第82話 俎上の魚
お待たせしました。
【竜騎乗】スキルをフルに使い、劣飛竜の性能を限界まで引き出し空を駆ける。
いや、劣飛竜が持つ本来以上の性能がでているだろう。
何せ、常に追い風状態で突き進んでいるのだから。
イリスを乗せて2人で来るときは1時間ほどかかった距離だけど、今なら誰に気を使うことなく全力で飛ばすことができる。
更なる時間短縮を望めるだろう。
――さすがに、コレが終わったら劣飛竜を休ませてやる必要があるだろうけどな。
前線基地付近はたいまつや魔術の明かりがあり、それに加えてリキッドメタルドラゴンシリーズが光っていたというのもあって、それなりの視界を保てていた。だが今は、前線基地の明かりも届かないほど遠く高い空の上だ。
スキル【夜目】と視力の魔力強化だけでは、この暗闇の中で遠距離を見通すことまでは難しい。そのため、今は最大表示に切り替えたマップだけが頼りだ。
本来であれば、地表付近にぼんやり光りながら漂うミストレイスがいて、それが弱いながらも光源になってくれそうなのだが、リキッドメタルドラゴン・レインボーが持つ触手は【物理攻撃無効】の特性を持つミストレイス相手でも容赦なく吸収してしまえるようで、地表付近にはミストレイスのかけらも見付けることができない。
しかし、リキッドメタルドラゴン・レインボーは手当たり次第に魔物を取り込みながらの移動であるため、こちらの移動速度の方が断然早いはずだ。
その証拠に、目標と思われる紅点とのマップ上の距離はどんどん縮まっている。
このままいけば、うまくすると、王都ゲンベルクより前で捕捉できるかもしれない。
そっちの方が面倒がなくていいけどな。
放っておくとリキッドメタルドラゴン・レインボーに喰われるか、他の魔物に殺されるかだろう。「そうなる前に助けてやろう」……なんてお人好しではない。
咲良たちが戦っていた映像を見る限りでは、魔物がいるのにもかかわらず兵の半分くらいは、咲良たちを攻撃していた。
とするとだ、俺が行っても同じような状況になるだろう。
なにせ、劣飛竜を盗んだときにバッチリ顔を見られているしな。
守ってやる気はさらさらないけど、逆に、ただ見ているだけなら俺もわざわざ攻撃するつもりはない。が、相手から攻撃をしてくるのなら話は別だ。
リキッドメタルドラゴン・レインボーの相手をしながら、ゲルベルン王国兵をあしらう必要があるというのは、いささか面倒が過ぎそうだ。
「ねぇ恭弥。そういえば、あの娘たちにうねうねが逃げてる相手の話はしなかったみたいだけど、良かったの?」
「いいさ。余計な心配をさせるだけだし、どの道やることは変わらないしな」
「まぁ、今回はさすがに相手が悪そうだものね。妖精たちが怯えるなんて相当だしね」
「そういう事だな」
「あっ、恭弥。今通ったところが、さっき遠見で見せてた場所よ」
「なら、そろそろか?」
地図を見ると、ここから少し離れた場所で無数の光点が次々と消えていっているのがわかる。
恐らくだが、その中心点にリキッドメタルドラゴン・レインボーはいるのだろう。
予想通り、王都ゲンベルクより手前で捕捉できそうだな。
「恭弥っ! 見えてきたわ!」
シンシアの言うとおり、遠目にリキッドメタルドラゴン・レインボーの姿が見える。
スキル【夜目】のおかげというのも勿論あるけど、暗闇の中光るリキッドメタルドラゴン・レインボーは恐ろしく目立っていた。
あれなら、遠くは見えにくいという【夜目】の制約があっても見つけやすい。
先ほど俺たちが倒したリキッドメタルドラゴン・レインボーは、あの形に変化するその前に行った集中攻撃によって大きくその体積を減らしていたが、あそこにいる個体は体積を減らす前の大きさと同じか、それより少し大きいくらいだ。
しかも、魔物を吸収する度に少しずつ大きくなっている。
手早くメニューを操作し、マップのサイズを戻す。
それだけで戦闘準備は完了だ。
「よしっ! 飛び降りるぞっ!!」
音速に近い速度で移動している劣飛竜の速度を落とすことなく――むしろ更に加速させて、俺は空へと身を躍らせた。
俺の身体はそのまま慣性に従って空中を飛ぶ。
特に慣性に逆らわず――
「『炎纏』!」
炎を纏い【真理の魔眼】を発動させる。
────────────
魔物名
リキッドメタルドラゴン・レインボー
レベル
296
スキル
邪龍魔法(レベル4)
邪龍の威圧(レベル8)
怨響(レベル8)
レインボーオーラ(レベル8)
レインボーブレス(レベル12)
雷魔法(レベル10)
特殊・特性
千変万化
腐食ガス
毒ガス
マインドブラスト
流動
弱点変動
弱点
土
説明
液体金属の魔物。
コアすらも液体金属でできている特殊な個体。
一定時間毎に、ランダムで弱点が変動する。
──────────
少し強さが上がっている気がするが、やはり同じくリキッドメタルドラゴン・レインボーのようだ。
リキッドメタルドラゴン・レインボーの元にたどり着くまで、このままいけば30秒ほどだろう。
だが、【真理の魔眼】で弱点を確認し続け、そして弱点が炎に変わった瞬間――
「『アフターバーナー』ッ!!」
俺の背後で爆発が起こり、更に加速。
あり得ないほどのGが俺を襲う。常人では耐えることができないだろう。
それもそのはず――
パァン!
俺の身体はライダーキック状態で音速の壁を易々とぶち破り、20数秒の距離をコンマ5秒でつめる。
そしてそのまま、玉虫色……じゃなくて、虹色の身体に蹴りを入れる。
弱点攻撃なら物理攻撃も効くってことは、先の戦闘でも証明されているからな。
ゴォォォォォ!
到底蹴りで出せる音ではない音を立ててリキッドメタルドラゴン・レインボーの身体を貫通。衝撃と、炎、『アフターバーナー』による爆発で、その虹色の身体に大きな穴を開ける。
そのままくるくるっと回転しながら慣性を殺し、距離を取り着地する。
着地の衝撃に耐えきれず地面がバキバキという音を立てて割れるが、俺の身体はなんともない。
本当に丈夫な身体だと思う。
そして――
どぉん!!
という派手な音を立てて、リキッドメタルドラゴン・レインボーの身体が爆発する。
――シンシアの攻撃によって。
だが、まだ魔石を潰していないので生きているだろう。
シンシアの爆発で粉々に吹き飛んでくれていれば良いが、そこまではうまくいかないだろう。
俺は爆風が晴れるよりも早く新月を抜く。だが、焦って追撃はしない。
【真理の魔眼】で弱点を見る必要があるからな。
油断なく敵の様子を窺いつつ、煙が晴れるのを待つ。
やがて煙が晴れると、そこには元の身体の1/4ほどに体積を減らしたリキッドメタルドラゴン・レインボーがあらわれた。
――が、いきなり俺に背を向けたかと思うと、一目散に逃げ始めた。
俺としては【邪龍魔法】なり、【レインボーブレス】なりが来ると思っていたため、いきなりの逃走に意表を突かれてしまう。
「ちっ、逃がすかよっ! 『セブンウオール』! 『ライトウオール』!」
『セブンウオール』。すなわち、火、水、風、土、雷、氷、闇と、俺の使える木属性を除く属性魔法のすべてで壁を構築する。
光魔法だけはまだ覚えていないのでキチンとした詠唱が必要であるためそれ単発での発動だ。それに、木魔法は植物を扱う魔法であるため、壁を作るなら木や草が必要だ。しかしながら、この辺りはぺんぺん草すら生えていないという理由から使うことができない。
それでも、敵の足止めには成功する。
「ナイスっ! 恭弥!」
シンシアの称賛を背に、抜刀。
そして一気に距離を――
「ぐるるるる……」
――ってあれ?
「なぁ、シンシア? なんか、アイツ、腹をこっちに向けて微動だにしなくなったぞ?」
まさに俎上の魚だ。
【真理の魔眼】で見ることができる弱点も、なんと全属性だ。
それに地図上のマーカーが紅から、アスドラとかと同じ緑色に変わっている。
「あら? うーん……もしかしてそのうねうね、テイムされたんじゃない?」
そういえば、【モンスターテイム】スキルを手に入れたんだっけか……
どうするか……
「あー、そこのお前、俺に従う気があるなら、『しっぽを左右に振ってみろ』」
ぱたっ
ぱたっ
と、しっぽが左右に振られる。
「『とりあえず、起きろ』」
《なんと! 『リキッドメタルドラゴン・レインボー』がむくりと起き上がり、仲間になりたそうな顔でこちらを見ている。仲間にしますか?》
──────────
Yes/No
──────────
おいっ! 脳内アナウンス! 怒られても知らないからな!
母さんの仕込んだネタにツッコミを入れつつ、ARウインドウのYesに触れて承諾する。
「名前は……まぁ、あとででいいか。とりあえず、『魔物を全部片付けろ』」
俺が命令をすると同時に、リキッドメタルドラゴン・レインボーの身体がドロリと溶けたかと思うと、あちこちで触手が現れ魔物たちを捕食し始めた。
敵性反応を示す紅点は瞬く間にその数を減らしていく。その速度は先ほどまでの龍形態での比ではなく、あれよあれよという間に一切の紅点が消えてなくなってしまった。
「なんて言うか……味方になると途端に便利な子ねぇ」
「……そうだな」
「あとは、この子が逃げてた相手だけねぇ。まぁ、なんとなく想像がつくけど」
「まぁ聞いてみた方が早いだろ? 『そんな必死に何から逃げてたんだ?』」
触手をしゅるしゅると伸ばし、まるで人間の指のようにして、俺を指した。
「やっぱり……あの子たちが怯えたのは、ある意味正しくて。ある意味間違ってたのねぇ……」
「って、俺から逃げてたのかよ!?」
失礼過ぎる……
「まぁまぁ。何はともあれ、これで終わったんじゃない?」
念のためマップだけではなく、【索敵】と【気配探知】を使用して魔物がいないことを確認する。
まぁ、仮に残っていてもミストレイスか、羽虫みたいな弱い魔物だしすぐに対処されてしまうだろう。
「ああ、俺を倒す必要はないから、これで終わりだな」
と、このようにして魔物大量発生はあっさりと完全にその幕を下ろしたのだった。




