闘技場の恐竜退治5
「それでは、我々の勝利を祝して――」
『かんぱーい!』
イヴァンの声に合わせて、三人はジョッキを高く掲げた。
ジョッキに並々と注がれた『ビールもどき』を口にする。イヴァンやルールーだけでなく、天音も一杯目を一気に飲みほして、「ぷはっ! うまい!」とおっさん臭い声を上げていた。案外お酒を飲み慣れているのかもしれない。イヴァンは早々に飲み干して、通りかかった店員にビールもどきの二杯目を注文していた。
目の前にはご馳走の山。戦いの傷を癒すため、あるいは精神的な疲れを労るため、三人は飲んで食べまくる。現実では食べ切れないほどの量を、竜や狼の亜人たちは平気で胃袋の中へと収めていった。
今回の戦いは、武道大会の本戦ではなく予選のクエスト。本来であれば、予選では大した報酬は期待できないものだが、打ち倒したディアボロスは腐っても竜王種、そのドロップ報酬をたった三人で山分けしているため、素材を素売りするだけでもかなりボロ儲けだった。精神的な疲労は凄まじいものがあったが、懐が良い具合に潤ったため、三人は笑いが止まらなかった。
戦いを終えて闘技場の受付ロビーへと戻ると、三人は多くの冒険者たちに囲まれた。称賛の声を浴びて、景気良くバカ笑いをするイヴァンを黙らせて、とりあえず三人は人目を避けるようにして闘技場の外にある酒場へと駆けこんだ。人の噂は早いもので、店に入った当初は感じなかった視線も、時間が経つにつれ店内にいる数少ない冒険者たちからチラホラと感じるようになってきた。
人の視線を集めてしまうのも当然というもの。
「まさか、本当に三人だけで勝てるとは……」
ルールーの呟きを聞いて、イヴァンはお酒が入って顔を少し赤くした様子で話す。
「なんだよ! ルールーは、倒す自信無かったのかよ!」
「お前のその根拠のない自信は、どっから来るんだ?!」
今回の戦いは上手く勝ちを拾うことができたが、次に三人で挑んだとしても、ルールーには勝てるという気がしなかった。
「天音がいたからに決まってるだろう! 天音が参加した戦は、だいたい勝てるという昔ながらのジンクスが――」
「ない! そんなジンクスないよ!」
私に責任押し付けないでという切実な非難の視線をイヴァンへ向ける。その彼女の視線をスルーして、わっはっはっと豪快に笑う竜人。
そんな二人を見ながら、ルールーは少しだけイヴァンの言葉に共感するものを感じていた。
「天音さんの踊り、すごかったからなぁ」
素直に感心するルールーに、天音は「そんなことないですってば~」と顔を赤らめながらも満更でもない様子だった。
「天音さんのあの舞は、どういったスキルなんだ?」
「あはは~。私のは、ただの<歌>と<踊り>のスキルですよ~」
「……え?」
天音のその言葉に、ルールーは思わず目が点になった。
疑問に思っていた。
彼女の『舞』は、何故あれほど自由に動き回れるのかと。
<歌>や<踊り>といったスキルは、歌い続ければ歌い続けるほど、踊り続ければ踊り続けるほど、高い効果を発揮する。しかし、実際の戦闘の場面において、止まることなく踊り続けることは非常に困難を極める。
攻撃が届かない後方や、前衛のタンクなどにガチガチに守られた状態なら可能だが、三人しかいない大型モンスターの討伐依頼において、スキル効果を継続しながら上手く立ち回れるプレイヤーは滅多といない。
滅多どころか、天音ほど自由自在に動きまわれるプレイヤーを、ルールーは今まで見たことがなかった。先の戦闘では、天音はほぼ最後までスキルを維持し続けている。
「天音さんの踊りは、<演舞>のようなアクティブスキルじゃないのか?」
「……?」
聞き返すルールーに、天音は何を言っているのか分からないといった表情で首を傾げた。
話しのかみ合わない二人の様子に、イヴァンが呆れたように口を挟んだ。
「ルールー。天音の舞は、<演舞>のようなアクティブスキルじゃないぞ。ただの<歌>と<踊り>のパッシブスキルだ」
「えっ!?」
驚愕の表情で、ルールーはイヴァンと、そして天音を見つめ返した。
この〝世界〟の戦闘システムにおいて、スキルと呼ばれるものは大きく分けて二種類ある。通常スキルと、必殺技スキルと呼ばれるものである。
パッシブスキルとは、常時発動型スキルとも呼ばれるものであり、戦闘の基本となる<剣>や<斧>、<魔法>といったスキルのことである。これがなくては戦闘でダメージを与えることもできず、天音の使用する<歌>や<踊り>もこれに該当する。その他には、生産活動の際に必要となる<鍛冶>や<調合>といったスキルや、基礎ステータスを上げる<腕力上昇>や<魔力上昇>のスキルもパッシブスキルである。
一方、アクティブスキルとは、イヴァンの<溜め切り>やルールーの<受け流し>、天音の<兎追いの唄>や、雪乃の攻撃魔法<氷縛結界>といったスキル、所謂、必殺技と呼ばれるスキルのことを指す。
「ルールー。俺らが、世間様からそこそこ強いと言われてる理由は何だ?」
「そりゃあ、俺たちが<溜め切り>や<受け流し>のアクティブスキルを、パッシブスキルからある程度再現できることだろ」
二種のスキルの決定的な違い。それは、アクティブスキルはパッシブスキルから全て再現可能であるということ。
例えば、イヴァンの<溜め切り>を使用する場合、武器の攻撃判定を付加するためのパッシブスキル<斧>と、その技を繰り出すためのアクティブスキル<溜め切り>の、二つのスキルをセットする必要がある。しかし、アクティブスキルの<溜め切り>は、その技を発動させるための補助コマンドでしかなく、実際には自身でアクティブスキルと同じモーションを行うことによって、同じ技を再現することが可能である。
「アクティブスキル再現のメリットは、もちろんスキルスロットを一つ空けることができるってのが一番の理由だが――」
イヴァンはそう話すと、少しだけ眉間に皺を寄せて手に持つフォークに意識を集中させる。それを横目に見て、天音は竜人のゴツゴツした爬虫類チックな眉間にもちゃんと皺が寄るんだなぁと感心したような表情を浮かべていた。
そして、イヴァンは目の前のお皿へとフォークを振り降ろした。
アクティブスキル<溜め切り>の発動。
「ていっ!」
プスッ!
「あ、私の肉!?」
イヴァンのフォークは、軽い音を立てて、天音の目の前の骨付き肉を貫通した。
肉を顔の前に掲げながらイヴァンは言う。
「他にもメリットとして、アクティブスキルは発動のタイミングや威力を調節できるから、他のプレイヤーには気付かれにくいってのもあるが」
イヴァンは<溜め切り>をパッシブスキルから再現することができるので、威力を自由に調節したり、対人戦闘においては発動の構え自体をブラフとして使用することもできる。これがイヴァンの大きな強みの一つとなっている。
ただし、アクティブスキルの再現には、デメリットも存在する。発動条件が非常にシビアであるため、再現自体が非常に困難であることと、なにより体力や精神力の消費効率が非常に悪くなる点があげられる。
とある口述媒体の魔法として<詠唱魔法>のアクティブスキル<ファイアーボール>を再現する場合、所謂呪文を全て暗記して唱えることができれば、<ファイアーボール>を発動することができる。しかし、そこに込める魔力や精神力の量や比率によって、威力は大きく異なってくる。アクティブスキルで発動した場合、魔力10に対して威力10になるものが、パッシブスキルからの再現によっては魔力10に対して威力3程度にしかならないことがある。
一つの技を再現するのには、武術の達人が技を究めるのと同様に、凄まじい努力と修練が必要となる。更には技発動の失敗のリスクもあるため、単純にアクティブスキルを使用した方が断然有利なことも多い。
そのため、イヴァンとルールーは、<溜め切り>や<受け流し>といった特定のスキルしか再現は行っていない。いちいち修得に時間がかかり過ぎることと、なにより燃費効率を考えた場合メリットがあまり存在しないためだ。
「で、そこでだ」
イヴァンは肉の刺さったままのフォークで、天音の方を指した。
「天音の『舞』は、一切アクティブスキルを使用せずに、即興でアレンジを加えながら、<歌>と<踊り>のパッシブスキルだけで舞い続けているわけで」
「そんなバカな……!?」
ルールーは驚愕の表情を浮かべた。
単純な<溜め切り>といったアクティブスキルでさえ、力の込め方、体力の消耗の仕方など、シビアな感覚と相当な練習量を必要とするもの。それを、<歌>と<踊り>の二つのスキルを使用しながら、更には戦況の様子を見ながらアレンジを加えて舞い続けるなど、ルールーや他のプレイヤーからすれば、まるで神業のようなものだ。
「……というか、<踊り>のスキルって、どうやって細かい発動条件を再現してるんだ?」
「どうやってって……それは、曲調とかステップとかの微妙な違いとか? 気合の入れ方とか、感情移入の違い、とか?」
天音自身も首を傾げながら答えていた。
「こいつの場合、そんな諸々を全部感覚でやっちゃうからな。どんな化け物だよ」
そのイヴァンの言い方に、天音はムッと拗ねたような表情を浮かべた。
「イヴァン、<歌>や<踊り>のスキルにはね、感情移入はとても大事なことなんだよ。人によって好みに違いがあるから。補助を行う場合、同じ<歌>を歌ったとしても、人によって同じ効果が現れるとは限らないの」
好きな音楽や好きな食べ物のように、一人一人の好みがあるように。
「例えば、ね――」
と言って、天音はナイフを手に持ち、いつもの流れるような美しい歌声で<歌>のスキルを発動させる。
「イヴァンのバーカバーカ♪ バーカバーカ――」
「おい、こら!」
そして、天音はナイフを振るった。
ストン!
小気味良い小さな音を立てて、イヴァンの手に持つ骨付き肉は、彼の持つフォークごと真っ二つになってコトリとお皿の上に落ちた。
「げっ!」
「こんな感じ」
そう話しながら、天音は落ちた肉をフォークでつまむ。
「今の<歌>の場合、私自身に補助をかけてイヴァンに対して憎しみと恨みみたいな感情を込めてみたから、今の私の気分と同調してナイフの攻撃力アップと斬撃効果の上昇が付加されたの。でも、同じ<歌>をイヴァンに向けて発動させると、嫌な気分になるから、きっと負の効果、防御力ダウンとか精神力ダウンの効果になるよ」
感覚は人によって千差万別であるもの。同じ音楽を聞いたとしても、人によっては悲しくなったり、怒りを覚えることだってある。
この〝世界〟では、そういった個人の好みや感覚まで、無意識に感じる全てのものがそのキャラのステータス構成に影響を与えている。
話し終えて、彼女は嬉々として肉の半分を口にする。
「ああ、それはよく分かった。だが、食べ物を粗末にするのはいけない」
「うおっ!」
「きゃあ!」
ルールーはイヴァンと天音の両方の頭にゲンコツを落とした。
しばらく二人は頭を擦りながら、保護者面をするルールーを恨みがましく睨み付けた。ちなみに、ここで破壊されたフォークの弁償費用は、後の料理代と一緒に精算されていることだろう。
「まぁ、少数じゃなくって大人数パーティの場合、普通にアクティブスキルの<戦乙女の舞>とか踊った方が、断然効率もいいし私も楽なんだけど」
涙目になりながらも、天音は説明を補足する。
即席の適当な舞を踊るより、アクティブスキルを使用した方が、全員にバランス良く高い効果を与えることができるので、そういった戦闘においては天音も無難なスキルを使う。
「……っていうか、ちょっと待てよ!」
慌てたようにルールーは声をあげた。
「イヴァンがやった最後の特殊スキル、アレは――」
言葉を言い終わる前に、ルールーはそれに気づく。
試合を決めた最後のイヴァンのエキストラスキル<神降ろし>は、何かのスキルによって天音が発動させたのだと考えていた。今までイヴァンの一緒に行動してきたので、こんな奥の手がいつでも使えるなら、イヴァンなら間違いなく使ってみせていたはず。天音の使う<歌>や<踊り>のアクティブスキルの中に、他人を<神降ろし>させるような特殊ものがあるのだと思っていた。
だが、それは到底納得できないものであった。自分自身に<神降ろし>するだけでもかなりのスキルスロットを埋める相当なリスクが存在する。自分ではなく他人を<神降ろし>させるとなると、それ相応のものが必要となるはず。
その事実に気がついたルールーは、驚いたの表情のまま天音とイヴァンを交互に見つめる。
天音は「え、なに?」と不思議そうにルールーを見つめ返すだけ。
その二人の様子をニヤニヤと眺めながら、イヴァンは嬉しそうにして、その真実を告げる。
「エキストラスキルは、アクティブスキルなんだよ」
イヴァンと天音は、二人とも<神降ろし>に類するスキルは何も持っていない。
「エキストラスキルの再現だと?!!」
ルールーは思わず声を上げた。
「そんな話、聞いたことないぞ!?」
「ああ。俺も、俺たち以外で成功したって話は聞かねぇな」
自慢げに話すイヴァンを見ながら、「へぇ、そーなんだぁ」とまるで他人事のように話す天音。
「いや、天音さん、『そーなんだぁ』で済むようなレベルの話では……」
ルールーはそう言うが、天音としては、いまいちピンと来ない話でもあった。
「でも、私とイヴァンができたのだって、キッカケはただ偶然だったし」
それはこの〝世界〟の黎明期の頃の話。いろいろなアクティブスキルの再現を試みていたその当時、イヴァンがあるもの見つけてきたのだった。
「イヴァンがね、どっかの地方のお祭りの『神降ろしの儀式』とかいうのを見つけてきてね」
「俺の実家の方でやってた祭りでさぁ。なんか言い伝えでは、巫女が舞を踊って竜神を召喚し、村の危機を救ったっていう話なんだけど。初めて見た時、コレだ!って思ったね」
映像を入手した二人は、嬉々としてその『神降ろしの儀式』を真似て再現を試みた。天音が巫女の役割を、そしてイヴァンが神主の、竜に捧ぐ人柱としての役割を。
「またその祭りの映像がすごいのなんのって。これやったら、間違いなく竜神を呼べると思ったね」
「最初は、イヴァンを<生贄>して、竜が<召喚>を再現できるかなって予想してたんだけど」
何度も練習を重ねて、二人の息を合わせて行った結果、成功したのは<召喚>ではなく<神降ろし>だったという。
「イヴァンが竜人型だったってのが大きいよね」
「俺が人間型だったら、間違いなく普通にサクリファイスされてたな」
ワッハッハと豪快に笑う竜人を見つめて、ルールーは唖然とする。
実際に<神降ろし>のスキルを発動させようとすると、必要となってくるのは、下地となる基礎ステータスの調整である。種族毎に定められている基礎ステータスを、ある一定の比率に調整を行うと、特定の巨獣である『神』をその身に宿すことができる。その他にも細かい条件クリアを必要とするが、それらの条件をイヴァンが満たしているとは到底思えない。
「天音さん、聞きたいことがあるんだが。今回の戦いで<神降ろし>を再現した時、天音さんの舞でイヴァンのステータスを何か調整したのかい?」
ルールーの言葉を聞いて、天音は考えるような様子を見せて、首を傾げながら答えた。
「ん~、これといって考えて踊ってたわけじゃないんだけど。ただ、イヴァンが竜になるのは、足りないなぁ~って思って」
「足りない?」
天音は頷いて答えた。
「そう。私はイヴァンが竜になった姿をイメージしながら、肉体的な強さの、ステータスの足りない部分を補って踊ってる感じなの。今回だったら、特に防御力とか、精神力とかを……」
ルールーは<神降ろし>について考える。おそらく天音の舞の補助効果によって、イヴァンのステータスを調整して<神降ろし>のスキルを発動させているのだろうと思う。
今回の戦いで言えば、戦いの前半で体力と素早さを大きくさせる補助を行っている。一時的に上昇していた体力と素早さ、イヴァンの元の高い攻撃力と腕力、そこへ防御力や精神力などを補ってやれば。
システムを一時的に錯覚させ、疑似的に発動条件を整えてやることによって、『仮初の竜王』は創り上げられる。
その事実を理解して、ルールーの口からはため息しか出てこなかった。
「すごいな。天音さんは」
「いや~、それほどでも~」
お上手ねぇと、天音はルールーの肩をバシバシと叩く。その頬が少し赤いのは、照れているのか酔っ払っているだけなのか。
「天音さんといい、そこのキツネといい、今回の戦いでは本当に驚かされたよ」
そう言って、ルールーは天音の隣の席へ視線を向ける。
そこには、山盛りの油揚げに必至で齧りついている子狐の姿があった。ルールーと、そしてその隣のイヴァンから視線を受けて、小雪は「え、なに?」と首を傾げていた。
「俺もそのキツネっ子には驚かされたぜ。そんなチビが、あんな大物モンスターを化かして、身を挺して主人を守ったんだからなぁ」
影のMVPは間違いなく小雪だろう。天音が倒れていたら、<神降ろし>もできず、間違いなく三人はやられていた。
天音はそんな小雪を抱え上げて、「えらいぞ~、小雪ちゃん!」とグリグリと頬ずりをしている。小雪は油揚げを食べるのを邪魔されて、少しだけ迷惑そうな表情をしているような気がした。
そんな彼女たちの様子を眺めながら、ルールーは心の中で、こっそりと小雪に感謝をしていた。ルールーが山盛りの油揚げを注文したのは、そのお礼の意味もあった。
小雪が天音を庇わなければ、間違いなく彼女はやられていた。彼よりも先にバッファーの彼女が倒れてしまっては、彼のタンクとしての、そして男としての面目が立たない。それは、彼のただの意地のようなもの。
「天音を庇った、あのスキルはいったい何なんだ?」
「私もよくわかんないんだけど、たぶん狐火を使った幻術みたいなスキルだと思う」
「『思う』って……。天音は、スキルを知らないのか?」
「知らないよ。だって、私、小雪ちゃんを<調教>してないもん」
「じゃあ、なんで魔物を連れてるんだよ……」
イヴァンと天音の二人の会話を聞きながら、我関せずといった様子の小雪を眺めて、ルールーは話す。
「ところで、天音さん。少し気になったんだが――」
「何?」
聞き返す彼女に、小雪を指して彼は言う。
「それ、尻尾増えてないか?」
「…………え?」
天音は、小雪を抱え上げて、油揚げを銜えたままの顔を見てそのまま視線をお尻へと向ける。吊られるようにして、イヴァンも尻尾に目を向けた。
ゆらゆらと心地よさそうに揺れるのは、もっふもふの二本の尻尾。
「……」
思わず目が点になる天音。
彼女が何かリアクションをとろうとした時、天音は声をかけられたことに気がついた。
「あの~……」
彼女たちの後ろから、お店にいた別の冒険者がテーブルに近づいてきていた。
三人の冒険者の女の子。剣士風の子が二人に、影に隠れるようにして魔法使い風の子が一人。面識はない。小雪を抱え上げたまま、天音は彼女たちへ向き直った。
「どうしたの?」
聞くと、三人はアイコンタクトを取りながら、迷ったように視線を、天音やイヴァンたちの方へと向けている。
「あの、さっきまで予選クエストで戦っていた、『魔王の戦斧』のイヴァンさんたちですよね?」
確認の問いでありながら、その目は確信を持っていて疑ってはいないようだった。先ほどまでの試合を見ていた冒険者たちなのだろう。
最初にピンときたのはイヴァン。
「おう。なんだなんだ、俺様のサインでも強請りに来たのか?!」
しょうがねーなぁと、困ったように言いながら全然困っていない表情で、嬉しそうにガッハッハと馬鹿笑いをする。
その様子に、逆に少しだけ困惑したような様子を見せたのは、話しかけてきた三人の女の子たちの方だった。
彼女たちは、イヴァンやルールーではなく、何故か自分の方をチラチラと見ている気がする。嫌な予感がする。天音は思った。そういえば先ほどからやけに視線を感じるなと思っていたのは、彼女たちが原因だったのかもしれない。
偉そうに話すイヴァンをスルーして、意を決したように彼女たちは話した。
自分を、天音の方を向き直って。
「天音さん、ですか……?」
もう一度、確認の問い。
この〝世界〟では、特殊なスキルを持たない限り、相手の名前といったステータス情報は確認することができない。フレンドでもなければ、本人に聞いて確認するしかない。
そう聞かれてしまっては、素直に答えるしかない。
「はい……」
答えた瞬間、女の子たちは、パァ~ッと花が咲くように表情を変えた。
「ほ、本物だぁ!」
「ま、舞姫の、本物の天音さんですよね?!」
彼女たちが目の色を変えて舞い上がっている様子に、彼女は内心冷や汗を流していた。
こんなに早く、バレるとは思ってもいなかった。
当時から、天音のように和服姿のプレイヤーはたくさん存在する。一人似たような格好のプレイヤーがいたところで、誰も気にも留めないと思っていた。
こんなにも広まっているとは思いもよらなかった。
その原因は間違いなくイヴァンにある。
スキルではない本気の『神降ろしの舞』を踊ったせいだ。予選のクエストで、そんなものまで踊るはめになるとは思わなかった。こんなにも、イヴァンの名が売れているとは思わなかった。本当に三人でディアボロスを打ち倒せるとは、まるで予想もしていなかった。
「私たち、ずっと天音さんに憧れて――」
夢中で話し出す三人の女の子の様子に、周囲の冒険者たちの目が自然に天音たちの方へと集中する。
これ以上はヤバイ。
そう感じた瞬間、天音は立ち上がった。
「あーっ!! わ、私、用事があるんだった! 早く次のクエストに向かわないと――」
そう言って、小雪を抱きかかえたまま、最後にゴクリとジョッキを空けて、唖然とする女の子たちを放って天音は動き出す。
「じゃあね! イヴァン、ルールー! またどっかのクエストで会おうね!」
それだけ言い残して、天音はお店から走り去って行った。
慌てて天音を追いかける女の子たち。
「あ! ま、待ってくださいー~!」
せめてサインはほしいと、手に用意していたマジックペンと色紙を持って、彼女を追いかけて行った。
茫然と彼女たちを見送って、ルールーはため息をついた。
隣で椅子にドカリと座ったイヴァンは、呆れたように、少し不貞腐れたようにしてブツブツと喋りながらお酒を煽っていた。
「けっ! 俺様のサインはいらねーってか!」
「イヴァンもいろいろと酷いけど、天音さんも相当なもんだな……」
「何がだよっ!?」
ルールーを睨みつける。
軽く笑いながら、彼は苛立った様子の竜人に向かって話す。
「お前、自覚がないわけじゃないだろう」
「……」
「それで、結局、あのあざとい姉ちゃんは、いったい何者だったんだ?」
「……お前、何気に言うこと、けっこう酷いよなぁ」
別に本気で怒っていたわけでもないので、イヴァンもコロリと表情を変えて、適当な返事をする。
「何者っていうか、見たまんまの変な女だよ。まぁ、この〝世界〟に戻ってきたみたいだし、またすぐに、どこかで会えるんじゃねーか?」
答えたようで何も答えになってないイヴァンの言葉を聞いて、呆れたようにルールーはお酒を口にした。
「天音さんは、トーナメントの本戦に出てこないんだろ?」
「出ないね。実力云々じゃないよ。ガラじゃないっていうか、アイツはそういうヤツだよ」
彼女本人に聞けば、実力がないからと答えるだろう。だが、イヴァンは決してそうは考えない。彼女の持てる力の全てをもって、彼女が本気で舞えば、果たして自分の攻撃は彼女に届き得るのかと。
「それよりルールー。お前自身は、本戦には出ないのか?」
「ステージが『夜』なら、出てみたい気もするが……」
「そりゃそーだ」
種族毎の特性の一つとして、人狼型は夜になると大きくパワーアップすることができる。夜であれば、イヴァンとも正面から殴り合っても、間違いなく勝てるという自信があった。
「まぁ、たとえ夜のステージでも、<神降ろし>のイヴァンには敵う気がしないけどな」
「<神降ろし>の再現なんて、そうそうできやしねーよ」
先ほどまでの話の続き、ルールーは疑問に思っていたことをイヴァンに聞く。
「イヴァンの<神降ろし>は、アイテムや他の補助魔法でも、再現できるのか?」
その問いには、彼はすぐに否定の言葉を投げた。
「そりゃ無理だ」
「なんでだ?」
不思議そうな顔するルールーに、彼は昔を思い出すように話した。
「昔、そう話して、お頭のでっかい連中と、散々検証実験を行ったんだよ。その結果、他のスキルやプレイヤーどころか、天音以外には絶対無理だって結論になった」
彼女でなければならない理由。
それは、アイテムやアクティブスキルの補助魔法等ではステータスの補助率が決まっているため、微調整が行えない点にある。<神降ろし>の再現は、その時の状況によって、ステータスの比率などを臨機応変に調節しなければならない。そのためには、アクティブスキルは使用できず、パッシブスキルによる再現が不可欠となる。
そして、そのパッシブスキルも、<歌>や<踊り>以外では、<神降ろし>の再現は実質不可能と考えられている。補助魔法を再現したところで、補助率には限界があるため、補助の上限がない<歌>や<踊り>の継続使用における増幅効果が、何より重要となってくる。
「他のやつに、アクティブスキルじゃないあんな舞は踊れねーよ。何より、それを微調整して、特定のステータス比率に合わせにいくなんて、いったいどこの誰ができるってんだよ!」
それはまさに、神技というべきもの。
彼女が彼女たる所以。
「イヴァン……」
また、ルールーがイヴァンへと問いかける。
「彼女はいったい何者だ?」
ニヤリと竜人の口元を歪ませて、彼は答えた。
「本物の舞姫だよ」




