第60話 飛び立つ
二つの足音が通路にこだまする。
【忍び足】を捨てての疾走だ。
加減をしているとはいえ、イリスがしっかり付いてきていることに内心感心しつつ出口まで急ぐ。
通路は、一本道ではあるが、随分と長い。
まぁ、街の入り口付近から王城まで続いているのだから、それ相応の長さがあって然るべきなのだろうが。
恐らくこの通路は、先ほどの研究室や、マールコアの研究室のような隠し部屋だけでなく、王城からの緊急脱出通路でもあるのだろう。
そのせいか、人の気配が全くない。
駆け抜けることしばらく。
壁から漏れる仄暗い紫色の光、それ以外の明かりが見えてきた。
「見えてきたな」
「っ……はい……」
やはり、少し辛そうか?
ここで体力を使い果たしても仕方がない。
ペースを落とすか……
「主……様……大丈夫……です。足手まといには……はぁはぁ……なりませんから……」
「わかった、もうすぐだから頑張れ。けど、こんなところで体力を使い果たすなよ?」
「……っ、はい……」
と、そうこうしている内に、出口にたどり着く。
「よし、着いたぞ。よく頑張ったな」
「……はぁはぁ。はい……」
うーん。
回復魔法じゃあ、傷は治せてもスタミナまでは戻らないからな。
「落ち着くまで待っててやりたいが、時間が惜しい。いけるか? 無理そうなら、先に俺だけで――」
「いえ、大丈夫です」
「そうか、なら上がるぞ?」
そういって、出口の階段を上る。
出入り口になっているのは、どこかの庭のようだ。
ふと横を見ると、乱雑に外された石畳が置かれている。
本来、この出入り口はこの石畳で隠されているのだろう。
マールコアが通ったときに、一人だったから閉めることができなかったのか、それとも、閉める気すらなかったのかはわからないが、出入り口はむき出しのままだ。
まぁ、閉めてやる義理はないので、放置でいいだろう。
【気配察知】で、劣飛竜の気配を探る。
「……あっちだな」
人間のものにしては、かなり大きい気配を感じる。
「はい、あちらから劣飛竜の臭いがします」
「よし、じゃあ、行くぞ」
†
「なんつーか、無駄に豪奢だな」
劣飛竜がいるという竜舎は、俺がゲルベルン王国に来てから見た建物の中で、ヴァルバッハ城に続いて豪奢な建物だった。
いや、実際はそこまでの差異はなく、もしかするとこの竜舎の方に軍配が上がるかもしれない。
ヴァルバッハ城が城郭的な見栄えの良さだとしたら、この竜舎は神殿的な見栄えの良さと方向性が違うからだ。
まぁ、単純に広さという意味では、空軍基地の建物に軍配が上がるだろう。
しかし、見た目の豪華さなら、ダントツでこちらの竜舎だ。
全体的に石造りの壁だが、壁面には等間隔に竜に跨がる騎士の絵が彫られ、額縁代わりに、モザイク装飾が施されている。
また、柱にはロココ調の繊細な石彫刻が施されており、とても雅だ。
隣に馬小屋に近い建物があるところをみると、全ての劣飛竜がこの豪華な竜舎に住んでいるわけではないのだろう。
特別な個体だけ――つまり、王専用の劣飛竜のみがこの豪華な竜舎にいるということだ。
それが証拠に、今この王城にいる唯一の劣飛竜らしき気配は、この竜舎の中から感じる。
「まぁ、動物ってのはどちらが上かってのをわからせれば、大体はそれでことが足りるもんだ」
劣飛竜は、魔石があるため生物的には魔物になるらしい。
動物の道理が、魔物に通じるかはやってみないとわからないけど。
普段は体内に抑えている魔力。
それを、少しずつ解放していく。
好き勝手に暴れさせれば、物理現象にまで発展するそれを、身体に纏うように解放、その後、回収し、体内を循環させ、練り上げる。
そしてまた解放、回収、循環、練り上げ。
それを、滞りなく繰り返す。
日本では、魔力ではなく氣で何度も繰り返した技術だ。
地球のときは、何の効果もないはずの少ない氣を、活術や殺術として効果を発動するように練り上げる技だった。
だが、今のこれは――ただでさえ膨大な俺の魔力を、自分自身で喰らい、吸収し、肥大させていく――ただただ凶悪な行為だ。
「《わお。恭弥、凄いことになってるわね! 今なら、魔力撃1つでこの竜舎ごと吹き飛ばせるんじゃない?》」
「そんな物騒なこと言うなよ、シンシア。ただ会ってお願いしに行くんだけなんだから。
――研究室の件だけど、問題なかったか?」
いつの間にか、顕現を解いたシンシアが俺の傍に来ていた。
「《ええ、バッチリよ!》」
「ありがとう。シンシアには、世話になりっぱなしだな」
「《えへへ、言ったでしょ? 凄い精霊だって。まぁ、それに私も恭弥の魔力をもらっているおかげか、妙に調子がいいのよね。ってわけで、どんどん頼ってくれていいわよ!?》」
――ああ、全く大した奴だよ。
得意げに胸を反らすシンシアを直接褒めるのが照れくさくて、心の中だけで褒める。
「さて、かち込みに行くぞ!」
と、気合いを入れた瞬間――
ズゥドオオオオォォォンン!!
という音が、遠くから響いてきた。
次いで、それに数瞬遅れて地響き。
推測される震源地から考えると、これは――
「《あらあら、魔物の大量発生が始まっちゃったみたいね》」
「おいおい、マリナさんの予言まであと2時間位は……
って、そういうことか。マリナさんが予言したのは、魔物の大量発生が起こる時間ではなく、ミレハイム王国に魔物が到達する時間だったってことなのか?」
「いっいえ、彼女の話では、確かに発生時間だと言っていました」
ふむ。イリスがこの場でマリナさんを庇う理由もないから事実なのだろう。
「となると、考えられる原因は、ヘルムエル迷宮に向かったと思われる咲良だけど……
迷宮の近くで中和剤を使ったからと言って、発生時間が早まる筈がないよな。
――こうなったら、一刻の猶予もない。さっさと、劣飛竜を捕まえるぞ!」
そうして俺は、劣飛竜に舐められないように、焦りを隠したまま――見かけだけは勇ましく竜舎にのりこんだ。
劣飛竜は、巨大な身体を更に大きく見せるかのように翼を広げて俺たちを待ち受けていた。
それがなかったとしても、通常の劣飛竜より二回り程大きい。
「グゥルルルルルウゥ」
だが、完全に警戒されている。
……当然といえば当然か。
いきなり、全力で喧嘩を売りながら入ってきたわけだしな。
でも、威嚇するだけで襲いかかってくる気配はないな。
これならと、至近距離から観察してみる。
うん。やっぱり、空軍基地やハインツエルン王国国境で見たどの劣飛竜より大きいな。
劣飛竜自体、こうして近くで見るのは初めてだけど、若干色が黒っぽいような気がする。
もしかすると、亜種かもしれない。
「『劣飛竜、俺に従え。
――伏せろ!』」
魔力を少し込めて、調教スキルを発動させる。
俺の命令に従って、伏せるように見えたが――
「グゥゥゥゥ」
と唸り、レジストされてしまった。
どうやら魔力が足りなかったようだ。
劣飛竜だけの力というよりは、この竜舎自体がレジストを手助けしているみたいだな。
更に魔力を練り上げ、殺気に混ぜてぶつけてやると、気圧されたかのように、一歩後ろに下がった。
正面から叩きつけ続け、抵抗する気力を奪っていく。
何か、この劣飛竜……若干涙目になってないか?
「もう一度言うぞ? 『劣飛竜、伏せだ』」
そう言って、もう一段叩きつけている殺気を強め、魔力を高めてやる。
すると――
「ぐるるぅ」
と、軽く喉を鳴らすと、羽を閉じ、地面に伏せ、頭を垂れて恭順を示した。
羽を広げ首を上げているときには見ることができなかったが、背中には、おあつらえ向きに鞍が取り付けられているようだ。
俺に奪われるため……ではなく、本日これから騎乗予定があったのだろう。
「『俺に従うつもりなら、しっぽを上げろ』」
そう言うと、伏せって頭を垂れたまま、ゆっくりとしっぽを上げた。
《スキル【モンスターテイム】を取得できるようになりました。取得する場合は、SP操作から取得してください》
《スキル【契約破り】を取得できるようになりました。取得する場合は、SP操作から取得してください》
【モンスターテイム】が、魔物を捕まえて味方にするスキルで、【契約破り】は他人の契約を無理矢理破棄させるスキルか。
【契約破り】のSPコストが18ポイントで、【モンスターテイム】が、6ポイントか……
契約破りは、ちょっとコストが重すぎるな。
今すぐ必要ってわけでも無し、取得するのは【モンスターテイム】だけにしておくとしよう。
サクッと取得を終えると、改めて、劣飛竜に【モンスターテイム】をかける。
……あんまり変わった感じはしないな。
既に、恭順を示していたからかな?
「さて、早速だが出発するぞ。『表に出ろ』」
そう言って、踵を返し竜舎を後にする。
続いてイリスが、そして最後に劣飛竜が俺の後に続いて竜舎を出てくる。
っと、そろそろ騒ぎになり出したな。
魔物の大量発生の影に隠れられるかと思ったが、さすがに甘かったか。
「さすがに気付かれたみたいだな。兵士たちが無駄に集まってくる前に、とっとと出発するぞ!」
そう言って、劣飛竜に飛び乗る。
イリスも恐る恐るそれに続く。
二人乗り用の鞍と違って、どこを掴んでいいのかわからないらしく、
「しっ失礼します……」
と蚊の鳴くような声で言った後、俺の肩を掴んだ。
「――イリス、今度は一人乗り用の鞍だが、随分と大きい。無理矢理乗せるからしっかり捕まってろよ? 落ちたら洒落にならないからな。気にせず腰にしがみついていろ」
「はっ、はい!」
ヒシッ。
と、しがみつくのを確認するが早いか――
「『よし、飛べぇぇぇぇ!!』」
「オォン!!」
「わきゃあぁぁぁ!!」
と、気合い一発飛び上がったは良いものの、既に弓兵部隊が配置についているようで、こちらに矢を向けている。
だが、その矢がこちらに届くことはない。
俺の【重力魔法】が矢を失速させ、落下させる。
次いで、弓兵たちを地面に縫い付ける。
「ちょっと借りてくぞ!」
そう一言残して、俺たちは更に高度を上げ、一路ヘルムエル迷宮へと向かった。
今話で、第一章にあたる話の中で、起承転結の転の話まで終えることができました。
それもこれも、読者のみなさんの応援のおかげです!
今後も、恭弥達の物語をよろしくお願いします!




