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第76話 SAN値

 大規模広範囲攻撃とは違い、刀で一体一体斬り伏せていくのは手間がかかる。

 

 幸い、霞の合口の重量は柄の分だけなので、疲れはしない。

 そもそも、物心ついたときから毎日型をなぞって素振りを続けてきたのだから、単調な作業が苦痛という訳でもない。

 

 ないけど、命を奪い合う緊張感というものがゼロだ。

 

 まだ、仮想敵を相手にして行う、“霞稽古”の方がまだ命の危険を感じる。

 

 心を無にして、斬る。

 心を無にして、斬る。

 心を無にして、斬る。

 心を無にして、斬る。

 心を無にして、斬る。

 心を無にして、斬る。

 ・

 ・

 ・

 

 単純作業だが、それ故に段々と動きが最適化されていく。

 いくつ作業を続けただろう。

 

 刺身に食用菊(たんぽぽ)を乗せるような。

 トランプをひたすら箱につめるような。

 ひたすら本をシュリンク包装するような。。

 

 そんな単純作業にも似た戦闘を続けていると、気がつくと周りに魔物の姿はなかった。

 

 だが――

 

 そんな風に索敵すら忘れ、作業に没頭していた俺をあざ笑うように()()()はやってきた。

 

 

 

 きぃしゅわぁぁああああああ!!

 

 

 

「あれは……」

「ドラゴン!?」

「いや、ただの龍種だ!」

()()()()()だって!? そいつはちょっと無理があるだろうよ」

 

 冒険者たちが次々と、絶望に濡れた声を上げ、その空気は国の兵士たちにも充満していく。

 

 龍種。

 

 そのほとんどがユニーク個体であり、最低でもAランクの魔物だ。

 

 そんな魔物が、俺たちの頭上にその巨体を浮かべていた。

 

「――はい、ご苦労さん」

 

 俺は、そう言いながら『飛刀』を放つ。

 

 飛ぶ斬撃がいともたやすく、龍種(ソレ)の首を切断する。

 

 切り落とされた頭部は地面に落ち――

 

 ――巨大な銀色の染みを作った。

 

 

 そして、頭部を失った身体も、ぐらりと傾き地面へと落下していく。

 

 一連は一瞬の出来事だったが、戦闘によって拡張されている俺の認識の中では、スローモーションのように見えていた。

 

 頭部が作った染みを、その体によって更に大きくする龍種だったが、俺はある種の予感に駆られて大きく跳びすさった。

 

 ぼこっ。ぼこっ。と音を立てながら銀色の染みが地面を割り、うねうね、うぞうぞと幾本もの触手が現れる。

 

 おいおい、男と触手の組み合わせって、一体誰が得するんだよ!?

 

 そんな俺の心の声が届いたのかはわからないが、今のところ触手がこちらへ向かってくることはない。

 

 遠巻きにしていた冒険者たちが、恐る恐るといった感じで近づいてくる。

 

 警戒心より、興味が勝ったようだ。

 兵士たちは(いま)だ、少し離れた位置で様子をうかがっている。

 

「一体何をやってやがる?」

「おいおい、ありゃあ……」

「ああ、魔石やら、魔物の死体やらを喰ってやがる!」

「アイツがまだ食餌(しょくじ)に夢中の間に消すぞ!!」

「「「おおっ」」」

 

 剣や槍などの白兵武器を持った冒険者たちがもう一度距離を取ったかと思うと、銀の触手に向かって一斉に攻撃が放たれる。

 直接攻撃ではなく、『飛刀』に近い遠距離攻撃だ。

 

 そして、それに遅れて後方にいる魔術師、弓兵たちの攻撃が追い打ちをかける。

 

 それは、Bランク越え冒険者たちの手加減なしの一撃。

 今までの戦闘も当然全力だっただろうが、戦闘継続を考えた上での全力だった。

 

 だが――

 

 この攻撃は掛け値なしの全力だ。

 一流の証とされるBランク越え冒険者たちの切り札だ。

 四方、六方、八方から雨あられと降り注ぐ強撃だ。

 

 

 触手は一瞬のうちに土埃の中に埋没し、その姿を隠す。

 それだけでは飽き足らず、その粉塵を巻き込んだ【炎魔術】が爆発を起こし更に被害を増大させる。

 

 攻撃の余波が、冒険者たちの、あるいはその攻撃を呆然と見守る兵士たちの頬をたたく。

 

 そして、俺はというと、またもや大量に流入してくる経験により頭痛を覚えていた。

 

 戦闘に集中していた為あまり気にしていなかったが、戦闘中も経験を複製していたため、その分流入量が抑えられたのか、さっきよりは幾分マシだが。

 

《スキル――――のレベルが上がりました》

《スキル【剣術】のレベルが上がりました》

《スキル【棒術】のレベルが上がりました》

《スキル――――のレベルが上がりました》

《スキル【槍術】のレベルが上がりました》

《スキル――――のレベルが上がりました》

《スキル【斧術】のレベルが上がりました》

《スキル――――のレベルが上がりました》

《スキル【弓術】のレベルが上がりました》

《スキル【体術】のレベルが上がりました》

《スキル――――のレベルが上がりました》

《スキル【極大化】のレベルが上がりました》

《スキル【魔力ブースト】のレベルが上がりました》

《スキル【身体強化】のレベルが上がりました》

《スキル【魔力強化】のレベルが上がりました》

《スキル【狂化】のレベルが上がりました》

《スキル――――のレベルが上がりました》

《スキル【ミラーリング】のレベルが上がりました》

《スキル【詠唱破棄】のレベルが上がりました》

《スキル【短縮詠唱】のレベルが上がりました》

《スキル――――のレベルが上がりました》

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 残念ながら、既に持っているスキルばかりなのでスキルは複製されなかったが……ふむ。スキルは増えなかったけど、術技は増えたみたいだな。

 ソレに、一度複製した相手からは二度と複製できないと思っていたけど、そんなこともないようだ。

 全力を見ることができれば、もう一段多く経験を複製できるのか、それとも、この戦闘中に彼らが成長した分かは残念ながらわからない。

 

 

 俺は、(かぶり)をふって頭痛を追い払うと、【真理の魔眼】を発動させる。

 

 ──────────

 名称:

 未確認物体

 

 ##%%&$%

 %$#%&? @$%

 ──────────

 

 【真理の魔眼】が仕事してない。

 こいつ、度々サボるよな……

 

 後半バグっているようにも見えるけど……

 

「……やったか!?」

 

 誰ともなく、そんな声が上がる。

 

 土煙越しとはいえ【真理の魔眼】で見えている時点で、やれていないのは明白だが――

 

 そういえば、さっきまでお刺身タンポポ状態だった魔物たちの気配が消えている。

 

 そして、マップを見て理解した。

 凄い勢いで、紅点が消えていっている。

 それは、俺の【索敵】範囲ギリギリの数キロ先にまで及んでいる。

 いや、【索敵】できていないだけで、その先でも同様のことが起こっている可能性は高い。

 

「《恭弥、アレはちょっとまずそうよ?》」

 

 顕現状態のシンシアが、念話で話しかけてくる。

 

「(俺の魔眼でも正体が掴めない。一体何が起こっている?)」

「《さっきのうねうねが、あちこちに出て、魔物たちを取り込んでるみたい》」

 

 うねうねとは、あの誰得な触手のことだろう。

 

「(本体は、あそこにあるままなのか?)」

 

 【真理の魔眼】が反応するのだから、それは間違いないはずだが……

 

「《うーん、よくわからないけど、()()が集まっているのは、そこにある“うねうねの親玉”で間違いないみたいね》」

 

 ふむ。今は対象が魔物だが、これが人間に変わったらと思うとぞっとしないな。

 

 いや、これは単なる勘だが……必ずそうなるだろう。

 

「おい! お前等、いそいでこの場を――」

 

 俺の声を遮るように、土煙を穿(うが)ち触手が飛び出してくる。

 

 俺とシンシアは難なく躱したが、幾人かの冒険者の身体に(くろ)い触手が突き刺さった。

 

「ぐふっ」

「ぎゃあっ」

「きゅふっ」

 

 俺は、手早く霞の合口を左手に持ち替え、右手に新月を取り出し、冒険者たちを貫いた触手に向けて連続で『飛刀』を放った。

 

 だが――

 

 ぱしゃっ、ぱしゃっ。と刀で水を切ったかのような音が聞こえ、触手を寸断しただけですぐに繋がってしまった。

 

 そして、どくんと触手が脈動したかと思うと、触手に捕らわれた冒険者達の髪の毛が白髪に変わる。

 

 男の冒険者は筋骨隆々だったのにもかかわらず、今はその身体を枯れ枝へと変え、豊満な肢体を身体のライン(ビキニ)に沿った鎧(アーマー)に包んだ女冒険者の身体は、割れた風船のようにしぼんでしまった。

 一回り以上小さくなった身体(からだ)から、カラン、ゴトンという音を立てて鎧が外れる。

 

 よくよく見ると、触手は確かに冒険者たちを貫いているが、血は一切流れていない。

 身体に風穴を開けているというよりは、浸透しているのだろう。

 

 あわてて、【真理の魔眼】で確認する。

 一気に生命力を持っていかれたようだが、ゼロではない。

 

 だが、次の吸収には耐えられないだろう。

 

 斬撃を放とうとも、水のように受け流されて攻撃は通じない。

 魔術や、魔法をそのままつかうのでは誤爆が怖い。

 ちょっとした余波だけでも、哀れ囚われの冒険者たちの生命力(いのち)を削りきってしまうだろう。

 

「ちっ、なら……」

 

 と吐き捨て、魔力を新月に込める。

 ぴしぴしと音を立てて右手の新月が凍っていく。

 

「魔力変換!?」

 

 誰ともなく声が上がるが、答えは否。

 

 確かに俺は、イリスのスキルを複製することで魔力変換を使用することができるが、逆にいえば、一度イリスに覚えてもらう必要がある。

 そして、氷の魔力変換技をイリスはまだ身につけていない。

 

 だから、魔法で代用する。

 

《スキル【魔法剣:氷】を習得しました》

 

 よしっ! 成功だ!

 スキルを得たのは予想外だったけどな。

 

 ここまでは順調だが、さすがに近づいていって触手を斬るのは、リスクが高すぎるな……

 

 結論し、俺はもう一度『飛刀』を放った。

 

《刀術技EX(エクストラ)【飛刀:氷】を習得しました》

 

 脳内アナウンスが響くとともに、青白く光る『飛刀:氷』が今度こそ触手を切断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■改稿履歴

 旧:

 アンパンにごまを振るような。

 新:

 ひたすら本をシュリンク包装するような。

 

 あんぱんに黒ごまは、こしあん。

 あんぱんにケシの実は、つぶあん。

 

 こしあんつぶあん戦争が起こりそうなので、差し替えました。

 

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