第75話 波状攻撃
飛び交う矢と魔術。
兵たちの雄叫びと悲鳴。
魔物の断末魔。
現在の前線基地付近は、乱戦状態だ。
誤射を一切気にしない魔物たちと、誤射を恐れる人間とで中距離での攻撃には大きな火力差があるようだ。
その分、味方からの誤射によって倒れていく魔物も多いわけだが。
更にいえば、すでに日は暮れているため、夜目が利き暗闇での行動に一切の支障がない魔物と、光魔術や炎魔術、あるいは魔道具や発光する魔物などの光源に頼る必要がある人間とでは戦闘の難易度が違うため、戦力がさらに大きく乖離しつつあった。
今、俺とシンシアは魔法部隊のさらに後方に陣取っている。平時であれば、将軍が兵を鼓舞したり、勝ち鬨を上げたりするような小高く目立つ場所だ。
急ごしらえの前線基地において、そんな用途があるかはわからないが。
夜目が利く魔物たちが相手では夜に紛れても意味がないため、魔術部隊がいる場所はたいまつで照らされており比較的あかるい。
それもあって、俺たちの姿は味方だけでなく、魔物からも丸見えだろう。
いや、むしろこちらに背を向けているため、逆に味方の方が見えていない気もする。
俺の一番最初の仕事は、長距離への攻撃を行い後続を断つこと。
きりのない戦いに、もうひとまずの区切りをつけることだ。
ちなみに、王女は士官用テントでお留守番だ。
妖精をおいてきているので、何かあればわかるだろう。
「方位よーし! 風向きよーし! 魔力よーし!!」
「なあに? それ?」
「念のための確認みたいなもんだ。うっかり外すとヤバいからな」
後、何となく気分だ。気分。
「大惨事ね……」
「シンシアは兎も角、俺はしっかり気をつけないとな。考えられる余波だけでも相当なもんになるだろうしな。
――さて、どっちからいく?」
「先を譲ってあげるわ」
「そりゃどうも。
――『エクスプロージョン・改』!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォォォォン!!
遙か前方に、爆炎の魔術『エクスプロージョン』が発動する。
ただし――その数、数十万発。
それが、半径5キロほどの範囲に、叩きつけられた。
一瞬ではあったが戦場を昼間に変え、爆発の余波こそ魔物の壁に遮られて感じないが、爆発時の轟音は戦場全体を包み込んだ。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
狼煙としては丁度良いだろう。
今まさに戦場にいる者たちには、一番手っ取り早い方法だ。
魔術師部隊や弓兵は勿論、地上で戦っている者たちも、誰がやったか迄はわからないにせよ、何が起こったかくらいは見当がついたはずだ。
爆炎魔術とはいうものの、魔術ではなく魔法を使用したことで一発一発の威力を高めつつも、さらに【ミラーリング】スキルの効果で絨毯爆撃へと変える。
数十万という数を【ミラーリング】できたのも、【並列思考】スキルが必要な魔術ではなく感覚的に使える魔法を使用したおかげだ。
「次は私ね」
シンシアがそう言うと、爆煙がグルグルと渦を巻き始めた。
徐々に加速を始め、中の魔物をすりつぶし切り刻んでいく。
効果範囲は、俺が絨毯爆撃した範囲からは若干ずらした範囲となっている。
灰色だった爆煙の渦も、打ち上げられた魔物たちや血液の混じった色へと変わっていく。
流石に風の強まりを感じる……と思いきや、竜巻の外には一切の影響がないようだ。
流石は精霊。完璧な制御だ。
そして、竜巻が収まると――
「今度はダウンバーストか。容赦ねーな」
轟々と音を立てて、今度は空気が落ちてくる。
打ち上げられた魔物ごと、何とか地上で耐えていた魔物を押しつぶしていく。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
っていうか、シンシアが倒しても俺のレベルが上がるんだな。
契約精霊だからか?
「あんなに大量に爆撃した恭弥にだけは言われたくないわねぇ」
「……。まっ、まぁ、次は俺だな。
炎、風と来たら、次は氷だろう。『アブソリュートゼロ』」
やはり、シンシアの攻撃位置とも初撃の位置とも若干ずらして、
これも、【氷魔術】をベースに俺が【氷魔法】でアレンジした魔術だ。
元はハインツエルン王国でも使用されていた、食材を冷やすために冷蔵庫を作る魔術だが、範囲と威力を極大化させた結果、空気中の気体すら凍る超低温域を実現したというわけだ。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
これはさすがに気温の低下を感じるな。
いや、『エクスプロージョン・改』の場合は戦場の熱気で麻痺して、まともに熱を感じなかっただけかもしれないな。
これで、炎系統、風系統、氷系統の属性攻撃を行った。
次は――
「サンダーエレメントに、雷鳥、サンダースリザリン。雷系統の魔物が随分と残ったわねぇ」
そう言いながら、砂塵を巻き上げる。
砂塵によって、電気を奪われて力を失った魔物たちをさらなる悲劇が襲う。
空から隕石の如く岩が降り注いだのだ。
弱ったところを叩かれ圧死するか、今度は岩に全ての電気を食われて消滅してしまう。
エレメント系の魔物には物理攻撃は一切通用しない。
効果があるのは、魔力撃と、エレメントが持つ属性の対になる属性魔術だけだ。
しかもエレメントは自分の属性と同じ属性の魔法を使ってくるため、下手をするとこちらからは攻撃できず、エレメントは攻撃してくるという状況に陥ることもままあることらしい。
迷宮の中で出遭ったところで、対抗属性をもっているとは限らないしな。
そう考えると岩でなんとかなるサンダーエレメントは、案外御しやすいのかもしれないな。
また、凍り付いていた魔物も、岩の直撃を受けその身体を粉々に砕かれて絶命していく。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
爆発と、竜巻、そしてこの岩のおかげで、かなり地形は変わってしまったな。
まぁ、仕方ないことだけど。
だがこれで、こちらから見える範囲かつ大規模攻撃できる場所にいる魔物は大体殲滅する事ができた筈だ。
耐性持ちの魔物がうまく隙間に入って生き残ったりはしているようだが、それも数えるほどだ。
これ以上の大規模攻撃は、コストに見合わないだろう。
「どうした!? 魔術師部隊!! 手が止まってるぞ!?」
俺はそう言いながら、彼等が担当するべき中距離に向かって『マジックアロー』を放つ。
純魔力の矢を打ち出す魔術なので、流れ弾を味方に当てさえしなければ、それ以上の影響は考えなくて良いので便利だ。
その分、使用魔力に対しての攻撃力は低い。
呆気にとられていた魔術師部隊と弓兵も、俺の『マジックアロー』を引き金に、わらわらと攻撃を再開する。
高所から俯瞰している魔術師部隊と弓兵たちは既に先ほどまでの攻撃が俺とシンシアのものであると知っているが、それに遅れて、地上で白兵戦を演じている者たちも、ようやく俺たちの存在に気がついたようだ。
まぁ予定通りとはいえ、俺が大量に魔物を討伐したと大々的に喧伝することになってしまった。
「力を隠して……」とか言っていた頃が懐かしいな。
どうしてこうなった……
長距離を殲滅した後は、自分の判断で動いて良いことになっている。
そんなんでいいのか?
とも思ったが、後続を絶ったことで、下で一度乱戦状態を終わらせることができる。
そうすれば、後は長距離から攻撃をし続ければ良いだけということになる。
つまり俺の仕事はすでに終わり。
後ろに下げないのは、兵たちから文句が出るからだろう。
もしかすると、単純に遊ばせておくよりは好きにさせようと思ったのかもしれないが。
中距離帯は、魔術師部隊と弓兵が頑張ってくれているが、白兵戦が繰り広げられている近距離帯には物理耐性持ちの魔物が多く、苦戦しているようだ。
さっきは重力魔法と転移魔術での物理攻撃しかしてないからな。
そのとき残った魔物なのだろう。
となると、下に降りて白兵戦だな。
物理攻撃が通じないのは俺も同じだが、霞の合口は魔力刃だし、新月も魔力を込めた魔力撃なら通じるはずだ。
「よし、シンシア! 降りるぞ!!」
「えっ!? こちらを手伝っていただけるのでは……!?」
近くにいた魔術師が抗議の声を上げるが、俺は首を横に振った。
「俺は、自由に動いて良いことになっている。見たところ、下の状況の方が芳しくないからな。このままだと、ここもヤバイ」
「そっそうですか……それでは、ご武運を!!」
「ああ、そっちもな!!」
そう言って、俺は地上へと飛び降りた。
【重力魔法】を使って衝撃を殺し、スムーズな着地を決める。
うん。やはり【重力魔法】便利だな。
魔力消費が大きいことと、重力属性という属性はないため、全て物理攻撃となる点を除けば汎用性は高い。
っと、物思いに耽っている場合じゃあない。
俺は、アイテムボックスから霞の合口を取り出し、横に凪いだ。
今まさに俺に襲いかからんとしていた、ファイアエレメントが霞の合口から出る氷の刃によって斬り裂かれ絶命する。
キンッと甲高い音を立てながら魔石が地面に転がるが、残念ながら回収している暇はない。
「疾っ!!」
霞の合口を両手で握り、次々と迫りくるファイアエレメント、アイスエレメント、ウォーターエレメント、サンダーエレメントを、刃を変えながら次々と斬り捨てていく。
エレメント系の魔物は、倒されるとただ魔石を残すだけで、返り血などを気にする必要はない。
それでも、所々にゴブリンナイトなどのゴブリンの上位種などが混じっているため、全くゼロというわけにもいかないのが残念なところだ。
そして、シンシアはというと……
身の丈3メートルはある石の巨人、ゴーレムを作りだし、その肩に乗って、「いけー!!」だの「やれー!!」だのと言いながら、魔物を殲滅している。
よくよく見ると、キチンと魔力付与されているらしく、物理耐性もちの魔物であっても、ぐっちゃりといっているようだ。ぐっちゃりと。
っていうか、シンシアの周りには魔物以外いなくなっているようだ。
あれは、完全に巻き添えを恐れられているな。
さもありなん。
まぁ、シンシアも楽しそうだし、いいか。
俺は苦笑を浮かべながら、心の中で帯を締めて気合いを入れ、再度敵陣へと切り込むのだった。
■改稿履歴
新:
俺は苦笑を浮かべながら、心の中で帯を締めて気合いを入れ、再度敵陣へと切り込むのだった。
旧:
俺は苦笑を浮かべながら、再び霞の合口をぎゅっと握りこみ、再度敵陣へと切り込むのだった。
新:
ただし――その数、数十万発。
それが、半径5キロほどの範囲に、叩きつけられた。
旧:
ただし――その数、数十万発。




