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第68話 デルリオ公

「ヤスナ……じゃないな、影人形か?」

「さすがに、この距離をアンナロッテ様の手助けなしで移動することなんて不可能ですからね!」

「本物か? 影人形の見た目なんていくらでも偽れるだろう」

「そこはほら、アンナロッテ様護衛7つ道具の効果で、こうして影人形(この身体)ではせ参じることができているってこと自体が――」

「ヤスナ、ひかえなさい。無礼ですよ?」

 

 と、先ほどまでとは打って変わって冷たい口調でヤスナを諫める王女。

 

「申し訳ありません」

 

 そう言って、ヤスナが頭を下げると、影人形がぐにゃりと(ゆが)む。

 そのまま消えるのかと思いきや、30代中盤くらいの男の姿へと変わってしまった。

 

 金髪を短く切りそろえた、精悍な男だ。

 

「それでは、オレから説明させてもらおうか」

「お父様!?」

「デルリオ公……」

 

 おお、あれが、マリナさんの父親か。随分と若いな。

 

「途中からだが話は聞かせてもらった。それに、Aランクの魔物を瞬殺した攻撃も見事だった」

 

 時空魔術を使ったのがバレたか。

 ヤスナめ……余計なことをしてくれる。

 

「だったら何だ? 100歩譲って手助けをするにしても、俺は、無料(ただ)で使われてやる気は毛頭ない」

「その報酬を、王女殿下では用意できないという話だったな?

 いま、王都の大会議場では壮大な時間の無駄が行われ続けている。そこにいる王とバカ(王子たちと)(取り巻き貴族たち)と直接交渉してくれ。

 アンナロッテ王女殿下の時空魔術があればすぐだろう?」

 

 オレは、大きなため息を一つついて、デルリオ公を真っ直ぐ見据えた。

 

「途中からしか話を聞いていないからかもしれないが、公爵ともあろうお方が現状を認識できていないとは……

 交渉するのはそちらであって、俺じゃあない。

 今から前線基地に戻って、希望者を全員連れて適当な国に亡命してもいいんだけどな?」

 

 いくら咲良の願いだからといって、死にたがりを無理矢理助ける気はない。

 今のところは……だけど。

 

 まぁ、それに……

 

主様(あるじさま)、そろそろ限界です」

 

 魔物たちの先頭はまだ離れているが、そろそろ魔法攻撃が届き始めるころだろう。

 イリスの言うとおり、そろそろ引き上げないとまたぞろ面倒なことになるだろう。

 

「まぁ、そういうわけだ。咲良たちが乗っていた劣飛竜(ワイバーン)はまだへばったままだし、さすがにこの人数を、俺が乗ってきた劣飛竜(ワイバーン)に乗せることはできないからな。とりあえず、王女とマリナさん、それに劣飛竜(ワイバーン)を前線基地に送る。俺が乗ってきた個体なら、3人乗れるだろう。俺たちが前線基地に着く前に、そちらで話をつめておいてくれ」

「――なかなか面白い若者だな。影とはいえ、このオレに物怖じしないとは」

 

 感心した風のデルリオ公だったが、スパッと無視してその近くにいてこの会話を聞いているはずのヤスナに声をかける。

 

「ヤスナ、後で覚えてろよ?」

 

 動揺したのか、デルリオ公の影人形が一瞬ぐにゃりと(ゆが)んだ。

 すぐに元に戻ったが、なかなかシュールだな。

 

「よし、じゃあ、移動するぞ! 『ゲート』!」

 

 転送ゲートを開くと、まずはマリナさんが、次いで王女が移動していく。

 

劣飛竜(ワイバーン)、こっちおいでー」

「……くるぅ」

 

 咲良の手に引かれて、先程墜落したワイバーンも転移ゲートを潜る。

 完全に劣飛竜(ワイバーン)の姿が消えたのを確認して、『ゲート』を解除する。

 

「よし、俺たちも劣飛竜(ワイバーン)に乗って移動するぞ!」

「うん!」

「はい!」

 

 

 

 †

 

 

 

 予想通り、3人乗っても然程の負担にはなっていないようだったが、それでもさすがに全速力で飛ばす訳にもいかない。

 劣飛竜(ワイバーン)の負担もさることながら、先に前線基地に行って考えろと言った手前、時速300キロメートルでぶっ飛ばすってのも大人げない気がしたのだ。

 

 それでも、10数キロの道のりを10分程で移動し、俺たちは前線基地へとたどり着いた。

 

 既に話がついているのか、魔物の対処に追われてそれどころではないのかはわからないが、劣飛竜(ワイバーン)で乗り付けても特に問題はなかった。

 前線基地を飛び越し、テント群から50メートルほど離れた位置に劣飛竜(ワイバーン)を降ろす。

 

「私、最初白旗を振りながら都市セーレに行ったんだけど、意味がないってあとで聞いてガックリきたんだよね」

 

 まぁ、その辺りの決まり事やルールは世界によって微妙に違うだろうしな。

 

「まぁ、意味がないだけで済んで良かったな」

「あはは、確かにねー」

主様(あるじさま)たちの世界で白い旗は、どのような意味なのですか?」

「“戦う意思はない”って意味だ。今回みたいに敵に間違えられないようにという用途でもあるけど、降伏を示すことの方が多いイメージだな」

「なるほど……だまし討ちに使用できてしまいそうですね」

「まぁ……成功しても最初の一回だけで、それ以降は降伏したくても無視されて攻撃され続けるだろうけどな」

 

 などと、雑談を続ける内にテントが建ち並ぶ区域までやってきた。

 テントとはいっても、高さは2メートル以上あり、布製の家といった感じだ。

 

 俺たちは冒険者ではあるのだが、今のところは完全なる部外者だ。

 

 見とがめられるかと思ったが、そんなことはなく、冒険者や教会関係者と思われる人たちとすれ違っても何もいわれない。

 

「キョーヤさん。お待ちしておりました。こちらへお越しください」

 

 待ち受けていた王女の案内でやってきたのは、 建ち並ぶテントの中でも大きめのものだ。

 

 中に入ると、部屋の中央にテーブルが置かれているだけのシンプルな内装だった。

 他の部屋を見ていないので何ともいえないが、恐らく会議用のテントなのだろう。

 

 部屋の広さは、教室2個分くらいだろうか? かなり広めだ。

 その割には、据えられている円卓は随分と小さい。

 

 いや、本来はもっと大きな会議机が据えられていたのだろう跡が、地面に残っている。

 急遽、この小さなテーブルに取り替えたのだろう。

 

 椅子には、既にヤスナとデルリオ公が座っていた。

 ランタンの明かりに照らされて影が伸びているところを見ると、影人形ではなく本人だろう。

 

 デルリオ公の後ろには、シンプルな鎧と、剣を装備した騎士が控えている。

 

 涼やかな表情の優男といった感じだが、腕は確かなようだ。少なくとも、冒険者ギルドで絡んできた連中程度では相手にならないだろう。

 まぁ、恐らくは護衛だろうな。

 

 それに対抗してか、俺と咲良は椅子に座ったが、イリスは同じように俺の後ろに控えていることにしたようだ。

 ちなみにシンシアは、二頭身化(省エネモード)して俺の肩ではなくイリスの頭の上に乗っている。

 

 ――気に入ったのか?

 

 少し寂しい気がする。

 

 

「話はまとまったか? 王やら他の貴族やらはいないようだけど。あと、マリナさんはどうした?」

「申し訳ないが、さすがにこの短時間で皆を連れてくることなどできんよ。今、影をやって呼びに行っているところだ。

 それと、マリナはオレが連れてきた私兵たちと一緒に、救護テントへと向かった。女神の巫女の力は、予言だけにあらずだからな。今頃は、存分に回復魔術の腕を振るっていることだろう」

 

 この中で一番下っ端であろうヤスナが迎えに来なかったのはそういう理由か。

 どういう手を使っているのかはわからないが、先程と同じように遠隔で影人形を操作しているのだろう。

 

 十中八九、下っ端ではなく王女自らが迎えに行くということで、敬意を示すなどといったような、要らぬ気を使ったのだろうと思っていたが……

 いや、それもあるか。連れてきたという私兵をもう一人残してそいつに呼びに行かせるでも良かったわけだしな。

 

 マリナさんに関しては、ようやく本来の仕事に戻ったって感じか。

 これからの話し合いに参加するよりは、余程有意義だろう。

 

「ところで、護衛は一人で大丈夫なのか? 見たところ、腕はいいみたいだけど」

「他の貴族が連れてくる有象無象の騎士程度なら、こいつ一人でどうとでもなるさ。それに、君がその気になったなら、オレの私兵を全員集めたとしてもどうしようもないだろう?」

 

 そう言って、にやりと笑う。

 護衛の男からすれば、いくら主人の言葉とはいえ面白くない言葉だろうに、表情1つ変えることなく控えている。

 

 

 それから、しばらくの無言の時が過ぎる。

 時間が経てば経つ程、マリナさんの仕事が増える一方だろう。

 

 少し釘を刺してやろうかと思った時、デルリオ公がようやくといった様子で口を開いた。

 

「ふむ。ようやく王都の連中が重い腰を上げる気になったようだ。

 ――アンナロッテ王女殿下、転移ゲートを」

「はい。『ゲート』」

 

 部屋の隅に人が1人通れる程度の転移ゲートが出現する。

 

 そして、数秒経った(のち)、フルフェイスの鎧兜を着けた兵士が転移ゲートを潜ってやってきた。

 着ている鎧は、都市セーレでは見たことのないものだ。

 

 ミレハイム王国は、ゲルベルン王国と違って装備が統一されているので、王都の兵士は装備が違うのか、それとも……?

 それから、同じ装備の兵士が9名転移ゲートからでてきた。

 そのあと、別な装備の兵士がまた10名。

 そのあと、別な装備の兵士がまた10名。

 そのあと、別な装備の兵士がまた10名。

 そのあと、別な装備の兵士がまた10名。

 そのあと、別な装備の兵士がまた10名。

 

 

 広いと思っていた部屋も兵士でどんどん埋まっていく。

 剣を装備しているが、皆で振り回すスペースは流石にないだろう。

 

 デルリオ公を見ると、苦笑いとも、嘲笑ともとれる笑いを浮かべている。

 

 10名毎に装備の違う兵士たちが合計60名。

 

 だが、それで終わりではなかった。

 

 今度は、ミレハイム王国の兵士たちが20名。

 都市セーレで見たのと同じなので、これは間違いないだろう。

 

 肝心の貴族やら、王様やらはまだ出てこないままだ。

 

「この国の貴族っていうのは、兵士みたいな格好をしているんだな」

 

 当然皮肉だが……

 

「はははっ、なかなか面白いことを言うな。そこにいる近衛兵以外の兵士は、全員貴族の護衛だ。それぞれが、10人ずつ護衛を用意したもんだから、こんなことになったらしい」

 

 なるほど、装備が違う連中は、貴族の私兵だったのか。

 しかし、止める奴はいなかったのか?

 

 予め小さい机に変えてまで場所を用意したところを見ると、デルリオ公はこの状況を予測していたって事だな。

 

 それでも、あの男1人で大丈夫って事か? なかなかの自信だな。

 

 マップを見ると、部屋の中は敵を表す紅点でいっぱいだ。

 つまり、連中は俺に敵意を持っているということだ。

 

 素直に勇者召喚の責任をとって、「ごめんなさい」しようとしているとは到底思えない。

 

 それが証拠に、王女は顔を青ざめさせ、ヤスナも涙目になっている。

 咲良の表情も固い。

 

 表情を変えていないのは、デルリオ公の護衛とイリスくらいのものだ。

 

「で? 肝心の護衛対象はまだ来ないのか?」

「いや、そろそろだろう」

 

 デルリオ公の言葉通り、身なりの良い男たち6名がぞろぞろと転移ゲートを超えてきた。

 そして、続く2名は先の6名とは一線を画す豪華具合の衣装を身に纏っている。

 金やら白銀やらで作られた刺繍は、豪華だがお世辞にも趣味がいいとはいえない。

 

 その中には、当然のようにあのハフマンも混じっていた。

 こちらを見て、ほんの一瞬だけ厭らしい笑みを浮かべた。

 

 そして最後に、一際豪華なマントと、それに対して作りは良いものの華美さがない衣装を身に纏った男が転移ゲートを(くぐ)ってきた。

 

 最後の男が席に着くと、続いてその左右に派手な男二人組が座り、残りの貴族たちは、その三人組を中心にして、左右に分かれて席に着いた。

 

 恐らくあの真ん中のマントの男が国王で、その左右が王子二人。

 そして、それ以外が貴族だろう。

 

 念のため、三人を【真理の魔眼】で見てみる。

 

 ──────────

 名前:

 レンダリル・フォン・ミレハイム

 年齢:

 58歳

 

 --以下略--

 ──────────

 

 ──────────

 名前:

 エリオネル・フォン・ミレハイム

 年齢:

 39歳

 

 --以下略--

 ──────────

 

 ──────────

 名前:

 シュリック・フォン・ミレハイム

 年齢:

 37歳

 

 --以下略--

 ──────────

 

 ちなみに、デルリオ公はこんな感じ。

 

 ──────────

 名前:

 レオフレッド・デルリオ

 年齢:

 36歳

 

 --以下略--

 ──────────

 

 

 王子二人と王女は、親子程年が離れていると聞いていたけど、デルリオ公よりも年上だったとは……

 デルリオ公と国王も親子ほど年が離れているってことだな。

 

 むしろ、王女よりデルリオ公の方が兄弟っぽいというのが皮肉なものだ。

 

 席に着いた貴族たちをマップで見ると、しかめっ面で不機嫌さを隠そうともしていない国王()()は、見事に皆紅点を示している。

 

 はてさて、まともな交渉になればいいが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■改稿履歴

 第31話から第33話までにかけての改稿に伴い、一部表現を修正しました。

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