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第57話 研究所

 何者かによって開けられたであろう大穴は、ほんの3メートル程の長さしかない。

 

 穴を(くぐ)ったその先は、石畳や石壁で整えられた通路になっていた。

 外からでは、昼光にかき消されてわからなかったが、通路で使用されている石は薄く発光しているようだ。

 

 紫色に微発光した通路は、幻想的というよりもむしろ、おどろおどろしさを感じる。

 

 大理石のようなマーブル模様に沿って光の強弱があり、若干明滅しているため、見ようによっては紫色の血管のようにも見える。

 

 通路の横壁に無理矢理開けられた穴は、当然正しい出入り口ではなく、正規のルートらしき道が左右に伸びている。

 

「薄気味の悪いところですね……」

「まぁ、明かりに困らないのはいいな」

 

 明かりがないなら、炎魔法を使えば済むことなので、軽口の類いだ。

 

「ええと……どちらの方向にも匂いはありますが……片方は随分前のようです。新しいのは、あちらですね」

「よし、じゃあ行こうか」

 

 イリスが辿ってくれた匂いを追って移動を開始する。

 

「何というか、魔王城みたいだな……」

「私は、アシハラに行ったことはないのですが、魔王城とはこんな場所なのですか? ……いえ、主様は別世界から来られたのでしたね……」

「ああ、騙してたみたいで済まなかった」

「いえ、嘘は()いておられませんでしたから……」

 

 まぁ、勘違いされるように仕向けていたのは事実だけどな。

 

「で、魔王城はアシハラにあるのか?」

「はい。詳しいことはわかりませんが、魔王と呼ばれている男が住んでいる城があるとか……」

 

 織田さん()の信長さんじゃあないだろうな……?

 まさかな。

 

「そうか、一度アシハラには行ってみたいな」

「お供します」

 

 しばらく歩くと、通路の途中に木の扉が見えてきた。

 こんな隠し通路の中で必要があるのかどうか不明だが、ノッカーが取り付けられている。

 また、大きさも教室の入り口くらいの大きさで、観音開きになっているようだ。

 扉の構造こそ観音開きだが、ドアノブはこちらから見て左側にしか付いていない。

 基本的な出入りは、左側のドアからおこなうのだろう。

 

 通路自体はまだ続いているが、ここでイリスは足を止めた。

 

「主様、この中のようです」

 

 念のため、【索敵】するが何も感じられない。

 

「俺は何も感じないが、イリスはどうだ?」

「私も気配は感じませんが、人の匂いはあるようです。物音もしませんし……気を失っているか、そうでなくとも無力化されていると思われます」

「じゃあ、慎重に進もう」

 

 ドアを押し開けると、雰囲気は一転。

 昼光色の光を放つ魔道具に照らされた1室だった。

 

 イリスの見立て通り、仕立ての良い服の上に白衣を着た男たちが、部屋の隅に折り重なるようにして倒れている。

 見た感じ、呼吸はしているようなので気を失っているだけだろう。

 

 若干、争ったような痕があるが、瞬間的・一方的に無力化されたらしく、部屋はさほど荒れていない。

 

 だが、それをおこなったであろう人物の姿はない。

 

 壁一面には本棚や薬品棚。

 机の上には、アールさんの宮廷錬成師としての経験がなければ何に使うか到底わからなかったであろう実験器具や、その経験を持ってしてもわからない器具が所狭しと並んでいる。

 棚とかがあるのでわかりにくいが、ぱっと見た感じ、部屋の広さは、高校の理科室より少し広いくらいだろうか?

 

 まぁ、俺の知識の元となっているアールさんは、宮廷錬成師を引退してからかなり時間が経っているからな。

 その間に進歩した器具か、もしくはゲルベルン王国の錬成技術がミレハイム王国を上回っているのか……

 その両方かもしれないが……とにかく、ここは研究室ということで間違いないだろう。

 

 とすると、あの白衣の連中はここの研究者か。

 【真理の魔眼】で確認するが、魔術以外の戦闘用スキルを持っている者は殆どいない。

 魔術も、炎や水などといった基本的なものばかりで、光や闇魔術すら持っているものはおらず、スキルレベルも全体的に低い。

 

 その代わり、【錬金】やら【錬成】スキルはかなり高いスキルレベルとなっている。

 

 

「うーん、こいつは外れか……?」

 

 当面の危険はなさそうなので部屋の中ほどまで進むと、薬品棚の影に隠れるようにして小さな扉があるのを発見した。

 小さな――といっても、人1人が余裕で通れる位の大きさだ。

 

 中に人の気配は感じないが……

 

 

「中に入る前に、そこにいる連中が起きてくると面倒だから――

 『影潜り』『ミラーリング』っと」

 

 研究者たちは自分たちの影に呑み込まれていった。

 少し魔力を多めに込めたので、しばらく戻ってくることはないだろう。

 

 【影魔術】や強力な【光魔術】を使うことができればその限りではないけど、使えないものにとっては影の中は(てい)の良い牢獄だ。

 ちなみに、炎でも脱出はできるが、その場合は、自分が焼け死んでしまうため【炎魔術】では不可能で、炎纏などの魔力変換を使う必要がある。

 

 まぁどちらにせよ、基本属性の適正しか持っていない人間の非戦闘員に、脱出は不可能だ。

 時間切れまで、そこで大人しくしといてもらうとしよう。

 

 後顧の憂いを絶ったところで、ゆっくりと扉を開ける。

 中は、金属製の机に、布と革が張られた椅子、そして、小さな薬品棚と本棚が設えられた8畳ほどの部屋だった。

 

 机の上には小さな実験器具やら、書類やらが乱雑に積まれている。

 あー学校にこんな先生がいたなぁ……

 机の上がいつも散らかっていて、隣の執務机に侵食している先生が。

 

 などと少し懐かしい気持ちになりながら、部屋を見渡すが、特に手がかりになるようなものはない。

 

「うーん、ここにもいないな……」

「申し訳ありません……」

「いや、イリスをせめてはいないさ。

 恐らく、穴の近辺に転移した後、ここに来て、何かしらした後、また出て行ったってのが正しかったんだろう」

 

 穴が外から開けられた形跡があったのと、外に転移したってこと自体は正しかったので、見誤ってしまった。

 

「それに、どちらにせよ手がかりを探しに一度ここに来ないと、短時間で咲良を見付けるのは難しかっただろうしな」

「そうですね、大体の方角はわかりますので、ゆっくり歩きながらなら何とか追えると思いますが、アスドラに乗って移動しながらとなると難しいと思います……」

 

 耳がぺたーんとして、しっぽもしょげてしまった。

 

「それでも十分凄いさ。俺には全くわからないからな」

「ありがとうございます」

 

 耳がぴっこりと立った。

 よし、少し復活したな。

 

「じゃあ、ここで手がかりを探すぞ?」

 

 恐らくこの部屋の外が研究室で、この部屋が研究を統括しているであろう人物の執務室か何かだろう。

 

 こんな怪しげな場所にあるのだから、まっとうな研究では無さそうだが……さて……?

 

 とりあえず、薬品棚に目を向けると……

 

「こいつは、『魔寄せの香』と『魔除けの香』か?」

 

 8段ある薬品棚の上2段と下2段には木箱に入った大量の『魔寄せの香』と『魔除けの香』が置かれていた。

 

「そのようですね。棚の真ん中が不自然に開いていますが……ここにも何かが置かれていたような痕跡がありますね。

 ――嗅いだことのない匂いですが」

 

 次に本棚を見る。

 並んでいるのは、本ではなく木箱だ。

 縦にぎっちりと並べられている木箱は、恐らくバインダーの代わりだろう。

 ラベルはなく、直接インクで箱に書き込まれている文を見るに、どうやら研究資料のようだ。

 

 イリスは字が読めないので、読み上げていく。

 

「えーと、なになに? 『魔寄せの香の強化研究3』『魔除けの香の強化研究4』『香の中和剤研究2』『魔寄せの香における魔物進化研究6』『使用レポート1』」

 

 何というか、木箱に入っているところまでは良かったが、レポートの内容もそれに振られた番号もバラバラだな。

 『魔寄せの香の強化研究』であれば、3以外も124……と存在するが、8があって7がなかったり、並び順もしっちゃかめっちゃかだ。

 

 CDやらゲームやらをヤドカリ状態にする人みたいだな……

 

「まだ、資料のタイトルしか見てないけど、なくなっているのは恐らく中和剤だな」

「何を中和するのかはわかりませんが、状況から見て『魔寄せの香』と『魔除けの香』を中和するものでしょうか?」

「恐らくそうだろう。問題は何のために持っていったか……だが――

 ――こっちに向かってくる気配があるな」

「逃げますか?」

 

 うーん、今ならまだ余裕で逃げられるだろうが……

 

「いや、気配はひとつだけだし、捕まえて話を聞こう。この状況を見られて騒がれても面倒だしな」

「承知しました」

 

 鉢合わせるまでの間に、ここにあるレポートやら、『魔寄せの香』やら、『魔除けの香』やらはアイテムボックスに入れておこう。

 後で何かの役に立つかもしれないからな。

 

 部屋の外に出て、本棚から同じく本やら研究レポートやらをアイテムボックスに格納していく。

 数が多いが、こちらはさっきの部屋とは違って、机の上に大量に紙が積まれているということもない。

 そのため、本棚ごと格納し、その後本棚だけ元に戻すという荒技で手早くしまっていく。

 

 まぁ、イリスが目を丸くしていたけど。

 

 急いで作業をおこなったが、機材までは手が回らないまま、気配が部屋の前までたどり着いた。

 

 この部屋を通過するなら、通過した後ドアを開けて捕縛する。

 この部屋に入ってくるなら、入ってきた直後に捕縛する。

 

 俺たちは扉の陰に気配を消して隠れ、様子を窺う。

 

 気配は、部屋の前を通過せず、中に入ってくるようだ。

 

 程なくして、ギィと蝶番をきしませながら男が1人入ってきた。

 後ろ手でドアを閉めたおかげで、まだこちらには気がついていない。

 

「(シンシア、ドアが開かないようにしておいてくれ)」

「《お安いご用よ》」

 

「何だ、誰もいないじゃあないか!! コレだから研究職の連中は……」

 

 俺は誰もいないことを不審がることなく、怒りをぶちまけ始めた男に、【真理の魔眼】を発動させた。

 

 戦闘用の武器スキルはないが、【闇魔術】スキルレベル7だと……?

 

 【詠唱破棄】や、【無詠唱】がないだけマシか……

 

 イリスに目で合図をして、俺は音も立てずに男に忍び寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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