げました。申し訳ございません。あの言葉こそ僕の心の正反対の言葉なのです。

ロレッタ嬢の発言の真意を読み取るのは、まだ難しく、会えばまた誤解してしまうかもしれません。なるべく好意的解釈が出来る様に善処いたします。

ロレッタ嬢の唇を奪った代償に奮戦するのは吝かではないですが、そもそもがシェイラのことはただの『妹』としか思っておらず、「想い合って」はいないので、その機会はないように思います。

令嬢たちのつるし上げを撃退したというロレッタ嬢の武勇伝には些か興味があるところです。何やら痛快なやり取りがあったのでしょうか。

ロレッタ嬢がキスの相手が僕だからあまり激しく抵抗されなかったという意見は実に意味深ですね。どうにも自分の都合の良いように解釈してしまいます。男というものは単純なものですから、魅力的に思っている相手にそのようなことを言われると、すぐに舞い上がってしまうのですよ。

狼から言うことではありませんが、これ以上大量の狼を量産しないようになさった方がよろしいかと思います。

特にお手紙の内容はお可愛らしく、コミカルでロレッタ嬢の魅力のある一面が窺い知れます。ロレッタ嬢は文のやり取りはお盛んな方でしょうか? このような可愛いお手紙を他の男性も目にしているのかと思うと嫉妬を燃やしてしまいそうです。

僕もまた、ロレッタ嬢の可愛いお手紙を頂けることを期待しております。


アルト・ディナトール》



手紙を綴り、封筒に入れて封蝋した。侍女に送っておいてもらうように頼む。返事が楽しみである。


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