第95話 にんにく入れますか?
「お嫁に行けません……」
「アンナロッテ様! 大丈夫ですよ! 二回目ですから!」
「二回目……」
ヤスナの慰めになっているようで全くなっていないセリフと、それを受けてさらに轟沈するアンナロッテの気配を背中に感じながら、メニューで状態を確認する。
【森羅万象】で確認しようと思ったが、咲良に「さっさとあっちを向きなさい」と怒られたからな。
見た感じなんともなさそうだったけどな、念のためだ。
やはり、ステータス上はなんの問題もないようだが……。よくよく見てみると新しくスキルが生えているようだな。
【咆哮】と【挺身】。どちらも覚えたてなのでスキルレベル1だ。
ちなみに、【咆哮】は大音声で相手を竦ませるスキルで、【挺身】は味方を庇ったときに耐性系スキルの効果が増量するスキルのようだ。
ついでに、俺がさっき覚えた『サイレンス』は、決められた範囲を無音にする魔術みたいだ。
無意識に発動したおかげで、誰も【咆哮】の犠牲にはならなかった。
もしかすると、アンナロッテ本人も気がついていないかもしれない。
普段であれば、新しくスキルや術技を覚えたときは何となくわかるらしいが……今はそれどころじゃあなさそうだしな。
などと一人離れた位置で考え込んでいる俺の下に、イリスが近づいてきた。
「主様、少々よろしいですか?」
「ああ」
「あそこになっている、赤い実。以前、主様に見せていただいた図鑑に載っていたものに似ていると思うのですが……」
と、丁度俺の視界に入らない位置に向けていた辺りを指さした。
アンナロッテの姿は、イリスの陰になっていて見ることはかなわない。
安心して視線をイリスの指の先へと向ける。
む。もしや、アレは念願の……!?
イリスの言うとおり、500メートル程離れた位置に赤い実を付けた背の低い木が立っている。
遠目で見た感じ間違いはなさそうだ。
「よし。ちょっと休憩をしよう。『クリエイトホーム』」
シャワー室と小さなリビングしかない簡易版の『クリエイトホーム』だ。
ほんの数秒で組み上がってしまう。
これで、イリスがいなくとも、アンナロッテの姿は完全に隠れた。
「よし、『クリーニング』をかけたからといっても、そのままだと気持ち悪いだろう。中に入ってシャワーをあびてくると良い。
あと、ついでにとっとと着替えてきてくれ。他の連中は交代で見張りな。シンシア、俺が出てる間こいつ等の面倒を頼む」
と向こうに聞こえるように声量をあげて話す。
「任されたわ!」
シンシアが実体化し胸をドンと叩く。
頼もしい限りだ。
「恭弥はどうするの?」
「咲良……。ちょっと俺は、用事がある。……大事な用事だ。わかってくれるだろ? 男には行かなければならないときがある。それが今なんだ」
「え? うん。わかった。皆で行けば良いのに……っていうのはきっと野暮なんだよね?」
そりゃあ、一刻も早く確認したいからな。
ちょっとしたトラブルはあったものの、今のところは俺の手助けなしで何とかなってるし問題ないだろう。
俺は無言で頷くと、一目散に目標に向かって駆けだした。
「【武神の威圧】!」
【武神の威圧】。
それは、俺よりレベルが低い魔物のステータスを、レベル差に比例して下げるスキルだ。
当然HPも下がる。
雑魚なら、近づくだけで死ぬ。
HP1で踏みとどまるとか、そんな甘い仕様ではないようだ。
俺が目標に近づくまで、俺の近くに寄れた魔物は一匹もいなかった。
レベル差を利用する技を使ってみて改めて感じたが、敵の強さがバラバラだ。
もしかすると、まだ若い迷宮なのかもしれないな。
と、そんなことより。
これだ。
コーヒーの木。
コーヒーの木は観葉植物としても人気で、咲良の家(といっても店の方だけど)で見たことがある。
間違いない。
【森羅万象】による鑑定結果も――
──────────
・名称
コーヒーの木
・詳細
迷宮種。
実は薬として珍重されるが、魔法薬の材料としては使用されない。
──────────
――となっている。
完璧だ。
しかも、そこら中にあるぞ!
迷宮の中の生態系がどうなっているのかは謎とされているけど、採集してもある程度の時間が経つと元通りに戻っているらしい。
とすると、俺のコーヒー生活は安泰だな。
とりあえず、150粒くらい摘んで戻るとしよう。
†
コテージの近くに戻ると、丁度咲良とマリナさんが番をしていた。
彼女達は【索敵】系のスキルを持っていないが、基本的には妖精が見張ってくれているので、妖精の知らせを受けたら魔物の退治を行うだけだ。
当然、実体化したシンシアもいる。
「おかえりー! 意外と早かったね?」
「用事は終わったのですか?」
「ああ。とりあえずはな。後で、もう一度行くことになるだろうけど……」
そう言って、アイテムボックスから簡易テーブルと先程収穫したコーヒー豆を取り出した。
「あら? なんですか? それは……」
「これは、コーヒーの実だ。これを今から加工して、コーヒーを淹れたいと思う」
「ああ……そういえば、恭弥はコーヒー好きだったね……」
「はじめて見ますね……コーヒーを淹れるとはどう言うことですか? お茶にはならなさそうですが……」
遠い目をする咲良と、興味津々のマリナさん。
「先ずは、種を取り出して乾燥させる。剥くのも、乾燥させるのも時間がかかるから、手っ取り早く……【錬金】!」
実からコーヒー豆の元となる種が飛び出し、水分が蒸発する。
あとは、皮を剥いて……っと。
完成!
なんというか、緑色の豆だ。焙煎前の豆は数える程しか見たことがないが、近い色をしていたと思う。
数ヶ月熟成させるパターンと、このまま使うパターンとあるそうだが、どうしよう?
アイテムボックスの機能を使って熟成させようか?
いや、とりあえずはこのまま使おう。
熟成させるのは後でもできる。
とすると、後は焙煎だな。
これだけは手でやった方がいいだろう。
残念ながら今回はキッチンを作っていないので、【炎魔法】とフライパンでやるしかないな。
火加減が肝だけど……【並列思考】スキルがあるし、大丈夫だろう。
「段々と香ばしい臭いがしてきました……」
段々と色が変わり、コーヒーからにじみ出る油で豆全体がてかってくる。
そろそろ頃合いだな。
「後は、これを【錬金】で、あら熱を取って粉砕して……」
なんと言うか、【錬金】ってこんな風に使うスキルだっけ?
……考えないようにしよう。
あとは、適当なカップに豆とお湯を入れて、漉し器で漉せばいいだけだ。
「完成!」
「おお、どこからどう見てもコーヒーだねー。香りもちゃんとしてるし」
「まだ、豆は余ってるから、飲みたいなら飲んでいいぞ?」
「ブラックはちょっと……。ミルクとキャラメルが入ってれば……」
……あれは、また別な代物だと思うけどな。
まぁいいか。さて、実食。
うまい! 久しぶりのコーヒーだ!
「随分と美味しそうね? 恭弥。蟹のときと同じような顔をしてるわよ?」
「ああ、故郷の味だ……。ちょっと飲んでみるか?」
聞く人が聞けば怒られそうだけどな。
二杯目の準備をしつつ、コップを渡してやる。
「ええ。頂くわ。って、苦っ!
……でも、香りはいいわね? 気に入ったわ」
「そうか、気に入ったか? 苦いのが駄目なら、砂糖とミルクを入れればもう少し飲みやすくなるぞ?
……キャラメルは今はないけどな」
そう言って、アイテムボックスから、ミルクと砂糖を出して入れてやる。
「あら、本当ね……」
「トウドウ様? 私もいただいてよろしいですか?」
「いいぞ? まぁ、最初はほんの少しな。飲めそうだったらもう一杯淹れてやるよ」
そう言って、カップの半分程を満たして渡してやる。
もう半分は俺が飲むことにしよう。
マリナさんは、ミルクも砂糖も入れずにカップに口を付けた。
「あら、確かに苦いですが……。複雑な味がしますね。それに、香りも良いです。これなら、トウドウ様の喜びようも理解できると言うものです」
そう言ってにっこりと笑う。
それは、見惚れんばかりの笑顔だ。人間美味しい物を飲んだり食べたりすると笑顔になるよな。
「ぐぬぬ。マリナちゃんって意外とおとなの女なのね……」
「おとな……」
何故か頬を赤らめるマリナさん。
一体何を想像しているのだろうか? ……聞かないほうが良さそうだな。
「私も飲む! カフェラテ一丁! お砂糖ミルクマシマシで!」
「咲良の分で最後だな。また取りに行かないと」
「じゃあ、一丁恭弥の食の充実に協力しますか」
ちなみに、嬉しさのあまり【武神の威圧】がそのままだったことに気がついたのは、魔物の死体を大量に発見したアンナロッテの悲鳴が上がったときだった。
まぁ、こんなところで香ばしい匂いをさせてたら魔物も寄ってくるよね。
合掌。
あれ? 恭弥ってコーヒー好きだっけ? って思った方は、「第18話 アヒル隊長」を参照下さい。
■改稿履歴
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採取する豆の数を修正しました。
50粒から150粒。




