第71話 交渉(後編)
王女の処遇とミレハイム王国からの支援の約束及び賠償金の目録を受け取り、ようやく、ミレハイム王国側からすると本題に入る。
「アンナロッテに代わって、余からも頼む。魔物の大量発生の戦闘に参加してくれ」
国王は、そう言って頭を下げた。
俺と咲良以外の全員がそれに驚いているようだ。
ずっと不敵な笑みを崩さなかったデルリオ公すらも。
恐らく、国王が頭を下げるということは、大変なことなのだろう。
まぁ、頭を下げるとそれにつけ込んでくる国やら人がいるだろうしな。
だが――
――そんなものに何の価値もない。
「受ける受けないは、条件次第だな」
「申してくれ」
とはいうものの、正直この依頼は受けてもいいと思っている。
今のところは、この国につぶれてもらっては困るからな。
借金を取り立てるために助けるってのも、色々間違っている気はするけどな。
安売りするつもりもないし、あまりに寄りかかってくるようなら損切りも考えた方がいいだろうけど。
「まず、ゲルベルン王国に行った魔物も倒すかもしれない」
ざわっ。
「なぜだ?」
「勘違いしているようだが……魔物を倒すとは言ったが、ゲルベルン王国を護るとは言ってはいない。ただ働きはゴメンだ。
正直、あの国自体はどうでもいいんだけど、勇者召喚の儀式に使用した設備を押さえたい。それを潰されてしまっては困る」
あと、禁書庫にある資料もな。
「そういうことなら仕方があるまい。帰還について調べるために必要だろうしな。協力すると言った手前、それを反故にするようなことはできぬ」
「次に、当然行うだろうゲルベルン王国への損害賠償に王都ゲンベルクの割譲を含め要求し、手に入れた王都ゲンベルクを俺にくれ。
――いや、全部は要らないか。勇者召喚の儀式を行う設備だけくれればいい」
「勇者召喚の設備は、王都にあるのだったか……承知した。だが、さすがにつっぱねてくると思うが……」
「そのときは、勇者召喚を悪用したことを理由に設備だけを押収するか、ハインツエルン王国に協力して、攻め滅ぼすなり何なりして奪い取ってくれ。さすがにタダで済ませる気はないんだろう?」
攻め滅ぼす場合、苦し紛れの嫌がらせに設備を破壊されないように気をつける必要があるけどな。
「――自分で奪い取った方が早いのではないか?」
「俺は、他の帰還方法を探すからな。これは、拉致の損害賠償の方に入れようと思っているが、研究もそっちから研究者を借りてやってもらおうと思っている」
もともと迷宮探索は、帰還方法を探しつつ強くなるために始めたことだしな。
魔物の大量発生が終わったら、また迷宮探索生活だ。
「それに、国同士の戦争や報復に口や手を出すつもりもない」
国盗りなんて面倒だしな。
「戦争での戦力に冒険者を使うことはできないと、冒険者ギルドとの約定でも決まっておるからな……」
「まぁ、そういうことだな。
次に、報酬の相談だ。金は損害賠償の方で貰ったし、マリナさんからも大きな金額を貰う予定だからな」
「では何を望む?」
「オリハルコン、ダークマター、ヒヒイロカネ、アダマンタイト、ミスリル、神銀、神聖銀などの稀少金属を1トンずつと、神石以上の魔石を30個、国庫に入っている迷宮産の武具や道具の中で、俺が気に入ったのをいくつかくれ」
というわけで、お金を積んでも手に入らないようなものを。
まぁ、これらも損害賠償として貰っても良いようなもんだけど、損害賠償を物納でとすると、お金で買えない価値が有るようなものを入れにくい。
相場なんて有ってないようなものだしな。交渉は難航するだろう。
その点、魔物の大量発生に対しての報酬であれば、希望を押しつけることができるからな。
駄目なら受けませんってなもんだ。
「1トンと言うのは、異世界の単位か?」
「ああ、人間約20人分くらいの重さだな」
「ふむ……まず、神石は、Aランク以上の魔物が落とす魔石だ。我が国にも5つしかない」
「今回の魔物の大量発生で、かなりの数が手に入るだろう?」
「あまり考えたくないことだがな……
魔物素材は基本的に倒した者が持っていって良いことになっている。売りに出されれば、買って渡すことも可能だが……」
「手に入らないかもしれない物を渡すと約束はできないと?」
「そういうことだ。かき集められるだけかき集めて、足りなければ分割か、別な物で代用という形にしてもらえるとありがたい。
金属に関しても、ミスリルなどの比較的手に入りやすいものはすぐ用意できるだろうが、それ以外はその量だと厳しいだろう」
「じゃあ、分割払いだな」
手に入りにくい物だということはわかっているからな。
折り込み済みだ。
「そうしてもらえると助かる。
国庫にある迷宮産の武具や道具だが、冒険者が気に入るようなものは冒険者ギルドが在庫を抱えていたり、冒険者自身が手放さなかったりで、気に入るものがないかもしれないぞ?」
なるほど、言われてみれば確かに。
「まぁ、気に入ったものがあればってことで」
ちょっと期待してたんだけどなぁ……
「あと、最後に――ちょっと、ヤスナを貸してくれ」
「ええっ!? いや、本当にすみません!! 雇われなんで逆らえなかったんですよぉぉぉ」
「そうかそうか。本当に済まないと思っているなら何でもできるな? よかったよかった」
「ふむ、アンナロッテさえ良ければ問題ないと思うが……」
「まぁ、王女に死なれると困るのは俺も一緒だからな。バッチリ護ってやるさ」
そういって、王女を見ると目を丸くして固まっていた。
「どうした?」
「いっいえ……(殿方から命や貞操を狙われたことはあっても、護ると言われたことはなかったものですから……)
こほん。聞けばヤスナもキョーヤさんに随分とご迷惑をかけたようですし、お役に立てるのなら是非」
小声で聞こえないように言ったつもりだったのだろうが、バッチリ聞こえてしまった。
まーあの兄弟じゃあなぁ、家庭環境ってもんが窺い知れるよなぁ。
「そんなぁ……」
と、涙目になっているヤスナを全員で無視し、俺は国王に向き直った。
「粗方合意が取れたみたいだし、契約書を作ったら現地に合流する」
「今回の依頼は、冒険者トウドウ・キョウヤに依頼する物として、冒険者ギルドを通して依頼を出すこととしよう」
「まぁ。第三者機関を挟んだ方がこちらも安心だからな」
最悪の場合は、冒険者ギルドが弁済してくれるし。
「――アンナロッテ、頼む」
「はい。『ゲート』」
あらかじめ話はついていたのか、心得ているとばかりに転移ゲートを開く王女。
転移ゲートから出てきたのは、イオさんとイオさんに抱えられたアヒル隊長だった。
「『ようやく出番か。契約書は、報酬欄と名前を書く欄が空白になっているだけの物を用意してきた』」
「用意したのは私ですけどね」
アヒルから出ている声もイオさんの声なので、腹話術を見ているようだ。
ほら、声が、遅れて、聞こえるよ?
みたいななやつ。まぁ、ちょっと違うか。
「イオさん!」
「キョーヤさん、お久しぶりですっ! 初めてお会いしたときからただ者ではないと思っていましたが……
大出世じゃあないですか!?」
出世……でいいのだろうか?
まぁ、何も知らないイオさんから見るとそう見えるものなのかもな。
一応、国王と公爵、王女に勇者、公爵令嬢といったメンツだしなぁ。
俺は苦笑すると、「たまたまですよ」、と言ってイオさんが用意してくれたという書類に目を落とした。
ギルドマスターが言うとおり、報酬と名前を書くだけになっているようだ。
さらっと中身を確認したが、特に問題はないようだ。
ギルドの定型契約書を少し弄っているだけなのかもしれない。
俺が提示した報酬条件に驚きつつも、パパッと書類を仕上げてくれるイオさん。
といっても、イオさんがやるのは報酬欄を埋めるところまでで、名前だけは自分で書く必要があるけどね。
というわけで、さらさらっと自分の名前を書く。
「あれ? 契約者の欄はキョーヤさんお一人でいいんですか?」
「ええ、少し考えがあって」
いざとなったときに咲良やイリスだけを逃がすための措置だ。
契約さえしていなければ、冒険者ギルドも国も罰することはできないからな。
会議の間、俺以外の参加をほのめかす発言を一切しなかったのもそのためだな。
国王にしてもデルリオ公にしても、これくらいで文句を言ってくることはないだろう。
戦力なら既に60人くらい追加してやったしな。
「そうですか。では、今回はパーティではなく、キョーヤさん個人への依頼ということにしておきますね」
「そうしておいてください」
こうして俺の参戦が正式に決定したのだった。




