第70話 交渉(前編)
しん、とした会議室。
その静寂を破ったのは、デルリオ公だった。
「ははっ、随分とスッキリしたもんだなぁおい」
と、さもおかしそうに笑う。
強がりでもなく、ましてや気が触れたわけでもなさそうだ。
ここまでは、折り込み済みだったってことだろうな。
「わざとこうなるように仕向けたのか?」
「それこそまさかだ。まぁ、予想の範疇ではあったから、そこまでは驚いていないけど」
そう言って、王子たちに視線を向ける。
第二王子は、何やらぶつぶつ言い続けており、しばらく戻ってこなさそうだし。
第一王子は、椅子にふんぞり返っており一見立ち直っているように見えるが……
「――臭いますね……
主様、少し換気をしてもよろしいですか?」
「まぁ、それよりも先に臭いの元に退出してもらった方がいいな。
おい、お漏らし王子。そこでぶつぶつ言っている奴連れて、どっか行ってろ。うるさいし、臭くてかなわん。
特にうちのイリスは鼻が良いからな。迷惑かけてるんじゃねーよ」
俺の言葉に、国王は「いや、それには及ばぬ」と言って、大きく息を吸い込んだ。
「――お前たちっ! いつまでへばっておる!? 敵意を向けるなと言われただけであろうが!!
――この場を終えてからと思うておったが、気が変わったわ。近衛兵、エリオネル、シュリック両王子、フォルダム卿、ムリン卿を捕らえよ!!」
国王は齢60近いとは思えない大音声で近衛兵を怒鳴り活を入れると、王子たちの捕縛を命じた。
国王の一喝によって近衛兵たちは正気を取り戻したが、突然の命令に戸惑いを覚えているようだ。
「しかし……」
兵の一人が、恐る恐るうかがいを立てようとするが、国王がひと睨みすると押し黙った。
「お前たちは誰の兵だ? そこの王子たちか?」
「いえっ! ミレハイム王国の兵であり、国王様の兵であります!」
そう言って、慌てて王子たちの捕縛に取りかかった。
王子たちも残った貴族たちも、テントの外に逃げた連中が消えるのを見ているためか、その場から逃走することはなかった。
「エリオネル様! シュリック様! 失礼します!!」
「っ!? お前たち、この俺にこんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」
第一王子の恫喝に、近衛兵は一瞬ひるんだものの、「王の命令ですので」と言って、捕縛を再開した。
「アンナロッテ。済まぬが、城の牢獄へと繋いでくれぬか?」
「――承知しました。『ゲート』」
王女が戸惑いながらも開いた転移ゲートによって、捕らえられた王子2人と、貴族2人が近衛兵に連れられて消えていく。
最後に残った近衛兵は国王から何やら書類をうけとると、それを持って転移ゲートの向こうへと消えていった。
結局この場に残ったのは、俺、咲良、イリス、国王、デルリオ公、王女、ヤスナ、デルリオ公の護衛の8名だけだ。
「――茶番は終わりか?」
まぁ、俺が始めたようなもんだけどな。
だが、最初からこのメンバーで来ていれば、互いに余計なことをせずに済んだはずだ。
「昨今、奴等の行動には目に余るものがあった。
それでも、我が息子であることには変わりはない。
最後のチャンスをやり、この魔物の大量発生中に見極めるつもりだったが……
まさか、あそこまで愚かだとは余も思わなんだ」
先ほどまでの剣幕は既になく、年相応かそれ以上に見える男の姿がそこにはあった。
「アレだけの人数で取り囲むことを黙認した時点で、同罪だと考えられるが、それについては?」
とはいうものの、国王自身は最初からこちらに敵意を持っていなかった。
それは十分に理解している。
「貴君との会談を、息子たちの試金石としたこと、それにより不快な思いをさせたことを謝罪しよう」
不快な思い……か。
暗に、「だが危険はなかっただろう?」と言わんばかりだ。
国王自身が護衛の一人も連れずにやってきたのはパフォーマンスのつもりだろう。
それとも、この状況をあらかじめ折り込んでいたか……
恐らくは、そのどちらかだろう。
まぁ、どちらにせよ――
「人にものを頼む態度じゃあないよな? 馬鹿にしてるのか? それとも、舐めてるのか?」
「本件に関しては別途賠償金を支払おう。合わせて、奴等の私財を没収しお渡ししよう。それで矛を収めてはくれぬか?」
デルリオ公も含めてくせ者だな。
机上での駆け引きで、この2人を相手にするのは少し手間がかかりそうだ。
まぁ、今回は要求を突きつけるだけでいいのだろうが。
「――謝罪を受け入れよう」
「感謝する」
ごねるところでもないしな。せいぜい貸しておこう。
「では、早速、魔物の大量発生について……と行きたいところだが、勇者召喚の儀式で俺と咲良を地球から拉致したことについてのアンナロッテ第三王女殿下と、ミレハイム王国の責任問題についてだ。
まず、王女からは異世界送還、勇者送還、まぁ名前はどうでもいいけど、元の世界に帰る方法を探すことと、それが見つかった場合に元の世界に送る協力を何においても優先して執り行うことを約束してもらっているが、国として正式にこれを認めてくれ」
「承知した。国璽を捺印した正式な書類を作成してお渡ししよう。国璽は国としての信頼の証だ。これが押された書類の内容を違えると、国際法によって国と国王が罰せられることになる。ある意味では、【闇魔術】での契約より重いものだ。
帰還のための協力に関しては其方の要望をすべて飲むこととなっている。また、アンナロッテだけではなくミレハイム王国としても、できる限りの協力を約束する。
金銭でしか報いることができないのが申し訳ないが、賠償金も支払おう。
この場ですぐに正式な書類や賠償金を用意することはできぬが、目録と、仮の書類で良ければすぐに発行しよう。
仮とはいっても、キチンと効力のあるものだからその点は心配しなくて良い」
「どう違うんだ?」
「例えば、公布によって広く送還方法を募集するといった場合、公布の内容をつめる必要がある。仮発行の書類には、公布を行うとだけ記載し、正式な書類には、その内容も記載するというわけだ」
なるほど、それは、文章量が半端ではなさそうだな。
それこそ会議も必要だろうしな。
「それに、じっくり考えた方が其方も良かろう?」
あらかじめ考えてあるにはあるが、話をつめているうちに何か思いつくかもしれないしな。
「ああ、とりあえずはその仮発行のものでいい」
「まぁ、書類などなくとも踏み倒したりはせぬがな。――国が滅ぶ」
「おおげさだな」
「おおげさではない。貴君は国を滅ぼすという魔物の大量発生に対する切り札なのだ。そう考えるのが妥当だろう」
そんなものか?
一個人の力は所詮個人の力。
国が持つ力とは別個なものだと思うけどな。
だからこそ、こんな回りくどい交渉をしているわけだし。
「まぁいいだろう。国王としては、魔物大量発生が原因だろうと、それ以外の原因だろうと国を滅ぼす訳にはいかないということだ」
「じゃあ、その国王さんとしては、どう賠償してくれるつもりなんだ?」
「帰る方法が確立するまでの間、我が国の土地を割譲しそこの税収を全て渡すか、一定金額を賠償金として支払おうと思うのだが、どうか?」
なるほど、不利益を被っている間中ずっと支払い続けてくれるということか……
一定額をドンと貰うつもりだったが、それだって分割納付とかにはなりそうだし、それには応じるつもりだった。
無理に取り立ててつぶれられると、それはそれで困るからな。
それを考えると、こちらの方がいいかもしれない。
「最低支払金額を設定して、すぐに帰還方法が見つかっても、最低限それを担保してくれるなら、俺はそれで構わない」
「当然、そうさせていただこう」
「咲良はどうだ?」
「うーん。こっちにいる間の生活の保障はしてくれるってことと、帰る方法を探してくれるってことでOKなんだよね?」
「貰ったお金を、金とかに替えて持って帰れば、人生10回は遊んで暮らせそうだけどな」
「宝くじに当たったら、悪い意味で人生変わるって話も聞くし……それはちょっと怖いかも?」
「それは、後で考えるとして、貰えるものは貰っておけ」
「うん。そうだね。少なくとも、こっちにいる間は必要なものだし……」
とりあえずは、それで合意して、仮の書類と賠償金の目録を作ることにした。
正直、割譲は面倒そうだったので、白金貨を年10枚ずつ。
計20枚支払うことと、最低支払金額は、白金貨200枚ずつ、計400枚とすることとなった。




