第56話 王都ゲンベルク一歩手前
すみません、遅くなりました。
城塞都市ヴァルバッハから、王都ゲンベルクまで一直線に向かう。
二人乗りであるにもかかわらず、速度が遅くなるどころか、まだまだ余裕がありそうなアスドラを頼もしく思う。
問題なく、到着までこのままのペースを維持してくれるだろう。
王都に向かえば向かうほど――ハインツエルン王国や、ミレハイム王国から離れれば離れるほど、土地は痩せ、荒廃や退廃といった言葉が似合う景色となっていく。
正直、ヴァルバッハ周辺でもひどいものだと思っていたが、こうして進むにつれて更に上があると思い知らされる。
気温はどんどん下がり、風魔法で風を遮り気温を調整しないと辛いほどだが、雪などは見当たらない。
気温は下がるが、雪などは降らない気候なのだろう。
水源がないせいか、枯れ草の背はどんどん低くなり、まだ生命力が感じられていた枯れ木も、朽ちたそれへと変わっていく。
砂漠化とは別の意味で、土地の死を感じる。
ヴァルバッハ周辺には清らかな水こそはないものの、沼が存在していた。
変な臭いのする沼で、水耕には使えなさそうだったが、それでもまだ普通の沼だった。
だが、今俺の右手に見えている沼は紫色をしている。
どう考えても、ヤバイやつだ。
とまぁ、目に映る景色こそ尋常なものではないが、旅路は順調といえた。
――順調すぎるほどに。
「変だな……」
「主様、どうかされましたか?」
ようやく、悲鳴を上げない程度にはアスドラに慣れてきたイリスが、耳ざとく俺のつぶやきを拾う。
「魔物の気配がない」
ハインツエルン王国ならまだしも、ここはゲルベルン王国だ。
簡単な地図しかないので、今通っている場所が魔物の領域かどうかはわからないが、既に走り始めて一時間は経過している。
城塞都市ヴァルバッハを出てから、王都ゲンベルクまで一直線に向かっている現状を鑑みると、一度も魔物に捕捉されず、この先もしばらく魔物の気配がないというのはいささか考えにくい。
「《あら? 楽ができていいじゃない》」
……俺は嫌な予感しかしないよ。
「私の鼻にも引っかかりませんね。ゲルベルン王国の魔物の領域は、獣人国と同等かそれ以上に広いと聞きますが、あくまで噂だったということでしょうか?」
「いや、いくら土地が痩せているからといっても、これだけ広範囲にわたって魔物が出ない土地があるなら、もう少しゲルベルン王国の暮らしぶりはマシなものになっているはずだ。
――それに、何となく、この場所は嫌な感じがするんだよな……」
俺のセリフに、ただでさえ強ばっているイリスの顔が、更に険しいものになる。
まぁ、考えてもわからないことは後回しでいいだろう。
このままのペースで行けば、あと一時間もせずに到着できるだろうしな。
さっさと抜けてしまおう。
†
ゲルベルン王国、王都ゲンベルク。
その街門を望む位置にまで、俺たちはたどり着いていた。
少し離れた、近づきすぎない位置に陣取って、とりあえず様子をみる。
ゲルベルン王国の首都だの、王都だのと聞いていたので、もう少し活気があるかと思ったが――どうひいき目に見ても、ヴァルバッハの方がまだ活気があるかもしれない。
その活気の理由が、主に俺であることは、棚上げするとしてもだ。
都市セーレであれば、街壁の外にも人やら露店が沢山あり、それなりに騒がしいし、街の喧騒やら活気が外まで伝わってくるが、ここには人っ子一人いない。
街門は俺たちどころか、全てを拒絶するかのようにびっちり閉められており、堀にかけられた跳ね橋も上げられているため、当然といえば当然だが、聴覚を拡張しているのにもかかわらず、街の喧騒や生活音すら全く聞こえないのが謎だ。
街壁は存在するが、堀に水はなく空堀となっているようだ。
恐らくは凍ってしまって、堀としての役割を果たさなくなるためだろう。
単に、水が足りないだけかもしれないが。
まぁ、それに……
「主様、堀の下に何かいます」
イリスも気がついたのだろう。
むき出しになった地面の下には、虎視眈々と獲物がかかるのを待つ何かがいるようだ。
恐らく魔物か何かを【調教】スキルで従えているのだろう。
「うーん、下に何かいるんじゃあ、ヴァルバッハのときと同じように飛び越えて中に入るってわけにもいかないか……」
上空を通過したが最後、飛び出してきた何かが「パックンチョ」って可能性もあるからな。
数も1匹や2匹じゃないし。
空中跳びで三次元的な動きができるのは俺だけだし、最悪の場合、それでは間に合わない可能性もあるしな。
街門も御覧の有様だし、正面から入るのも難しそうだ。
さて、どうするか……
「主様、西の塔に残っていた、私たち以外の匂いが、あちらからします」
と、街壁の端っこあたりを指さした。
角度的に、こちらからでは直接見ることができない位置だ。
まぁ、少し遠いが探れない範囲でもない。
というわけで、気配を探ってみたが――それらしい気配はなかった。
というか、この距離、しかも外でそんな僅かな匂いをかぎ分けるとは……
称号、『主の庇護』の効果だろうか? 最近、ますますイリスの能力が上がっている気がする。
「それは、王女でもヤスナでもないってことか?」
「はい。直前に勇者が来ていたとのことでしたので、恐らく……」
咲良か。
まぁ、すぐには街の中へ入る手段も思いつかないしな。
とりあえずは、その匂いの方に行ってみよう。
「うーん、これはまた……」
街壁から少し距離をとりながら、匂いの該当箇所までアスドラに乗って移動する。
王都ゲンベルクの街壁は、足がかりになるような突起は一切合切廃され、堀から一直線に生えている。
そのため、外壁というより堀だろう壁に、ぽっかりと大きな穴が空いていた。
まるで今しがた崩されたかのように、壁のなれの果てが堀の中に転がっている。
外から中に向けて破壊されたらしく、外にあるのは出入りをするために、中から取りだしたであろう大きな瓦礫だけで、内側には細かい瓦礫が沢山落ちているようだ。
当然ながら、周囲には咲良の姿はおろか気配もない。
「なぁ、イリス。念のため聞くが……匂いはどこに続いている?」
「……あの穴の中です」
ですよねー。
「ちなみに、どっかから来てるのか? それとも、ここからいきなり匂いが始まっているのか?」
「そうですね……もう一方の匂いは、この場所から離れるように……」
と、俺達が来た方角とは逆側を指して、「ですが……」と、続ける。
「さすがに匂いが散ってしまっていて、ここからでは、詳しいことはわかりません。ざっくりと、どちらの方角かくらいならなんとかわかりますが……
どちらにせよ、匂いが強いのはこの辺りと、あの穴の中ですが……」
なるほど、堀の中やあの穴の中みたいに風で散らない場所ならともかく、外だとそれが限界なのか。
いや、それでも十分凄いんだけどね。
ゲンベルクに飛ばされた筈の咲良が、何故外から来たのかがわからん。
あり得そうなのが、時空魔法で直接転移できないような仕掛けが施されているとかだろうか?
異世界召喚魔法もとい、勇者召喚魔術もゲルベルン王国の技術らしいからな。
それくらいはできて当然なのかもしれない。
「しゃあない、これ以上手がかりもないし、あの中に入ってみるか」
幸い、あの穴の周辺には魔物らしき気配は感じない。
また、穴の中も【索敵】【気配察知】そのどちらにも引っかからない。
まぁ、問題なく忍び込めるだろう。
残念ながら、アスドラはここまでだな。
前回と同じように『インビジブル』をかけて、自由にするように伝える。
そうすると、ゆっくり街壁から離れていった。
少し距離を取ったところで休むのだろう。
頭のいい子だ。
「じゃあ、忍び込むか――って、なんだその格好?」
俺がアスドラにインビジブルをかけたりしている内に、イリスはどこからか取り出した黒い覆面をつけていた。
なんというか、赤いマフラーなんて目立つ装備をしているヤスナより、よっぽど忍者っぽい。
ヤスナが“ファンタジー忍者”なだけかもしれないが。
「私の耳や髪色は目立ちますから……」
「そういえば、初めて会ったときもその覆面をつけていたっけか?」
「はい、こうしてどこかへ忍び込むときに愛用しています」
なるほど。俺もそういうの欲しいかもな。
まぁ、今すぐにってのはどうしようもないけどさ。
「じゃあ、気を取り直して行くか……」
「はいっ」
そうして、俺たちは音もなく穴の中に入り込んだのだった。
■改稿履歴
新:
俺がアスドラにインビジブルをかけたりしている内に、イリスはどこからか取り出した黒い覆面をつけていた。
旧:
俺がアスドラの世話をしている内に、イリスはどこからか取り出した黒い覆面をつけていた。
分かりにくかったようなので……




