第84話 第二章開幕
第二章始まりました。
よろしくお願いします。
プロローグ的なお話しですので、少し短めです。
ゲルベルン王国南方。
そこには人間を――いや、すべての生き物を拒む深い森が存在する。
通称、迷いの森。
誰が始めにそう呼び始めたのかはわからないが、ひとたび足を踏み入れるとまず戻ってくることができないか、気がつくと入り口に戻ってきてしまうことからそう呼ばれている。
冒険者ギルドでは二種危険地域に指定されているが、それでなくとも冒険者たちが近寄ることはない。
領土としてはどこの国の領土でもないが、森を抜けてもその先は厳戒の山脈。
それ以外の入り口はゲルベルン王国しかなく、交通の便も悪い。
それだけ苦労しても、中はすべての生き物を拒む森しかなく、魔物はおろか野生動物の姿もない。
また、これといって特別な素材が取れるということもない。
まともな調査が入っていないので定かではないが、迷宮が現れたという話すらなかった。
そんな実入りのない場所であるため、冒険者は元より一般人も立ち入ることはないし、ゲルベルン王国ですらも領土権を主張することはなかった。
仮にゲルベルン王国が領土権を主張していた場合、すんなり通ったであろう事は間違いないのにもかかわらず。
ちなみに余談ではあるが、“二種危険地域”の二種とは危険度を表すものではなく、単なる種別だ。
一種が、強力な魔物が現れるため立ち入りを禁じている危険地帯。
二種が、魔物は関係ないが別な理由で危険であるため立ち入りを禁止している危険地帯。
毒ガスが蔓延している活火山などもコレに当てはまる。
他に、特種危険地帯というものがあり、コレは危険でも何でもないのだが、特別な事情で立ち入りを禁止している地域となる。
うっかり立ち入ると法律で裁かれるため、ある意味で危険ではあるのだが。
とはいえ、真に立ち入って欲しくないような場所は非公開であるので、完全に避けることは難しい。
しかも、そういった場所の場合裁判すら許されず、その場で処刑されることもある。
そうそう迷い込むような場所にはないことと、一応「私有地につき立ち入り禁止」などと、消極的ではあるが迷い込み防止はされているおかげか、問答無用で裁かれる者はもう何年も出ていないようだが。
重なるように様々な木々が生い茂り、日の光さえ差さない森の中。
真っ昼間であるのにも拘わらず、夜のような闇を湛える森の中を、一人の少女が歩いていた。
ガサガサと音を立てる不気味な森とその少女の対比は、ひどく不釣り合いに見える。
しかし、まるで週末に繁華街や大型ショッピングセンターに遊びに行くような気やすさが、そこにはあった。
鼻歌こそ歌ってはいないが、その表情に一切の緊張感はない。
また、短剣と折りたたみ式の弓を腰に佩いているだけで、鎧すら着けておらず恐ろしく軽装だ。
鎧だけではなく、その胸部装甲も非常に軽装なのが、彼女の悩みでもあった。
「相変わらず、ここは鬱々としてるわよねぇ」
独り言のようにぼやくが、決して独り言ではない。
彼女にしか見る事ができない精霊に向かって話しかけているのだ。
先程、一人の少女が歩いていたと表現したが、ここで訂正したいと思う。
歩いているのは、確かに少女一人だ。
少女を案内するように先を行く精霊は、無数に茂る木の中を次々と移動しているのだ。
見ようによっては、【時空魔術】による連続転移にも思えるが、それこそが木精霊の特性だ。
木精霊は木がある場所であるなら、彼我の距離如何にかかわらず移動可能という特性を持っている。
その木精霊が通った木は、不自然にぐにゃりとその身体を曲げて、少女のために道を作っている。
彼女が通った後は、何事もなかったかのように元の姿にもどる。
残念ながら、木が一本曲がった程度では、陽光が彼女の鮮やかな緑色の髪に色を与えることはない。
「変わらないからこそ、守られてるものもあるって事じゃあないかしらー? この間まで外は大変だったみたいじゃないかしら?」
「はぁ……その『かしらー』っての、いつまで続けるの?」
少女は深いため息をつくと、あきれ顔を作り精霊へと向けた。
「この間の人間の口調がうつっちゃったかしら」
「うそばっかり。気に入って使ってるだけのくせに」
「かしらー?」
こうなったら、飽きるまで待つしかないと、再び深く嘆息する。
「しかし、うん百年も引きこもっている筋金入りの引きこもり種族が、なんだって人を寄越してまで私を呼び戻そうっていうのかしら?」
「かしらー?」
「やだ、もうっ! うつっちゃったじゃない!!」
誰も見ていないのにもかかわらず、顔を真っ赤にして声を荒らげる。
「レイア、お客といえば、ちょっと前になんか変わった子たちが来てたよね?」
「ああ、獣人族を連れたアシハラ人っぽい男の子でしょ?」
精霊にレイアと呼ばれた少女は、全く思い出すことに労力をかけることなく数週間前お客としてきた、妙に仕立てのよい服を着た黒髪の少年の事を思い出していた。
「そうそう。あんなに存在力の高い人間は見たことがなかったから、驚いたかしら」
「ええっ!? なにそれっ!? 初耳なんだけど??」
「あれ? 言わなかったかしら? 人間どころか、精霊と比べても次元が違う存在力だったわよ? ――かしら?」
段々とボロが出てきたようである。
「妙に金払いもよかったしね。その割には、碌な装備をしてなかったし。仕立ては良いけど、何の魔術補助もされていない服なんて、裸も同然よね?」
「まぁあれが、ただの村人か一般市民だったら良いけど、どう見てもそんな感じはしなかった……
というか、あの存在力で一般市民とか何の詐欺だって話かしらー」
「まー、ワケありなお客さんとの出会いもこの商売の楽しみってね!
めんどくさい話もとっとと終わらせて、商売に戻りたいわ。
――そろそろかな?」
「ええ。ここよ。ここが、――――よ」
ぶわっ!
妖精の声は、森を通り抜ける風と、それが葉を揺らす音にかき消されてしまった。
突如として吹いたその風は、葉を揺らすだけでは飽き足らず、地面に落ちる葉を舞い上げてレイアと、その契約精霊の姿を覆い隠してしまう。
そして、跡には何も残っていなかった。




