第67話 再会と対価
お待たせしました。
少々増量してお届けします。
ようやく……見つけた!!
だが――
「うーん。あの劣飛竜……今にも墜落しそうねぇ。
――あ、力尽きた」
シンシアの言葉通り、咲良と王女が乗っている劣飛竜がぐらりと傾いたかと思うと墜落を開始した。
咲良と王女、それに何故か劣飛竜に乗っていなかったはずのマリナさんが空中に投げ出されてしまった。
ちっ、さすがにこの距離は間に合わないか……
ならばっ!
「『ゲート』! 『ミラーリング』!!」
咄嗟に『ゲート』を4つ発動させ、3人+1匹を地上に転送させた。
眼下の魔物は先程一掃しておいたので、あと数分は大丈夫だろう。
「よしっ! 地上に降りるぞ!」
そう言って、急旋回急下降。
あっという間に地上に降り立った。
「――っ! 追っ手!?」
地面に転送してから、10秒と経っていないはずだが、咲良はこちらの劣飛竜を見るなり、警戒を始めた。
王女と、マリナさん表情は見ることはできないが、こちらはまだ立ち直っていないようだ。
「まぁ、追いかけてきたって、意味じゃあ追っ手だけどな」
「キョーヤさん!?」
「えっ、トウドウ様?」
驚きの声をあげる、王女とマリナさん。
だが、咲良はフリーズしているようだ。
劣飛竜にいち早く反応して警戒してた姿はどこへ消えた?
「えっ!? 恭弥!!」
「おお、復活したか。久しぶり……だな? 咲良。まさか、こんなところで会えるとも思ってなかったけど」
「恭弥!」
「おう」
「恭弥!」
「何だ?」
「恭弥ああああああ!!」
「ってうわっ!?」
ずめしゃっ。
全力で飛びついてきた咲良だったが、顔から飛んできたのが悪かったのか、俺の軽鎧の金属部分に強かに顔を打ち付けてしまった。
思わず避けそうになったのを無理矢理止めたため、そこまで気が回らなかった。
許せ……咲良。
「ふえええええええええん!! 痛゛い゛じ夢じゃない゛よぉぉぉ」
《レベルが上がりました》
泣きじゃくる咲良を、すぐさま泣き止ませる術など思いつくはずなどなく――
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
ただただ、無言で背中をポンポンと叩いてやるくらいしかできない。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
咲良の涙を最後に見たのはいつ頃だったか……
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
高校で再会したあとは、一度もなかった気がする……
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
いや、一緒に映画を見て泣いていたような気がするな。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
あのときは、どうしたんだっけか……?
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
「あの、主様……」
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
イリスが、おずおずと話しかけてきた。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
王女や、マリナさんが気をつかって話しかけてこない中――
――わかってる。
王女とマリナさんが話しかけてこないのは、俺たち幼なじみ同士の再会を暖かく見守ってくれているわけでもなければ、その姿に感動して涙しているわけでもない。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
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そして、イリスは別に俺たちの再会に水を差したいわけでもない。
遙か前方。
前線基地の辺りに、大量の魔物が降り注いでいるせいだ。
それはまさに、メテオ(魔物)状態だ。
空から降ってきた魔物は元より、その下敷きになった魔物も漏れなく死亡している。
いや、魔物の中には、空を飛ぶことのできる魔物や、物理攻撃の効きが悪い魔物、生命力の高い魔物がいてそいつらは、無事のようだ。
問題はそれを行ったのは誰か? ということだけど。
今こうしている間にも、レベルが上がっているのだから間違いないな。
「――シンシア」
「ずっと空の上に置いておくわけにもいかないし、面倒だったからあっちに捨てておいたわ」
ということらしい。
「――ずびっ……
ん??」
ようやく咲良も異変に気がついたらしく、泣き止んで疑問符を浮かべている。
「って、俺の鎧が大変なことに……」
涙と、鼻みずでぐっちょりだ。
――そしてもっと大変なのは、咲良の顔だ。
「ほら、これで顔とか拭け。ちょっとばかし、お茶の間にお届けできない顔になってるぞ?」
アイテムボックスから、ハンカチを取り出して咲良に渡してやる。
「……ありがとう。
ずびー」
あ、鼻かんだ。
まぁ、ティッシュとかないから仕方ないけど。
「『クリーニング』
――よし、とりあえず、綺麗になった」
「ありがと、こういうところは、便利な世界だよねー」
『クリーニング』をかけてやると、咲良は、すっかり落ち着いたようで、しきりに感心している。
目とぶつけたであろう鼻はまだ赤いままだが。
「まぁ、何にせよ無事で良かった。色々言いたいことや、聞きたいことがあるけど……」
「うん。わかってる。ゴメンね? なんか、うわーってなっちゃって……」
今こうしている間にも、ヘルムエル迷宮方面からは魔物が迫っており、前線基地方面ではそろそろ、魔物の落下が落ち着き始めているところだ。
まぁ、前線基地の方は、土煙や血風が晴れ、視界が回復するまでもう少し時間がかかるだろうが……
まだ、レベルアップのアナウンスは続いており、あの土煙と血風の向こうは未だに地獄絵図であろうことは容易に想像がつく。
「まぁ、状況が状況だし仕方がないさ。よく頑張ったな」
咲良の頭を軽く撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「えへへ。ところで、あれは恭弥がやったの?」
「あー半分は俺、半分はシンシアだな」
そう言って、まだ本来の姿で顕現したままのシンシアに視線を向ける。
「シンシアよ。よろしくね、勇者」
「よろしく! なんか、空に浮いてるし、恭弥と二人であんなこともできるなんて凄いねー」
「ふふーん」
咲良に褒められて鼻高々といった感じで胸を張るシンシア。
「つもる話もあるし、聞きたいことも山程あるが……
今のところ、この辺りの魔物はどかしてあるけど、またすぐにやってくる。とっとと逃げるぞ?」
「ちょっ、ちょっと逃げるってどこに? ここ、このままにしておくの?」
「そうだな……まずは、魔物に荒らされないうちに、ゲルベルン王国に行って、勇者召喚についての資料をあつめるつもりだけど……」
「ねぇ、アレをやったのって恭弥なんだよね? あそこにいる冒険者さんたちを助けてあげられないかな?」
まぁ、人の良い咲良ならそういうとは思っていたけどな。
さて、どうやって言いくるめてここから連れ出そうか……
などと考えていると、
「あの……」
と王女が、おずおずと話しかけてきた。
「わかってる、どこに送れば良いんだ? あそこに見える前線基地か? それとも、都市セーレか?
言っておくが――」
「いえ、それもあるのですが……本当に、アレはキョーヤさんが?」
俺のセリフを遮って、前線基地付近の惨状を指し示しながら、王女がたずねてくる。
「あそこに見える」、とはいうものの10数キロメートルは先だが。
「まぁ、そうだな。といっても俺がやったのは地上の魔物を上空に飛ばしただけで、あっちまで移動させたのはシンシアだけど……
って、咲良はともかく、王女もシンシアと会うのは初めてだったか」
イリスの隣で、本来の姿のまま顕現しているシンシアを見て、おびえを滲ませている。
シンシアの隣にいるイリスは平気そうなので、別に威圧感が漏れているというわけでは無さそうだけど……
「はい。精霊……ですよね? 強力な力を感じます。
キョーヤさん、恥を忍んでお願いがあります」
「……言ってみろ」
「一緒に戦ってはいただけませんか?」
まぁ、こいつの立場なら、咲良が言わずとも、そう言ってくるだろうとは思っていたけどな。
「一緒に戦う……ねぇ……?」
ドゴォ!!
という轟音が、俺の視線の先――前線基地付近に響き渡り、10数キロメートル離れたここにも、その音と振動を伝えてくる。
前線基地付近に残った魔物たちが、俺の【重力魔法】によって地面に縫い付けられている。
血風や砂埃もまとめて地面に吸い込まれたため、前線基地付近の視界は一気に晴れた。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
・
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・
レベルが上がったせいか、それとも、頭痛に耐えながら手に入れた何かしらのスキルかはわからないが、魔力強化なしでも10キロメートル以上先の前線基地の様子が手に取るようにわかる。
今は細かく確認している余裕などないが、視力が上がったというよりは、情報量が増えたといった感じなので、恐らくはスキルだろう。
空が飛べるというだけで、難を逃れたような魔物は、そのまま地面に押さえつけられ、すりつぶされていく。
合わせて致命傷ながらも、ギリギリ生きていたような魔物が、その生命を終わらせていく。
だが、まだ大物が2匹程と、物理耐性のある魔物が残っているようだ。
まぁ、それ自体はどうでも良い。
「――『この力を使って何とかしてくれ』の言い間違いじゃないのか?
この騒動……お前等の世界の、お前等が蒔いた種じゃあないのか?
ゲルベルン王国が仕組んだ? ミレハイム王国は被害者?
言い分はあるだろうがな、勝手に呼んで全部押しつけて、挙げ句一緒に戦ったとでも言うつもりか?」
「そんなつもりは……」
「ちょっと、恭弥言い過ぎ……」
王女が弁解しようとして、咲良が抗議の声を上げるが、俺はゆっくりと首を振った。
「見えていないだろうから説明してやるが……まだ前線基地付近には、やっかいな魔物が2匹と、物理耐性のある魔物が多数残っている。
物理耐性がある魔物は、エレメント系だからあそこにいる冒険者達でも問題ないだろうが……
やっかいな魔物ってのは、一つ目の巨人型の魔物、サイクロプスと、首が沢山ある竜の魔物、ヒュドラだ。
うろ覚えだけど、たしか、どっちもAランクモンスターだったか」
さすがに、2万メートル以上上空から落下して無事で済むとも思えないし、恐らくは、元々前線付近にいて落下してくる魔物に耐えたか躱したかしたのだろう。
咲良以外、全員の表情が固まる。
恐らく、そのどちらか――もしくは両方の魔物を知っているのだろう。
小国を滅ぼすとまでいわれている魔物が2匹。
倒せないこともないとは思うが、相応の被害は出るだろう。
そして、魔物たちは後詰めが控えている状況だ。
雑魚を散らしたからといって、何の解決にもなっていないと言っていいだろう。
「あれは、俺でも無理だろうとでも言いたげだな。こちらから賭け金を吊り上げてやろう。どうせ、あれを倒しても次から次へとやってくるだろうしな。
――先ずはヒュドラからだ。『ゲート』」
転移ゲートを開く。
逃走のためでも、移動のためでもない。
攻撃のためだ。
ゲートの中に、何百発もの『飛刀』を叩き込んでやる。
ヒュドラは、全ての首をたたき落とされ、更に細切れにされて消滅してしまった。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
そして、次にサイクロプス。
サイクロプスは、ゴムみたいに衝撃や斬撃を吸収してしまい、なかなかダメージ与えることができない魔物だ。
だが――
「『ゲート』『ミラーリング』」
大量の転移ゲートを作成し、その中にアイテムボックスから取り出したショートソードを大量に放り込んだ。
ゲートの先は、サイクロプスの体内だ。
いくら体表面が衝撃を吸収しようと、ゲートで直接転移させてしまえば、剣は刺さる。
全身ハリネズミになったサイクロプスは、やがて動きを止め、絶命する。
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
《レベルが上がりました》
いつの間にか、その様子はシンシアによって空中に映し出されていた。
ちょうど、俺がこちらに来たばかりのときに、盗賊たちの様子を教えてくれたのと同じ感じだ。
「おーさすがは、恭弥ね! 私も鼻が高いわ!!」
と、暢気なのはシンシアだけだが――いや、イリスも初めは驚きはしたものの、今はしたり顔でうんうん頷いているが――王女とマリナさんは狐に化かされたかのような表情で、映像を見ていた。
咲良は、不安そうな表情をこちらに向けている。
とりあえず、成り行きを見守ることにしたようだ。
「咲良、お前は、あそこにいる冒険者たちを死なせたくないってだけなんだよな?」
「うん。でも、冒険者だけじゃなく、教会の人や兵士の人たちも含めてだけどね。もちろん、ここにいるアンナたちも」
まぁ、思った通り、咲良が言っているのは、前線基地にいる冒険者たちを助けたい。
王女やマリナさんを死なせたくない。
ってだけだからな。
王女とは違い、ミレハイム王国の存続そのものにはあまり興味がないはずだ。
推察するに、咲良が王女達と一緒にいるということは、一度前線基地まで行ったのだろう。
顔見知りが死ぬのが嫌だと思う感情は俺にもあるし、正直咲良の気持ちは汲んでやりたい。
だが、素直にはいそうですかと手を貸すのはばからしい。
助けるだけなら、あそこにいる人間をどこかに飛ばしてしまえばいいのだから。
「アンナロッテ・フォン・ミレハイム王女」
「はい」
「賭け金は上がった。
人に依頼するには、対価が必要だ。何を差し出せる?
お前自身が差し出せるものは、さっき全部貰ったよな?
――まぁ、口約束ではあったけど。
それに、あそこにいる連中を助けるだけなら、魔物を滅ぼす必要はない。そうだよな? 咲良」
「……なんか釈然としないけど、それはそうだね」
咲良はそう言って頷いた。
王女の表情は変わらなかったが、目の色が絶望に染まる。
「後続の魔物の攻撃もあと数分で届き始めるだろうから、考えている時間もあまりないぞ?
さっき言いそびれたけど、俺はお前から負債を取り立てる必要があるからな。
死なせるようなことはしないし、死ぬような場所へ移動する手助けなんてしないからな?」
そして、数瞬ではあるが重い沈黙のあと、王女はガックリと膝をつきながら。
「……確かに、私にはこれ以上差し出せるものはありません。私の立場で、対価も出せず、こうしてお願いするのは――」
「アンナロッテ様で無理なら、国王様にお願いすればいいのですよ!」
と、アンナロッテの泣き落としを遮ったのは、影のないヤスナだった。




