36「鷹の目」
「私の宿り神、鷹の力はこの『目』でございます」
「目? 目がどうだと言うのだ?」
リストルが周囲を見渡して、自分だけが分からないのかどうかを確認し、どうやら誰もが飲み込めていない様で明からさまにホッと一息ついた。
「鷹というのは高速で飛び、且つ地上の獲物を的確に捕らえる程に目の良い鳥です。天狗殿が言うには、鷹ほど眼の良い生物はおらぬ程だそうです」
「……その目の力を、オマエは使えるという事か?」
「はい。先程のウナバラ様の斬撃、あれは神速の居合に恐らく光の魔術を併用したオリジナルの居合。以前の私であれば腕の一つも持っていかれた事でしょう」
驚きの声を上げたリストルら。
しかしその驚きの声はカシロウに向けられたものではなく、魔王国の運営、ビショップ倶楽部の運営、新作料理の開発と大忙しのウナバラが新たな技を磨いていた事に向けられたものだった。
「光の魔術だとよく見破ったな」
「風の刃かとも思いましたが、空気の揺らぎが刀が起こしたものしか見えませんでしたから」
「そこまで見えてんのか。すげえな…………すげえんだが……」
「だが?」
「地味だな」
カシロウを除く全てのものが頷いた。
「まっこと地味である」とリストル。
「このような能力に十二年も……」とブラド。
「時間の無駄とまでは言わんがのぉ……」とグラス。
皆の反応を見、カシロウはしょんぼりと肩を落とした。
カシロウにしてみれば、この『鷹の目』の力は大いに自分を助けるもの。
相手が如何に強大であっても、その攻撃を全て避けられるなら太刀打ちのしようもある。
ヨウジロウが赤児の頃、当時のカシロウではその赤児が放つ神力の刃で薄くとは言え傷だらけになった。
先日、里の河原でヨウジロウと立ち会った際、カシロウは当時と違い、兼定でなく木剣で神力の刃を捌ききった。
これは偏に、『はっきりと見えているから』に他ならない。
眼が良いというのは、命のやり取りをする上で相当なアドバンテージを産むものなのだと、カシロウは理解している。
地味なのは認めるが、ここにいる皆が賛辞を送らない事にやや不満を感じるほどには、この能力、引いては自分の宿り神について満足をしているカシロウ。
そしてもう一人、この評価に不満を表明する者がいた。
「あ、勝手に出てはならぬとあれ程申し上げましたのに――」
トノが具現化していた。
バサリと羽を打ってカシロウの体から飛び出し、カシロウらの中央、床に降り立ち地団駄踏んだ。
「……お、おい山尾……。これって、もしかしてオマエの宿り神か……?」
「……ええ。私の宿り神にございます」
突然姿を現した鷹がリストル、ブラド、グラスを羽で指し、そして器用にも己を指してグイッと首を掻き切る身振りをした。
青褪めたのはカシロウである。
主君と上司に向かって、あまりにも不敬な態度。
大きく跳んでトノを胸に抱き抱え、そのまま自らの胸へとトノを押し込んで、
「ままま誠に申し訳ございません! わわわ私の鷹は気位が高い所がありまして――」
そう吃りながら土下座で謝罪するカシロウへ、
「構わん! 許す! そんな事はどうでも良い! 余も欲しいぞ!」
リストルが高らかに許し、宿り神を欲しがった。
「そこんとこどうなんだ山尾? リストル様にも宿り神とやらは憑いてるんだろ? 今みたいに出せるように出来るのか?」
「え……、あ……、憑いている筈ですが、どうなんでしょうか……」
冷静にウナバラがそう言うのへ対し、自信無さげにカシロウが首を捻った。
「私は宿り神を出すのに十年掛かりましたが、ポンと出せる様なお人もいるのかも知れませんし、天狗殿に伺ってみなければなんとも……」
「じゃあ余の宿り神が何かを調べる手立ては?」
「あいや、それも天狗殿でなければ……」
リストルの言い分はもっともなのである。
『リストルが興味を持った為の出向』という設定なのだから、リストルが宿り神の力を得る為の出向であると皆に示す必要がある。
その為にリストルは少し大袈裟に興味を示して見せた、その筈である。
「そうか……。ま、それはしょうがないな。天狗殿に一度こちらに来ていただける様に遣いを出そう」
「今度こちらに伺われると仰せでございました」
「ふむ、そうか。……どうだ? 入れ違いになると悪いかな?」
カシロウの言葉を受けたリストルが、ブラドとグラス、二白天の二人にそう投げ掛けた。
「入れ違いになったらなったで良いですじゃろ」
「グラスの言う通り、そんな事は些細な問題でございます。聞いたなディエス、行け」
グラス、ブラドの二人が即座にリストルの意向に沿う。よっぽどの悪手ならば二人は容赦無くリストルを諫めるが、基本的には主の命に忠実である。
「アイアイサー!」
そう言うや否や、ディエスの姿が掻き消えて、扉が開いて即座に閉まった。
当然、ディエスも同様である。
「よし。ではこの場の続きは天狗殿がお見えになってからとする。仕事に戻る者は戻ってくれて良い」
はっ、と膝をついて頭を下げた一同。
「カシロウは明朝来てくれれば良い。だからもう今日は帰って、ユーコーに顔を見せてやれ」
カシロウはこの、部下思い国民思いの魔王を、その魔王に仕える自分を、誇りに思う。
トノの前世に負けず劣らず、良い主君だと我ながら思う。
「畏まりました、お言葉に甘えさせて頂きます」
「ああ、明朝はヨウジロウも連れてきてくれ。ビスツグに引き合わせたい」
● ● ●
後ろで縛った髪を解いたウナバラとともにカシロウは退出し、少し二人で歩く。
「『触り』だけっつってたが、すげえのがあんのか?」
カシロウとしては『鷹の目』も十分に凄い力だと思いはするのだが、やはり派手さには欠けるのは事実であると理解もしている。
「ありますよ。もう少し派手なやつと、かなり派手なやつが」
「それ見せりゃ良かったのによ。ならあんな、地味だ地味だ言われなくて済んだだろうが」
「また何かの折に見せることもあるでしょうから。その時まで取っておきますよ」
フ、と口の端で笑ったウナバラが、「期待しとく。ちなみに『触り』ってのは誤用だぜ」と告げて手を振り離れて行った。
カシロウ、自室前の扉の前、ノブを回そうと手を近づけては離す、を三度繰り返して漸く意を決して掴んで捻った。
扉を開いたそこには、凛と立つ愛妻ユーコーの姿。
「お帰りなさいアナタ。お疲れ様でした」
翡翠色の瞳、やや尖った耳、榛色の髪を後ろで一つに結え、にこりと微笑んで立つ妻。
少し顔の皺が増えた自分と異なり、七年前にヨウジロウを迎えにここに戻った時と一つも様子の変わったところのない、己れが愛して止まない妻。
「ただいまユーコー。すまん、随分と待たせた。相変わらず可愛いぞ」
「アナタったら……」
そう言ってゆっくりと歩み寄り、抱き締め、口付けを交わした。
リビングの奥のテーブルに肘をついて、両掌で顔を覆ったヨウジロウがその指の隙間から見詰めている事にも気付かぬ程に、熱烈な口付けを。
フレーズはよく見る「鷹の目」なんですが、鷹なんでね、やっぱり目の良さ使わなきゃ始まらない。




