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第92話 迷いの森突入直前

 深夜注意。

 迷いの森。

 入ったら二度と出ることができないか、散々迷った挙げ句入り口に放り出されるといわれる森。

 

 だが、実際はここ数十年、迷いの森に誰かが立ち入ったという情報はないらしい。

 こっそり立ち入って、そして帰ってこなかった。などということはあるかもしれないが、少なくとも冒険者ギルドの記録にはないとのことだ。

 

 どう迷うのか? 対策方法はあるのか? 魔物もいないのにどう危険なのか?

 

 冒険者ギルドからは、どれに対する解答も得られなかった。

 

 とすると、遭難対策は自前でするしかない。

 

 俺には【メニュー】のマップ機能があるけど、他のメンバーは持っていない。

 まぁ、それにマップ機能に頼り切っていると、いざという時に色々問題があるだろうからな。

 

 そんなわけで、俺が考えた遭難への備え。その七つを紹介していきたいと思う。

 

 1.水と食料

 基本的には俺のアイテムボックスの中身を使うが、魔法の鞄に入れて各自持ち歩くことにしている。

 いざとなったら、これで何とかする。

 

 2.妖精

 全員に一匹ずつ付けてある。

 所謂ビーコンの代わりだな。

 

 3.錬金で作った鋼線

 金属の糸だ。

 これを入り口からずっと伸ばしていき、いざとなったときはこれをたぐって脱出する。

 ヘンゼルとグレーテル作戦だ。

 冒険者ギルドで頼めば、魔物素材でもっと丈夫な糸があるだろうけど、量を揃えるには時間がかかるからな。

 自分では取りにいけないし。

 ということで、鉄を使って作ってみた。

 

 4.縄

 全員の腰にくくりつけて、はぐれないようにする。

 魔物が出ないこと前提の作戦だ。

 

 野生動物程度であれば、魔術や魔法でどうとでもなるからな。

 

 まぁ、話によると野生動物すらいないらしいけど。

 

 5.回復ポーションと魔力ポーション

 これも魔法の鞄に入っている。

 

 6.警報の魔導具

 本来は、店の中などに置いて、有事の際に外や裏にいる用心棒や警備兵に知らせる魔導具だ。

 かなり大きな音を1時間程度鳴らすことができるそうなので、はぐれた場合はこれを鳴らす。

 

 

 そして、七つめの備え且つ、先ほどの迷いの森についての情報源は――

 

「いやーこの“たまな”入りのピッツァ美味しいですね!」

 

 ――現在、俺の目の前で早めの夕食を頬張っていた。

 

 都市セーレ、冒険者ギルド所属の職員で、そろそろ俺の専属になりつつあるイオさんである。

 

 迷いの森に入ってしまえば、簡単な食事ばかりになるからな。

 その前にまともな物を食べておこうという算段だ。

 

 そこに、わざわざ出張してまで情報提供をしてくれたイオさんを招待したのだった。

 

「ピザ……いや、ピッツァじゃなくて、お好み焼きっていうんですよそれ」

 

 ちなみに、たまなとはキャベツのことだ。

 

 昨晩の咲良のどや顔の正体は、お好み焼きにかけられているソースだった。

 塩焼きそばは(アレはアレで美味しかったのだが)咲良にしてみれば不服だったようで、ソースを自作したそうだ。

 

 ミレハイム王国はスパイスやハーブの類いは沢山あるし、質の上ではハインツエルン王国に一歩おとるものの、野菜や果物の種類も豊富だ。

 

 そして何より……

 

「この、スライムスターチとの出会いが決め手だったよ! これがないとウスターソースにしかならないからねー」

 

 鰹節も昆布もないため、出汁は昨日と同じ鶏肉の出汁と、魚から取った出汁を合わせた物だが、これはこれで十分過ぎる程美味しい。

 そして何より、久しぶりの日本食だ。

 

「このソース、ものすごい再現度だな……」

 

 俺の分のお好み焼きはまだできていないため、ソースだけを味見し、思わず感心してしまう。

 

「小学校の頃、遠足で工場見学に行ったときの記憶を引きずり出して作ったよ。人間やればできるもんだねぇ」

 

 そう言いながら、お好み焼きをひっくり返す咲良。

 具の豚からにじみ出た油が、お好み焼きの表面をかりかりに仕上げている。

 

 ちなみに、本日作っているのはシンプルな豚玉だ。

 油はラードを使い、ラードを取った後の内臓(油かす)を更にトッピングした一品である。

 

 豚豚豚、脂脂脂。

 

 危険な食べ物だ。

 

 山芋はさすがに手に入らなかったようだが、代わりにキャベツを入れてからしっかり攪拌(かくはん)し、空気を多く含ませることでふんわりと仕上げる工夫がされている。

 

 それに、キャベツ。

 長細く切ったものと、四角く切ったものの二種類を混ぜることで、空気を混ぜこみやすく、そして食感に変化を与えている。

 

 ホットプレートなどあるはずもなく、普通にフライパンで作っている。

 すでに4つ作り終えており、イオさん、王女、マリナさん、ヤスナの4人は一足先に食べ始めている。

 

 現在、更に4つを同時に作っている。ようやくご飯にありつけそうだ。

 

 この分であれば、イオさんの分を入れても一個余る計算だが、切って置いておけば誰かしら食べるだろう。

 なんなら俺が食べよう。

 

「恭弥、卵入れる?」

「ああ、頼む」

「わかったー」

 

 咲良はそう言いながら、コテでお好み焼きの中央にくぼみを付け――そして、そこをめがけて卵を割り入れた。

 

 すかさず返す。

 

 じゅううううー

 

 というなんとも食欲をそそる音とともに、卵とお好み焼きが一体化していく。

 

 音だけではない。臭いもだ。まだソースも塗っていないというのに……こしゃくなやつだ。

 

「咲良、私も頼む」

 

 イリスも卵入りか。わかってるな。

 俺の真似をしただけかもしれないが。

 

「あーい。私も卵付けようかな」

 

 そう言って他1つを除いた3つのフライパンのお好み焼きを、同様に仕上げていく。

 その間、卵を落とさなかったお好み焼きを皿に盛り、ソースを塗ってコテで切り分けていく。

 

「それでですね……迷いの森の情報。単なる研究目的で大した金額は出せませんが、ギルドから調査依頼と言うことで出させていただきたいと思います」

 

 仕事の話をしているはずなのに、イオさんの食べる手はそのままだ。

 

「魔物もいないし、大した薬草もない。行くだけ無駄の、骨折り損だって言ってませんでしたか?」

「ですが、それも何十年も前の情報ですからね。定期的な調査は大事というわけですよ」

「……というのは建前で?」

「まぁ、建前というだけではありませんが……冒険者ギルドからの依頼ということにしておけば、いざっ! というときに救助隊を派遣しやすくなりますから。

 持ちつ持たれつというのが、ギルドですからね。

 最短・最年少でAランク冒険者になったキョーヤさんに、少しでも恩を売っておこうという気持ちもないわけではありませんが」

 

 とまぁこれが最後の保険。

 冒険者ギルドには報告してから入る。

 

 転移魔術でギルドと繋がって、人海戦術が必要になることがあるかもしれないからな。

 予め話を通しておいた方が、イザってときにスムーズにことが進むだろうということだ。

 

「二次災害が怖いので、本当にお願いしたいときはこちらから連絡しますから……」

「というか、転移ゲートで送っていただかないと、どうしようもないですけどね」

 

 現在、国境は封鎖されているからな。

 こうして転移ゲートで移動しているのだって色々グレーなのだ。

 

 冒険者ギルド的にその辺りどうなのかね?

 聞いてみると……

 

「ミレハイム王国が通行を禁止しているのは、ゲルベルン国境のみです。それ以外の国からの入国は別に禁止されていませんから。

 転移ゲートが、ゲルベルン国境を通っていれば問題ですが、そうでないなら、なんの問題もありません。

 それに、転移ゲートを使ってゲルベルン王国とミレハイム王国を行き来させているのは、王女殿下ですから」

 

 わお! ナイス詭弁。

 王女は冒険者ギルドのギルド員ではないし、王女()からの依頼で転移ゲートを越えて出張に来ているだけ。

 ということだろう。

 

「よしっ! 完成したよ!」

 

 ミレハイム王国の事情よりも、今はお好み焼きだ。

 

 さっそく、「いただきます」をして、小さいコテを差し入れる。

 それはもう、勢いよくがっつりと。

 

 そうしないと、豚肉の繊維を断ちきることはできない。

 

 ぐりぐりして切ってもいいけど、そうするとお好み焼き本体から、豚肉が剥離してしまうこともあるからな。

 

「あら? キョーヤ様、それはなんですか?」

「これは、コテだ。本来はフォークとナイフではなく、これを使って食べるんだよ」

 

 大きいコテで切り分けた後、お箸で食べる派もいるみたいだけどね。

 

 一口大に切ったお好み焼きを、コテにのせてそのまま口に運ぶ。

 

 青のりも、鰹節も、マヨネーズもないが、紛れもないお好み焼きだ。

 紅ショウガの代わりにピクルスが添えられているが、これは存外にマッチしている。

 

「そんなもの、一体どこで……」

 

 当然、錬金で作ったのだ。

 

 

「サーバーが、食器をかねているのですか……?」

「切り分けたり取り分けたりするのには、あっちで使っていたようなもう少し大きな物を使う。ナイフとフォークを兼ねていると言った方が近いかもしれないな。まだ、コテは余っているから、これで食べてみるか?」

「よろしいのですか?」

「ああ。予備のフォークとスプーンを使って作ったから、全員分はないけどな」

 

 コテを渡してやると、俺を真似てお好み焼きを切り分け口に運び始めた。

 一口のサイズは、俺と比べると大分小さいものだったが。

 

 

 カチャッ。

 

 王女が珍しく皿の音を立てた。

 

「申し訳ありません。粗相を……」

「そんな上品に食べるような食べ物じゃあないって。

 ――ああ、最後の一切れって取りにくいよな。

 貸してみろ」

 

 皿とコテを受け取り、掬ってやる。

 

「ほら、口を開けろ」

「あっ、ありがとうございます」

 

 礼を言う王女の口に、お好み焼きを放り込んでやる。

 満足そうに微笑む姿は、思わず見惚れるほどだったが――

 

「わたしもさいごのひときれがうまくとれなくてたいへんだー」

 

 咲良の声ですぐに引き戻された。

 

「なんで棒読みなのかは知らないけど……ほら、貸してみろ」

 

 同じように咲良の口にお好み焼きを放り込む。

 

「えへへ」

 

 こちらは、どこか安心感のある、はにかむような笑顔だった。

 

「アッアタシも、最後の一切れが……」

「ヤスナ、お前の皿には、何も残ってないじゃないか。それに、フォークなら問題ないだろう」

「ぐぬぬ……こうなったら、ソースをたっぷりかけて食べまくってやります!」

 

 ヤスナは大股で簡易キッチンへと向かうと、作り置いてある予備のお好み焼きを切り分け、ソースをかけ始めた。

 

「あっ! そのソースは……」

 咲良が声を上げるが、時既に遅し。

 ヤスナが切り分けた1/4枚のお好みには、たっぷりとソースがかかっていた。

 

「なんか問題があるのか?」

「問題って言うか……味変え用に作った激辛ソースなんだよねーアレ……」

 

 咲良の説明と同時に、ヤスナの悲鳴があがる。

 

「ぎゃあああ! 辛い! 辛いっす!!」

 

 慌てて水を飲むヤスナだったが、焼け石に水のようだ。

 

「どれだけ辛くしたんだよ……」

「いやーチョロッと入れるだけって考えてたから、割と辛く作ったよね。でもアレ見ると、やり過ぎたかなぁ……」

 

 小首をかしげる咲良。

 サイドポニーテールが。その動きに合わせて跳ねる。

 

「うう、ひどい目に遭いました……」

「おい、ヤスナ。まさか、食い物を粗末にしないだろうな?」

「いっいえ、まさかそんなこと……あるわけないじゃあないですか!」

「そうだな。どれ、俺が手伝ってやろう。ほら、口を開けろ」

「ぎゃー! なんか思ってたのと全然違います!!」

 

 

 こうして、迷いの森探索前の食事は和やかに終了したのだった。

 

 

 

 

 念願叶ってよかったね。ヤスナ。

 

 コテですが、ヘラとかテコとか色々呼び方があるそうです。

 

 じゃりン子チ○準拠で、コテと言うことにさせていただきました。

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[一言] お好み焼き…関西版は自分でも焼けるけど、広島版は職人の腕が必要(店員が焼く)…九州出身なのでこだわりはありません。関西版モダン焼き(焼きそば入り)は食べたことないなー
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