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67「ブンクァブとシャカウィブ」


「魔獣だよ魔獣。それもけっこう強いやつ」


 そう進言した天狗の言葉に騒ついた王城三階の王の間。


「どこです⁉︎ 近いのですか⁉︎」


「いや近くはないよ。ブンクァブの方だから」



 『なんだブンクァブか』、一同の頭に同様の思いが湧き起こる。

 魔獣の森に程近いブンクァブはここの所、魔獣の流出が頻繁にあるため魔王国軍から常に一軍は常駐しているのである。



「貴方が天狗殿か。ついこの間まで僕と僕の九軍がそれに当たっていた。そんな分かりきった事を伝えにこの城へ忍び込んだという訳ですか?」


「えぇっと……、ああ、アナタがダナンさんの従兄弟のクィントラさんか。初めまして」



 気さくに挨拶する天狗に対して、フン、と鼻を鳴らすのみのクィントラ。


「クィントラさん、『爪熊(つめぐま)』って魔獣知ってる?」


「やけに大きな腕と爪を持った熊でしょう? 僕が詰めていた時にも何度も倒しましたよ。そんなモノが脅威だとでも?」



 爪熊とは、普通の熊よりもう一回り体が大きく、中でも肘から先だけが倍ほども肥大した凶暴な魔獣であり、魔王国軍の通常の兵士ならば一匹に対し十数人がかりで倒す程度の強さである。



「『刀熊(かたなぐま)は?」


「…………?」


「あ、知らない? 普段はもっと森の奥に住んでて、爪熊より断然強いんだけどね。それが十頭ちょっとかな、多数の魔獣を従えて森から出て来るみたいなんだ」



 刀熊とは、年()た爪熊が長くなり過ぎたその爪を自ら折り、その内の二本を両手に持ち、腰に巻いたツタへ、カシロウが腰に兼定を差す様に残りの爪を差した熊である。

 当然、知能においても爪熊の比ではない。



「天狗殿はどのようにしてその情報を?」


「僕の中の白虎が落ち着かないからさ。ちょっと『魔術の瞳』飛ばして調べたの」


「……ほぅ、魔術の瞳、高等魔術ですな!」



 魔術の瞳? と呟いて首を捻るカシロウと違い、二白天の二人が感心して頷き合っていた。

 他の面々も同じように頷いていたが、トミー・トミーオに至っては明らかに知ったかぶり、その目が泳ぎまくっていた。


「僕は知ろうと思えば大抵のことは知れるよ。知ろうと思えばね」



 そう言った天狗の言葉に、玉座の後ろに潜むハコロクがドギマギした。

 そう、天狗ならばリストル暗殺の一部始終を知れる筈、ハコロクの正体が柿渋男だと知っている天狗であれば当然である。


 リストル暗殺に興味がないのか、どうやらとやかく言ってこない天狗に、実はハコロク、ビビりまくっていた。




「ヴェラでも荷が重いですか?」


「他の普通の兵士さんじゃどうにもなんないと思うけどね、ヴェラさんってあの下天の色っぽいお姉さんだよね? 魔術の瞳で覗いた感じだけだけど大丈夫だと思うよ。一対一ならね」



 天狗が言うには、たとえ魔術を使える兵士が百人いても、たった一頭の刀熊にさえ太刀打ちできないらしい。


 十二年前の御前試合でカシロウと良い勝負をしたヴェラであれば、百人の兵士が相手でも打ち倒すだろうから、その魔獣は当時のヴェラと同程度には強いことになる。



「一頭の刀熊と並の魔獣ならヴェラさんと兵士で大丈夫だけどね、ちょっと刀熊の数が多いから大変だと思う」


「どれほどの猶予がありますか?」


「まだ森から出てないから……、明日の昼まで、かな。ブンクァブの近くで迎え撃つならね」



 ――明日の昼……、一同がそう呟いて息を飲んだ。


 ここトザシブからブンクァブまで、普通の行軍で五日、絶望的である。



「私が行きます」


 カシロウがそう、皆に宣言してみせた。


「オマエが行ってどうにかなるか?」


 そうウナバラが言うのへ、カシロウも言い返す。


「私とヴェラとで当たり、なんとか数日()たせる。その間にブンクァブの民をここトザシブへと移動させる。それしか私には思い浮かびませぬ」



 どうだろうか? と窺うように顔を見合い、最終的にウナバラが判断を下した。


「よし。ヴェラには転送術で『打って出ずに民を逃がせ』と手紙を送りつける。あっちからじゃ返事を返せねぇが、ヴェラならば上手くやるだろう」


 ウナバラがラシャに視線を送り、ラシャも心得たもので一つ肯き手紙の準備へとかかり始めた。



「山尾はトミーオと向かえ。でクィントラは九軍を連れて出来るだけ早く出発、騎馬先行で三日で辿り着け。人死には出したくねぇがそうも言ってられん。七軍と九軍足して何とかしてくれ」


「久しぶりに暴れてやるでヤンスよ」

「畏まりました」


 トミーオとカシロウがそう言い、クィントラも声を上げかけたその時――



 下天で(ひしめ)く王の間の中央、ブゥゥんと音を立てて魔術陣が作動した。



 ――作動を終えて魔術陣が消え去った跡に一通の手紙。



「今のが転送術だよ。なかなか受信するのは見れないよねー」


「受信……、ど、どなたから?」


 天狗とカシロウのやり取りを尻目に、ウナバラが取り上げて目を通し、勢いよく悪態を()いた。



「…………くそッ! あっちこっちでどうなってやがる!」



 ウナバラが手紙をラシャに投げつけ、受け取ったラシャが読み上げてゆく。



「北方警備視察中のリオからだな……」


 ブンクァブと違って防衛の拠点であるシャカウィブ、常設の転送術式が備えられている。

 誰でも使える訳ではないが、それなりの魔術の才があれば使用可能。つまりカシロウには当然使用できない。



「『北東、おそらく神王国よりの群勢あり、その数およそ五万。至急対応を望む』……ご、五万だと⁉︎」


 普段は寡黙の代名詞たる男、リオ・デパウロ・ヘリウス。文章を起こす際にも簡潔ながら淀みなく必要な情報を寄越す、無駄のない男である。



「北方警備の総数はどうなんでヤンスか?」


「……元々の二千とリオの八軍の一割、合わせて二千五百だ」



 精強な魔人族と人族とを比べれば、一人で五人を相手取れるというのが通説だが、軍対軍になると指揮官の差、練度の差、戦場の状況など様々な要素が絡む。


 しかし二千五百と五万では話にもならない。




 トノが顔を出して何事かを言い、それにカシロウが小声で返した。


『…………………………!』


「そう……でしたね。しかしあの時の結果を見ればそうも言えんでしょう」



「トノなんだって?」


「前世で一千対三万で戦った時の事を引き合いに出して、『我らは三十倍の敵を相手取ったもの、何をオタオタと!』と仰ってるんですけど――」


「ほう? 三十倍でヤンスか?」



 聞き耳を立てていたトミーオが反応した。



「しかし我々、その戦さで死んでますからね……」





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― 新着の感想 ―
[一言] 緊迫した状況でそのオチは笑えんな(笑) いや、笑ってるけど(笑)
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