85「勇者B」
ブンクァブからトザシブへの道のりに、高速で走る二人の人影。
一人は紺の袴に紺の上衣、もう一人はディンバラで良く目にする白のブラウスに茶系のワンピースという町娘スタイル。
「ちょ、ヨウジロウ――様っ、速すぎです、わ」
「あれ? そうでござるか?」
トザシブへと向けて駆けるヨウジロウ、知らぬ間にオーヤ嬢を置き去りにしてしまっていた。
ちなみに駆けているのはヨウジロウとオーヤ嬢の二人だけ。
本当に魔獣の脅威が去ったのかの確信が持てない為、全く仕事のなかったトミーオとディエスはブンクァブに残ったのだ。
「私だって、ぜぇ、一晩で、はぁ、トザシブとブンクァブを、駆ける位には、ぜぇ、脚に、はぁ、自信が、あり、ますのよ」
「そのヒラヒラした服のせいではござらんか?」
「そんな、ぜぇ、簡単なこと、はぁ、では、ぜぇ、ありません、わ」
昨夜の走りやすそうな黒装束から装いを改めたせいではないかとヨウジロウは推測するが、どうやらそんな事はないらしい。
膝に手を置いて、息を切らしてそうオーヤが言うが、対してヨウジロウは一つも息を切らす事なく首を捻って悩んでいる。
「それがしも昨夜走ったでござるよ。ただもうとにかく眠たかったでござるからな、父上の訓練の時もボンヤリ何にも考えずに走ったでござる。それとそんなに速さ変わらないと思うでござるぞ?」
「絶対にそんなことございませんわ! こんなペースで駆け抜けたなら、三刻も掛からずにトザシブですわ!」
朝二つの鐘が鳴ってすぐに出発した二人、オーヤが言うには昼二つにはトザシブに着いてしまうらしい。
「そんなもんでござるか。でも早く着くなら着くで良いでござるな」
「でも、私にはそんな速さで走るのは無理ですわ」
ヨウジロウは膝に手を置いたオーヤ嬢の手をそれぞれの手で握り――
「ならこうするでござるよ」
――フワリとオーヤの体を持ち上げて、自分のその小さな背に負ってみせた。
「いけませんわ! ヨウジロウさ――」
「喋ってると舌を噛むでござるぞ。さぁ! いざトザシブ!」
オーヤが背に乗っている事など関係ないとばかりに、先ほどよりも速度を上げたヨウジロウがトザシブ目指して一目散に駆け始めた。
● ● ●
二人の鎖鎌を使う黒装束を仕留めたカシロウとタロウ、順調にクィントラの下まで辿り着くかに思えたが、そん簡単にもいかないらしい。
「どうしました?」
『うーん、僕の瞳ちゃんが悩んでるみたい』
「何をじゃ? ただクィなんとかを追うだけではないか」
『そうなんだけどさ、二つ……いや三つかな? クィントラさんの魔力が分かれてる……のかな。ごめんね、なんだかはっきりしないみたい』
「どうしますか? 私とタロウで手分け致しますか?」
『う〜〜ん……』
天狗の言葉に同調するように、魔術の瞳も逡巡するように、ふらりふらりと右往左往。
『……うん、手分けは止めとこう。このまま一つずつ潰してく方がトータルは良いと思う』
現在地は砦の中央付近の二階。
『うん、先ずは西端最上階の三階を目指そう。ペース上げてくから、相手しなくても良いのは無視でお願いね』
天狗の声とは裏腹に、魔術の瞳の速度は変わらない。
しかし、タロウは斬らなくても済む兵士は斬らず最低限だけ斬り捨てて先を急ぐ。
カシロウも今まで通りに北方警備隊の者は峰で打ち据えて意識を奪い、黒装束の者は問答無用で峰を返して斬り捨てた。
そして西端三階、屋根の上に望楼を備えた広い部屋に二人は足を踏み入れた。
『誰かいるよ。それがクィントラさんの魔力を持ってる』
そして目にした者は、明らかにクィントラとは異なる黒装束の者。
カシロウよりも拳一つ背の高いクィントラに比べて、逆に拳一つ小さい背丈。
真っ直ぐに凛と立つ姿は、クィントラというよりもカシロウに近い佇まい。
「お主は?」
「名乗るほどのものでもないが……そうだな、勇者Bとでも呼ぶが良い」
「勇者……B……」
カシロウはそう呟いて、クィントラを勇者「甲」、この男を勇者「乙」と、頭の中ではそう認識した。
そして名乗った勇者乙、腰に刺したサーベルを抜き、眼前に立てて構えて見せた。
「さぁ、どちらからやる? 当然二人同時でも良いぞ」
「剣術自慢が相手ならば私だな。タロウ、良いな?」
「ま、良いじゃろ。相手は黒装束じゃ、思う存分やれぃ」
歩み出るカシロウ、兼定を抜き、だらりと右手にぶら下げて進む。
「魔王国ディンバラ序列十位、四青天が一人ヤマオ・カシロウ、参る」
二人の距離がみるみる詰まり、そして唐突にカシロウの歩みが消え、一足飛びに飛び込んだ。
勇者Bの右側へ飛び抜けながら、右手の二尺二寸を頭上から振り下ろした。
「おぉぉ!」
眼前に立てたサーベルを頭上で横にし兼定を受け止め、雄叫びに気合いを籠めた勇者B、そのまま腕力でもって弾き返した。
「ぬっ⁉︎」
空中で僅かにバランスを崩したカシロウ、その腹へ向けてサーベルが振るわれた。
峰に左手を添え、立てた兼定で受け止めたが、またしても腕力でもって吹き飛ばされた。
ザザザと雪駄が音を立て、床を擦って止まった。
「何をやっとるんじゃカシロウ! いつでも代わるぞ!」
「まだ一振りずつしただけではないか。これからさ」
――久しぶりに心躍る相手だ。
カシロウの心は浮き立っていた。
ダナン戦以来、魔獣の群れと戦いはしたが、まともに剣で勝負した事はない。
しかも剣の腕は恐らくダナンより少し上。
カシロウの今回の生において、真剣で命のやり取りをした事はあまりない。
ナッカ、マッツ、ケーブらに襲われた時のヴォーグ、柿渋装束の剣術使い、それにダナン。
つい先日タロウとも戦ったが、ダナンらとは違ってヒリヒリするものがなかったらしい。
きっと、殺す殺される、というギリギリの物を感じなかったからだろう。
そしてこの勇者乙、一合ずつ剣を打ち合わせただけだが、既にカシロウ、ヒリヒリしていた。
その右頬の、顎から耳の近くまである古傷が、久しぶりに薄らと赤みを帯びて目立ち始めていた。




