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第69話 火蓋

 ヤスナ視点でお送りしております。

 

 ひぃいいいいいいい。

 一体全体何を考えてやがるんですか!? 貴族院の方たちは!!

 

 アタシの心の悲鳴を無視して部屋を彼等が保有する私兵が埋め尽くしていきます。

 

 アンナロッテ様の顔色も(すぐ)れません。

 こういう場では滅多に感情を表に出す方ではないのですが、今は形の良い唇が紫色になっています。

 

 デルリオ公は興味なさげな所作をしていますが、時折憐憫の混じった視線を彼等に向けています。

 彼等の立場と、彼等の行く末を考えれば――

 

 背中を冷たい汗が(つた)い思わず身震いをしてしまいました。

 

 しかし、デルリオ公は一体何を考えているのでしょう?

 あの場に割り込んで、「国王に――」という話をすればこうなることはわかっていたはずですが……

 

 なんやかんやで身内には甘いキョーヤさんですが、その反面、敵と認識した相手には容赦がないですからね。

 幸い、マリナ様とアタシは依頼者ということで、半分身内として扱っていただいていますし、アンナロッテ様に関しても、「損害賠償を取り立てるまで、死なせない」というようなことを仰っていましたので、少なくともアタシたちがこの場で命を落とすことはないとは思いますが……

 

 と考えて、「あとで覚えてろよ?」というキョーヤさんの言葉を思い出し、泣きたくなりました。

 

 だってデルリオ公ですよ!?

 国王様の弟で、公爵様ですよ!?

 一公儀隠密でしかないアタシが、逆らえるわけがありませんよ!!

 

 王女の護衛なんて名乗ってはいますが、所詮は下忍(げにん)ですからねぇ。

 ちなみに、下忍という階級は隠密部隊の下から2番目、陸軍でいうと下から3番目の上等兵と同じです。

 

 ああ、こんなことなら符丁のことキョーヤさんに伝え忘れたとき、「計算通り!」とか見栄を張らなければ良かった……

 いや、それをいったらその前も……

 

 あああっ、過去の自分が憎いぃぃぃぃ!!

 見栄っ張りな自分が憎いぃぃぃ!!

 

 ――ああ、お腹空いたなぁ。

 農商都市ヘルムントで食べたデザートおいしかったですねぇ。

 薄給ですので、滅多に食べられるものではありませんが……

 

 現実逃避を続けていると、近衛兵たちが転送ゲートを(くぐ)って出てきました。

 

 胸章(きょうしょう)を見る限り、王子たちの直轄部隊ですね。

 彼等を差し置いて貴族の私兵があとから出てくることはないでしょうから、私兵はこれで弾切れのようです。

 

 貴族たちの私兵は、60名です。

 貴族院は、王子お2人を(あわ)せて計10名。

 元々大会議に参加していなかったデルリオ公は既にここにいらっしゃいますし、お1人欠席者がいるそうですので、王様と王子以外の追加出席者は6名のはずです。

 なので、1人につき10名ずつ連れてきているということでしょう。

 

 近衛兵はきっかり20名。

 なるほど、王子が各自10名ずつ兵を出したので、他の貴族もそれに(なら)ったということですか。

 

 これで、兵だけで合計80名です。

 

「この国の貴族っていうのは、兵士みたいな格好をしているんだな」

 

 皮肉げなキョーヤさんのつぶやきに、デルリオ公は一瞬目を丸くしたあと、心底おかしそうに笑ってキョーヤさんに状況の説明をします。

 

「はははっ、なかなか面白いことを言うな。そこにいる近衛兵以外の兵士は、全員貴族の護衛だ。それぞれが、10人ずつ護衛を用意したもんだから、こんなことになったらしい」

「で? 肝心の護衛対象はまだ来ないのか?」

「いや、そろそろだろう」

 

 デルリオ公の言葉通り、貴族院入りが浅い下級貴族から順に出てきます。

 6名全員が出たあと、王子2人が、そして最後に国王様が出てきました。

 

 総勢89名の大移動を終えた転送ゲートがゆっくりと閉じられると、今度は国王様から順に席に着いてきます。

 

 全員が席に着き終わるなり、口火を切ったのはキョーヤさんでした。

 

「“話し合い”の前にあらかじめ言っておくが……俺はそこの王女に勝手に呼び出された異世界人だ。貴族だから、王族だからといってへりくだるつもりは一切ない」

 

 「話し合い」に妙なアクセントがあるのは気のせいですか?

 

 キョーヤさんの口調と、その言葉に不快げに眉を顰める王子2人。

 それを見た貴族たちが声を荒らげようとしましたが、それを遮ったのは入室以降ずっと難しい顔をされている国王様でした。

 

「構わぬ」

 

 ここで声を荒らげてしまえば、国王様の言葉を否定することになります。

 「不敬だ」などといった感情論以外であったなら、否定することは問題ありませんが、この場合はそれも不可能でしょう。

 そいった機微を察する勘の良さは、「さすがは貴族院!」といったところでしょうか?

 表面上はすぐに落ち着きを取り戻しました。

 

「それからもう一つ。俺は、俺に対して攻撃の意思を持っている()()を知ることができる。どのようなスキルかは見当がつくだろう?」

 

 恐らく、【索敵】でしょう。

 冒険者では珍しくないスキルです。

 

 魔物、人間問わず、敵意を持った対象を知ることができるスキルですね。

 スキルの使用者が犯罪称号を持っていると、効果がないそうですが。

 

 面白く思っていないとか、単に嫌っているだけとか、そういうレベルでは反応しません。

 明確に危害を加える意思がある場合にのみ反応する特性があります。

 

 つまり――

 

「これに反応したモノをうっかり殺してしまっても、“犯罪”にはならないんだったよな?」

「なるほど、【索敵】か。まぁ、冒険者なら珍しくないスキルだな。異世界から来てしばらくは冒険者をしていたんだったか……?」

 

 脅迫とも取れるキョーヤさんの言葉に、デルリオ公はひょうひょうと応えます。

 敵意さえなければ問題はないとはいえ、凄い胆力です。

 

 もう10年早く生まれていれば、王の椅子に座っていたのはデルリオ公だといわれているのは伊達ではないということでしょうか?

 

「ああ、ここにこうしているのも、元はといえば依頼を受けたからだしな。

 さて、王族だろうと、貴族だろうと、近衛兵だろうと、私兵だろうと関係ない。俺は敵意を向けてくるモノには容赦をしない。それに――そもそも、話し合いにならないだろうしな?

 ――咲良、少し刺激が強い事態(こと)になりそうだ。席を外すか?」

「いや、アンナだけじゃなくて私もお願いしたことでもあるしね。ここにいるよ」

「……そうか、わかった。

 というわけで、だ。10数える内に()()()()しろ。

 ――10」

 

 これは。本気ですね……

 なにより恐ろしいのは、キョーヤさんからは何の威圧感も、何の敵意も感じないことでしょうね。

 

 ()を前にしても、その存在に気がついていないかのような滑稽さと、気づかせない恐ろしさに、思わず身震いしてしまいますね。

 

「何をバカな!?」

「――9」

「私たちに手を出して無事で済むと思っているのか?」

「――8――7」

「まったく……敵意などと……人間の敵意に細かく反応するような【索敵】スキルなどBランクの斥候職でも上位の者にしか使えん。どうせ、こけおどしだ」

 

 それは、敵意を持っていると白状しているようなものですが。

 

「――6」

「そうだそうだ、そいつはまだCランクだそうじゃないか」

「――5」

 

 アタシが調べたところによると(後で本人からも直接聞きましたが)、キョーヤさんはこの世界に来てまだ1ヶ月程。

 それで、すでにCランクという時点で異常だということに、どうして気がつかないのでしょうか?

 Cランク冒険者という情報に踊らされすぎですね。

 

「――4――3」

「仮にそいつが暴れたからとしても、この人数だぞ?」

 

 キョーヤさんの実力は、デルリオ公と一緒に伝えたんですがねぇ。

 デルリオ公をもってして、「私兵を何人連れてきても無駄」と言わしめたのですから。

 

 そして、無情にもカウントは終わりを迎えます。

 

「――2、1」

「「――拘束しろ」」

 

 キョーヤさんのカウントが終了したと同時に、王子のそれぞれ隣に座る貴族2人がキョーヤさんの拘束を命じます。

 

 

 そして、それが彼等の最期の言葉でした。

 

 

 拘束を命じた貴族2人は、いきなり消滅してしまいました。

 

 あれは、【詠唱破棄】による連続実行ですね。

 私自身使える技術でなければ、私も気がつかなかったかもしれませんね。

 

 私の動体視力でも、ギリギリ見きることができるかどうかといった感じでしたが、一瞬のうちに何らかの力によって押しつぶされたあと、その痕跡ごと【時空魔術】でどこかへと飛ばしたようです。

 彼等がこの世にいた痕跡は、両隣に座っていた王子たちと貴族の顔と衣服に残ったほんの少しの血痕だけです。

 

 今のを見きることができたのは、私と、勇者、イリスさん、そしてデルリオ公の護衛の方だけでしょうかね?

 勇者は押しつぶされる直前に、さっと目を伏せて直視を回避していたようですが。

 

 狙ってやったわけではないでしょうが、凄惨さがないため、恐怖を感じにくいやり方ですね。

 ですが、貴族の私兵は傭兵上がりや、冒険者上がりであることが多く――

 

「「「「うわあああああああ!!」」」」

 

 一目散に出入り口へと向かって逃げていきます。

 

「おっおい……!」

 

 そして、それに追従するように、返り血をあびて呆然としている貴族を残して他の貴族も出入り口に向かいます。

 

 彼等も、もう少し冷静になっていれば、キョーヤさんのつぶやきに気がついたでしょうに。

 

「『ゲート』」

 

 とつぶやくように行われた詠唱に。

 

 アンナロッテ様の転移ゲートでやってきた89名の内、結局この場に残ったのは――竦んで動くことができなかった近衛兵と、返り血で我に返った王子2人と貴族、そして国王のみでした。

 

 しばらく呆然としていた近衛兵ですが、慌てて我先にと武器を捨てていきます。

 王や王子を守る近衛兵としてその姿勢はいかがなものかと思いますね。

 

 ですが、この時点で、敵意がなければいくらキョーヤさんとはいえ、攻撃してしまうと“犯罪”がついてしまうので不可能でしょう。

 

 自分から転移ゲートに飛び込んでいった、私兵や貴族とは違って、武器を捨てた後は身動き一つしていませんし。

 

 それにしても、キョーヤさん……彼等をどこに飛ばしたのでしょう……?

 

 

 

 

 

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