第66話 戦地急行
久々に恭弥サイドのお話しです。
時間は少し戻ります。
※ながら運転は危険です。絶対に真似をしないで下さい。
劣飛竜国王専用機を手に入れた俺たちは、全速力で爆心地であるヘルムエル迷宮へと向かっていた。
ヘルムエル迷宮までは直線距離で約300キロメートルだ。
劣飛竜騎兵の通常航行速度は時速60キロメートル程と、アスドラより遅い。
だが、本来劣飛竜は時速300キロメートルオーバーの高速飛行を行う魔物なのだ。
この、国王専用機は亜種であるため、恐らくそれよりも速い速度で移動できるだろう。
搭乗者がその速度に耐えることができれば……だが。
メニューを開き、【竜騎乗】スキルのスキルレベルを上げる。
複製でのスキル取得とは違い、レベルに応じた知識が流れ込んでくる。
この知識の出所が一体どこなのか……まぁ、考えても仕方がないか。
元の竜騎乗スキルは、スキルレベル3だった。
そこから、高速飛行・高速起動可能なスキルレベルまで上げて、現在のスキルレベルは5だ。
俺の身体能力なら、時速300キロどころか、音速を超えても問題ないだろう。
今は、俺一人というわけではない。
「シンシア、イリスを守ってやってくれ」
「わかったわ」
シンシアは省エネモードのままの姿で顕現すると、イリスの頭の上にぽすっと乗っかった。
「あっありがとうございます」
イリスは空を飛ぶ感覚に慣れないのか、いつもの覇気が感じられない。
「まぁ、本来なら俺が保護するべきなんだろうけど、荒っぽくなったときに万が一があると困るからな」
「じゃあ、飛ばすぞ!!」
「はーい」
「は……はい……」
劣飛竜はどんどん加速を始め、景色を置き去りにしていく。
景色といっても、少し赤らんできている空と、雲くらいではあるのだが。
このまま行けば、あと1時間もすれば陽が沈み始めるだろう、そんな微妙な時間だ。
当たり前といえば当たり前だが、スピードメーターなどはないため、具体的にどれくらいの速度が出ているのかはわからない。
だが、視界の端に見えるマップがもの凄い勢いでスクロールしているため、そこからおおよその速度を算出することはできる。
アスドラに乗って移動したときの4倍から5倍くらいの速さだろうか?
これなら、1時間かからずにヘルムエル迷宮付近までたどり着くことができるだろう。
さて。
正直、魔物の大量発生にかかわる気はなかったが、そうは言っていられない状況のようだ。
SPを限界まで使って、できる限り態勢を整えた方がいいだろう。
現在のSPは、473ポイント。
SPはレベルが上がったときと、魔物を倒したときに確率で増えるようだし、もう少し気軽に使ってきても良かったかもしれないな。
いや、余っているからこそ、こうして有事の際に必要なスキルレベルを上げることができているとも言えるか。
【時空魔術】
レアリティ7
レベル3→レベル5
消費SP 63(28+35)
【重力魔法】
レアリティ9
レベル2→レベル5
消費SP 108(27+36+45)
【ミラーリング】
レアリティ 3
レベル1→レベル4
消費SP 27(6+9+12)
【風魔法】
レアリティ 5
レベル2→5
消費SP 60(15+20+25)
【炎魔法】
レアリティ 5
レベル2→5
消費SP 60(15+20+25)
【雷魔法】
レアリティ 6
レベル2→5
消費SP 72(18+24+30)
【氷魔法】
レアリティ 6
レベル2→5
消費SP 72(18+24+30)
合計462ポイントの消費だ。
残り11ポイント。
まぁ、これくらいで良いだろう。
武術系のスキルレベルを上げなかったのは、俺の武術がじいさんの武術が主体になっているため、【SP操作】で得られる武術知識が雑音になるんじゃあないかと不安だったためだ。
時間があれば、折り合いをつけるなり、混ぜて独自の技に進化させるなりできるだろうが、いかんせんそうするには時間が足りなさ過ぎるというわけだ。
ん? マップに敵を示す紅点がぽつぽつ現れ始めたな……
ヘルムエル迷宮までまだあるし、こちら側に魔物は来ないはずだが、どういうことだ?
気になって、下を見てみると――
──────────
魔物名
ミストレイス
レベル
11
スキル
HP吸収(レベル1)
MP吸収(レベル3)
憑依 (レベル2)
説明
霧状の身体を持つ霊体の魔物。
夜にしか現れない。
物理攻撃、魔術・魔法の物理特性は全て無効である代わりに、ミストレイス自身からの物理攻撃もない。
ただし、本体に触れると、生命力と魔力を奪われる。
また、精神力が弱いと、憑依され意識と身体の自由を奪われることがある。
憑依されると、物理攻撃が有効になるが、当然乗っ取られた身体もダメージを受ける。
──────────
って、何じゃこりゃあ!?
なるほど。ゲルベルン王国はアンデッドの魔物が多いって話だったもんな。
夜になるたびこんなのが現れるなら、街を作るなんて不可能だな。
まぁ。何にせよ、絡まれると面倒そうな魔物だな。
念のためもう少し高度をとるか。
「主様どうかされましたか?
――あれは、レイス!?」
俺の視線を追ったイリスが、驚きの声を上げる。
「正確にはミストレイスらしいが……見つかると面倒そうだから、少し高いところを飛ぼうと思ってな」
「……そうですね……」
心なしか、顔が青いような……?
高いところが苦手、というか飛ぶのが苦手にしても、さっきまではここまで青い顔をしていなかった。
ふむ、もしかして……
「イリス、幽霊とか苦手なのか?」
「……はい、お恥ずかしながら……アンデッドでも、ゾンビやスケルトンなら大丈夫なのですが、レイス系はどうしても……
斬っても駄目、殴っても駄目となると一体どうして良いのか……」
物理でおはなしできない相手が苦手なのか……
イリスらしいといえば、イリスらしいが……
意外な弱点だな。
†
30分程の航行で、明らかにミストレイスたちとは違う気配を感じた。
マップ上の紅点の動きも、ミストレイスたちのふわふわ漂うような動きではなく、紅点の波が押し寄せるような動きだ。
そして、数秒後には立体交差するだろう。
幸い、こちらの劣飛竜と同じ高度を飛ぶ魔物はいないようだ。
マップを真っ赤に覆い尽くす魔物の大群がミストレイスたちの紅点を蹴散らし、あるいはミストレイスたちに取り込まれながら進軍していく。
こうして、魔物の上空を飛んでもこちらに意識を向けてくることはない。
ただただ津波のような行軍を続けるだけだ。
あのまま直進すれば、城郭都市ヴァルバッハ、もしくは、王都ゲンベルクにぶつかるだろう。
ゲルベルン王国の奴らの場合は、自業自得だけどな。
国民も同罪だろう。
問題は、勇者召喚の儀式を行う遺跡と、ゲンベルク城にあるとマールコアが言っていた、過去の研究資料だけど。
劣飛竜部隊もいることだし、しばらくは保つだろう。……多分。
ほんのり、アレはちょっと無理なんじゃあないかな? と、思わんでもないけど。
マールコアの話では、ゲルベルン王国側に魔物は来ないという話だった。
考えられるのは、咲良が中和剤を使用したか、何らかのトラブルがあり『魔除けの香』の効果がなかったか……
そのどちらかだろう。
そして恐らく、そのどちらであっても咲良が絡んでいるだろう。
「イリス、咲良の……勇者の匂いはするか?」
「いえ……まだ何も感じません」
「そろそろ、ヘルムエル迷宮につく。注意しておいてくれ」
「はい!」
それから10分弱の航行。
俺たちは、ヘルムエル迷宮上空にたどり着いた。
「主様。かすかにですが勇者らしき匂いを感じました。――どうやら、王女とマリナ殿も一緒のようですね。血の臭いは感じませんから、恐らく無事です」
今のところは……か、ここにいた時点では……か。
何にせよ急いだ方がいいな。
それにしても、面倒な2人組が一緒にいるな……
「どっちだ?」
「あちらです」
と、ミレハイム王国の方を指さすイリス。
「良し! 急ぐぞ!」
「はっ……はいっ!」
イリスにしたがって、劣飛竜を急加速させる。
本来であれば恐ろしいGがかかるはずだが、シンシアがうまく処理してくれているのか、俺たちにかかる負担はほとんどない。
かなり高度なことのように思うが、シンシアはイリスの頭の上にぐてーっと乗っているだけで、省エネモードすら解いていない。
「(それにしても、妙だな……これだけの魔物がいれば、さすがに人間一人の匂いなど紛れ込んでしまい嗅ぎ分ける事など不可能に近いのだが……
主様に一度ご相談を――
っと駄目だ駄目だ、集中しないと……)」
「イリス、なんか言ったか?」
ぶつぶつ独り言を言っているようだったが、うまく聞き取ることができなかった。
「いっ、いえ。それより、主様……そろそろです……どうやら、この辺りにいるようです」
イリスに従って急制動をかけつつ、視力を強化する。
遠目にはミレハイム王国の兵や冒険者たちが魔物たちと戦う姿が見える。
見晴らしが良いため、数キロ先でもばっちりだ。
さすがに、前線基地にいる一人一人の顔を見ることまではできないが、眼下を調べるには十分だ。
「どこだ……?」
視線を向けると、魔物たちのスキル、経験が一気に押し寄せて来た。
見れば、魔物同士戦い喰らい合って成長を続けながら移動しているようだ。
身体が軋み、頭が割れるように痛い。
思わず叫びそうになるが、何とか堪える。
《ヶ@€ぇヵ€C@ぅぇヶ》
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《ぃACヵ€ι@ぁぇAぃぅξ》
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スキルレベルアップを告げるアナウンスも、重なり合いすぎて何を言っているのかわからない。
――――っ――――……
っはっいかんいかん。
痛みに思考を支配されそうになり、慌てて、視線を戻す。
それでも、しばらくは身体に流れ込んでくる経験と、スキル、そして、頭痛と身体を蝕む痛みに耐える必要があるだろう。
「――くっ……イリス、わかるか?」
「すみません、これ以上は魔物たちの臭いが邪魔をして細かく追うことは……」
仕方なく視線を下に向けるが、またもや頭痛と共に身体が悲鳴を上げる。駄目だ吐きそうだ……
痛みには慣れているつもりだったが、全身を引き裂かれるような痛みなど、経験がない。
脳みそを直接かき回されるような頭痛もだ。
後になって冷静に考えてみれば、【取得】をマニュアルに変えれば良いだけだったのだが――
――この時の俺はそうするだけの判断力を残していなかった。
「ええいっ! うっとおしい!!」
魔力を大量に注ぎ込んだ大規模な転送ゲートを作り出す。
転送対象は、人間以外……いやマップ上の紅点すべてだ。
そして更にそれをミラーリングで増殖させ、魔物どもに叩きつける。
転送場所は、俺たちの更に上空だ。
転送ゲートで移動させることができる場所は、自分が行った場所。
より正確には、自分の視界に入ったことのある場所だ。
強化された視力で空を見上げ、飛ばせる範囲で最も高い位置に飛ばす。
「シンシア、後の始末は任せた!」
「また、無茶をするわねぇ? うーん、でもアレはちょっと骨が折れるわね……
よいしょっと。魔力ちょうだい?」
「――好きなだけ持っていけ!」
「まぁ、こんなにも要らないけどね」
本来の姿に戻りながら、あきれ顔をするシンシアを黙殺し、魔物たちがいなくなった空間を探す。
地表には何もない。
「そうだ!? 主様! 恐らく空です!」
言われて地表より少し高い位置に視線を向けると、今にも落下しそうな劣飛竜の姿があった。
遅くなりました。




