第94話 アネオネ
タマの案内で移動すること数時間。
1時間毎の休憩を挟みつつ移動し、そろそろ4回目の休憩だ。
休憩を取って進むか、それとも今日はここまでとするか……。
時計は既に23時を回っている。
日が出る前に活動をし始めるこの世界では、深夜も深夜。真夜中も真夜中だ。
俺はともかく、他のメンバーはそろそろ限界だろう。
よし、今日はここまでとしよう。
そう思い皆に声をかけようとしたところで、シンシアが俺の服を引っ張った。
「恭弥! あれ見て!」
言われて目をこらすと、そこには迷いの森が作り出す闇よりなお深い闇があった。
俺と、マリナさんがそれぞれ作り出している『ライト』と、自然発光するタマの光、その両方が通じない暗闇だ。
「タマ、あれを見せたかったのか?」
俺の質問に、触手で○をつくって答える。
「恭弥、あれ何?」
俺の視線を追った咲良が、訊ねてきた。
「あれは、迷宮の入り口だ。ヘルムエル迷宮で見なかったのか?」
「いやいや、魔物しか見てないよ! もう、すんごーくいっぱい! うじゃうじゃいたんだから!! 入り口なんて見えるはずないよー」
「そうなのか? なら、迷宮に入るのも初めてか?」
「え? 入るの??」
「迷宮がないはずの迷いの森で見つかった迷宮。どう考えても怪しすぎるだろ? それに、いっそ迷宮の中の方が安全だと思うぜ?」
「うーん。魔物……出るんだよね?」
「魔物は出るけど、迷宮の中は言ってみれば次元の穴みたいになっているから、迷いの森の変な力は無効になるはずだ。
怖いのは、寝ているうちに誰かがフラフラとどっかに行ってしまうことだからな。
ロープを付けてても、無意識に外さないとも限らないしな」
朝起きたら、周りに誰もいなかった……
というようなことを想像したのかはわからないが、さあっと顔を青くする咲良。
よく見ると、他のメンバーの顔色も優れない。疲れ以外の原因――つまり、今俺がいったことが具体的に想像できてしまったのだろう。
実際に惑わされているのは彼女たち自身だしな。
それに、入り口付近なら、あまり魔物は寄ってこないはずだ。
寄ってくるような放置迷宮であったなら、この辺りにも魔物が溢れているはずだ。
「魔除けの香はたっぷりと用意してきたからな。滅多なことは起こらないだろう」
「それって、ゲルベルン王国が作ってたやつ?」
「ああ。研究室にあったやつを持ってきた。これを使えば、比較的安全だと思うけど」
「そうだねー。悔しいけど、効果は折り紙付きだしね……」
「じゃあ、迷宮の中で夜を明かして、その後は少し迷宮の中を見て回る。皆もそれでいいか?」
「「「「「はい!」」」」」
†
昨晩は、迷宮入り口付近で魔除けの香を炊き早々に毛布にくるまって寝た。
見張りの番は、睡眠を必要としないシンシアと、その眷属に頼んだ。
明けて、翌朝。
相変わらずの携帯食料の残念さに眉をひそめつつ、水で流し込んだ後、俺たちは、予定通り迷宮探索に出かけていた。
「テッテレッテー♪テーレレー♪」
咲良の鼻歌が、迷宮に響く。
「なんだ? 機嫌が良いじゃあないか?」
「なんか、迷宮とか洞窟って聞くと、私の中の男の子の部分が……」
あるのか、そんな部分が。
毎週ジャ○プを買っているのは知っているけど。
「森林型の迷宮だから、あんまりラビリンス的な意味合いの、迷宮って感じはしないけどな」
そう。森林型の迷宮なのだ。
ついに、アレを手に入れることができるかもしれない。
そう思うと、心も躍ろうというものだ。
ちなみに、この迷宮では俺は戦わないことに決めている。
魔物の強さも丁度良いし、皆のレベルアップを図ろうという寸法だ。
「あっ、またキラービーだ!」
ぷちっ。
「あっちには、大いもむし!」
ぷちっ。
発見と同時に、【重力魔法】ですりつぶしていく咲良。
なんか、虫に容赦なさすぎやしませんかね?
「咲良、できる限り素材を回収できるようにやってくれ。潰してしまったら、何も残らないだろう?」
「ああ、そうか……ごめん。良い方法が無いか考えてみるね」
――ぐぅゅるぐぅゅる。
「わっ、でっかいアネモネ!」
「何を暢気に構えてるんだっ!」
「わわっ、イリスちゃんありがとう」
花屋の娘だからか、花=魔物に結びつかないのだろうか?
虫系統の魔物とは勝手が違うようだ。
───────────
魔物名
アネオネ
レベル
12
スキル
消化液(レベル2)
毒撃(レベル1)
木魔法(レベル1)
吸血(レベル1)
特殊・特性
棘
弱点
火
説明
真っ赤な萼片をもつ、食人植物。
元は白い花だが、血を吸うことで真っ赤に染まり、魔物化すると言われている。
───────────
「毒があるらしいから、気をつけろ!」
「アネモネに毒があるのなんて、常識常識!」
アネモネじゃなくて、アネオネらしいけどな。
魔物の名前。
言ってる傍から、花の中央が口のようにぐわっと開き、ドロリとした液体を吐きかけてきた。
恐らくアレが消化液なのだろう。
シンシアにはそういう物理的な攻撃は通じないし、俺とイリスは難なく躱す。
だが――
「うっそお!?」
重力魔法の発動体勢に入っていた咲良は、一瞬逃げ遅れてしまう。
「咲良!」
突如として、咲良の前に飛び出した王女がアネモネが吐き出した消化液をまともに食らってしまう。
そのおかげで咲良には一滴たりとも、消化液は届かなかったようだが……
「「アンナ!」」
咲良とマリナさんの悲鳴が響き渡ると同時に、アネオネの背後に回り込んでいたイリスとヤスナによって難なく倒されたのだった。
それを、見守るのが早いか、慌てて王女の元へ駆け寄る。
「おい、アンナロッテ大丈夫か?」
アンナロッテは全身から煙を上げながらも、悲痛な表情を一切浮かべていなかった。
消化液によってその身を焦がされているであろうにもかかわらず。
「大丈夫です。これくらい……。少々べたべたする程度です」
「無茶をするな」
「はじめて、名前を呼んでいただけましたね……」
「ああ、そうかもな?」
「アンナ、はやく回復魔術を」
「ええ、ありがとう」
マリナさんに促されて身を起こすと、身につけていた防具そして服がぼろぼろと崩れ落ち、アンナロッテの白い肌が白日の下に晒された。
しかし、すっぽんぽんよりも、こうして服がぼろぼろになった状況の方が、エロく感じるのはなんでなんだろうな?
したたる消化液すら、背徳的な感じがするな。
しかし、まぁなんというか、消化液をまともに喰らって無傷か。
【毒耐性】と【物理耐性】のおかげだろうか? 【麻痺耐性】も関係あるかもしれない。
やはり、タンク王女として育てた方がいいのかもしれないな。
そして、その数瞬後、
「きゃー!!」
ようやく事態を把握したアンナロッテの悲鳴が、森林迷宮に響き渡ったのだった。
《【風魔術】『サイレンス』を習得しました》




