第59話 移動手段模索
「イリス、どうやらマズいことになりそうだ」
と前置きした後、焦る気持ちをなんとか抑えながら、今しがた俺がたどり着いた結論をイリスに話した。
すなわち、「咲良の居場所は、ヘルムエル迷宮であり、魔物の大量発生の中心点であろう」と。
「なるほど。たしかに、勇者らしき匂いがあったのはミレハイム王国国境の方角でした」
やはり、決まりだな。
そうと決まれば、とっとと追いかけよう。
おそらく咲良は、中和剤を使用して、魔物の大量発生を止めるつもりなのだろう。
しかしながら、マールコアが言っていることが本当なら、中和剤では魔物の大量発生を止めることはできない。
まぁ、奴隷契約を使用し命令によって聞き出しているのだから、嘘などつけるはずがないのだけど。
中和剤は何の意味も持たず、迷宮に張られているという結界が破られ次第、大量の魔物が咲良を襲うだろう。
咲良とて一方的にやられるばかりではないとは思う。
【重力魔法】だってある。
咲良の持つあの【重力魔法】は強力だが、もし戦いの手札がアレだけだとしたら危険すぎる。
改めて、咲良のステータスをまともに確認しなかったことが悔やまれる。悔やんでも仕方がないことではあるけど、そう思わざるを得ない。
――いや、【重力魔術】以外の手札があったとしても、さすがに一人で向かうのは危険すぎる。
そんな場所に追いかけていこうと考えている俺が言うセリフではないと思うけどね。
さて、問題は……どうやって向かうか。そして、誰と向かうかだな。
まず、アスドラは置いていくしかないだろう。
連れて行っても、魔物の大量発生に巻き込まれれば、無駄に死なせるだけ。という以前に、アスドラでは時間がかかりすぎて間に合わないだろう。
イリスは――
うん。
実のところ、イリスをマリナさん達と一緒に都市セーレに返さず連れてきたのは、一緒に送ってしまうと確実に魔物の大量発生に巻き込まれるだろうと考えたためだ。
当然、イリスの嗅覚や聴覚には助かっているが……
本当の目的は別なところにある。
『強制的に魔物の大量発生対策にかり出されるのは、Bランク以上』という縛りがあるが、ランクなど冒険者ギルドの裁量1つでどうにでもなるのだから。
ギルドはおろか、マリナさんやヤスナもイリスの実力は知ってしまっている。
確実にあてにされ、討伐にかり出されるだろう。
そのため、咲良の捜索を名目に、イリスをミレハイム王国から引きはがしたのだ。
だが、このまま俺に付き合わせると、本末転倒となる。
いや、震源地に特攻をかけようっていうのだから、より一層ひどい。
「イリス。このまま行けば、魔物の大量発生にぶつかるだろう。危険度は、これまでの比じゃない。だから――」
「主様は、このまま行かれるのですよね?」
「ああ。ぱぱっと行って、とっ捕まえてくるさ」
「でしたら、私も御一緒します」
「だがな、イリス……」
「足手まといにはなりません! 主様からこれほどまでの恩を受け、危険となったら放り出す、それでは主様に仕える資格などありません!!」
このぐいぐい来る感じ、久しぶりだな……
こうなると、俺が折れるまで頑として聞かないだろう。
付き合いはまだ短いが、さすがにそれ位は理解ってきた。
「わかったわかった。その代わり、1つ約束しろ」
「はい」
「絶対に死ぬな。死なない限り、絶対に助けてやる。
――だから、死ぬな」
「はいっ!!」
イリスのはっきりとした大きな返事に、俺は大きく頷いて返した。
「えーっと、コホン。そろそろいいかしら?」
いつの間にか顕現していたシンシアが、半眼で話しかけてきた。
わざとらしい咳払い付きで。
ちょっと、恥ずかしいやり取りだったな。
「大体のことはわかったけど、どうやって移動するつもり?」
そうだな、アスドラでは駄目。
俺が全力で走っていけば間に合うかもしれないが……確実とはいえないだろう。
それに何より、イリスが付いて来られない。
俺の移動中だけ、イリスと別れるか?
そのあと、転移魔術で呼び戻せば良いが……
駄目だな。
呼び戻す余裕があるとは限らない。
「うーん、劣飛竜でもいれば何とかなるだろうが……
――おい、この街に飛竜はいないのか?」
「普段なら、将軍たちの劣飛竜がいるが、宣戦布告し交戦状態であるため、全て出払っている。今この街のいるのは国王専用の劣飛竜だけだ」
「よし、それを拝借しよう」
「無駄なことを。国王専用の劣飛竜は王に忠誠を誓っている。王以外の者を背に乗せるものか」
こちらを馬鹿にしたように、吐き捨てるマールコア。
奴隷魔術で縛っているのに、この態度だからなぁ。
絶対上司にしたくないタイプだな。
こちらの話を一切聞かないし。
「そんなの、やってみないとわからないだろう。案外、簡単に国王を裏切るかも知れない。
言え。劣飛竜はどこにいる?」
というか、奪取に失敗したら万事休すだ。
そうなれば、間に合うかどうかわからないが、俺一人で走るしかない。
イリスは一人でアスドラに乗ることはできないし、ここで別れる事となるだろう。
その場合、イリスをどこに送るか……
獣人国か、はたまた、ハインツエルン王国か……
どちらにせよ、説得するのに骨が折れそうだな。
最悪、独りで勝手について来かねないし、都市セーレに戻って討伐に参加しかねない。
――仲間もなにもいない状態で。
「この通路をこのまま進むと、王城の中に入ることができる。出口のすぐ近くに竜舎があるからすぐにわかるだろう」
よし、そうとわかれば早速――
「って、ちょっとちょっと、こいつどうするのよ?」
単純に殺して捨てていっても問題はないだろうが……
戦争で人を殺しても『殺人』はつかないらしいからな。
俺は、ハインツエルン王国の国民ではないが、どういう訳かゲルベルン王国とは交戦状態にあるらしい。
まぁ、正面から宣戦布告を受けたからな。それが原因かも知れない。
ステータスを確認してそれに気がついた時には、吃驚したものだ。
それはさておき。
マールコアに対する怒りが消えたわけじゃあないが、ゆっくり復讐している暇はない。
とっとと、劣飛竜をとっ捕まえに行きたい。
とはいえ、このまま放置すると後で面倒なことになりそうだ。
そうだな……
「『ファントムペイン』」
「ぐぅあああああああ! ぎぃあああああああああ!!」
【闇魔術】『ファントムペイン』。
対象の精神に直接痛覚ダメージを与える魔術だ。
肉体ではなく、精神に直接刻み込むため、痛みで気絶することも叶わず、ひたすら痛みにさいなまれ続けるといった魔術だ。
強めにかけると、一瞬で廃人コースだ。
廃人化させる? いやいや、意識を保ったまま、痛みを受け続けてもらいましょう。
すぐに殺すわけない。
ファントムペインがどういう魔術かわかったのだろう。
イリスが、冷や汗を浮かべている。
冷や汗の理由は、先ほどマールコアがイリスにかけようとした魔術がこれだからか、それとも、俺が悪いのか。
とはいえ、マールコアは腐っても闇魔術の達人だ。
少し時間が経てば自力で脱出出来てしまうだろう。
だから、更に――
「『ファントムペインからの脱出を禁止する』」
と命令を下す。
「『ディメンションケージ』」
次いで、次元の檻に隔離してやる。
次元の檻――ディメンションケージの特徴は、中のエネルギー量とエントロピーが固定されるため、飢え死にすることだけはないってことだ。
これで、『ディメンションケージ』が破られるまで、マールコアが外に出てくることはないし、当面死ぬこともない。
ついでにいえば、魔力も拡散しないため、魔術が切れることもない。
未来永劫、幻痛に苦しむことになる。
取りあえず、今はこれだけでいいだろう。
次に会うときには、廃人になっているかもしれないが……
まぁ、死んでなければ、それこそどうとでもなるからな。
「じゃあ、劣飛竜をとっ捕まえに行くぞ! ――マールコアの研究資料も奪いたかったが、諦めるしかないな」
「何なら、部屋の中身を丸ごと別次元に隔離してあげましょうか? そうして置いて、あとからゆっくり物色すればいいわ」
「なるほど、『ディメンションケージ』で全部覆ってしまう……みたいな感じか?」
それなら、俺でもできそうだ。
「近いけど、少し違うわ。見たところ、その魔術は空間をねじ曲げた場所からしか出入りできないみたいだけど、私がやればどこからでも出入りできるようになるわよ?」
なんと、それは便利だな。
終わったら、じっくりと見させてもらうとしよう。
「わかった、じゃあ、シンシアに任せる。俺たちは先に向かうから、作業が終わったら追いかけてきてくれ」
「わかったわ」
「よし、イリス。待たせたな! まずは、劣飛竜を奪うぞ!」
「はい! 了解しました!」




