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第63話 真実公表

 空に浮かぶ人影は、冒険者たちの上空まで来ると、劣飛竜(ワイバーン)を地上に降ろすことなく、単身空に身を躍らせた。

 

 肉眼では視認が厳しい程の高度から飛び降りたのにもかかわらず、気負った様子もない。

 まるで階段を降りるかのような気やすさだ。

 その人影が羽のようにふわりと着地するまで、その場にいる者たちはただ呆然と見守るしかなかった。

 

「アンナーさっきぶりー」

「ああ、やはり、サクラ! 無事だったのですね」

「勿論よ! それに、こうしてバッチリゲルベルン王国対策も持ってきたし……」

 

 そういって、人影――もとい、咲良は腰につけた魔法の鞄をポンと叩いた。

 

「それはどういう……? それに、キョウ……」

 

 そうアンナロッテが訊ねようとしたところで――

 

「すみません、少々よろしいですか?」

 

 困惑を隠す様子もないマリナが、割って入った。

 アンナロッテは自分の疑問を晴らすタイミングを完全に逸した状態だ。

 しかしながら、困惑しているのは当然マリナだけではなく、冒険者たち僧侶たちその全てだ。

 彼等の代弁をするかのようなマリナの表情に、漸く自分の過ちに気がついたアンナロッテは、ペコリと頭を下げ、

「ああ、ごめんなさいつい……」

 

 とばつが悪そうに笑った。

 

 それを受けて、咲良もマリナに視線を向ける。

 

「私は、咲良。よろしくねー

 っと、いけないいけない、時間がないんだった。

 ――ところで、アンナ、ここにいる皆さんはどこまで知ってるのかな?」

「私は何も説明していませんから、恐らくはまだ何も……」

「じゃあ、そこからかな? 私がまとめて話すから、アンナはお膳立てだけお願いね?」

「あっあの……」

 

 マリナの当惑が解消されることなく、話はポンポン進む。

 

「マリナ、彼女自身がキチンと説明してくれますから、今は……」

「わかりました」

 

 そう言って、マリナが引き下がったのを確認すると、アンナロッテは冒険者、僧侶に向かい大きく息を吸い込んだ。

 

「皆さん! 私が勇者召喚で召喚した、勇者サクラから皆さんにお話しがあります!

 魔物の大量発生に関する重要な説明です。ご静聴下さい!」

 

 勇者のくだりで一瞬ざわついたが、敵かと思っていた者の正体がわかったためか、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

 アンナロッテが2歩下がり、咲良が前に出る。

 

「あー皆さん、ご紹介にあずかりました、咲良です」

 

 アンナロッテとは違い、別段声を張り上げている訳でもないのにもかかわらず、その声は、隅々にまでしっかりと響き渡った。

 

 拡声器やそれに類する魔道具を使用している様子はないのにもかかわらず。

 

 そんなところで、勇者が勇者である所以を発揮する咲良に、一部の冒険者たちは感心と驚きの表情を向けるが、その驚きは次の瞬間には別な意味へと代わり全員に伝播した。

 

 咲良から語られたゲルベルン王国の陰謀は、一見突拍子もないものだった。

 しかしながら、現在の状況の全てが、咲良の話が全て事実であると裏付けていた。

 

「新型の『魔寄せの香』と『魔除けの香』これらを使って魔物を進化させ、魔物を増やし、そして進路を操作しています。そして、その『中和剤』なるアイテムを手に入れてきました。恐らくこれを使えば、『魔寄せの香』と『魔除けの香』の効果を打ち消すことができます!」

 

 そう、咲良が締めくくると……

 

 おおおおおおおお!! !!

 

 と歓声が上がる。

 だが、それに冷や水を浴びせる声が、冒険者側から放たれた。

 

「まぁ、それも、その中和剤が本物なら……だな」

「『よしんば、本物であったとしても、作戦に組み込むならすぐに話し合いを始めないとですねぇ』」

 

 ギリクと、ギルドマスター(アヒルのぬいぐるみ)である。

 

「本物かどうか……は、実際に試せば良い。持ってるんだろ?」

 

 新型の『魔寄せの香』に関しては、被害報告も寄せられており、冒険者ギルドとてただ指をくわえて何もしなかったわけではなく、現物をいくつか入手し研究を始めたところだった。

 

「『抜け目がないですねぇ。ですが、『魔除けの香』はありませんね。ハインツエルン王国以外では使用された形跡がないのと、使ったのが1パーティだけということもあって、詳しく情報が上がってきていないんですよね。個人の能力をギルドが詳しく詮索しすぎるのも良くないですから』」

 

「はい。ちょっと良いか?」

 

 女性冒険者が、挙手をし発言を求めた。

 それは奇しくも、恭弥がヘルムントで出会った冒険者、ディアンダだった。

 

 恭弥から都市セーレの状況を聞き、パーティー全員で地竜便をほとんど休まずに飛ばして都市セーレまで遙々やってきていたのだった。

 ディアンダのパーティの隣には、恭弥が似ていると評したメロの姿があった。

 

「『どうぞ』」

「私は、ヘルムントを拠点に活動している冒険者、ディアンダだ。その新型の『魔除けの香』についても少し情報を持っている」

「『――実物を持っているのですか?』」

「それは持っていないが、効果は知っている」

「『なるほど、それでは勇者サクラの話の裏付けを取ることはできても、中和剤の真偽判定までは無理そうですね』」

 

 ギルドマスターは少し落胆したようだったが、咲良は、「んふふふ」と不敵に笑って、魔法の鞄から何かを取り出した。

 

「そんなこともあろうかと、念のため『魔寄せの香』と『魔除けの香』も少し持ってきたわ」

 

 見事なまでのどや顔だったが、ギルドマスターはむしろ感心したようだった。

 『魔寄せの香』をギルドから持ち出さなくて良くなったため、喜んでいるだけかもしれなかったが。

 

「それじゃあ、とっとと、実験しちまおうぜ。

 ええと、ディアンダって言ったな? 効果が合ってるかわからねぇから、お前も実験に付き合ってもらうぜ?」

「元よりそのつもりだ」

 

 

 

 †

 

 

 

 都市セーレから少し離れた位置にある魔物の領域に、ギリクやギルドマスターを筆頭とした冒険者ギルドの代表者数名と、マリナたち教会の僧侶の代表者数名が、中和剤の実験とこれを使用した作戦会議のために集まっていた。

 そのどちらでもないが、アンナロッテと咲良の姿もあったが、それ以外は彼等が乗ってきた馬や地竜が居るだけだ。

 

「まぁ、実験は成功ですね」

「そうだな。『魔寄せの香』の効果も『魔除けの香』の効果もは思った以上だったが、それぞれの中和剤を散布したらすぐに効果は消えたしな。

 併用しても問題ないこともわかった」

 

 結果からいえば、実験は成功だったといえる。

 

 『魔寄せの香』を使用した途端、大量のホーンラビットが襲いかかってきたが、

 『魔除けの香』の範囲に入ることはできなかった。

 

 そして、中和剤を散布すると、まるで冗談のように効果がぶつっと消滅した。

 『魔寄せの香』用の中和剤、『魔除けの香』用の中和剤、両方を同時に使ったが、問題なく両方の効果が発揮されるようだ。

 

 ホーンラビットは本来、冒険者など戦闘力のある人間を見ると逃走する性質を持っている。

 『魔寄せの香』での凶暴さを失ったホーンラビットは、ちりぢりに逃げていった。

 

 本来であれば、逃がさず倒すべきだが、今はその手間すら惜しい面々である。

 

 

「ですが、『魔寄せの香』で増えた魔物はそのまま残るようですね……」

「まぁ、そのあたりは使いようだと思いますよ? 少なくとも、これ以上増えないというのはありがたいですよ」

 

 と、口々に現象を語り、次第に作戦会議へとシフトしていく。

 

「それに、『魔除けの香』の効果を消滅させれば、少なくともミレハイム王国だけに魔物が向かってくるということはなくなります」

「いつも通り、ゲルベルン王国と半分こってわけか」

「あっちは、まともに準備もしていないだろうからな。大変なことになるだろう」

「はん! 自業自得だろう」

 

 一般市民には罪が……とか、罪もない人々を……というセリフは双方から出なかった。

 教会関係者からすると、本来それはあり得ないことだったが、それほどまでに(はらわた)が煮えくり返っていると、そういうことだろう。

 

 

「うまく中和剤をつかえば、ゲルベルン王国にだけ魔物を向けることもできるんじゃあないか?」

「今からそんな細かい計算して作戦をたてられるってのか? ああ?」

「すまん、無理だな……」

 

 ひとまず議論も落ち着いたところで、ギルドマスターが取りまとめに入る。

 

「『では、ヘルムエル迷宮とその周辺に赴いて、中和剤を使い『魔寄せの香』と『魔除けの香』の効果を中和するということでよろしいですか?』」

「問題は、私自身ヘルムエル迷宮に行ったことはありませんので、皆様を送ることができないということですが……」

 アンナロッテが申し訳なさそうにする。

「私が、一度劣飛竜(ワイバーン)に乗せて連れて行くから、そこで呼べば良いかな?」

「『……それしかないでしょうね。ですが、前線基地やレトナーク要塞にも人を送らなければなりません。むしろ、そちらが最優先事項であることは変わりません。

 ――大丈夫ですか?』」

「はい」

 

 アンナロッテは、真っ直ぐぬいぐるみのつぶらな瞳を見据えて、頷いた。

 

 この作戦でのアンナロッテの役割は、前線基地および、レトナーク要塞、そして、ヘルムエル迷宮に冒険者を送ること。

 そして、ヘルムエル迷宮での作戦が終了した後、冒険者たちを前線基地に再度送ること、および有事の際に緊急待避させる役割だ。

 

 だが、緊急時に長距離転移で移動できるのは本人以外だけだ。

 自身は逃げることも叶わず、そのまま最前線中の最前線に放り出されることを意味している。

 

 それら全てを理解した上での、首肯だ。

 それら全てを覚悟した上での、首肯だ。

 

 18歳にも満たない少女にできる目だろうか?

 18歳にも満たない少女にできる表情だろうか?

 

 ギルドマスターは通信媒体越しであるのにもかかわらず、アンナロッテに引き込まれそうな自分に戦慄した。

 アンナロッテが、民や下級兵士たちに愛され、有力貴族たちに疎まれるその一端を感じ取らされたのだった。

 

(人(たら)し……ですか。確かに、恐ろしい方ですね。今なら、来ると信じていたマリナさん(彼女)の気持ちがわかる気がしますね)

 

「さて、そうと決まりましたら、街へと戻り皆さんを戦地へとお送りしましょう」

「『……そうですね、ヘルムエル迷宮へと向かうメンバーも選抜しなければなりません』」

「じゃあ、アンナは私の劣飛竜(ワイバーン)に乗せて移動させるわね」

「はい、転移ゲートは劣飛竜(ワイバーン)に乗ったままでも、設置できますので、私たちはそのまま、ヘルムエル迷宮へと向かいましょう」

「あーそうねぇ、ちょっとあそこに、劣飛竜(ワイバーン)を降ろすのはたいへんだしね……」

 

 冒険者や、僧侶、それに有志の市民が集まっている都市セーレ前は、物資やら人やらで溢れかえっており、劣飛竜(ワイバーン)を降ろすような場所はない。

 そのため、咲良もわざわざ飛び降りるような真似をしたのだった。

 

 咲良が劣飛竜(ワイバーン)に向かって手を振ると、ゆっくりと旋回しふわりと降りてきた。

 

 冒険者や僧侶達も馬や地竜に乗り、地響きを立てて都市セーレへ戻っていく。

 

「じゃあ、飛ばすからね! しっかり捕まってるのよ?」

 

 そう言って、劣飛竜(ワイバーン)がゆっくりと離陸し空へ向かって羽ばたく。

 

「はいっ!

 ……ところで、キョーヤ様は一緒ではないのですか?」

 

 ようやく聞けたとばかりに、訊ねるアンナロッテだったが、次の瞬間、劣飛竜(ワイバーン)が急に、斜めを向き悲鳴を上げることとなった。

 

「きゃあ!!」

「わっと。ゴメンゴメン。急に、恭弥の話なんてするから……

 どこで恭弥のことを……って、初めてアンナに会ったときに私から聞いたんだっけ?

 まだ見つけてないよ? っていうか、中和剤を奪って来ただけだし、恭弥を探したりする時間はなかったよ」

「いえ、そうではなく、トウドー・キョウヤさまと仰る方が、サクラを探すためゲンベルクへと向かったのです」

 

 少しの間隙。

 

 そして――

 

「ええええ!!」

 

 咲良の驚きの声が、大空に響き渡った。

 

 

 

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