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第85話 迷いの森への道程(前編)

 馬車は進む。

 

 ガタゴト……ガタトト……ガタゴト……ガタト……ガタン!

 

「!? おっと、危ない。危ない。うっかり寝るところだった」

 

 馬車が小さな石に乗り上げたらしく、身体を揺らされて起きる。

 

 春眠暁を覚えずというが、ぽかぽかとした良い陽気のため、思わずうとうとしてしまったようだ。

 【睡眠耐性】スキルも形なしだな。

 

 本来、ゲルベルン王国内は厳しい気候で常に寒さに晒されるような国だ。

 それが、ここが比較的南寄りであるためか、それとも異常気象なのかはわからないが、とにかく今は春らしい精気を含んだ良い天気だ。

 

 いやーそれにつけても、アスドラが優秀すぎてこうして御者席にいたところで全くやることがないよなー。

 当然自動車の居眠り運転は危険だが、アスドラが引く馬車はある種の信頼があるからな。

 

 自動車というより電車の旅といった方が近いかもしれない。

 乗り過ごさないようにだけ気をつけるあの感じだ。

 

 劣飛竜(ワイバーン)を駆っての空の旅も悪くはなかったが、こうやって大人数での移動となるとやはりアスドラだな。

 

 現状、俺と咲良以外は乗れないからな。

 イリスあたりは教えればすぐに乗れそうではあるけど……って駄目か。尻尾を丸めて随分と怖がっていたしな。

 

 都市セーレからゲルベルン王国まで移動したときと比べて人数も増えているが、アスドラのその足取りが揺らぐことはない。

 馬車内も多少手狭になったが、荷物をすべて俺のアイテムボックスと皆の魔法の鞄にしまっているおかげで、まだ少し余裕がある。

 いざとなれば、魔法の鞄を俺のアイテムボックスにしまってしまえば、更に人を乗せることができるだろう。

 

 馬ならこうはいかないだろうが、アスドラに合わせて大きめの馬車を買っておいて良かったな。

 

 などと胸中で独りごちて、開きっぱなしになっていた【メニュー】を眺める。

 

 そこには新たに仲間となった、咲良やマリナさん、王女、ヤスナ、そしてタマとアスドラの名前が並んでいる。

 といっても、咲良とイリス以外のステータスはこれといって変わり映えはしない。

 

 そして、どちらかといえば問題は咲良だ。

 どうやら、俺と同じく鑑定系の魔眼をごまかすアイテムを身につけていたらしく、俺が見ていた咲良のステータスは(いつわ)られていたものだったらしい。

 

 しかしながら、スキル【メニュー】ではそういったごまかしは一切無効となる。

 恐らくだけど、魔眼が通じないとされる精霊使いであったとしても、この【メニュー】で見れば丸裸になるだろう。

 

 問題は仲間にならないと見ることができないことと、たとえ仲間として登録されていたとしても距離が離れるとダメだということだな。

 

 あと、この仲間ってのがまた難しい。

 どちらか一方通行ではダメで、互いに仲間だとしっかり認識し合う必要があるようだ。

 

 ちょっと肩を並べて戦った程度のギリクではダメだろう。

 

 しかし……これ、人数に上限はあるのだろうか?

 

 まぁ、そのときはそのときだな。

 

 さて、咲良のスキル欄でひときわ存在感を放つ【光魔法】の文字。

 もちろん俺の中で……だが。

 

 そして――

 メニューにある俺の名前に触れて、俺のステータスを表示する。

 

 そこには、全属性魔法がそろった(隙間が埋まった)状態の魔法スキルたちがあった。

 思わずにやけてしまう。

 

 ――美しい。

 

 あとは、スキルレベルを揃えたいところだな。

 それと、【時空魔術】ではなく【時空魔法】に変われば尚良い。

 

 それでますます美しくなるだろう。

 

 人間の欲とはかくも限りないものだ。

 

「どうしたの? もの凄ーく悪い顔をしてるけど?」

 

 む、どうやら俺のささやかな欲望が外に漏れていたようだ。

 

「ん? ああ、咲良……とイリスか」

 

 御者席へと繋がる扉についている窓を開けて、咲良とイリスが顔を出していた。

 美少女二人とはいえ、狭い窓から顔だけがにょっきりとでている姿は、見ようによってはホラーだ。

 昼間で良かった。

 

 しかし、こいつら妙に仲良くなったよな。

 

「なんかひーまーって感じでさ。邪魔しに来てみた」

 

 馬車の中にも窓はあるが、大きなものではなく景色を()()することはできない。

 といっても、ゲルベルン王国領内は変わり映えのしない殺風景な景色だが。

 

 それに、俺のように【メニュー】を眺めて過ごすわけにもいかないだろうしな。

 

 ちなみに、王女とマリナさん、そしてヤスナは、ゲルベルン王国から持ち帰った勇者召喚の本や研究資料資料の解析を続けている。

 ミレハイム王国側の研究者が揃い次第、そちらに資料を回す予定だが、それまでに一通り目を通す予定だそうだ。

 

 イリスは文字を読むことができないので戦力外。

 咲良は俺と同じく、【自動翻訳】スキルがあるため文字を読むことは可能だが、資料は魔術の理論やら魔法陣の理論やらといった知識が前提となっているため、こちらも戦力外だ。

 

 言ってしまえば、馬車組の中で時間をもてあましている2人組というわけだ。

 

「まぁ話しかけられたくらいで邪険にするつもりはないけど……イリスもか?」

「わっ、私は、咲良が主様に粗相をしないかの監視です」

「うっそだー! 最近、恭弥が構ってくれな……うぷっ……むーむーむー」

 

 ただでさえ狭いスペースに二人で顔を出しているところを、更に手を出して咲良の口を塞ぐイリス。

 

「主様っ! 喉が渇いてはおりませんか? フルーツをお絞りしますが……」

 

 言われて、喉の渇きに気がつく。

 さっきまで意識が飛んでたからな。

 

「じゃあ頼めるか? グレンジで頼む」

 

 グレンジというのは、グレープフルーツにオレンジを混ぜたような果物だ。

 味は良いのだが、見た目はカボチャで皮が固く、絞る場合は表皮を剥いてから絞る必要があるため少し手間がかかるが、1つのグレンジから6~7人前程度のジュースが取れる。

 

 必然的に皆の分も用意できると言うわけだ。

 

 丁度良い暇つぶしになるだろう。

 

 それをどれだけ理解しているのかはしらないが、

 

「少々お待ちください」

 

 イリスはそう言うと、咲良を引きずるようにしてさっさと後ろに引っ込んでいってしまった。

 最後の方、咲良がぐったりしていたが大丈夫だろうか?

 

 そしてしばらくすると、絞りたてのジュースを持ったイリスが戻ってくる。

 

 そういえば、高校の文化祭で『JKの生搾りジュース屋』をやったら、クラス全員で一泊二日で旅行にいけるくらい粗利がでたのは良い思い出だな。

 冗談で作った指名料があれほどまでに効果を発揮するとは。

 

 翌年以降、「JKのおにぎり」とか、「JKどぶろく」とか追従する連中がいたおかげで、関係各所から禁止令がでたのも含めて。

 

 え、指名ナンバーワン?

 

 ――どうせ咲良だろって?

 

 ()()()()

 

 いや、別に女装してたとか、近所のマダムが……ってわけじゃあない。

 ()()()()勤務の間にとか、()()()()休暇中の警官が、俺を指名しまくってくれたおかげだ。

 

 組織票って怖いよな。

 まぁ、死んだ両親やあれこれと忙しいじいさんに代わって、小さい頃から体育祭やら文化祭やらにさりげなく顔を出しにくれていたのだから感謝するべきではあるのだけど。

 思えば日本は平和な国だった。

 

 それが、こっちでは正反対の生活だものな。

 「武術ではご飯を食べることはできない」とか、「殺す技術に何の意味があるのか?」とか思っていたが、まさかこんな形で役に立つとは、人生何があるかわからないものだな。

 

「あれ? 氷が入っているな」

 

 見ると、絞ったジュースが凍らされて入っていた。

 水を凍らせなかったのは、時間が経って薄まるのを避けたせいか。

 

「ええ、咲良とアンナロッテ王女が入れてくれました。私では、馬車ごと凍らせてしまいますので」

「そういえば、いつの間に氷の魔力変換を覚えたんだ? 驚いたぞ」

 

 イリスの表情は依然としてクールなままだが、耳が、『撫でて! 撫でて!』『褒めて! 褒めて!』とばかりにピコピコしている。

 

「いえ、それもこれも、主様に導いていただいたおかげです」

「うーん、氷系統については何もしていないけどな」

 

 そう言いながらイリスの綺麗な銀髪を撫でてやる。

 

 ふと馬車の横を見ると、タマが馬車の横を並走していた。

 ちなみに、龍形態ではなく球体だ。

 最高速度は龍形態と変わらないが、一番移動に適した形らしく燃費がいいらしい。

 虹色の球体が、コロコロ転がって馬車に並走している姿はなかなかシュールな光景だな。

 

 ちなみに、一度劣飛竜(ワイバーン)を殺しかけた俺は、しっかりと事前調査をすることにした。

 だが、リキッドメタルドラゴン・レインボーの飼い方なんて誰も知っているわけがない。

 そんなわけで、本人にあれこれ聞いてみたところ、餌は1日3食が理想だが、食い溜めできるらしく、しばらくは餌なしで問題ないらしい。

 大量に食べさせたあとだしな。

 当然強敵と戦えば、その限りではないらしいけども、こうして省エネ移動している分には何の問題もないようだ。

 

 撫でるのをやめると、イリスは名残惜しそうにしたあと、慌てて表情を取り繕った。

 角度的に尻尾を見ることができないが、恐らく少し萎れていることだろう。

 

 犬っぽい……

 

「あと、どれくらいでしょうか?」

「普通の馬車で四日から五日ほどだと言っていたから、明日の夜か明後日の昼くらいには着くんじゃあないか?」

 

 いまはアスドラの移動速度を落としているため、その背に乗って駆けたときのような速度は出ていない。

 せいぜいが、一般的な馬車の2倍程度だ。

 それでも途中で休憩を挟む必要がないので、道程の消化速度を比率で見るともう少し高めだろう。

 

 まぁ、正確な距離がわからないため、すべて憶測でしかないのだけど。

 

 ヤスナから簡単なゲルベルン王国内の地図をもらってはいるが、測量技術が未発達なのか、それとも測量技術があっても、さすがに敵国で測量するわけにはいかなかったからか、随分と適当な地図だった。

 

 三大都市間はさすがに細かくかき込まれており、それなりに信憑性がある地図ではあったが、それ以外が随分とおざなりだ。

 特に、この迷いの森へと向かうルートは、「(いたる)迷いの森(馬車で五日ほど)」と書かれているだけだった。

 

 言ってみれば、完全な横流し品であるためヤスナが手を抜いたのかとも思ったが、どうやらこれが最新の地図のようだ。

 それはそれでいいのか? とも思うけど、便利なのでよしとしよう。

 

 まぁ、地図の縮尺がいい加減でも、方角さえ合っていればいずれ辿り着くことだろう。

 逐次書き足されている【メニュー】スキル上の地図と、ヤスナが横流しした地図とを睨めっこしながら来ているため、今のところ問題ない。

 

 というか、一度もアスドラの舵を切り直してはいない。

 うっかり寝てても何の問題も無かったというわけだ。

 

「うう、イリスちゃんに殺されかけた……」

 

 セリフこそ悲痛だが、言葉尻は軽い。ふざけ合いの範疇と言うことだろう。

 実際、さっきまでジュース作りを手伝っていたらしいしな。

 

 そうして戻ってきた咲良をあわせた3人で、俺たちはしばらく話に花を咲かせるのだった。

 

 

 

 

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