第78話 ブラックリキッドメタルドラゴン
変身ヒーローならいざ知らず、孵化が終わるまで待ってやる義理はないな。
俺はそう結論付けると、【時空魔術】を発動させた。
「『ゲート』! ――いけっ!!」
アイテムボックスから取り出したショートソードが、次々と卵に突き刺さる。
だが――
「むっ、ちょっと遅かったかっ……」
投擲なので、適切な表現ではないかも知れないが、手ごたえがない。
俺の感覚の正しさを証明するかのように、ショートソードによって開いた穴から、黒い煙が漏れるはじめる。
そして、その煙はどんどん渦を巻いて卵を覆い隠していく。
ショートソードが煙に埋もれる寸前に、突き刺さったショートソードが煙を上げて溶けて消えるのが見えた。
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名称:
黒の煙
詳細:
不明
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やっぱり【真理の魔眼】では駄目か。
当然ながら、【完全見取り】でもスキル複製できない。
卵になる前の状態でも『正体不明』だったからな。
どちらにせよ、鉄製の剣を消滅させたあの煙が、姿を隠すためのものだけのものとは到底思えないな。
そんなわけで慌てて距離をとるが……
《スキル【猛毒無効】が、『猛毒』を無効化しました》
《スキル【腐食無効】が、『腐食』を無効化しました》
《スキル【精神攻撃無効】が、『マインドブラスト』を無効化しました》
直接当たらなくても、攻撃を食らうのか……
さっき、魔物から耐性を複製してなかったら危なかったな。
頭痛で死にそうになったかいはあったというものだ。
耐性もなくあの煙に触れたり、吸い込んだりしたらどうなるのかわからんな。
ふと、ギリクやディアンダさんたちの方を確認する。
兵士たちはおろか、冒険者たちの撤退はまだ完了していない。
まぁそんなに時間を稼げたわけではないから当然といえば当然か。
煙があっちに流れると面倒だな。
「シンシア、あの煙……何とかできるか?」
「うーん。アレが何でできているのかさえわかれば良いんだけど……」
「シンシアでも無理なのか?」
「むっ、ちゃんと調べればすぐにわかるわよ」
怒らせてしまったか。
頬を膨らませて、プンむくれている。
口元もへの字だ。
「そうか、それは済まなかった」
「わかれば良いのよ、わかれば。でも、そうね……すぐには難しそうだし、とりあえず隔離しておくわ」
そういって、黒い煙をどこかに移動させてしまった。
煙が晴れると、そこには真っ黒い液体が流動している龍の姿があった。
煙はなくなったが、その代わりにどす黒いオーラを放っている。
形は、胴の長い中国的な龍ではなく、西洋のドラゴンに近い龍だ。
最初に出現したときは銀色だったが、今は黒い煙を混ぜ込んだような、どす黒い色をしている。
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魔物名
ブラックリキッドメタルドラゴン
レベル
289
スキル
邪龍魔法(レベル3)
邪龍の威圧(レベル8)
怨響(レベル8)
ダークオーラ(レベル8)
ダークブレス(レベル11)
闇魔法(レベル10)
特殊・特性
千変万化
腐食ガス
毒ガス
マインドブラスト
流動
説明
液体金属の魔物。
コアすらも液体金属でできている特殊な個体。
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ようやく【真理の魔眼】が仕事をして、敵の正体が露わになった。
リキッドメタル……? まぁ、金属ガラスのことではないだろうな。アレを見る限り。
先程の煙は、ブラックリキッドメタルドラゴンのスキルなのだろう。
近づかずに攻撃する方が良さそうだな。
「『キュァアアアアアアアアアアア!!』」
《スキル【怨響】は最適化され、【猿叫】へと変わりました》
《スキル【邪龍の威圧】は最適化され、【武神の威圧】へと変わりました》
《固有スキル【ダークオーラ】の収集に失敗しました》
黒板を爪でひっかいたかのような、不快な咆吼。
スキル【怨響】だ。
常に発動され続けている【邪龍の威圧】と相まって、精神が弱い者であれば、それだけで意識を保つことは難しいだろう。
さっきは頭が割れるかと思ったほどの脳内アナウンスだけど、今は逆に【怨響】から良い具合に意識を逸らしてくれる。
現に、俺の背後では流れ弾のように咆吼をあびた兵士が倒れたようだ。
流石に冒険者達に被害はない様子だ。それは、不幸中の幸いといえるだろう。
しかし【闇魔法】か……
同系統であろうスキルの【闇魔術】は、魔物には大して効果のないスキルだ。
『ファントムペイン』などの、直接痛覚を与える魔術も痛覚がない魔物には効果がないし、闇魔術による隷属など簡単にはじき飛ばされてしまう。
精神支配も多くの魔物には無効だし、視界を奪ってもそもそも視覚に頼っていない魔物が相手の場合は効果がない。
呪いや、病気の類いも効かないわけではないが、即効性はない。
だが、人の身でこれらをくらうと、たまったものではない。
くらうどころか、発動させる気すらないため、とりあえず収集で留めておく事にする。
よし、ついでに【邪龍魔法】も……
《固有スキル【邪龍魔法】の収集に失敗しました》
こっちは駄目か……
固有スキルってところが、ポイントみたいだな。
真理の魔眼では判断できないけど。
スキルレベルが上がれば、解決するかな?
「正体さえわかれば、こっちのもんだ!」
まぁ、闇とくれば、弱点は光だろう。
【光魔法】……は残念ながら、まだ覚えていないため【光魔術】になるけど。
ちなみに光属性の魔物はとても珍しいらしい。
しかしまぁ、この世界にしばらくいるなら、いずれは手に入れたいスキルだ。
隙間があれば埋めたくなりませんか?
ソレはさておき、攻撃だ。
シンシアに頼もうかと思ったが、また反射されてもやっかいだ。
特にシンシアの攻撃を反射されようものなら、俺とて危ないだろう。
というわけで、軽くジャブを……
「『ライトアロー』」
単発の光の矢がブラックリキッドメタルドラゴンに向かって飛んでいき、そして黒いオーラに阻まれて消滅してしまった。
「『ライトアロー』! 『ミラーリング』!」
約100本の光の矢が、ブラックリキッドメタルドラゴンをハリネズミにしようとして、やはり黒いオーラに阻まれて消滅してしまった。
「『ライトボール』! 『ミラーリング』!」
そして――
「『ライトランス』! 『ミラーリング』!」
光の球を放つ『ライトボール』200発と、光の槍を放つ『ライトランス』200発を叩きつける。
光魔術は基本的、音があまり鳴らない静かな魔術ばかりだ。
しかしながら、その光量はいかんともしがたい。
魔術が放たれ、【ダークオーラ】に阻まれるまで数秒の間戦場から闇を奪う。
なんつーか 「こうかがないみたいだ……」というよりは、あの【ダークオーラ】を突破できないってことだろうな。
俺の光魔術のスキルレベルは4。
ブラックリキッドメタルドラゴンの【ダークオーラ】はスキルレベル8。
倍のスキルレベル差があるわけで、生半可では貫けないということだろう。
光攻撃を完全に封じるという可能性もあるけどね。
しょうがないか……
「シンシア、ちょっと下がるぞ。頭きたから、『ホーリーエイミング』と『スターライトエクスプロージョン』を叩き込んでやる。それでも駄目なら、別の属性攻撃をぶつけるから」
「まぁ、それで一切駄目なら、光に完全耐性があるってことでしょうしね。今の状態でも相当怪しいけど」
肝心のブラックリキッドメタルドラゴンは、今のところ攻撃を仕掛けてくる様子はない。
まるで、こちらが絶望するのを待っているかのようにも見える。
ふざけやがって……
足に魔力を集め、瞬発的に脚力を得る。
あっという間に、200メートル程の距離をとり、魔力を練り上げていく。
俺が知っている光魔術の中で単発最強の魔術、『ホーリーエイミング』と、範囲攻撃最強の魔術『スターライトエクスプロージョン』。
知ってるとは言いつつ、さっき覚えたばかりだけども。
倍のレベル差があるが、他の人間の魔力がサラダ油だとすると、俺の魔力はジェット燃料くらいの質の差があるそうだ。
その俺の魔力を練りに練り上げて、圧縮し、放つ。
それに耐えきれるもんなら――
「耐えきってみやがれってんだ!
『ホーリーエイミング』! 『ミラーリング』!!
『スターライトエクスプロージョン』! 『ミラーリング』!!」
それぞれ200発ずつ。
しかも、少しずつ時間差をつけてあるので、どんどん攻撃が重なる波状攻撃だ。
都合400発の高位光魔術は戦場をまばゆく照らす。
今度は、数秒などではなく、数分と言っていい時間だ。
そして、静かな魔術が多いという先の説明を覆すかのような轟音が戦場を震わせる。
光属性ではあるが、聖属性を併せ持つ『ホーリーエイミング』と、爆発と熱攻撃の要素も含んだ、『スターライトエクスプロージョン』。
どちらも完全に100%光属性というわけでもない。
これで、多少なりとも攻撃が通らないとなれば……
ようやく光量が落ち着いたのを見計らって、俺はスキル【夜目】を発動し、土煙が晴れるのを待つのだった。
改稿履歴
設定と乖離があったので修正しました。
旧
《スキル【ダークオーラ】の複製に失敗しました》
新
《固有スキル【ダークオーラ】の複製に失敗しました》
(中略)
よし、ついでに【邪龍魔法】も……
《固有スキル【邪龍魔法】の収集に失敗しました》
こっちは駄目か……
固有スキルってところが、ポイントみたいだな。
真理の魔眼では判断できないけど。
スキルレベルが上がれば、解決するかな?




