88「朗らかな微笑み」
「クソがぁ! どうなっとるんじゃコレはぁ! 儂かてアルトロアの勇者じゃぞ!」
「落ち着いてよく見ろ! 見えん動きではないぞ!」
すでに数発は良いのを入れられたタロウ、目の周りにアザを拵えた顔をカシロウへと向けて言う。
「え? 貴様見えてるのか?」
「見える。動きは確かにかなり速いが、拳打の速度ならば先程の勇者乙の剣の方が速い」
「……ほぅ?」
タロウ、大剣を背の鞘に納めて腕を組む。
勇者『乙』とは恐らく勇者Bの事だろうと当たりをつけて、先程のカシロウと勇者Bの戦いを思い起こす。
外から見ていたタロウにも、確かに速いがその動きも剣も見て取れた。
しかし今、勇者Cの動きさえも目で追えない。
カシロウは勇者BもCも見えると言うのに。
「……ははぁ、さては……こうか?」
神力の刃を捻り出した要領で、なんだかよく分からない力を目に籠める。
なんとなく、こんな感じかなと、勘で。
「よし、これで多分見えるじゃろ。さぁ来い」
「ふん、行くぞ小僧」
拳を構えるタロウ、そして再び、その姿を見失った。
「見えんじゃないか――うわぁっ!」
タロウの眼前、突如現れた勇者Cの拳、頭を抱え紙一重でタロウが避けた。
「む、上手く避けたな」
「? なんで今のが避けられたんじゃ?」
それからも何度か勇者Cが殴りつけ、何度か殴られ、何度か躱したタロウ。
腫れた唇をプルリと震わせタロウが言う。
「貴様さては……、そんなに強くないな?」
「ふん、ボコボコにされていてよく言うな」
実際タロウはボコボコである。
ケーブよりも大きな体格の勇者C、それにボコボコにされる見た目十二歳のタロウ。
警察機構にあたる人影が集団でやってくるレベルの案件である。
しかし、凸凹の顔を不敵に歪ませたタロウが言う。
「もう見切った。もう当たらんぞ」
「生意気言うな! クソガキが!」
そしてまた、勇者Cが姿を消して襲い掛かる。
が、タロウの眼前、振り下ろした拳を掻い潜り、タロウが勇者Cの腹へと拳を打ち付けた。
「ぐぶぅ!」
苦悶の表情を浮かべながらも、勇者Cが高速でバックステップ。
そしてそれを追うタロウ、一瞬見失ってはいるものの、勇者Cが床に足をつけ姿を現した所へと跳ぶ。
そしてその勢いのままで拳を振り下ろし、勇者Cの顔面を殴りつけて床に叩きつけた。
「……ぷぅっ。どうじゃ、タロウスペシャルカウンターの威力は」
「……こ、このク、クソガキ――」
「儂は前世と合わせて六十歳! 決してガキではないし、さらにクソガキでもない!」
そう言い切って、タロウは背に負った大剣を引き抜いた。
「お、おい、タロウ。何も斬らなくても良いんじゃないか?」
「いや、殺す。此奴は許さん」
脳を揺らされた勇者C、頭を振って四つん這いからゆっくりと立ち上がる。
そしてまた、両の拳を胸の前で握ってみせた。
「ちょんまげ、構うな。どちらかが死ぬまでやる、それで良いなクソガキ」
「よう言うた! もし儂に勝てたら友達にしてやろう!」
嬉々としてそう言ったタロウが、再び大剣を鞘に納め、革帯を解いて鞘ごとカシロウへと投げ渡した。
「持っとれ。この拳だけで息の根止めてやるわ」
言うや否や、二人はただただ全力前進、互いに高速戦闘へ突入した。
『ねぇヤマオさん、僕って魔術の瞳越しじゃない? 全然目で追えないんだけどどうなってんの? タロさん平気?』
『平気……と言えば平気ですね。どちらの拳もまだ当たってませんから」
実はタロウ、勇者Cの動き自体は目で追えないが、拳の動きは目で追えるようになっていた。
それはその身に宿す竜の神力、巧みとは言い難い扱いながらも、自らの能力強化を果たしたお陰。
勇者Cの繰り出す拳を紙一重で避け、カウンター気味に放つタロウの拳もリーチが短くバックステップで避けられる。
それを幾度も繰り返し――
「いい加減に届けぇ! 儂の拳ぃぃ!」
――バギィッ! と音を立てた勇者Cの腹。
「……あ、すまん。なんか出てしまったんじゃ」
悶絶の表情と共に呻き声を上げた勇者Cが、その膝を折って蹲った。
「ぐふっ、げ、げはっ……! 届くはずはっ、無かった……!」
「……いや、ごめんな。わざとじゃないんじゃ……」
左手で頭を掻いたタロウのその右手の先には、獣の手を象ったような、『神力の拳』が形作られていた。
およそ一尺半、タロウのリーチが伸びていた。
「……そ、それは?」
「うーん、なんて言ったら良いのか……、まだ上手く使いこなせんのじゃか、儂の身に宿る神さんの力らしいんじゃ」
「……あぁ、なるほど。お前の宿り神って事な。なら、それはお前の力だ」
勇者Cの腹は三分の一程は抉られて、見るも無残な様相を呈していたが、勇者Cはそれを感じさせない素振りで、床に大の字に寝てこう言った。
「楽しかったなぁ……。なぁクソガキ?」
「おぅ、最後はアレじゃったが、楽しかったな!」
「またやれたらやろうな!」
朗らかにそう言った勇者Cに向けて、眉を潜めたタロウが言う。
「……いやぁ、やりたいのはやまやまじゃが、その腹じゃ……残念じゃが無理じゃろなぁ……」
「やっぱそうかな……。まぁ良い、最後にお前とやれて良かったわ。チビのクセにやるもんだな」
「貴様も強かったぞ。ただな……、その靴? それ無しでやりたかったぞ、儂は」
大の字に横たわる勇者Cの、その両足のブーツを指差してタロウがそう言った。
「お、やっぱバレてたか。しかしこれなしじゃな……、お前の相手するのは難しかろうよ」
「決してそんな事はない。その靴のせいで貴様は負けたんじゃ。貴様の武が儂に負けた訳じゃない」
常にない真顔で、しっかりとした声音でタロウがそう言った。
「………………やっぱ、ここじゃないどこかで出会いたかったな。ありがとよ――」
そして少しの沈黙の後、唐突に現れた魔術陣。
「勇者乙の時と――同じ⁉︎」
「……ま、今度は靴じゃろうな」
タロウの言葉通りに、勇者Cの両足にそれぞれ簡易転送術式が発動する。
ブゥンと一鳴き、魔術陣が両足を包んで消えた。
「お、足は置いていったか。良かった良かった」
息のない勇者Cを覗き込んだタロウ、その表情はカラリと明るい、朗らかな微笑みを湛えていた。




