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第77話 孵化

 手応えがないのは先ほどと変わりはないが、氷の斬撃が切断面を凍結させ再度くっつくことを許さない。

 触手が斬り裂かれ、支えを失った冒険者たちが重力に引かれていく。

 

「シンシアっ! 頼む!!」

「はいよー」

 

 俺の転移ゲートは開くまでに時間がかかる。

 だがシンシアなら、一瞬で医療テントに飛ばすことができる。

 

 あとは、マリナさんが何とかするだろう。

 

 それに――

 

 枯れ枝状態の冒険者たちが転移すると、ぺちゃっという音とともに、彼らの体内に残っていた()()が地面に落ちる。

 

 ――転移を利用した除去手術の精度はシンシアの方が断然上だ。

 

 冒険者たちの体内に浸透した触手を、冒険者だけを転移させることで、除去したというわけだ。

 

 除去した異物――触手だったものは、先ほどとは打って変わって地面に染みを作ることなく、水銀のように丸まりゆっくりと本体に向かって移動していく。

 

 力を失う恐怖感からか、冒険者たちは先ほどとは打って変わって、静寂をたもっている。

 いや、全力であの触手を警戒しているのか。

 

「おい、ああなりたくなかったら、お前等もとっとと逃げろ。無駄死にするぞ?

 ――『ゲート』【ミラーリング】」

 

 言って、転移ゲートを開いてやる。

 

 ざわつく冒険者たちと、生唾を飲み込んで相も変わらず微動だにしない兵士たち。

 

 漏れ聞こえる冒険者たちの声を聞くに、逃げること自体は賛成のようだ。

 少なくとも、作戦もなしに突っ込む()を犯す様子がないのは、さすがといえる。

 

 ゲルベルン王国方面がどうなっているのかは【索敵】や【気配察知】から外れるため不明だが、、ミレハイム王国側の魔物はもうあの触手だけだ。

 

 先ほどの要領ですべて吸収してしまったのだろう。

 

 勇敢と蛮勇の違いを理解しているという事だ。

 

 兵士たちは……まだ、固まっていてよくわからない。

 心の底では冒険者以上に逃走に賛成だが、理性が押しとどめているのかもしれない。

 

 などと考えていると、背後から何者かが近づいてくる気配。

 

 もちろん、警戒は緩めていない。

 向こうもこちらを警戒しているのか、触手も今は様子を窺うようなそぶりをしている。

 

「おいおい、お前はどうするんだよ?」

 

 ん? 聞き覚えのある声だな。

 

 俺は、触手に注意を払いながら、視線だけを声の方に向ける。

 

 

「ギリクか」

「ああ、久しぶりだな。

 こうして、肩を並べる日がこんなに早く来るとは思っていなかったぜ。

 初めて会ったときからただ者じゃないとは思っていたが、これほどとはな……

 だが、アイツはちょっと分が悪いんじゃあないか?

 これは、冒険者としての勘だが、アレは相当まずいぞ?」

 

 たしかに。

 先程凍らせた触手も、既に溶け本体に合流している。

 実質ダメージゼロというわけだ。

 

 俺の勘もアレのヤバさを伝えてきている。

 だからこそ、一も二もなく逃走を指示したのだから。

 

「まぁ、お前等が全員逃げるくらいまでの時間は稼いでやるさ」

 

 できれば倒す。

 

「なら、俺も付き合うぜ!」

 

 そういって、拳を打ち合わせる。

 籠手をつけているのは片手だけの筈だが、ガキィンと金属同士を打ち合わせたかのような、甲高い音が鳴る。

 

「足手ま……」

「避難誘導する奴が必要だろう?」

「そうだな、それに避難誘導するなら、おっさん一人じゃあ足りないだろう?」

 

 この声は――

 

「ディアンダさん……来てたんですね」

「アタイもいるよ!」

「それに、メロか。お前はとっとと逃げた方がいいと思うけどな」

 

 あのモンスタートレインの状況を鑑みるに、厳しいんじゃあないかと思う。

 

「言っただろ? 顔が広いって。勝手に引き上げるわけだからね、アタイがいるとスムーズにいくと思うよ。それに、悩んでる時間はなさそうじゃないかい?」

 

 メロの言うとおり、触手がまたうぞうぞとうごめき、触手で自身をグルグル巻きにし始めた。

 何が起こるのかはわからないが、どうせろくなことじゃあないだろう。

 

 よくよく見ると、サナギのようにも卵のようにも見えてくる。

 

 確かに、これは急いだほうがいいな。

 

「ちっ、わかった。全員が避難したらお前等も逃げろよ?」

「ああ、そうさせてもらうよ。でも、キョーヤ、お前はどうするのさ?」

 

 メロはどことなく不満げだったが、ディアンダさんは一二もなく頷いて、俺の動向を訊ねてきた。

 

「やばそうだったら逃げるさ」

「やばそうだったら……ねぇ? まぁいいさ、他の連中の避難は任せろ」

 

 そう言って、三人は避難誘導をするために方々に散っていった。

 

「で? 勝算はあるの?」

 

 シンシアの質問に、俺は胸を張る。

 

「ああ。俺が知っている話で、ああいう液体の敵が出てくる話があってな。その話では、液体金属なんだけど――アレも、切り刻んでも爆破しても駄目で、凍らせても溶けたら復活してた」

「ふんふん。確かに今回のケースに似ているわね。で? どうするの?」

「溶鉱炉に放り込んでアイルビーバックだな。(あの)状態なら、攻撃してこなさそうだし、今のうちにやってしまおうと思う」

「溶鉱炉なんてないけど……どうするの?」

「こうするのさっ!」

 

 地面に手をつき、地面を一気に加熱する。

 

 あの物体Xを支える地面が、溶岩のプールへと変わる。

 さらには、土魔法と炎魔法で溶岩を作り、上からぶっかけてやる。

 

 追い溶岩だ。

 

 ボコボコと音を立てて、溶岩の海に沈む黒い卵。降り注ぐ溶岩のシャワー。

 

 だが――

 

「ねぇ、恭弥……」

「あーうん。なんつーか、全然効いてないな。

 うーん。これ以上温度を上げると、岩が蒸発するしなぁ」

 

 高熱によってその身を減じるどころか、溶岩と混ざり合うことすらなく、卵の形を保ったままぷかぷかと浮いている。

 

「ねぇ。あれって卵に見えるわよね?」

「ああ。そうだな。(まゆ)ってより、卵って感じだな。――どうせろくでもないものが出てくるんだろうけど」

「卵って、温めると(かえ)るんじゃないの?」

 

 いやー普通の卵ならゆで卵どころか、消し炭だけどな。

 

「この世界には、溶岩に卵を放り込んで孵化させる生き物がいるのか?」

「うーん、火とかげとか、灼とかげとか、フェニックスとか?」

「――いるのか……」

 

 じゃあ、あれもゆで卵にならずに(かえ)る可能性があるな。

 そもそも、あれが真っ当な生物の真っ当な卵である証明などありはしないのだけど。

 

 あれが、火属性なら凍らせれば一発なんだけどなぁ。

 属性がついて劣化……というか脅威度が下がるとも思えないしな。

 

 まぁ、暖めてそのおかげで(かえ)るって事は無いかもしれないけど。

 

 などと考えていたら、シンシアもほぼ同じ結論に至ったらしく……

 

「なら、冷やせばいいと思うわ?」

 

 一瞬で溶岩の熱が奪われ、巨大な岩へと転じる。

 卵は岩に閉じ込められ、更にその上から熱を奪い続ける。

 

 岩には、窒素の霜が積もり白っぽくなっている。

 過冷却によって弱くなるはずの岩も、今はシンシアの制御状態にあるため崩れることなく卵を包み続けている。

 シンシアの制御は完璧だが、距離が近すぎるためか、俺でさえ『マジックシールド』なしでは辛い。

 

「うーん。駄目ねぇ。近づいて直接じゃないと厳しいかしら?」

 

 シンシアは首をかしげながら絶対零度に近い温度の中を、コンビニでレジに向かうような気軽さで歩いていく。

 しゃりしゃりと、霜柱を踏みながら。

 

 そして、霜だらけの岩にそっと触れる。

 

 (はた)から見ると何をやっているのか、わからないが。

 

 シンシアとパスが繋がっている俺にはわかる。

 

 彼女がやっているのは、いわば鉄の処女(アイアンメイデン)だ。

 卵を岩で包み込み、内部の岩を隆起させ、卵を貫こうという腹づもりなのだろう。

 

 初めは針で刺し貫こうとしているだけだったが、今はドリルのように回転し掘削を始めている。

 

 触手は凍らせても無駄だったが、本体……殻の中身には有効かもしれない。

 アレも魔物なら、必ず魔石があるはずだ。

 

 いくら不死身に見えても、いくら無敵に見えても、魔石を破壊すれば魔物は滅ぶ。

 

 例えば、物理無効のミストレイスは、その霧状の身体の中の一粒が魔石となっており、それをピンポイントで破壊されるとその身体を保つことはできない。

 問題は、そのコアが小さすぎて見極めることができないことと、その魔石も物理無効であることだが。

 

 水のように手応えの無い相手ではあったが、凍らせたり切断することができるとってことは、少なからず物理現象の影響を受けるはずだ。

 その状態で魔石を破壊できれば、倒せるはずだ。

 

 ……残念ながらうまくいっているというわけでは無さそうだが。

 

「もうっ! 何あれ!? 何をやっても、石の針がささらないんだけど!!」

 

 石の硬度の問題……ではないだろうな。その程度どうとでもなるだろうし。

 だいたいは、熱した後急に冷やすと脆くなる筈なんだけどなぁ。

 

 それがなくとも、シンシアは半ば遊んでいるとはいえ、彼女の攻撃を完全に防ぐとはちょっと考えられないな。

 

 加熱と冷却はやったから、次は電撃でも試してみるか。

 

「シンシア、ちょっと岩を開けて中身を出してくれ! 雷属性を試してみる!!」

「わかったわ」

 岩がぱかっと割れ、無傷のままの卵が出てくる。

 

「『豪雷・改』」

 

 ギャチギャリギャリギャリギャリ!!

 

 幾重にも束ねられた雷が、次々と卵を打ち抜いていく。

 

 だが――

 

「あっ、恭弥っだめっ!!」

 

 シンシアの声とともに、卵が己の身体に溜め込んだ電流を八方に放出する。

 

 バリバリバリバリバリ!!

 

 と、豪雷・改とはまた違う轟音を立てながら、雷撃が辺りを包む。

 

「っ!? 『雷纏』!!」

 

 慌てて、身体を雷で包む。

 放出された電流は、『雷纏』に再吸収、あるいは逸らされて無効化される。

 

 

 しかし、雷撃も駄目だったか。

 

 というか、吸収されて反射されている時点で、最も悪い結果だ。

 

 他に試していない属性は――

 うーん、あのときのサイクロプスと同様、体内に剣を転移させてやろうか……

 

 ゲートを使っての攻撃はある程度の距離を取らないと隙だらけで役に立たないが、雷撃による反撃以外何もしてこないのなら、これはチャンスだな。

 

 まぁ、今まで散々効かなかった物理攻撃が、通じるかどうかというところだが――

 あんな風に、殻にこもる必要があるという事は、中に弱点があってもおかしくはないだろう。

 

 そう思って、投擲用に剣を取り出そうとした次の瞬間、ついに卵が孵化を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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