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第81話 再集合と再出陣

 リキッドメタルドラゴン・レインボーがミレハイム王国側の魔物を片付けてくれたおかげで、もはやミレハイム王国にとっての魔物の大量発生は解決したと言ってもいい状態となっている。

 ゲルベルン王国側の動きが見えないため完全に安心はできないが、少なくとも当面の間は警戒を続けるだけでいいはずだ。

 

 さて、依頼主に報告でもするか。

 

「あー、王女。聞こえるか?」

『えっ? あっ、キョーヤ様っ!? はっはい。聞こえますっ(ガタッごちん)。っ()ぅっ』

 

 急に立ち上がったおかげで、膝でも打ち付けたかのような音とともに、返事が返ってくる。

 

 王女、強く生きろよ。

 

「大体の状況は掴めてると思うけど、一応報告だ。こっちは大体片付いた。少なくとも、ゲルベルン王国国境からこっちにはもう魔物はいない」

『はい。先ほどこちらに戻ってきた冒険者たちから、ある程度の情報はうかがっております。今しがたゲルベルン王国まで斥候兵を放ったばかりですが、もうしばらくすれば詳しい状況がわかるかと思います』

「なるほど」

 

 まぁ、斥候兵(そんなもの)に頼らなくても、シンシアに頼んで見てもらえば……

 ヴァルバッハとゲンベルクには妖精を置きっ放しにしてあるわけだし。

 

 そう思ってシンシアに目を向けると、シンシアは何やら難しい表情を浮かべていた。

 

「(恭弥、ゴメン。ヴァルバッハに送ってる妖精()が怯えてるから、戻してもいい? もう、ヴァルバッハはなくなっちゃったみたいだし)」

 

 おいおい、さらっと凄いこと言うなぁ。

 まぁ、シンシアにとってはその程度なんだろうけど。

 

「(ヴァルバッハがなくなったって、一体どういうことだ?)」

「(強力な魔物が急に現れて、みーんなやられちゃったみたい。で、どう? 戻していい?)」

「(それは構わないけど、妖精が怯えるってただ事じゃないな……何かあったのか?)」

 

 基本的に、魔物では精霊やその眷属たる妖精を傷つけることは難しいはずだ。

 

「(ありがと。じゃあ、帰してから話を聞いてみるわね。

 ――ふんふん。なるほど。

 なんかね、ヴァルバッハを壊滅させた魔物が、周りの魔物を吸収しながらゲンベルクに向かってるみたいなんだけど、その魔物が問題みたい)」

「(どんな魔物だ?)」

「(――うーん。さっきまでここにいた、あのウネウネした魔物と同じみたいね。まぁ、色は虹色になってるみたいだけど。でも、最初は黒かったらしいし、もしかしたらこっちにいた奴と繋がってたのかも?)」

 

 またアイツか。

 今となっては、そんなに強敵だとも思わなかったけど、倒すの面倒なんだよな。

 

 あの魔物はこちらの攻撃に対して的確に防御策を講じてきていた。情報が共有されているってことは、先ほどと同じ作戦は通じない可能性があるな。

 

「(その魔物が、妖精を傷つける可能性があるってことか? たしかに、色々面倒そうな魔物だったけど……)」

「(違うわ。うねうねはヴァルバッハを一瞬で滅ぼすような魔物だけど、()()から必死で遠ざかろうとしている……っていうか、ぶっちゃけ逃げてるみたいで、その()()がわからないから怖かったんだって)」

「(アイツが逃げるような相手か……あの、リキッドメタルドラゴン・レインボーだけでも荷が重そうだけど、それ以上となると、ますます咲良とイリスが心配だな。――あと、資料(ヤスナ)もな。ちょっと見てもらえるか?)」

「(うん。ちょっとまってね)」

『あの……キョウヤ様?』

「ああ、すまない。シンシアにゲルベルン王国の状況を聞いていたんだ。妖精を置いたままにしてあったからな」

『なるほど……それはまた、さすがといいますか……何か新しい情報が入りましたか?』

「ヴァルバッハが壊滅したそうだ。それも、たった一匹の魔物によって」

 

 俺の言葉に王女がハッと言葉を飲んだのがわかる。

 良い思い出というわけでもないのだろうが、約1カ月ほどの期間を過ごしたのだ、俺以上に感じる何ががあるのだろう。

 

「その魔物が、何かから逃げるように王都ゲンベルクへと向かっているそうだ」

『いま、ゲンベルクには……』

「ああ、咲良やイリス、それにヤスナがいるな」

「でっですが、いざとなれば、キョーヤ様が向かって……」

「いやいや、俺は転移ゲートで移動できないのに、それは無理ってもんだろう。

 ――まぁ、仕事自体は順調みたいだし、すぐに戻して……」

 

 ザ……ザザザザ……

 

 俺のセリフは、テレビの砂嵐を細切れにしたかのような音に遮られた。

 

『こちら、コンバット咲良。藤堂、聞こえますかー? どうぞ』

「当然ながら双方向に通信できるから、“どうぞ”は必要ないぞ。どうぞ」

()()()()()()()、イリスちゃんと一緒にヤスナちゃんのお手伝いしてたんだけど、そろそろ潮時かなーって』

『咲良っ! 上からくるぞ!!』

『わわっ、っとと……危ないなぁ……』

『キョーヤさーん、ブツは何とか手に入れましたから、早く助けてくださーいい』

 

 咲良は兎も角、イリスは天然なのか?

 だとしたらなんと恐ろしい奴だ。

 

 しかし、やっぱりヤスナと一緒か……ある意味予想通りの結果というやつだな。

 転移で引き上げさせるならそっちの方が一回で済むし、いいけどな。

 

「王女、聞こえているだろうが、咲良から連絡があった。シンシア、咲良たちの状況を映せるか?」

「うん。でも、王都ゲンベルクに行ってもらってる子も怖がっちゃってるから、うねうねがたどり着くまでには戻してあげてね」

 

 俺が頷くと、シンシアは満足げな笑顔を浮かべ、なにやら空中をくるくるとかき混ぜ始めた。

 

 何もないはずの空間は、まるで水でも混ぜているかのように波立ち始める。

 徐々に広がるその波が、電化量販店でしか見たことがない100Vテレビほどの大きさになったところで、シンシアはその手を止めた。

 そして徐々に波が落ち着いた後、その空間にはまるで湖面に姿が映るように咲良たちの姿が映し出されていた。

 

 画面は縦横横で3分割。

 一つ目は、妖精を引き上げたのにもかかわらず、どういった手段かはわからないが、“うねうね”ことリキッドメタルドラゴン・レインボーと、魔物たちの様子が映し出されている。

 

 ミレハイム王国側とは違いゲルベルン王国側には、ランクが低めの魔物が多く向かったようだ。

 

 そのかわり、小さな魔物が羽虫のようにうじゃうじゃ湧いているため、数だけで言えばミレハイム王国側より断然多そうだ。

 

 リキッドメタルドラゴン・レインボーはミレハイム側のときと同じように触手を伸ばして魔物たちを取り込んでいるが、どういうわけかうまく取り込めていないようだ。

 

 小さく小回りの効く魔物が多いせいで、その分多くの触手を伸ばさないといけないためだろうか?

 いや、違うな。ミレハイム王国で魔物が消滅したのは、龍形態に戻る前だ。恐らくあの状態は、触手を伸ばして吸収という攻撃……というより食餌に特化した本能に直結した状態と言うよりは、邪龍魔法などを使うような理性的な形態ということなのだろう。

 

 それに、触手形態の時は移動するそぶりを見せなかった。

 移動するにも、龍形態が必要なのかもしれない。

 

 二つ目は、王女の様子。

 必死にこちらの音声に耳を傾けているのが見える。

 周りには、デルリオ公や例の護衛の男、先ほどとは少しメンバーの替わった士官たちがいるようだ。

 

 声は王女だけに届くようになっているため、虚空に向かって独り言を話す王女を心配そうに見つめている。

 

 そして、三つ目の最も大きな画面には、ゲルベルン王国兵が。それに加えて、いち早く到達した素早さだけが売りの魔物と乱戦を繰り広げる、咲良たちの姿が映っている。

 

 いち早くたどり着けるだけあって、ゲンベルクにいる魔物はすべて空を飛ぶ魔物ばかりのようだ。

 

 全身に炎を纏うイリスにとって、小さな魔物などまさに「飛んで火に入る夏の虫」というやつだ。

 さらには、その身体能力を存分に発揮し、戦場を所狭しと跳びまわり次々と敵を屠っていく。

 

 その敵の中にはゲルベルン王国兵も含まれるが、斬られた瞬間に傷口が焼かれ止血されるため失血死は許されず、長く痛みに苦しんで死ぬか、焼死の二択だ。

 

 ヤスナは、魔物より、ゲルベルン王国兵を集中的に狙っているようだ。

 まぁ、色々思うところがあるのだろう。

 

 『影縫い』で動きを封じ、()から忍びより首筋をかっ斬って次々と死体を量産している。

 こちらは、イリスとは正反対で、失血死が殆どの割合を占める。

 

 そして咲良は、イリスやヤスナとは違いゲルベルン王国兵を傷つけることに躊躇(ためら)いがあるようで、【重力魔法】で動きを制限したり、魔物を落としたりという事に終始してしまっている。

 

 それでも、危なげなく攻撃を躱し、申し訳程度の反撃を加えている。

 日本にいたときではあり得ない動きだ。

 

 こちらに呼ばれたときに、俺と同じように力を手に入れたのだろう。

 

 自力が違うのでなんとかなってはいるけど、たしかにこれは潮時だな。

 

「シンシア、3つ数えるから、数え終わったら皆をここに転移させてくれ」

「わかったわ」

「咲良、イリス、ヤスナ。聞こえてるな?」

『うん』

『はい』

『はいー』

 

「いち、に、さん。シンシアっ!」

「はいよー」

 

 俺の合図に従って、3人が転送されてくる。

 

 位置関係は、戦場と同じになっており、イリスの炎に巻き込まれたり、咲良の【重力魔法】に巻き込まれたり……といったことはない。

 

「三人ともおつかれさん。シンシアもありがとうな」

「いいのよ」

「恭弥、助けてくれてありがとうね」

「主様、ありがとうございます」

「たっ助かりました……」

 

 

 急に目標を失ったゲルベルン王国兵と魔物たちが右往左往する姿が画面に映し出されたあと、ゲルベルン王宮の様子が映し出されていた画面が消えた。

 恐らく、妖精を引き上げさせたのだろう。

 

 現在は、画面の半分が王女、もう半分がリキッドメタルドラゴン・レインボーとなっている。

 

「あっ、アンナだ。ヤッホー! アンナッ!」

「やっやっほぉ?」

 

 王女の戸惑いを余所(よそ)に咲良はその隣の画面に目を向けた。

 

「この、玉虫色の魔物がゲンベルクに向かってるの?」

 

 ――レインボーだし、虹色らしいぞ? 咲良。

 というツッコミをぐっとこらえる。

 

「ああ、結界は耐えられそうか?」

「うーん。王宮にいた魔物や、兵士たちは一切近づけないけど……重力魔術でぺっちゃんこにしても、平気で動き回りそうだよね。アレ……」

 

 まぁ、そうだな。

 【重力魔法】と銘打ってはいるけど、属性的にはただの物理攻撃だからな。

 

「少々アレを相手にするのは厳しいのではないでしょうか?」

「そうですね……ゲルベルン王国には悪いですけど、アレがミレハイムに来なくて良かったなーって気持ちですよ」

 

 いや、来てたけどな。似たようなのが。

 

「仕方ないな。追いかけて倒すか」

「「「「ええっ? (恭弥)(主様)(キョーヤさん)(キョーヤ様)!?」」」」

 

 四人見事にハモったな。

 

「まぁ。いっぺん倒してるし、大丈夫だろう」

「主様……? アレを倒されたのですか?」

「ああ、シンシアと一緒にだけどな。ギリクもちょっと手伝ってくれたけどな」

「でも、恭弥一人でやっちゃったけどねー」

 

 シンシアの補足に、目を輝かせるイリス。

 それに対して、ドンびいているヤスナ。

 首をかしげている咲良。

 報告を受けてはいたが、想像以上の相手だったのか、口に手を当ててて驚いている王女。

 と、四者四様の反応を見せてくれる。

 

「って、ワケでちょっと()ってくる。イリス、ゲートを出すから劣飛竜(ワイバーン)を呼んできてくれるか?」

 

 と、言外にイリスを連れては行かないことを告げる。

 食い下がるかとも思ったが、悔しそうな表情を浮かべるだけで、何も言ってはこなかった。

 まぁ、目はこれでもかという程力に溢れているし、落ち込んでるということだけではなさそうだ。

 

「『ゲート』」

 

 イリスが、ゲートの中へ入っていき、劣飛竜(ワイバーン)を連れて戻ってきた。

 劣飛竜(ワイバーン)やアスドラは基本的に俺の言うことしか聞かないが、イリスは一度乗せているからな。

 俺の魔力でつなげたゲートに(いざな)うくらいは何の問題もない。

 シンシアに頼んだ場合は無理だろうけど。

 

「恭弥。さすがに私じゃあ足手まといになるだろうから、一緒に行くのはやめとくけど、気をつけてね。絶対絶対無事で帰ってきて。話したいこといっぱいあるから」

「キョーヤさん、今回はアタシも死ぬ気で頑張ったんですから、あとでしっかり褒めてくださいよ!」

「トウドウ様。お気をつけて」

「主様。ご武運を」

 

 四者四様に俺の無事を願ってくれる。

 

 そして、シンシアは――

 

「まぁ、私も一緒に行くし、万が一なんて事はあり得ないわよ」

 

 そう言って、久々に省エネモード(二頭身)へと変わり、俺の肩にダラリと乗っかった。

 

「じゃあ、進路を北東へ!」

 

 俺のかけ声に従って劣飛竜(ワイバーン)はふわりと舞い上がり、一直線にリキッドメタルドラゴン・レインボーの元へと飛行を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■改稿履歴

 サブタイトルを変更しました。

 

 

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