第96話 迷宮ボス
食事中注意です。
図らずも倒してしまった魔物たちを手早くアイテムボックスに格納し、先を急ぐ。
コーヒーの実は皆の協力を得て、ひとまず十分な量を収穫することができた。
通常の転移ゲートでは直接迷宮の中に転移することはできないが、迷宮内なら転移ゲートで移動できる。
足りなくなれば、俺が迷宮の入り口まで送ったあと、アンナロッテが更に他のメンバーを移動させるという方法でいつでも収穫できる。
もしくは、シンシアに頼めば迷宮の中まで一気に転移可能のようだ。
とすると、【時空魔術】でもいずれ可能になるかもしれないな。
スキルレベルも上げたし、今後に期待しよう。
彼女たちだけに収穫をお願いすることになるので、少なくともこの迷宮内では俺なしで戦えるようになって貰う必要がある。
最低でも、俺という保険がなくても大丈夫だという保証が欲しいところだ。
今までもレベル上げ目的で俺を除いた戦闘をしてきているので、結局やることは変わらないけどね。
強いて言うなら、俺が行っていた索敵や警戒を他のメンバーだけでできるようになって貰う必要がある位か。
そんなわけで、俺はアイテムボックス内の魔物を解体したあとは、ひたすら【森羅万象】のスキルレベル上げに勤しんでいるというわけだ。
隠密らしく【罠発見】スキルや【罠解除】スキルを持っているヤスナが斥候、そして鋭い嗅覚をもつイリスが警戒にあたることで今のところは順調に迷宮攻略が進んでいる。
「『アイスウォール』!」
アネオネの消化液を、アンナロッテの氷壁が防ぐ。
そうしている間、咲良が【重力魔法】で動きを抑え、マリナさんの【神聖魔術】で加護を受け速度と膂力を増したイリスとヤスナがトドメを刺している。
ちなみに、この消化液。
前回のアネオネ戦でも発動を確認しているが、【完全見取り】でもスキル化は無理だったようだ。
タマの片割れのときもそうだったけど、魔物固有の物は厳しいみたいだな。
ただし、完全な失敗ではなく、【錬成】のレシピとして『アネオネの消化液』を覚えた。
何とかつじつまを合わせて、スキル化してくれる涙ぐましい努力だな。
【森羅万象】を連発しながら、戦いぶりを観察する。
一見するとバランスの良いパーティーのように見えるけど……。
……やはり後ろから見ていると、課題や問題がよくわかる。
まず。咲良とイリスの装備は俺が用意した物だが、アンナロッテとマリナさん、そしてヤスナの装備は自前の物だ。
マリナさんと、王国の標準装備を身につけているヤスナはともかく、アンナロッテの装備はなぁ……。身につけていた軽鎧は先程服と一緒に溶かされてしまった。
その軽鎧もあまり性能のよいものではなかった。
武器も杖という名のひのきのぼうだしな。
一応、【槍術】スキルが有効のようで、そこそこ扱えてはいるようなのが幸いだけど。
【氷魔術】は守って良し、攻撃して良しだから基本的にはそれで問題ないけど、前衛で守りを固める魔術師(そうび:ぬののふく、ひのきのぼう)ってどうなのよ? って話で。
貧乏王女だって事をすっかり忘れてたよ。
あとで、街に送って装備を調えさせるか……。
それとも、途中でどこかの街に寄って俺が一緒に見繕うか……。
そのどちらかだな。
遠距離攻撃がマリナさんの攻撃魔術と、咲良の魔法だけってのも問題だよな。
まず【神聖魔術】で加護を与えている間は他の魔術を使えない。それに、咲良も【重力魔法】で魔物を抑えている間は攻撃することはできない。
まぁ、どちらも安全策なので攻撃に転じれば大火力で殲滅することができるだろうけど、大火力を発揮するような魔術や魔法は発動までそれなりに時間がかかるというのも問題だ。
俺や、【詠唱破棄】スキルを持っているヤスナは、ほぼノータイムで魔術を行使できるし、イリスの魔力変換も魔術とは異なる技術であるため問題ない。
しかしながら、それ以外のメンバーは大なり小なり詠唱に時間がかかる。
魔法系のスキルは比較的時間がかからないが、それでも火力を上げるにはそれなりに魔力を絞り出す必要があるため、時間がかかる。
逆に動きを抑える程度であれば即座に発動できるため、咲良は専ら補助にまわっているというわけだ。
ちなみに、『アイスウォール』などと大層な名前がついているが、ただ大きな氷壁を作り出すだけのこの魔術は、比較的発動時間が短い。
炎を壁型に整形し続ける『ファイアウォール』などと比べると、維持コストもかからない。
防御魔術としては便利な魔術なのだった。
とすると課題は、魔術組が準備を整えている間に牽制を行うような手段……これは最悪前衛二人に頑張って貰うとして、その場合……撤退まで牽制する方法が必要だよな。
あとは、『アイスウォール』よりも早く防御できる手段か。
このままだと低レベル帯の魔物ならともかく、もう少し先の階層へと進んだ場合は色々不安が残る。
時間をかけずに遠距離から攻撃できるような方法を考える必要があるといえる。
アンナロッテには盾を渡すとして、遠距離攻撃はギリクみたいにボウガンを用意してみるか?
「そろそろ10階だ。ボス戦になるけど、大丈夫そうか?」
「うーん、正直……魔物との相性次第かなぁ」
「サクラさんに抑えて貰ったあと、アタシの『影縫い』で動きを封じるつもりですが……キョーヤさんがやったみたいに脱出する方法もありますから、そういう相手だとちょっと厳しいかもしれないっすねぇ」
「まぁ、今まで通りやって無理そうなら、俺が助けに入るさ。――じゃあ、準備はいいか?」
反対意見もないようなので、俺たちは靄に触れてボス部屋へと移動するのだった。
†
久々のボス部屋は、魔物が大量に溢れていたり、冒険者の死体が転がっている……なんてことは一切なく、四体のアネオネと、十匹のビッグビー、そして、中央には――
──────────
魔物名
エビルアネオネ
レベル
10
スキル
消化液(レベル4)
毒撃(レベル3)
木魔法(レベル3)
土魔法(レベル3)
水魔法(レベル3)
吸血(レベル2)
体力吸収(レベル2)
魔力吸収(レベル2)
木耐性(レベル2)
悪臭耐性(レベル10)
特殊・特性
棘
種爆弾
悪臭
弱点
火
説明
アネオネが更に人の血と魔力を吸って進化した魔物。悪臭に耐性がない者であれば、幻覚、気絶、喉の痛みなどの影響を受ける。
また、種爆弾に当たると、幻覚を見るようになる。
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――一際でかいアネオネ、エビルアネオネの姿があった。
だが問題は、特殊・特性の項目と説明欄にあった。
慌てて、イリスに向かって叫ぶ。
「イリス! 気をつけろ! ――ああ、……遅かったか……」
鼻のよいイリスは、エビルアネオネの悪臭に耐えられなかったらしく、ボス部屋へ入室したと同時に気を失っていた。
他のメンバーも顔をしかめているが、エビルアネオネとはまだ距離があるためか、まだ問題はないようだ。
「うええええ、ひどい臭い……吐きそう……」
前言撤回。あんまり大丈夫じゃあなさそうだ。
咲良はなんとか耐えているようだが、ヤスナとマリナさんは既にゲロイン状態だ。
ちなみに俺は、エビルアネオネが常時発動している【悪臭耐性】スキルを見取ったおかげで、不格好を晒すハメにならずに済んでいる。
戦えそうなのは――
「シンシア、タマ、お前たちは大丈夫そうか?」
タマは触手で○をつくって答える。
「ええ、私にはそういうの効かないからね。タマは、鼻がないから臭いなんて関係ないんじゃあないかしら?」
これまた、タマは触手で○をつくって答える。
クリ○ンか。
それ以外の連中は、近づいて攻撃させるのはちょっと無理かもしれないな。
まぁ、耐性スキルを沢山覚えているアンナロッテであれば、【悪臭耐性】もすぐ覚えるかもしれないけど。
アンナロッテの称号『堪え忍ぶ者』は耐性スキルの効果を上昇させつつ、習得効率も上がる称号のようだしね。
だけど――当然ながら、魔物が悠長に待ってくれるわけはない。
こちらがまともに動けないと見るや、一気に捕食モードへと入ったようだ。
仕方がないか。
「タマ。――久々の餌だ、喰っていいぞ」
タマの愛され球体フォームが一気に崩れ、地面に染みこむように姿が消える。
そして次の瞬間、エビルアネオネ、アネオネ、ビッグビーのすべてに虹色の触手が絡みつく。
悪臭に耐えることができず行動不能になっている人間たちを蹂躙しようとしていた魔物たちは、突然のことに対処できなくなってしまう。
気がついたときには、時既に遅し。
タマの触手が魔物たちを雁字搦めにしてしまい、どうもがこうとも逃げることは叶わない。
そして、地面に吸い込まれるようにしてその姿を消していく。
アネオネと、それより二回りは大きいエビルアネオネは吸収に少し時間がかかっているようだが。
よくよく見ると、地面が薄らと虹色に輝いている。
今更だが、この触手形態は身体を薄ーく薄ーく伸ばして、その範囲内であれば瞬時に触手を生み出すことができるのだろう。
さて、あとは、この臭いを……。
「ふふふふふ……女の子になんて真似させる魔物なのかなー?」
咲良の目が据わっている。
よくよく見ると、口元が濡れているようだ。
見なかったことにしておこう。
気付かなかったことにしておこう。
「術式構築完了。術式名『ファブ』、術式登録! 実行! 『ファブ』!」
「こいつは……風と水の合成魔術か……」
無駄に高度な術式だ。
ほぼ全属性使用している『クリエイトホーム』ほどではないけど。
ただ悪臭対策として効果覿面だ。
未だ気を失ったままのイリスを除いた連中の目に光が灯る。
「恭弥、たまちゃん、お願いがあるんだけど?」
咲良の目は据わったままだ。これは逆らってはいけない。
「――わかった。タマ、あのでかいのだけ離してやれ」
シュルシュルと触手が外れ拘束が解かれる直前に、ヤスナの『影縫い』がエビルアネオネの自由を奪う。
次いで――
「『フリーズ』!」
王女の氷魔法が、エビルアネオネを凍らせる。
そして一拍置いて、マリナさんと咲良の準備が完了する。
「『エアハンマー』!」
「『グラビティプレス』!」
キンキンに凍ったままの状態で風の槌で強かに打ち据えられたあと、超重力によって叩きつぶされたエビルアネオネは、粉々に砕け散ってしまった。
まぁ素材は取れなかったけど、あんなに臭いのに触れてアイテムボックスに入れるなんてゴメンだからな。
それ以外の魔物に関しては、タマが魔石だけ取って置いてくれたようだ。
そのおかげで、ビッグビーの魔石とアネオネの魔石は手に入れることができた。
まだ、入り口付近ということを考えると、収支としてはそこそこだろう。
「魔石はありがたいけど、餌として足りるのか?」
○。なるほど。問題ないらしい。
ならば、ありがたく貰っておこう。
「マリナさん、イリスの気付けを頼む」
「はい、お任せください」
マリナさんの【神聖魔術】によってすぐに意識を取り戻したイリスは、状況を確認すると、
「申し訳ありません、主様……」
と言って、土下座を始めた。
土下座というか、切腹直前という感じだ。
悲壮な覚悟が窺える。
放っておくと、辞世の句とか詠み始めそうだな……。
「おいおい、やめろ! やめてくれ!」
慌てて止めて、「相性が悪かっただけだ」となだめすかす。
鼻が良いっていうのも便利なようで問題だな。
対処方法を考えないと、危ないかもな。
くさい息とかそんなスキルがあるかもしれないしな。
「じゃあ、早速次のフロアに……
って、アレはなんだ?」
丁度エビルアネオネを倒したあとに、台座が出現し光り輝くオーブがふわふわと浮いている。
普通であれば、次のフロアへと移動できる靄が現れるはずだが……?




