第73話 魔力譲渡
ティータイムを終え、元気よく出発する咲良とイリスを例の廊下に、死相浮かぶヤスナを竜舎の前に送った後、俺と王女はデルリオ公が待つ士官用のテントへと向かっていた。
時はまさに逢魔が時。
魔物と出会う時間とはよく言ったものだ。
「アレは……医療テント群ですね。あれだけあっても全然足りていません……」
王女の眉が悲しげに歪む。
テント自体は他と変わらないが、次々と担ぎ込まれる、けが人と、テントから漏れるうめき声。
そして、香る薬品臭。
確かに、医療用テントのようだ。
薬品臭とはいっても、日本の病院のような臭いではなく、ポーションとか薬草とかの臭いだ。
この世界での医療は、地球とはまた違った形で発展している。
腕がちぎれ飛んでも生やすことができるという意味ではこっちの世界の方が高度な医療だといえるし、魔法薬や魔術で治療する前の、外科処置は麻酔などを使用しないため、凄惨きわまりない。
痛覚を麻痺させる魔術がないわけではないが、こういった場所では無駄な魔力消費となるため使用されることはない。
その魔力で一人でも多くの者を救うと言えば聞こえがいいが、痛みには慣れているはずの冒険者や兵士たちでさえ断末魔のような叫びや、力のないうめき声を上げているのはなんとも言いがたい。
デルリオ公の話では、確かマリナさんがつめているんだっけか。
「ひ ふ み よ い む な や こ こ の た り ふるべ ゆら ゆら と ふるべ。『聖光』」
マリナさんの神聖魔術の詠唱が聞こえ、テントから白光が溢れ、夕闇を照らす。
「【神聖魔術】『聖光』か……」
「あれが……話には聞いていましたが、使っているところを見るのは、これが初めてですね」
光系統の回復魔術に範囲回復を行う『エリアヒール』と言う魔術があるが、『聖光』はそれの神聖魔術版のようだ。
ただし、その効果も消費魔力も比ではない。
そもそも、光系統の回復魔術では、身体の欠損は修復できない。
ちなみに、『聖光』という詠唱は本来必要のないもので、単なる演出だ。
単に祝詞だけでは、【神聖魔術】の使い手以外には効果がわかりにくいので、慣習的に続けて詠唱することになっているのだとか。
「あの魔術は、消費魔力量がかなり多い魔術だそうです。マリナの魔力量は宮廷魔術師の2倍以上といわれていますが、それでも乱発できるような魔術では……」
神聖魔術は、一節毎に使用魔力を増していく。
先程の詠唱は十八節。
称号更新のときは長々と詠唱していたものの、一節での詠唱だった。
それから考えると、王女の説明どおり魔力消費は膨大なものだろう。
っていうか、俺からするとまだ常識的な数値な気がしていたけど、マリナさんの魔力量ってそんなに多かったんだな。
寄り道をしている場合ではないが……王女の話もあり、少々気になって見てみると――
「マリナ様、そろそろお休みになりませんと……『聖光』など連続して使用する魔術ではありません」
「テントをすべて回った後に休みます。さあ、次へ案内してください!」
語気こそ強いが、足下がおぼつかずフラフラだ。目も力とハイライトを失って、所謂レイプ目状態だ。
あれは、完全に魔力欠乏だな。
俺も、氣の鍛錬をしているときに、しょっちゅうフラフラになっていたからよくわかる。
あれは辛い。
今にして思えば、一人で劣飛竜に乗ることができるはずの咲良が、宣戦布告時に二人乗りをしていたのも、目がうつろで操られているように見えたのも、魔力欠乏対策と魔力欠乏が原因だったんだな。
マリナさんは腰につけた魔法の鞄から、魔力ポーションを取り出して飲んではいるが、魔力ポーションには即効性がないのでフラフラなのは変わりがない。
何つーか、レッド○ルを補給する企業戦士みたいだな。
「あ、トウドウ様、アンナ」
見つかったか。
隠れているつもりもなかったけど。アンナもいるしな。
「どうも」
中に入ると、けが人だった者たちは幻痛を覚えているだけで、五体満足で転がっていた。
これを、魔力だけでやってのけるのだから『女神の巫女』の凄さがうかがい知れるというものだ。
王女にしても、マリナさんにしてもこの国の女性貴族は前線で働き過ぎなのではなかろうか。
いや、他の国の女性貴族なんて知らないけど、少なくとも「パンがなければブリオッシュを食べればいいじゃない」とかは言いそうにもない。
まー王女に関しては、さっきパンがなくてドライケーキを食べてたけど。
それは兎も角。
「魔力欠乏でフラフラじゃあないか、少し休んだらどうですか?」
「先程も言いましたが、すべてのテントを回ってけが人がいなくなれば休みます」
ふむ。
俺は顎に手を当て、マリナさんの隣にいる修道女に向き直った。
「マリナさんが最初に治療したテントだけど、今どうなってる?」
「はっはい、治療を終えた者は前線に戻り、またテントはけが人で埋まっております」
おっかなびっくりといった体で俺の質問に答える修道女。
「ならば、もう一周するまでは休めませんね……」
やる気を見せるマリナさんだが、言葉は勇ましいものの、表情は優れない。
そもそも、なぜマリナさん一人でこんなに頑張っているのだろうか?
教会からは同じく【神聖魔術】の術者が派遣されているはずだけど……
「他の術者はいないのか?」
「マリナ様以外の術者では、供物が必要になります。
予想より被害が大きく、供物がまったく足りていない状況です。
そのため『聖光』は疎か、『聖治癒』ですら気軽には使えない状況です。
代替として【光魔術】で対応していますが、それでは完全回復は難しく……」
「なら、魔力晶はないのか? 魔力晶なら、魔力ポーションとは違ってすぐに魔力を回復できるだろう?」
「かき集めてきてはいるのですが、なにぶん数が少なく……」
「それに、5個消費しても、聖光一回分にもなりません。それなら、魔力回復を促進する魔力ポーションの方がマシというものです」
「そうですね、私も魔力晶はあまり使いませんね」
レベル1の段階で既に12万という魔力量で、レベルが上がるたびに魔力がバカみたいに上がっている俺が言うのも変な話ではあるけど、マリナさんは宮廷魔術師と比べても段違いに魔力量は多いとのことなので、魔力晶では回復が追いつかないというのも肯ける話だ。
また、王女もマリナさんと比べてひけを取らない魔力量だ。
血縁で、互いにレアスキル持ちということで、そんなところで共通点があってもおかしくはない。
仕方ないな。
「マリナさん、ちょっと手を貸してください」
「すみません……
――あの、トウドウ様?」
手を引いて立たせると思っていたのか、俺に手を握られたまま疑問符を浮かべるマリナさんと王女だったが、とりあえず黙殺する。
活殺術。人を殺す殺術とは正反対の活術。
対象に氣を分け与える技だ。
この世界では魔力になるわけだが、基本は同じ。
効率があまりよろしくないのも同じだが、シンシアに魔力を渡し慣れた今なら多少は効率も上がるだろう。
【真理の魔眼】でステータスを確認しながら、魔力を渡していく。
「ふわっ、あのっ、トウドウ様? 何か入って、何か入ってきます!! こんな、大きなっ……だめっだめですっ!?」
「――変な声を出さない。魔力を渡しているだけですよ」
《スキル【魔力譲渡】を取得しました》
《累積された経験を検知しました》
《スキル【魔力譲渡】のレベルが上がりました》
とりあえず、数値の上では全回復したが、活術の真骨頂はこの後にある。
全快値を超えて、回復させる。
俺は活術を用い練氣して、一時的に自身の総魔力量を超えることができるが、その状態に強制的に持ち込む。
マリナさんの身体が徐々に青白く光り始め、その輝きを増していく。
俺の魔力が、マリナさんの魔力に変換されている証拠だ。
「これは……?」
「うーん、強いて言うなら3倍界王○?」
「かっかいおう?」
と、王女の疑問に答えてやる。
当のマリナさんは、陶然とした表情を浮かべている。
魔力酔いの状態だが――まぁ、魔力欠乏よりはよっぽどいいだろう。
光ってるし、陶然とした表情も見ようによっては、聖母の笑みっぽいしな。
現にマリナさんの隣の修道女は、神でも見るかのような目で見ている。
「まぁ、何にせよこれでしばらくは保つだろう。さすがにその魔力が尽きたら無理矢理にでも休ませてやれ」
それまでに片はついているだろうが。
「「ありがとうございます」」
マリナさんと修道女の礼を背に、俺たちは再び士官用テントへと急ぐのだった。




