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第61話 大会議

 時は少し遡る。

 恭弥とヤスナ、続いてイリスが城郭都市ヴァルバッハにたどり着いた頃。

 

 ミレハイム王国、都市セーレでは、魔物の大量発生の対処に追われていた。

 

 女神の巫女(マリナ)によってもたらされた情報は、遠隔通信の魔道具を通して王都シュテートへと伝えられた。

 第一報を届けられた冒険者ギルドおよび教会も、当然事態を把握している。

 これはマリナが女神の巫女というだけでなく、公爵令嬢であるということも相俟(あいま)って、情報の伝達自体は滞りがあるどころか順調すぎるほど順調だった。

 

 

 魔物の大量発生自体は、数十年という長めの周期で以て繰り返されてきた事象だ。

 そのため対処方法も十分に確立されている。

 さらに、今回は女神の巫女であるマリナのおかげで、その発生がわかっている。

 準備は滞りなく進んでいた。

 

 しかしながら、それはあくまで過去と同規模であった場合だ。

 

 マリナからもたらされた、国を滅ぼすほどの魔物の大群。

 それに対抗するための準備など、(おこな)っているはずがなかった。

 

 不幸は続く。

 

 過去の魔物の大量発生は、絶え間なくEランク程度の魔物が押し寄せ、その中に時たまCランクの魔物が混ざるといった形であったため、人間側も戦力を逐次投入し、戦闘継続時間を延ばす作戦だった。

 そのため、都市セーレをすぐに出発可能な戦力は少なく、戦端を切ると同時に総力戦が予測される今回の魔物の大量発生への対処が難しい状況となっている。

 

 現在、ミレハイム王国の王都シュテートではこの未曾有の災害に対する対処方法と、既に役に立たないことが判明した作戦の練り直しを名目とした会議が開かれていた。

 

 

 床どころか、壁に飾っても問題ないような、ペルシア絨毯のように雅な、真新しい絨毯。

 それと対比するかのような、重厚で歴史を感じさせる木製の会議机。

 バロック調の雅やかな椅子。

 刺繍によって作られた国旗と軍旗が飾り付けられた壁。

 窓を覆う豪奢なカーテン。

 

 それら全てが対外的な見栄を存分に含んだ、大陸内随一の国力を誇るミレハイム王国が誇る大会議室だ。

 教会の、計算され尽くした優美だが決して華美ではない様相とは正反対の、国力と財力をこれでもかというほど顕示させる、見ようによっては趣味の悪い部屋である。

 

 

 第一王子、第二王子を初めとしたミレハイム王国の有力貴族が集まり唾を飛ばしていた。

 大会議室はまさに、喧々囂々……いや、喧々諤々といった様相だ。

 

 全員が仕立ての良い、煌びやかな服に身を包んでいるが、内二人は群を抜いて華美だ。

 第一王子エリオネル・フォン・ミレハイムと、第二王子シュリック・フォン・ミレハイムである。

 

 そして、上座には先の二人のような華美さこそはないが、仕立ての良さだけは群を抜いた衣装に身を包んだミレハイム国王、レンダリル・フォン・ミレハイムの姿があった。

 

 この会議における最終意思決定者であるはずの国王は、眉間にみっちりとしわを寄せ黙したままだ。

 その表情からは、彼の考えを読み取ることは難しい。

 

「そもそも、公女マリナからの情報は事実なのかね?」

「事実ではないと思いそうおっしゃるのなら、ハインツエルンに疎開させた御子息を呼び戻されてはいかがか?」

「卿、そう彼を責めるものではない」

 

 男は、言葉を切って周りを見渡し、空席に視線を向ける。

 

(しん)に責めを負うべきは、他にいるでしょう」

 

 男が糾弾すると、周りの貴族たちも待ってましたといわんばかりに追従する。

 

「そう、その通り。たまたま、旅行に出かけているなど、もう少しうまい言い訳をすれば良いものを」

「デルリオ公など、この会議を『時間の無駄だ!』と斬り捨てたそうではないですか。いくら王の血族だからといっても、我がままが過ぎるというものです」

 

「叔父上は、公女の()()()()をするために都市セーレに向かったのです。そう、責めるものではない」

「さすがは、エリオネル様! 寛大でございます」

 

 第一王子のセリフに、殊更感動しかのように、彼の隣に座る貴族が声を上げる。

 そして、さらにその隣の貴族が追従する。

 

「全くです。女神の巫女が最初からそのように予言をしていれば……」

「このタイミングで追加の予言を持ってくるなど、何を考えているのやら……」

 

 そうして、女神の巫女(マリナ)への悪態が伝搬する。

 全員がひとしきり、悪態をつき終わったタイミングを見計らって、第二王子が皮肉げに発言する。

 

「その、不甲斐ない従姉妹が立てた作戦では、妹の力を使い、冒険者たちを前線に送るとか?」

 

「だが、肝心要(かんじんかなめ)のアンナロッテは、ゲルベルン王国に行ったまま戻ってこずと」

 

「はぁ、だからゲルベルン王国に送るのは反対だったのです。

 まったく、こんな時期にアンナロッテ王女殿下をゲルベルン王国に送るだなんて、一体誰が言いだしたのやら……?」

 

 第一王子の太鼓持ち貴族のセリフで、第二王子に視線が集まる。

 

「積極的に反対をしなかったのは、()()()()()の落ち度ではありますが……ゲルベルン王国行きを決めたのは、他でもない妹自身ではありませんか?」

「その際、シュリック様は個人的にアンナロッテ様を呼び止め、かの国に向かう危険性を説かれたとか? エリオネル様はいかがでしたでしょうか?」

「ふん、公式の場でない発言などいくらでもねつ造できる。それが、この場で何の意味があると言うのだ?」

「これはプレナーク公。貴方ともあろう方が、異なことを。シュリック様が嘘つきだとおっしゃるのか?」

「……そうは言っていない。一般論を述べただけだ」

 

 プレナークと呼ばれた貴族がそう言って押し黙ると、会議室を沈黙が支配する。

 

「それで、アンナロッテ様をお連れすることは可能なのですかな?」

「従姉妹の話では、冒険者と王女付きの護衛が迎えに行っているようですね」

「して、その冒険者のランクは? 現在、都市セーレの高ランク冒険者は街を出ることを禁止しているはず。場合によっては……」

「Cランクだそうですよ?」

 

 嘲るような第二王子のセリフの後、数瞬の間隙を置いて、会議室を笑いの渦が包み込んだ。

 

「たかだか、Cランク冒険者と、半端モノの隠密に何ができるというのだ! シュリックも冗談がうまくなったものだな?」

「元より、兄さんよりはうまいつもりですが……事実ですよ?」

「論外だな」

 

「それではどうされますか?」

 

 貴族の質問に、第一王子は皮肉げに笑う。

 

「ゲルベルン王国に抗議文でも出しておけ」

「やはり兄さんの冗談は、センスがないですねぇ」

 

 

 以下()()は続く。

 

 

 

 †

 

 

 

 そして、都市セーレでも、会議が行われていた。

 

 会議の参加者は、冒険者たちと教会に所属する僧侶たちだ。

 

 当然、この会議に参加しているのは、各々の代表者数名という事になる。

 

 近隣に規模の大きい迷宮を有し、迷宮の発生も頻繁であるため、「大陸内で最も冒険者が集まる街」と広く知られている都市セーレ。

 その街に滞在している冒険者や、新たにやってきた冒険者の移動を禁止している現在、ただでさえ多いその人数は爆発的に増えている。

 

 本来であれば、弱い魔物を継続的に倒すことができるという、ある程度戦闘に自信がある冒険者にとっては、“ボーナスイベント”だ。

 不謹慎を承知で言うなれば、何十年に一回のお祭りだ。

 

 わかっていて集まってきているのだから、「魔物が強いからやっぱり逃げます」というわけにもいかない。

 それでも、強制参加させられるのはBランク以上の冒険者だ。

 ある程度腕に自信がある彼等は、恐れるどころか戦意を高揚させていた。

 

 それに触発されるかのように、下位の冒険者たちも今のところはやる気を見せていた。

 

 対して教会だが、都市セーレにある都市セーレ産業区教会(冒険者ギルド近くの教会)は、冒険者たちから供給される過分なまでの()()によって、大陸全土に存在する教会の中でダントツに潤沢な資金を有する。

 当然それらは大陸全土に広がる教会に分配されるが、全てがそのまま分配されるわけではなく、当然、その多くは都市セーレ産業区教会の運営資金や、改修・改装費用に充てられる。

 それ故に、建物やその設備も、中で働く僧侶たちのレベルも、教会の総本山を優に超えている。

 

 女神の巫女が所属しているという時点で、そのありようが窺えるといえた。

 

 普段であれば、教会は称号の更新や、神聖魔術による治療で冒険者の補助を行い、冒険者はその対価として寄付金を支払う。

 そのような形で持ちつ持たれつの関係を築いている両者だが、魔物の大量発生時には少し有り(よう)が変わってくる。

 

 魔物の大量発生時、冒険者ギルドは戦闘と補助を担当し、教会はその神聖魔術を使って救護を担当する。

 共に、戦場に立って戦う仲間となるのだ。

 

 どちらも魔物の大量発生へ立ち向かうには必要な戦力であり、互いに頼もしい仲間であるはずだが――

 今この両者の意見は真っ二つに割れていた。

 

 

「だからよぉ、来るかどうかもわからんような姫さんを待ってて間に合わなくなったら、一体全体どうするつもりなんだ?」

 

 と、冒険者がつばを飛ばす。

 

 歴戦の猛者たる彼等の前に立ち声を荒らげられると、気の弱い者であるならば白いものも黒だと言いたくなるが、彼等の対面に座る僧侶たちはそよ風程にも感じていないようだ。

 冒険者サイドには、会議の緊張感を削ぐアヒルの人形が置かれている。

 愛くるしいその人形は、筋骨隆々の男たちの中にあって、一層の場違い感を放っていた。

 

「レトナーク要塞まではどれだけ急いでも16時間はかかります。今すぐに出発したところで、13時間後には前線基地どころか、レトナーク要塞にすらたどり着くことはできないと言っているのです」

「それに、今すぐ出発可能な冒険者は何人いるのです? 教会は、第二陣と共に出る予定でしたし、神聖魔術なしで国を滅ぼすほどの魔物たちとやり合うおつもりですか?」

 

 と、このように双方の意見は割れているが、「王都から届けられる()の命令を待つべきだという意見を持たない」といった点では互いに意見が一致していた。

 

 この会議、重大な軍規違反のように思えるかもしれないが、対魔物戦において協力を求められた場合、冒険者ギルド及び冒険者はその協力を拒むことは難しい。

 しかしながら、独立行動の権利が認められている。

 それは、 国同士の戦争に冒険者が持つ戦力を利用させないための措置だ。

 

 付け加えるなら、戦力を無償提供するものでもない。

 条約で決められた金子(きんす)を冒険者ギルドに納める事ができなければ、冒険者ギルドは協力を拒否することができる。

 

 そして、これは教会にも同じ事が言える。

 どちらも、本来は国家の縛りのない独立した組織なのだ。

 

 下手に難癖をつけて、追い出す結果になった場合、国に帰属意識の少ない冒険者や僧侶より、国が被る損害の方が大きい。

 

 

 

 そして、愛くるしい姿の人形が、沈黙を破る。

 

「『そうだね、さすがに第一陣のメンバーだけでのこのこ出かけていっても、死体を増やすだけだろうね』」

「ギルド長!!」

 

 目を剥く冒険者と、喜色を浮かべる僧侶だったが、アヒルのセリフは続く。

 

「『ですので、今すぐ全員で準備して出かけましょう。急げば4時間ほどで準備はできるでしょう。

 前線基地で迎え撃つことは不可能ですが、魔物の進軍速度から考えて、恐らくレトナーク要塞での総力戦には間に合うでしょう。

 規模が大きくなればなるほど、遅くなることはあっても早くなることはないので、それで十分間に合うと思いますよ?

 まぁ、恐らく王都からの命令は間に合わないので、前線基地を捨てるこちらからの提案には難色をしめすでしょうが、国軍(彼等)も犬死には嫌でしょうし、最終的にはこちらの意見が通るでしょう』」

「ですが……」

 

 僧侶たちは難色を示すが、アヒルはたたみかける。

 

「『どちらに転ぶにせよ、準備は必要です。とすれば、このまま会議を続けていても、時間の無駄でしょう。

 ――それとも、教会の方たちは時間切れを狙っているのですか?』」

「そっそんなことは……」

 

 図星をつかれたとばかりに、言葉につまる僧侶。

 

「『準備ができるまでは、第三王女殿下のご帰還を待ちましょう。それまでに帰還されればよし、そうでなければ、たとえ牛歩となっても向かわなければ。手遅れになってから後悔しても仕方がないのですから』」

 

 折衷案とも取れる、アヒルの提案に冒険者側も教会側も異論はないようだ。

 ――内心はどうであれ。

 

「よっしゃ! そうと決まれば、とっとと準備するぞ!!」

「市民にも協力を呼びかけましょう。冒険者と教会だけでなく、全員の力で以てことに当たるべきでしょう」

「箝口令はいいのか?」

「――人の口に戸は立てられませんからね」

「ははっ、違いないな」

 

 そう言って、お互いイタズラ小僧のように笑い合い、アヒルからは呆れの混じったため息が漏れるのだった。

 

 

 

 

 

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