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第72話 役割分担

 正式に契約が完了し、どこかほっとしたような雰囲気が流れる。

 

 分割払いとはいえ、値引き交渉一切なしとはね。

 俺自身も色々身構えていた分、拍子抜けしてしまった。

 

 すこし緩んだ雰囲気を打ち破ったのは、またしてもデルリオ公だった。

 

「無事契約完了だな。じゃあ、準備ができたら俺のところに来てくれ。先に士官用のテントに行っているからよ」

「ん? どういうことだ? 帰らないのか?」

 

 デルリオ公はさっと折り目を正すと、演技がかった口調で俺の質問に答え始めた。

 

約定(やくじょう)により、ただいまを以てデルリオ大元帥となり直接現場の指揮を取ることになった」

「唐突だな?」

「なんせ、我が国の大元帥はたった今死んだからな。ちなみに、もう一人の死者は宰相だ」

 

 ふむ。

 国王や王子に近い位置にいたからそこそこの地位にいる連中だとは思っていたけど、かなり偉い人たちだったみたいだな。

 

 見た感じ、第一王子派と第二王子派がいたようだけど、元大元帥一派の武官は第一王子派、元宰相一派の文官は第二王子派ってことなのだろうか?

 全部終わった後だし今更だけど。

 

 それに、大元帥って軍の中で一番偉い人だろ? 今回みたいな事情で就任したデルリオ公は兎も角として、普通に就任したにしては戦闘力がなさすぎるだろう。

 

 かといって、【並列思考】などの軍議に必要そうなスキルも持ってないし。

 案外、ゲルベルン王国が正攻法で仕掛けても勝ててたかもな。

 

 下士官が優秀なのかもしれないけど。

 

「つーか、本当に狙ってなかったんだろうな?」

「まぁ、お前が()ってなかったら俺が()ってたから、手間が省けたって意味で感謝はしてる」

 

 そういえば、そこにいる護衛一人で十分だとか言ってたな。

 あれは、そういう意味だったのか?

 

「なんだ、結局あいつ等の運命は変わらなかったって訳か」

 

 アンナロッテは驚きの表情を浮かべているが、国王は別段驚いていないようだ。

 俺が疑問に思っていることに気がついたのか、国王が自嘲しながら答えてくれた。

 

「そやつなら、必要とあれば王位簒奪(さんだつ)を目論むくらいはするだろう。このタイミングであったが故に、大元帥職だっただけだ」

「よくわかってるじゃあネェか。平時なら兎も角、有事に我が子かわいさを優先し続けていたら、そういう未来があったかもな?」

 

 デルリオ公は、暗に兄弟殺し国王殺しを仄めかし酷薄に笑うと、パンと柏手を打って、

 

「じゃあ、俺は前線に向かうからな、急いできてくれよ?」

 

 と言って去っていった。

 

 それを皮切りに、イオさんとアヒル(ギルドマスター)は開きっぱなしの転移ゲートから帰っていき、国王も「国王としての仕事をする」と言って帰っていった。

 

 この場に残ったのは、俺、咲良、イリス、王女、ヤスナの5人だ。

 王女は、いざとなったときに冒険者や僧侶、それに兵士たちを待避させるために必要だし、そもそも、俺がどこかに飛ばす以外に逃げる方法はない。

 

 戦線に参加する前に、ゲルベルン王国の様子を見ておくとしよう。

 

 妖精を放っているのは、咲良を追わせたあとそのまま置いてきてある城郭都市ヴァルバッハと、アスドラを守るために放ってある王都ゲンベルクだ。

 

「シンシア、ちょっと顕現してゲルベルン王国への魔物の進行状況を教えてくれ」

「《わかったわ》」

 そういうと、イリスの頭に乗ったまま、二頭身(省エネモード)で顕現した。

「ヴァルバッハでまだ止まっているわ。劣飛竜(ワイバーン)部隊が善戦しているようね。

 ミレハイム王国にしか向かわないはずの魔物たちが襲ってきたものだから、ゲンベルクは大騒ぎね。挙げ句、王族専用の劣飛竜(ワイバーン)が盗まれているもんだから……」

 

 そう言って、チラっと俺の方を見るシンシア。

 まぁ、俺が犯人だな。

 

「なるほど、王族を逃がそうにも逃がせないのか。ミレハイム王国方面や、ヴァルバッハ方面だと、魔物に向かっていくことになるし、ハインツエルン王国には宣戦布告してしまったしな。

 うーん……それでも、万が一アスドラを見つけられると面倒そうだな。こっちに送ってしまおうか? 現状だと、まだあっちの方が安全かもしれないけどな」

「じゃあ、さっき劣飛竜(ワイバーン)を置いた場所に飛ばしておくわ」

「頼む。念のため、劣飛竜(ワイバーン)のところに妖精を飛ばしておいてくれ」

 

 仲良くやってくれるといいけど。

 

 

 さて、「勇者召喚の設備を守る」とはいうものの、どうせ俺は前線(こっち)に缶詰というか釘付けにされるだろうしな。

 どうにか、守る方法を考えないとな。

 

「シンシア、勇者召喚の設備って、例の研究室みたいに隔離できないのか?」

「うーん、勇者召喚ってもの自体が強力な時空魔法だから、原理がわからないのに無理矢理やっちゃうと、壊れるかもよ?」

「とすると、魔術封印もだめだな。魔術設備だし、誤作動が怖い。うーん、いっそ凍らせるか?」

 

 当然冗談だが、半分くらい本気が混じっているのは、許して欲しい。

 

「あの、少々よろしいでしょうか?」

 

 手を上げる王女。

 

「どうした?」

「勇者召喚魔法陣があの場所にあるのは、あの場所が時空的、魔術的に勇者召喚の儀式に適しているからです。今回使用した魔法陣も過去の遺産ではなく、新たにゲルベルン王国によって作られた物を使用しています。ですので……」

「場所に意味があるだけで、魔法陣を含めて設備そのものにあまり意味はないと?」

「はい」

「なるほど、王女の言うことを信じるなら、何が何でも護るっていうよりは、魔物に潰されなければラッキーくらいの防御でも良さそうだな。優先順位的にいって」

「なら、私がいこうか? 重力壁で守れば、牽制にはなると思うよ? 少なくとも、人間や弱い魔物は入れなくなるし」

「うーん、咲良(ひと)りで送るってのもなぁ……」

 

 俺が渋っていると、イリスが手を上げた。

 

「ならば、私がお供いたしましょう」

「いいのか?」

「主様の背中を御守りするのは誇りではありますが、困っている主君をお助けするのもまた、私の(ほま)れです」

 

 よくわからんけど、大丈夫ってことだな。

 

「じゃあ、2人には妖精をつけるからな? やばくなったら召喚魔法陣とか捨てて逃げて呼びかけろ。そしたら、俺かシンシアがこっちに戻す」

「うん。わかった」

「はい」

 

 シンシアがイリスの頭から飛び降りると、代わりに猫の妖精がぐてーっと乗っていた。

 自分と入れ替わりに呼んだらしい。

 シンシアはそのままふわりと浮いて、俺の肩(定位置)に移動した。

 

 うん。

 

 別に、寂しかったわけじゃないぞ?

 

 

「えーと、それでアタシは何をすればいいんでしょうか?」

 

 俺とシンシアの話が落ち着いたのを見計らって、ヤスナがおずおずと手を上げて訊ねてきた。

 

「ああ、うん。ちょっと、ゲンベルク王城の禁書庫まで行って、そこにある本を根こそぎ盗んできてくれ。できれば、表の書架にある本も全部な」

「ちょっ!?」

「ああ、魔法の鞄は貸してやるから安心しろ。それに、いざとなれば、影に沈めていくらでも持って帰ってこれるだろう?」

「えーと、アタシ(ひと)りで?」

「俺は、今から魔物とドンパチで忙しいからな。

 大丈夫。王城の中までは送ってやる。まぁ、国王専用の劣飛竜(ワイバーン)がいた場所らへんだから、思い切り目立つと思うけど」

 

 それで、咲良たちに目がいかなくなれば御の字だ。

 

「いやーどうせ近くまで行くわけですし、勇者さんとか、イリスさんとかと一緒って訳には……?」

「お前、うちの可愛い咲良とイリスに、そんなこそ泥みたいな真似させるつもりか?」

「ええっ!? アタシはいいんですか!? っていうか、イリスさんはわかりませんが、そこの勇者は押し入り(ごう)……」

「ああん?」

「いえ、いきます! いかせていただきます!! いやー、わざわざ現地まで送ってくれるなんてありがたいなー」

「そうかそうか。いやーお前ならそう言ってくれると思っていたぜ。ちなみに、すっげー大事な資料だから、失敗したらひどい目に遭わせるからな?

 俺がいた世界の拷問ってのは鞭打ちやペンチだけじゃあないんだぜ? 回復魔法があるから、“こりゃあ絶対死ぬだろう”って思ってたような事もできるしな」

 

 念押しで脅しをかける。

 「イヤー失敗しましたー」とか言われたら、実際にこれでもかという程ひどい目に遭わせてやる。

 

「ちょっとちょっと! 恭弥!! その子顔が真っ青だし、半泣きなんだけど!?」

 

 そう言って、咲良はさっき自分が鼻をかんだハンカチを差し出している。

 

 『クリーニング』で綺麗にしたから問題はないんだろうけど……

 咲良さんや、それでいいのかい?

 

「ありがとうございます……」

「ちなみに、その本とか資料は咲良にとっても大事なもんだからな?」

「はいっ! 身命を賭して、根こそぎ奪ってきてやります!!」

 

 なんつーか、脅し役となだめ役で、自白を引き出す刑事みたいだな。

 結果オーライだから、良しとしておこうか。

 

「あのーところで、アタシに妖精は……?」

「あーうん。ゲンベルク城には監視用に妖精を置いてあるからな、サボるとわかるからな?」

「やっぱり差別ですかっ!?」

「もう護衛任務は終わっただろう? 何なら払うか? 自腹で。今なら出血大サービスで、マリナさんと同じ金額にしておいてやるぞ?」

「しがない勤め人ですから、白金貨なんて持ってるわけないですよ……」

「冒険者になれば、それくらいすぐに手に入るぞ? 俺も、冒険者生活初日には手に入ったし」

 

 正確には、冒険者生活前日か。

 まぁ細かいことはいいな。

 

「冒険者凄いっす……同じ護衛でも、給料段違いですからねぇ……」

「ち、ちょっと、キョーヤさん、うちの隠密を……」

 

 王女が慌てて咎めてくる。

 別に勧誘しているわけではないんだけどな。

 嘘を言っているわけでもないし。

 

「まぁ、何はともあれ、しっかり仕事をしてきてくれ」

「わかりました……」

 

 そう言うと、イリスのお腹がきゅーとなった。

 

「なんだ、腹が減っているのか?」

「まぁしばらくは何も食えないだろうしな。なんか食わせてやりたいのは山々だけど……

 すぐに食える物といったら、携帯食料かハインツエルン王国で買ってきたフルーツのドライケーキくらいしか――」

 

「「それ、下さいっ(ちょうだい)!!」」

 

 まず、ヤスナと咲良が食いつき、

 

「わっ私もお願いします!」

 

 王女が追従した。

 

「携帯食料か? それとも――」

「「「フルーツのドライケーキ ((です))!!」」」

「……あの……主様、私も頂いても……」

 

 と少し遅れて、イリス。

 

 おっ、おう……。ブルータスお前もか。

 まぁ、いいけどね。

 

 腹が減っては(いくさ)はできぬともいうしな。

 これからの戦闘を考えたら、俺も少し食事を摂っておいた方がいいだろう。

 

「ああ、気にするな。食べたら、出発するからな」

 

 俺たちは、ハインツエルン王国産フルーツジャムたっぷりのドライケーキで、つかの間のティータイムを楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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