107「序列九位と十位」
目を覚ましたカシロウは、己れの腹の上で蹲ってこちらを見詰めるトノに気がついた。
『…………』
「五日ですね、分かりました。慌てずにやって下さい」
その一言だけを交わすと、トノはスゥッとカシロウの腹へと潜り込んだ。
――あと五日ほどで元通りに力を使えるだろう――
トノはカシロウへそう言った。
昨夜天狗に聞いた通りであれば、トノが戻れば頭痛も軽くなる。
残り五日であれば天狗の丸薬も十分に足りるし、トノの状態が分かった事も嬉しい。
昨夜に続き、カシロウの心はさらに少し前を向いた。
幾分、頭痛がマシな気はしたが、カシロウはきちんと用法用量を守って丸薬を口に含み、寝床で一人悶絶した。
朝二つの鐘が鳴る頃、ヨウジロウと連れ立ったカシロウは魔王の間へと向かった。
サボった後ろめたさもあって落ち着かないが、にこやかに隣を歩くヨウジロウに癒された。
「何か良いことでもあったのか?」
「それがし笑ってたでござるか?」
「あぁ。ニコニコと楽しそうだ」
「久しぶりに父上と共の出勤でござるからしょうがないでござるよ!」
そう言ったヨウジロウが、さらに笑みを深めてみせた。
仕方なかったとは言え、幼いヨウジロウを母から七年もの間引き離して訓練に明け暮れさせた。
なのにこれほどに、明るく真っ直ぐに育ってくれた。
己れの教育が良かったせい、などとは露ほども思っていないカシロウは安心する。
その身に宿す竜の力に、ヨウジロウが溺れる心配はないと確信したカシロウは、ならばやはりと、もう一度打診しようと考えた。
そして朝二つの鐘が鳴る少し前、魔王の間の扉を潜ると、すでにそこにはウナバラと二白天がビスツグと何やら相談していた。
「おお来たかヤマオ親子。お前らも混ざれ」
久しぶりに顔を見せたというのに、なんら叱責もせずに混ざれと言うウナバラ。
そうは言うが、昨夜考えた通りにまずは謝罪をと、カシロウは口を開く。
「この度は誠に申し――」
「ああ良い良い。かなりの頭痛だったらしいじゃねぇか。とにかく落ち着いて良かったぜ」
ヨウジロウの口から頭痛が酷いゆえ休むと伝えさせはしたが、程度などは何も伝えていないはず。
さらに突然来た割りには驚く様子も全くない。
「今朝天狗のじーさんにたまたま会ったのよ。俺んちと近所だからな。クソ苦い薬渡したっつって笑ってたぜ」
確かに今日こそ出仕する旨を天狗には伝えていた。
「そんな事よりよ。クィントラの件ではご苦労だったな。あっちこっちお前に行って貰って助かった、ありがとよ」
「いえ、そんな……。ところで早くから皆様でなんの相談ですか?」
「おぅそれよ。まぁクィントラの奴が居なくなったんでな、お前は九位に昇格だ。で、それは良いんだが十位を誰にしようかってな、そんな議題だ」
カシロウはこの場で、再び柿渋男探索の旅へ出たいと申し出るつもりだった。
下天の立場を投げ打ってでも認めて貰おうと考えていたのだが、それどころか昇進してしまった。
「いや、しかし私は――」
「分かってる。柿渋探索だろ? 魔獣の森とクィントラの件でごたごたしたが、ちゃんと覚えてる」
「ならば――」
「しかし今はダメだ。魔属のトップたる俺ら下天の一人による謀反が起こったばっかだ」
『魔属のトップたる下天』
それは勿論その通りなのだが、そこに己れが居座って良いものかと悩むカシロウには逆効果。
ズキリと少し頭痛を感じたカシロウ。
口を挟もうとするのを、機敏に悟ったウナバラが制して言う。
「お前には役目がある。お前じゃなきゃ駄目なやつだ」
「……役目……ですか?」
「看板だ。今回の騒動を治めた立役者としてのな」
さすがにウナバラの言わんとする事は分かる。いい加減そろそろ国民にクィントラの件を公表しようというのであろう。
しかしそれでも、カシロウは頷くことが出来ない。
「しかし! 私は――!」
序列二位、ブラド・ベルファストがカシロウの言葉に割り込んだ。
「カシロウ、貴様はこう考えているのだろう? 『どうせ呪いがあるからなんとでもなる』とな」
「う……、あ、いえ……」
カシロウにその思いが無かったとは言い難い。
「お前は勘違いしておる。国民の全てが魔属なのではないのだ。現に国民であり下天の一人であったクィントラが謀反を起こした」
かつてクィントラが自身の事を『魔属である』と言ったのをカシロウは覚えているが、当然クィントラは『魔属』ではなかったのだろう。
「我ら下天の大事な仕事の一つは、国民に『魔属でいてもらう事』。例えビスツグ様で最後の呪いであっても、だ」
ここまで言われてしまっては、首を縦に振らないわけにはいかない。
この場で首を横に振れる者は、それは恐らく魔属ではない、とカシロウは考えたから。
「分かり……ました。柿渋探索につきましては、一旦忘れておきます」
「……すまねぇなヤマオ。今回は辛抱してくれ」
ウナバラらが言う、立役者としての看板とは、特別なにかをするでも無かった。
ただそこにヤマオ・カシロウが居るだけで、国民が安心する様な発表と噂を流すらしい。
恐らくは明日、現在ラシャが作成中の筋書きに沿ってクィントラ事件とカシロウの昇格が公表される。
だから、カシロウは普段通りに生活しろ、との事。
「続いて十位じゃの」
そう言ったのは序列三位グラス・チェスター。
「誰が誰推しかは差し控えるが、今んとこの候補は――
『天影十席ディエス』
『人影から誰か』
『アルトロアの勇者タロウ』……は流石に無理だろうが。
『ヨウジロウ・トクホルム』
――今んとこ以上だな」
「えぇっ!? それがしもでござるか!?」
「おう、誰の推しかは言わねぇがな」
玉座に座るビスツグが、人知れず頬を赤く染めていた。




