第88話 迷いの森への道程:||
執筆したデータが消滅したので、ちょっと短めです。
一度書いたから、書き直すのは早いはず……
※深夜注意。
リビングに戻ると、すでに夕食の準備ができていた。
「今日の料理は、アンナとマリナが作ったんだよ!」
「あれ? 咲良、お前は何もしなかったのか?」
俺の質問に、咲良はこれでもかというほどのドヤ顔を浮かべた。
「私は明日以降のために仕込みをね。正直、薪だと火力調節が難しいし、【炎魔法】でも細かい火力調整しようと思ったらものすごく集中し続けないといけないし……それで作るのを躊躇してたアレを作ることができたのよ!」
俺には【並列思考】スキルがあるから、そのあたりはあまり気にしたことがなかったな。
逆に言えば細かい火力調節じゃなければ、【並列思考】スキルなしでやってのける咲良は、その内自力で【並列思考】スキルを手に入れるのではなかろうか。
「アレってなんだ?」
「ふふん、それは明日以降のお楽しみという奴だよ」
「わかった。楽しみにしてるよ」
粘っても聞き出せないだろうと、早々に退散する。
メニューは、まず“ゆで鶏(風)の冷製サラダ”。
一度茹でられ、その後冷やされた鶏肉が乗せられたサラダだ。
恐らくだが、鶏肉と言ってもニワトリではなく、それに似たそれっぽい別な鳥だ。
しかしながら、俺もこっちに来て何度か食べたことがあるが、脂分が多くやや味が濃いと感じるくらいで見た目も味もそっくりだ。
生前の姿はまだ見たことはないけどね。
冷やす料理は、今まででも魔術を使えば可能ではあったが、魔術は魔法以上に調整が難しい。
また、咲良が言っているとおりに冷やしている間は、【並列思考】スキルでもない限り集中しつづける必要がある。
そう言った意味では、威力が固定されている【生活魔術】の方が家事用途であるなら便利だな。
【生活魔術】であっても、属性に適性があるなら制限がかからないから、全属性持ちの俺にはあまり意味がないのだけど。
で、次が……
「あっ、こちらはですね、アーミークラブを香辛料で炒めて、卵でとじた物です。少し辛味がありますが、卵のおかげですんなりと食べられるはずですよ」
「キョーヤ様は蟹が好物だと伺いましたので……」
と王女とマリナさんが指さしたのは、それぞれの皿にどーんと盛られた、赤くて黄色い物体だった。
ミレハイム王国内で多く食べられている魔物食材には癖の強いものも多いため、ミレハイム王国ではスパイスやハーブの類いを用いた料理が多い。
当然それらは手に入りやすくなっているし、高級料理、家庭料理問わず調理の際にあれこれ混ぜて使うのはミレハイム王国料理の特徴のようだ。
胡椒が金とおなじ重さで取引される……なんてこともなく、生のハーブも乾燥ハーブも庶民が気兼ねなく日常使いできる金額で抑えられている。
ちなみに、砂糖はちょっと高いみたいだし、塩も王国が卸している物は安価で手に入るが、そうでないものには高額の税金がかけられているため、店での値段差が凄いことになっている。
香辛料炒めと言うだけあって、ハーブの類いはあまり入っておらず、見るからに辛そうだ。
そして最後に主食。
「これは、米か……」
皿に、やや黄色がかって妙につやのある米が盛られている。
炊き加減は白米のそれだが、色味だけはちがう。
米の色は地球でもこの世界でも一緒であるため。原因は米以外だろう。
ミレハイム王国で手に入る米は、長粒種か中粒種で、日本風の短粒種はなかなか手に入れることができない。
ご多分に漏れず、これも長細い米だ。
「咲良に教わりながら炊いてみました。咲良の話では、普通に水を使うとのことでしたが、“とりにく”のスープがありましたので、それを使ってみました」
こちらでは、リゾットやグラタンに入れるといったパスタ的な使い方しかしないようなので、彼女たちには新鮮な体験だったようだ。
「それでは……」
「「「「「「いただきます」」」」」」
先ずは、米から。
つやだと思っていたのは鶏油だった。米の一粒が油でコーティングされてつやつやしている。
おかげで一粒一粒がくっつかずパラパラしている。さすがにコレは箸では無理だな。
スプーンですくって口に運ぶ。
長粒種独特のアミロースの高いぱさぱさ感が油によって抑えられて、食べやすい。
日本の米のようにモチモチ感はないが、コレはコレでありだな。
鶏のスープで炊いたと言っていたが、スープ自体に味はついておらず、スープ=出汁と言う事なんだろうと思う。
こくがあっておいしいと思う。
変に味がついていないので、他の料理とも合わせやすい。
次は野菜だな。
丁寧に盛り付けられたサラダの上には、砕かれたナッツが混ぜられたエスニックなドレッシングがかかっている。
メインディッシュにあわせたのだろう。
しかし、妙に肉が多いな。
野菜と組み合わせて食べるが、どうしても肉が余る。
仕方がないので、米と一緒に食べ――
なんと言うことでしょう。
まさに匠の技。
最初からこうするべきだった。
鶏の出汁がきいた米と、茹でた鶏肉。
コレが合わないわけがなかった。
メインディッシュの蟹に合わせたのであろう、エスニックなドレッシングがまたこの二つの奇跡の出会いを演出してくれる。
で、蟹だ。蟹。
王女が言っていたように俺は、蟹が好きだ。
といっても、鍋で食べるか焼くか、茹でるか、揚げるかと言った基本的に素材を生かした調理方法がメインだった。
初めての趣向だな。
さて、この料理が赤いのは、なにも香辛料のせいだけではないようだ。
火が通った蟹は、香辛料の赤にも負けずに自身の色を真っ赤に染めている。
しかし、いずれにせよ辛そうだ。
覚悟を決めて口に運ぶが、思ったほどの辛さは感じない。
丸○屋の麻婆豆腐の方がまだ辛い。
逆に物足りない位だ。
卵と、隠し味に入れてあるのであろうクリーム的な何かが良い仕事をしている。
肝心の蟹だが、かにかまのように一本一本の繊維が太いと言うことを除けば、地球の蟹と変わらない。
魔物食材であるため、元々の大きさが違うのだろうが。
蟹の甘みが、香辛料の辛さを引き立て、一瞬だけ辛みを感じる。
ご飯を食べる。
うまい。
蟹を食べると無言になると聞くが、こうしてすべて剥かれている場合でも無言で食べて良いものだろうか?
「2人とも料理うまいんだな」
「私の場合は炊き出しもありましたし、料理当番などの役割もありましたから」
「自分で作らないと、いつ毒殺されるかわかりませんので……」
マリナさんはともかく、王女の料理ができる理由が壮絶すぎるだろう。
「そうか……まぁ、このパーティでは毒殺されることもないし、即死じゃない限りマリナさんもいるからな」
としか言いようがないな。
「あら、恭弥のそれ美味しそうね」
いつの間にか省エネモードを解除したシンシアが、俺の食事をのぞき込んでいた。
視線の先は、今しがた奇跡的の組み合わせであることが判明した鶏肉とご飯だ。
精霊の食事は契約者の魔力であるため、人間のような食事は必要ない。
であるため、シンシアの食事が用意されることはない。
それでも、偶にこうして興味を示すことがある。
「食べるか? 王女、サラダとご飯はまだあるか?」
「ありますよ? ご用意しましょうか?」
「そんなには要らないわよ。少し恭弥の物を分けてくれればそれでいいわ」
「そうか?
じゃあ、口開けろ」
――ガタッ。
そう言って、スプーンの上にミニ丼を作る。
「あーん」
小鳥のように大口を開けるシンシアの口に、ミニ丼を放り込んでやる。
「「「「「ああっ!?」」」」」
「なんだお前ら、もう少し静かに飯を食え」
っていうか、お前等仲良いな。
ちょっと、疎外感を覚えるぞ。
「キョーヤさん、アタシもたべたいなーなんて……」
「ヤスナ、お前は自分の分があるだろう」
その、大盛りに盛られたライスとサラダが。
「主様! 私も、あーんがしたいです」
「ん? そうか?」
ちらっと、シンシアに視線を向けると、二頭身に変わったシンシアがふわりと舞い上がり、イリスの肩に乗り口を開けた。
「いえ。あの……そういうことではなく……
いえ、何でもないです」
シンシアに食べさせたいという希望が叶ったはずなのに、しっぽをしゅんとさせながら、シンシアにスプーンを向けている。
「さすがは、恭弥ね……手強いわ……」
「なんだよ、咲良。そんな、この男どんだけ鈍感なんだ? みたいな目をして」
「まー私は、恭弥の事情もその性格も知ってるから、色々今更だけどね」
そう言って、王女とマリナさんに視線を向ける。
何やらそれぞれ、考え込んでいるようだが、しばらくすると、まるでやけになったように勢いよく食べ始めた。
勢いはあるが、飛び散らせることはもちろん、激しく音を立てることもなく、上流階級らしい気品はそのままだ。
俺はひとしきり感心すると、冷めないうちにと料理を片付けにかかるのだった。




