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第93話 迷いの森の脅威

 きりが良いところまで、ちょっと短めです。

 食事を終えて、イオさんを都市セーレに送ったあとは、早速迷いの森に入る。

 

 外から見た状態からして鬱蒼としていたので、森林のさわやかさなど一切期待していなかった。

 しかし、日が差さないことによるじめじめ感もない。

 なんとも不思議な森だ。

 

 入り口から差す光が完全に途絶えてしまうと、闇が完全に支配しはじめ魔術の明かりだけが唯一の光源となる。

 

「思ったより寒いね……。火とかげのコート買っといて良かった」

 

 じめじめ感こそないものの、咲良が言うとおり日光が差さないことによる気温の低下は顕著だ。

 春先の陽気から一気に季節を戻されたかのような気温差であるため、余計にそう感じるというのもあるだろうけど。

 

「移動を続けていれば、多少は身体が温まってくると思いますよ」

「だといいんだけど……」

 

 幸いマップは今のところ問題なく機能しており、いざとなったときはこのマップを使って森の外に出ることができるだろう。

 鋼線も十分用意してきた。

 

 草をかき分け、木々の合間を縫って道なき道を移動する作業は、ちょっとした重労働だ。

 魔法で草を除去できればいいのだけど、木が密集しすぎているせいで、どうしても木を巻き込んでしまうため、踏み分けつつ、結局は刀や剣で切り払いながら進むしかない。

 

 まぁ、いざってときは自然破壊なんて言っていられないだろうから、手段を選ぶつもりはないけどね。

 でも、今のうちは不要な自然破壊はしたくない。

 自然へのリスペクトを忘れると、いつ何時(なんどき)手痛いしっぺ返しを喰らうかわからないからな。

 特に、こんなファンタジー森では。

 

 (ゆえ)に、歩みは亀の歩みだ。

 

 更には先ほどから別な面倒事が発生していた。

 

 ほら、言った傍からだ。

 ぐいっと、俺の腰に付けられた縄が引っ張られる。

 慌てて縄を引っ張り返し、あさっての方向に移動しようとしたイリスを止める。

 

「今度はイリスか……」

「申し訳ありません……」

「気にするな。今のところやられてないのは、俺とシンシア、それにタマだけだ」

 

 隊列は、俺が先頭で殿(しんがり)がタマだ。

 森に入った最初の頃は電車ごっこよろしく直列に繋がっていたが、こうしてふとした拍子にあさっての方向へと移動し始めるため、全員のロープを俺につなげている状況だ。

 

 どっちみち、皆で草をかき分けつつ進んでいるので、団子状態できっちり隊列を組んで進んでいるとは言いがたい状況ではあるのだが。

 

 迷いの森にある人を迷わせる何かは、妖精や魔物には効かないのだろうか?

 だとすると俺に効かないのは何故だ?

 

 それとも、単なる偶然だろうか?

 俺が先導しはぐれないように縄で繋がっているのにもかかわらず、あさっての方向に向かおうとするってのは……一体、どんな理由なんだ?

 とまぁ、疑問に思うところは沢山あるけどね。

 

 偶然じゃあないとすると――

 

「ねぇ、恭弥? ちょっといいかしら」

 

 思考の海に飲まれそうになっていたが、シンシアの声で引き上げられる。

 

「どうした? シンシア」

「ちょっと思ったんだけど、【木魔法】で道を作りながら移動すればいいんじゃないかしら? 普通なら魔力が枯渇して無理だけど、恭弥なら余裕じゃあない?」

 

「……」

 

 おうふ。それは盲点だった。

 

「なんなら、私がやってもいいけど……?」

 

 追い打ちはやめて欲しい。

 

 俺が複製した【木魔術】の知識は、葉っぱを手裏剣に変えたり、枝を矢に変えて飛ばしたり、蔦を一気に伸ばして楯にしたりといった戦闘に特化した使い方ばかりだった。

 どういうわけか、魔力の注ぎ込みをやめると元に戻るので、作物の成長促進などには使えない。そのため、瞬発的な行使でも効果が認められる戦闘用途に特化しているのだろう。

 

 だけど、そうか。

 【木魔法】は道を作るのにも使えるんだよな。

 普通の人間なら、木を何本か道から逸らしただけで魔力欠乏になるだろうけど、それはあくまで普通の人間が魔術でやったらだ。

 

 魔術より魔力効率の良い魔法で、俺が使う分には普通に使えそうだな。

 なにより、すぐに元に戻るのだから、環境破壊にはならないというのが素晴らしい。

 

 思いつかなかった言い訳をするわけじゃあないけど、なまじ知識と一緒に手に入れてしまうと、どうしても元の所有者の常識に縛られるな……

 まぁ、それ自体は前から思っていたことだけどね。

 

 知識自体は全く無意味とも言えないので、完全に無視することもできないのが痛いところだ。

 無いと困るのも知識という物なのだ。

 

 今回はまぁ笑い話になるけど、笑えない失敗をする前に落としどころを見つけないとな。

 

「いや、まず俺がやってみよう」

 

 そう言って近くの木に魔力を込める。

 

 ――が、魔力の量が足りなかったのかぴくりともしない。

 

 少しずつ魔力を増やしていくが、なんの反応も無い。

 なんか、魔力がうまく行き渡らないというか、どっかで詰まっているような感覚がある。

 

 詰まりを押し出すように圧をかけるイメージで魔力を通すと、ついに俺の胴回りより太い木がまるで粘土のようにぐにゃりと曲がって道を空けた。

 

「……思ったより魔力を使うな……? 予想だとこの10分の1でもいけそうだったんだけど。

 予想が外れたな」

「それは、確かにおかしいわね。

 ――これは……?」

「何かわかったのか?」

「ええ、妖精か精霊が干渉した跡があるわね。精霊が干渉したものに普通の人間が再干渉できる訳がないんだけど……」

 シンシアはそう言ってチラリと俺の方を見たあと――

「……まぁ今更ね」

 とため息をついた。

 

 なんか、ひどい言われようだな……

 

「道を作れなくもないけど、俺自身の面倒くささはむしろ悪化するよな……? これ……」

 

 移動の片手間にちょいちょいと曲げてしまえればいいのだが、ちょっとだけ気合いが必要だ。

 

「キョーヤ様。多少の歩きにくさはありますが、皆それを承知でついてきておりますから……」

「そうか? まぁ、どうしても通れないような場所があれば使うでいいか」

「私がやってもいいけど? 同じ妖精同士なら、そんなに手間でもないしね」

「うーん。じゃあ、木はいいけど草をかき分けるのだけやってくれるか?」

 

 それだけで随分と移動速度は上がるだろう。

 他の属性と違って草そのものに作用するから、木を巻き込むからどうとかってのもないしな。

 

「わかったわ。まかせて!」

 

 俺のもくろみ通り移動速度は改善された。

 何より大きいのは、皆で草をかき分ける必要が無くなったので、いちいち隊列が崩れないことだな。

 

 だが問題もある。

 

「あっごめん。今度は私か……」

 

 あさっての方向に行こうとした咲良を、引っ張り戻してやる。

 面倒なのが、他のメンバーも釣られて移動しそうになるところだ。

 だから、できる限り早く戻してやらないといけない。

 

 幸い今のところはロープがあるので何とかなっているが、ないとどうなっていたことか。

 

「しかし、陣を張れるところは疎か、ゆっくり腰を下ろすスペースすらどこにもないな」

「ええ、事前情報や外からの様子であらかじめ覚悟はできておりましたが……」

「とはいえ、そろそろスペースを確保しないと、徹夜で移動することになってしまうな。ただでさえ、ここは常に真っ暗で時間の感覚が曖昧になるし――」

「グルルル」

 

 突如、タマが俺の服の裾を引っ張り、なにかを知らせるような仕草をし始めた。

 

「どうした?

 ――あっちへ行けって? 何かあるのか?」

 

 愛らしい球体ボディから伸ばした触手で、現在の進行方向からはやや逸れる方向を指し示す。

 タマも森に惑わされ始めたのか……? それとも……

 

「またここに戻ってこれるようでしたら、一度タマの言うことを聞いてあげてもいいのでは?」

 

 マップがあるし、書き込み機能を使ってこの場所をマーキングしておけば戻ってくることは可能だろう。

 なるほど、王女は賛成と。

 

 俺としてもタマについて行くでいいと思う。

 念のためマップで先を見てみたが、紅点はおろか、それ以外の光点すら存在しない。

 油断は禁物だが、危険は少ないだろう。

 

 少なくとも魔物などの危険はなさそうだ。

 

 が、一応(けつ)をとってから行動することにしよう。

 

「じゃあ、反対意見のあるやつはいるか?」

「主様の望みのままに」

 

 イリスはぶれないな。

 

「私も特にないかなー。むしろタマが言う方に何があるのか気になるよ」

 

 咲良も賛成。

 

「アタシも、キョーヤさん(リーダー)の決定に従います」

 

 ヤスナも最近は、素直に言うことを聞くようになったよな。

 相変わらずドジはふむけどね。

 

「今のところ、タマは森に惑わされておりませんから、森に何か影響を受けた……と言う可能性は少ないと思います」

 

 マリナさんも賛成と。

 

 シンシアも特に意見はないようで、満場一致。

 タマの指し示す方に行ってみることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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