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第58話 黒幕尋問

 男の肩を掴みつつ、一気に地面に引き倒す。

 頭を打って気絶でもされると面倒なので、捕縛術を使って取り押さえる。

 

「ゲフッ!」

 

 ドスッという音とともに背中から地面に叩きつけられたため、男の肺からは空気が吐き出された。

 とはいえ、呼吸が止まるのはほんの一瞬だ。何秒も継続して呼吸ができなくなる程ではない。

 そういう力加減で投げたからな。

 

 こっちに来てしばらくの間は、上がった膂力に振り回されていたが、さすがにこの程度の手加減はできるようになった。

 

 だが――

 みぞおち辺りを踏みつけ、体重をかけてやる。

 

「グエエエッ」

 

 うめき声と共に、雑巾から水を絞り出すように、更に肺から空気が絞り出される。

 現状、この男は息は吐けても吸うことはできない状態だ。

 しかも、身体の重心を押さえているから、立ち上がることも暴れることもできない。

 

 とはいえ、手足は自由なままだ。

 このままでも、体重の乗らない攻撃しかできないとはいえ、遊ばせておくわけにはいかない。

 というわけで、本来はこの後手足を取りにいくのだが……

 

(『影縫い』)

 

 代わりに、【影魔術】の『影縫い』を使用して動きを止める。

 

「さて」

 

 とつぶやいて、少し足を緩めてやる。

 

「っ……かふぅ」

 と、苦しげに息を吸い込むが早いか――

 

「『ファントム――」

「おっと、そこまでだ」

「ぐぇっ」

 

 魔術の詠唱を始めたため、もう一度(したた)かに体重をかけてやる。

 ――先程より強く。

 

 あれ? 【闇魔術】を使おうとしたのに、【完全見取り】が発動しなかったな……

 何故だ……?

 【完全見取り】が発動しないのは、一度【完全見取り】が発動した相手だけだ。

 

 他にも条件があるのか、それとも――?

 

 っと、駄目だ駄目だ。今は目の前のことに集中しないと。

 

 酸素が脳に残り思考力がまだある内に、警告してやる。

 

「これで理解(わか)ったと思うが、お前が魔術を使うより俺が止める方が早い――理解したか?」

「かはっくひゅっ」

 

 『影縛り』で首の動作も制限されているし、口からは息が漏れるだけで、肯定か否定かわからんな。

 

 仕方がないので、足を緩めてやると……

 

「『ファントム――ぐぅえっ」

 

 何だ? このオッサン……理解してないのか?

 俺は、ため息をつくと先ほどより足に力を込め、喉元に新月を突きつけた。

 

「もう一度言う。お前が魔術を使うより俺が止める方が早い。無駄なことはするな。抵抗すればする程、痛い目を見ることになる理解したか?」

「くひゅううううう」

 

 まぁ、何を言ってるのかわからんけどね。

 足を緩めてやると……

 

「『ファントム――ぎゅうぇっ」

 

 俺はまた体重をかけると、新月を男の手のひらにぶっさした。

 

 息苦しさと、痛みで顔は赤を通り越して青くなってきているが……

 まだ理解(わか)っていないな……これは。

 

「主様、恐れながら……」

「ああ、これ以上は時間の無駄だな。

 正直、こいつ等(ゲルベルン王国)と同レベルに落ちるようで余り気がすすまないが、()()しかないだろう。

 今は、時間の方が惜しい」

 

 対象者の名前を知る必要がある方法だが、幸い【真理の魔眼】でこの男の名前はわかっている。

 加えて、ある程度弱らせる必要があるが……それも、何とかなっている。

 

「イリス、奴隷魔術を使う。協力してくれ」

「承知しました」

 

 俺のセリフに、男の――ザリス・マールコアの表情が変わる。

 こいつは、高位の闇魔術術者だ。

 その恐ろしさは、誰よりも知っているだろう。

 うまくやれば、暗示をかける『ギアス』でも事足りるだろうが、非効率だし、こいつの様子を見る限り命令に漏れがあれば目も当てられない事になるだろうからな。

 既に契約のテンプレートがある奴隷魔術の方がいいだろう。

 

「『コントラクト』」

 

 契約の魔術を起動する。

 何もない空間に、「ザリス・マールコア」と男の名前が書かれた闇色の契約書があらわれる。

 契約書の内容は、奴隷契約の標準的なものだ。

 

 これに手で触れることによって、契約は成立する。

 そしてその後に、隷属化させる『スレーブ』をかけて仕上げだ。

 

 イリスがマールコアの右手を取ったのを確認し、右手部分だけ『影縫い』を解除してやる。

 すると、イリスは手早くマールコアの手を契約書に押しつけ契約を完了させてしまった。

 

「イリス、よくやった。それじゃあ、後は仕上げだな。

 ――『スレーブ』」

 

 当然ながら、『スレーブ』はレジストされることなく、マールコアの首には奴隷の首輪がはまることとなった。

 それを確認すると、ゆっくりと足をどける。

 

「『ファ――ぐぅふぅ」

 

 と思ったら、まだいきなり魔術を使おうとするとは……

 俺には攻撃できない契約になっているため、対象はイリスか。

 

「『魔術の使用、及び一切の抵抗を禁ずる』」

 

 ……最初からこうするべきだった。

 今度こそ足をどけ、尋問を開始する。

 

「全く、この私が奴隷魔術を受けるなど……末代までの恥だ。解除にも手間がかかるだろうし、借りを作ることになるのは面白くないな」

 

 って、何なんだよ、このオッサン。

 魔術と抵抗を禁止したら、急に一人でぶつぶつ言い始めたぞ。

 

「じゃあ、色々質問するぞ?」

「しかも、ここの連中と来たら……一体どこに行ったのだ。私の手をここまで煩わせるなど……やはり、研究者など作戦には必要ないのだ。それを余計な真似を……」

 

 駄目だ。

 聞いちゃいねー。

 

「『静かに、俺の質問にだけ正直に答えろ。黙秘することも禁ずる』」

 

 ようやく静かになった。

 何て手間のかかるオッサンなんだ……

 

「まず、お前のこの国での役職……立場は?」

「宰相だ」

 

 何か偉そうなオッサンだなとは思っていたが、宰相とはな。

 政治分野では国王に次いでのトップということか。

 

 後で問題に……は、今更か。

 

「ここへは何をしに来た?」

「ここにいる研究者たちが、作戦決行日にもかかわらず、いつまでもここに籠もっているため叱責をしに来た」

「作戦とは?」

「魔物の大量発生を人為的に発生させる作戦だ。今回()それだけではないがね」

 

 やはり、王女の言っていたことは事実だったか。

 ――「今回()」ねぇ?

 

「過去の魔物の大量発生もゲルベルン王国が人為的に引き起こしたものなのか?」

「そうだ。少なくとも記録に残っている、魔物の大量発生はすべて我が国が人為的に引き起こしたものだ」

「何が目的だ?」

「ミレハイム王国の国力を削ぐため。そして、此度(こたび)の作戦を成就させるためだ。此度の作戦は、長年我が国で計画されてきた悲願だ」

 

 何百年越しの作戦か……

 ずいぶんと気が長いことだな。

 

「で、今回が今までと違う部分ってのは?」

「いつもは迷宮を封印し、魔物を溢れさせるだけだったが、今回は、新型の『魔寄せの香』で迷宮を暴走させ、大量の魔物と、強力な魔物を用意するに至った。

 それに――」

「それに?」

「新型の『魔除けの香』と『魔寄せの香』を使って、魔物の進路をある程度コントロールできるようになった。そのため、今までは我が国にも被害があったが、今回はミレハイム王国のみに魔物が向かうことになる」

 

 ちっ、何とも面倒な……

 

「作戦はどこまで完了している?」

「迷宮の暴走はそれこそ、年単位で準備してきているからな。既に、手遅れだ。魔物操作用の香の整備も既に完了した。後は、結界が壊れるのを待つのみだ」

 

 なるほど。

 それが、マリナさんが見たタイムアップの時間か。

 そちらは、王女なりマリナさんなりが、何とかしてくれていると信じるしかないな。

 

「中和剤だが……何に使用するものだ?」

「魔寄せの香と、魔除けの香の効果を打ち消すものだ。

 だが――既に生み出されてしまった魔物を消す効果などはない」

 

 『魔寄せの香』を使うと迷宮が魔物を生む……ねぇ。

 どうやってその情報を知ったのやら。

 

「効果の高い『魔除けの香』や『魔寄せの香』を冒険者に売ったのは、効果を検証させるためか?」

「ああ、それだけではなく、冒険者のフリをして、他国で効果を試させたこともあったな」

 

 散々な目にあったのは、こいつらのせいかよ。

 死んだ連中は、ある意味で自業自得だろうが……

 

 それでも、胸糞悪いのはかわりはないな。

 

「わざわざ他国で実験をさせたのは?」

「我が国では、アンデッド以外の魔物が出る迷宮は、作戦に使用する迷宮以外には存在しないのでね。他国の迷宮を利用させてもらった。それに、我が国に冒険者は殆どいないのでね」

 

 なるほど。

 魔物の大量発生に関しては、これくらいでいいだろう。

 

「次は、勇者召喚についてだ。知っていることをすべて話せ」

「勇者召喚は、この街の地下にある遺跡でしか行うことのできない儀式だ。

 儀式を行うには、【時空魔術】の素養がある魔術師に加えて、宮廷魔術師クラスの魔術師10名が必要と起動には制約がある。

 長らく失伝していた技術だったが、私が復活させた。

 そして先日、アンナロッテ第三王女に協力させて、私が改変した勇者召喚を(おこな)ったばかりだ」

 

 おいおい、こいつが元凶か……

 ――ドウシテクレヨウカ。

 

 いや、落ち着け。落ち着け。

 じいさんの教えを思い出せ。「有事の際こそ、冷静に」だ。

 

「……一体何を改変したんだ?」

「闇魔術を組み込み、召喚された勇者を隷属させる術式を組み込んだのだ。

 ――結果は失敗だったがね。予備で組み込んだ、奴隷魔術が発動したおかげで、随分手間取らされた」

 

 それを聞いて、俺は何となく、

 

「――王女は、それを知っているのか?」

 

 と聞いてしまっていた。

 

「召喚前は知らなかったようだがね。いくら専門外とはいえ、術式に異物を混入されて気がつかないとは……全く、間抜けとしか言い様がないね」

 

 まぁ、だからといって、勇者召喚の儀式に協力し咲良と俺を巻き込んだことに変わりはない。

 ゲルベルン王国への報復の比重が増えるだけだ。

 

 しかし、王女以上の原因がここにいるとは。

 

 こいつには、死すら生ぬるい。

 

 

 

 っと、その前に……

 

「召喚した勇者を元の世界に戻す方法はあるのか?」

「現在は存在しない」

「現在はってことは、過去にはあったのか?」

「過去に勇者送還を研究した資料が残っている。だが、わかっているのはそれだけだ。私が研究したのは、勇者召喚であり勇者送還ではないからね」

「研究資料の場所は?」

「私の研究室と、王城の禁書庫だ」

「研究室と禁書庫、それに勇者召喚の儀式を行う施設の場所は?」

「研究室はこの部屋の隣だ。禁書庫は、書庫の地下にある。

 勇者召喚の魔法陣がある場所は、私の研究室がある方角とは逆方向に進んだ突き当たりだ」

 

 なるほど、「薄らと匂いが残っている」とイリスが言っていたのは、そういうことだったか。

 

 ふむ、これだけわかれば……

 こいつには用はないな。

 俺の代わりに、勇者送還について研究させるって手もあるが――

 こういうタイプは、目を離すと何をするかわからないからな。

 

 っとダメだダメだ。

 復讐より先にやる事があるだろう。

 

 咲良の居場所だ。

 

 ゲルベルンの企みを知っていた咲良。

 そして恐らく、『魔寄せの香』と『魔除けの香』を使うと知って、ここに中和剤を取りに来たんだろう。

 

 とすると、咲良の居場所は……

 

 って、おいおい。

 さすがにそれは、洒落にならないだろう。

 

 コレばかりは、俺の推理が外れてくれることを祈りたい。

 

 だが、咲良の居場所は恐らく――魔物の大量発生、その爆心地。

 

 ヘルムエル迷宮だ。

 

 

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