第86話 迷いの森への道程(中編)
「そろそろ、15時か」
時計を見ながら、独りごちる。
野営や食事の準備は、まだ日がある間に済ませてしまった方が楽だ。
バーベキューがてら今後の予定を決めたのが昨日。
その後、ミレハイム王国内の街に戻ることができない俺に代わってあれこれ旅立ちの準備をしてもらって、本日早朝に再集合。
その後は、トイレ休憩を除く僅かな休憩すらとることなく移動し続けてきた。
そのおかげで進捗はいいはずだ。
ただ、ゲルベルン王国内の魔物の領域は昼間はともかく夜間はかなり厄介だ。
野営をするなら、魔物の領域を外した方がいいだろう。
魔物の領域とは、自然魔力の濃度が濃く魔物にとって過ごしやすい場所のことだ。
【魔力感知】スキルを使えば、たとえ地図がいい加減でも、そして昼間で魔物が出ていなくとも魔物の領域を調べることが可能だ。
ただ、小島のように点々と100平方メートルほどの無魔力地帯があるだけで、これでは簡単に侵入してくるだろう。
別に、魔物は魔物の領域から一切出てくることができないというわけでもないのだから。
それでも、魔物の領域内に陣を構えるよりはよほどマシではあるのだが。
そんなわけで、次に広めの無魔力地帯を見つけたらそこで野営の準備をすることにしよう。
†
それほどの時間をかけずに、目的の場所は見つかった。
ガタガタガタン……
「ぐるる……」
「よし、アスドラ、お疲れさん」
一応、馬車には後輪に体重をかけるタイプのブレーキがついているが、今のところ一度もそれを使ったことはない。
アスドラは俺の指示通り減速し、ゆっくりと止まった。
スプリングやダンパー、それにタイヤの性能が違いすぎるため、乗り心地や停車のスムーズさは当然地球の自動車と比べるべくもない。
しかしながら、ハインツエルン王国で乗った乗合馬車と比べると、停車のスムーズさも乗り心地も軍配はアスドラに上がる。
ゴムが存在しないのか、それとも存在するが加工技術がないのかはわからないが、ゴムタイヤは存在しない。
街中では石畳などを傷つけないように木製のタイヤ、こうして街の外を行く場合は頑丈さを優先して金属製のタイヤが用いられる。
特に、ある程度整備された街道とは違い、こうして道なき道を行く場合はスパイクのついた――どちらかというとキャタピラのようなギザギザがついた金属タイヤが用いられる。
車輪もやはり金属製のものと、木製のものがあるがこちらもしっかりとした金属製のものを使用している。
轍を見ると、石を踏み砕き地面を削りながら進んできたことがわかる。
ずいぶんと頼もしい足取りではあるのだが、言ってみれば隠密性はゼロだ。
それを代償にして移動速度は上がる。
迷いの森へ向かうような物好きは他にいないだろうし、そもそも行き先を隠す理由も存在しない。
幾つか種類があるギルド指定の危険地帯だが、立入りによる罰則があるのは特種危険地帯のみで、それ以外は単なる警告にすぎない。
自己責任というやつだ。
後ろ暗いことはなにもないのだ。
まぁ、強いて言うならばタマの存在くらいだろうか? 知られて困るのは。
それも、「なんか面倒そうだ」という域を脱しておらず、実際魔物をテイムすること、それ自体は罪にならない。
ミレハイム王国での戦闘中に捕まえたものであれば、所有権の所在が問題になるだろうが、そちらが一段落ついてからゲルベルン王国内で捕まえたものであるから、所有権は完全に俺だ。
つまるところ、タマの存在自体もヴァルバッハを消滅させた魔物であるということを除けば、特段後ろ暗いことはない。
ヴァルバッハを消滅させた件に関しても、俺と契約する前だしな。
話が逸れたが、そんな比較的乗り心地の良いアスドラが引く馬車だが、あくまで比較的ということになる。
実際、乗り心地は最悪に近い。更に下があるというだけだ。
マリナさんとイリス、それにヤスナは一度経験していることでもあるし、多少辛そうではあるが問題は無さそうだ。
王女も問題なし。こちらも慣れているのだろう。
当然、魔力強化を使うことのできる俺も問題なし。
となると、心配なのは……
「咲良、大丈夫だったか? 結構長時間揺さぶられっぱなしだったと思うけど」
ちなみに出発前にも同様の会話はしており、「辛くなったら馬車を止めて休憩するから申し出るように」とだけ言っておいたのだが、結局のところ、先程も述べたように途中でトイレ休憩を挟んだだけで、長時間の休憩は取らなかった。
昼食すら馬車の中で食べたくらいだ。
「最初は、お尻痛いっ! って思ってたけど、重力魔法で体重軽くして乗ってたから大丈夫だよ。皆平気そうなのに、私だけ我がままを言うわけにもいかないしね」
「なるほど、その手があったか」
「うん。だからちょっと魔力減って辛いけど、身体は平気。心配してくれてありがとうね」
「まぁ。大丈夫ならよかった。魔力は使えば使うほど増えていくみたいだから、修行だと思って頑張れ」
魔力と生命力はレベルアップでも増えるが、レベルアップしなくても使えば使うほど増えるお得なシステムだからな。
その他のパラメーターも増えるが、この2つほどの上がり幅はないし、所謂筋トレで力を上げているようなものなので、サボるとステータスも下がる。
魔力と生命力は下がらない。
状態異常になれば話は別だが。
「これを常時使っていられれば、体重計も怖くないね!」
「昨今は、ただ単に体重を量ってどうこうというよりも、どちらかというと体脂肪率の方が……」
「あーあーあーあーきーこーえーなーいー」
というような一幕を経て、野営の準備を始める。
今回旅に出るのにあたって、仲間たちには俺のアイテムボックスの存在を明かしている。
旅に必要な大量の荷物を俺が預かるのに説明が必要だったのもあるが、アイテムボックス自体メニューについているおまけ機能で、謂わば魔法の鞄の上位互換のような能力だ。
中に入れた物の状態を固定するだけであれば、王女の時空魔術と魔法の鞄の組み合わせで似たようなことが可能であるため、積極的に隠す理由がなくなったというわけだ。
唯一無二であるのと他で代替可能であることには大きな隔たりがあるからな。
現状、アイテムボックスで唯一無二と言えることは、魔法の鞄も収納可能ということくらいだろうか?
ゲルベルン王国まで旅をしたときは、テントを張ってそこに女の子たちが寝て、俺は馬車で寝る。
食事も、基本的には調理に手間がかからないものか、携帯食料、もしくは保存食というのが主流だった。
なので、野営の準備といっても、火を起こして、魔除けの香を焚き、テントを張るだけだ。
それに、テントもデルリオ公爵家が所有するワンタッチで張れるテントの魔道具を使用していたため、殆ど手間なしだった。
それでも、所詮はテントである。
結局、有事の際にはすぐに出られるようにと防空頭巾のような形をした寝袋にくるまって寝ることになるし、セキュリティもそれなりだ。
「ねぇ恭弥、本当に大丈夫? 創造ることは勿論できるけど、かなり魔力を使うことになると思うよ? 少なくとも私には発動すらできないくらいの魔力が必要になると思うけど……
それに、私以外の人がすぐに使えるようになるわけじゃないよ?」
ちなみに、咲良の現在の魔力量は約10万。
こちらに飛ばされてから、お世辞にも燃費が良いとはいえない【重力魔法】を、これでもかというほど使いまくってきたおかげでここまで増えたらしい。
俺がこっちに来たときの魔力量が12万だったから、量だけなら当時の俺に迫る勢いだな。
だが、魔力の質が違う上に、今の俺は更に魔力量が増え現在では約10倍の128万ほどだ。
問題なく発動することができるだろう。
普通は、ある一定値まではガンガン成長するものの、それ以降は限界まで毎日絞り出してもそんなには増えないらしいし、増えるにしても結局はどこかで頭打ちになって限界が訪れ、それが才能の限界とされるそうだ。
しかし、俺の場合【限界突破】スキルがうまく効いているのだろうか?
未だに限界が訪れる様子もないし、未だに成長期だ。
恐らく限界値に対して、一定割合まではガンガン成長するとかそういうことなのだろう。
【限界突破】の『パラメーターの種族上限解除』が青天井になるのか、それともやはりどこかで頭打ちになるのかはわからないが、今のところは問題が無さそうだ。
ちなみに、上限に達する前と比べると圧倒的に上がりにくくはあるが、たとえ成長上限に来てもレベルアップによる魔力上昇がなくなるわけでもないそうなので、まったく上げる方法がなくなるというわけでもないようだ。
また、仲間たちも皆まだ成長上限には達していないようなので、今後が楽しみではある。
話が逸れたが、つまるところ大量の魔力を消費すること自体は歓迎するべきことなのだ。
「ああ、構わない。やってくれ。もし発動に失敗しても、魔力の枯渇で気絶するくらいで済むんだろう?」
「まぁーそれはそうなんだけどね。じゃあ、始めるよ?
術式構築完了。術式名『クリエイトライトホーム』、術式登録」
咲良の【術式創造】により生み出された魔術は、速やかに咲良の術技一覧に登録されるが、他人が使うには通常の術技の取得と同じで努力して覚えるしかない。
だが、俺には【完全見取り】の『収集』機能がある。これで咲良から簡単に術式を手に入れることができるというわけだ。
発動原理をある程度理解する必要性がある魔法とは違って、魔術の領域で発動させる分にはただ詠唱するだけで事足りる。
俺の【時空魔術】と、こちらはあまり使っていないが【神聖魔術】を除く魔術スキルはすべて魔法スキルに置き換わってはいる。
置き換わったからといって、それで魔術が使えなくなったわけでもない。
魔法は魔術の完全上位互換ともいえる存在なのだから。
「『クリエイトライトホーム』」
咲良が警告するだけあって、大量の魔力が奪われていくのがわかる。
ステータスをみると、魔力が20万以上減っていた。
確かにこれは並の魔力しか持たない者では――いや、並以上の魔力であったとしても20万もの魔力を捻出できる者はそうはいないだろう。
この場合、俺の魔力が20万というのもポイントの一つだな。
だが、それだけの魔力を消費しただけあって、効果は絶大だ。
しっかりした基礎が作られ、どこからともなく現れた白い石が次々と組み合わさり、みるみるうちに家の形をなしていく。
まぁ、間取り的には家というよりペンションに近いかもしれないが。
ちなみにこの白い石、光属性及び聖属性を帯びておりアンデッドたちを寄せ付けない。
よしんば近づいてきたとしても、聖属性にあてられてすぐさま浄化されてしまう。
聖属性は神聖魔術の領域だが、【光魔術】の中には聖属性を帯びた魔術も幾つか存在するため、そこから応用したというわけだ。
一応は魔物の領域を外しているわけだし、恐らくはこれで問題はないだろう。
また、光属性であるため、当然室内は非常に明るく保たれている。
就寝時には光を消すことができる親切設計。
いや、当然の機能だな。
厨房も完備されており、そこには【炎魔法】を利用したコンロや窯、【水魔法】を利用した水道、そして【氷魔法】を利用した冷蔵・冷凍庫がある。
雷属性を利用した電子レンジを置こうと思ったが、【錬金】などで箱をつくってあげないとさすがに危なそうだったので、今回は諦めた。
そのかわり、シンクには風魔法を利用したディスポーザーを誂えてある。
当然ながら、同じく【水魔法】と【炎魔法】を組み合わせた風呂、温水シャワー付きトイレも完備されている。
リビングの他に寝室も男女別で用意し、離れにはアスドラと、タマの部屋も用意してある。
そしてさらには、自爆スイッチも用意されている安心設計。
クローゼットやテーブルなどは備え付けてあるが、布団や細々とした生活用品などは、どうしても魔術で再現不可能だったため、俺のアイテムボックスを利用して持ち込むことにした。
さすがに一瞬で組み上がるなどということはなく、発動終了まで15分ほどかかった。
とにもかくにも、設計俺、術式創造咲良、発動俺の、夢のマイホーム(一日限定)が完成した瞬間だった。
■改稿履歴
旧:
だが、俺には【完全見取り】の『複製』機能がある。
新:
だが、俺には【完全見取り】の『収集』機能がある。




