第55話 交渉と出発
「申し訳ありませんが、わかりません……」
「なるほどなるほど。勝手に呼んどいて、『帰せるかどうかはわかりません』ですか? ――てめぇ、ふざけてんのか?」
魔力を乗せた殺気を、一瞬だけ解放する。
ドア付近のイリスには影響はないだろうが、王女の後ろに控えていたヤスナは王女もろとも殺気を叩きつけられた形だ。
「きっ、キョーヤさん、そもそも、勇者召喚の儀式自体ゲルベルン王国の秘匿技術ですから、アンナロッテ様が知らないのも当然なんですよ!
それに、奴隷魔術の存在はゲルベルンによって秘匿されていました!!」
王女は目を見開いただけだったが、ヤスナは泡をくって割り込んできた。
不敬にはならないのだろうか?
「ヤスナ、「だから、彼女に罪はない」とか言わないだろうな?」
「そっ、それは……」
と、言葉につまったヤスナを王女が、制する。
「取り繕ったところで、意味などありません。彼がまだ怒ったフリでいてくれている内に引きなさい。どう繕おうとも、私たちの行ったことは誘拐。奴隷魔術の件も知らなかったでは済まされないでしょう」
バレていたか。
「で? ケジメはつけてくれるんだろうな?」
「はい。私の権限の範囲にはなりますが、望むようにさせていただきます」
王女は、そう言って頭を下げた。
それがパフォーマンスかどうかは置いておいて、もう一押し必要だろう。
「ところで、魔物の大量発生まで、後6時間――この世界で、約3刻だ。マリナさんは、【転移魔術】ありきで話を進めている筈だ。
俺が協力するのは、【転移魔術】の術者を都市セーレに送るところまでの予定だったな?
人のいい咲良は兎も角――俺はゲルベルン王国は勿論、ミレハイム王国がどうなろうと知ったことではないってことは、頭の片隅に入れて話を聞いて欲しいんだが……
本当に、理解ってて言っているのか?」
「はい。私の手持ち財産は、殆どありませんが……賠償金もお支払いしますし、私に協力できることがあれば、喜んで協力させていただきます。
――私の力など微々たるものですが……」
そう言って、肩を落とす。
が、ミレハイム王国の国民を人質に取った、俺の発言には揺さぶられなかったようだ。
用件を伝える前に、一つ確認しておこう。
「(シンシア、ゲルベルン王国が用意した勇者召喚の術式が手に入ったとして、起動させることはできるか?)」
「《無理よ? だって、精霊は魔法も魔術も使えないもの。精霊やその眷属の妖精は、いってみれば自然そのもの、魔法そのモノの存在なのよ。
魔力を燃料に、魔術的……あるいは魔法的な現象を起こしたからといって、それはただの自然現象の延長線でしかないわ。
というよりも、魔法や魔術自体がある一定以上一定以下の格を持った生物にしか使えない特殊な技術よ?
キョーヤにしても、本来なら魔術は使えても魔法なんて使えない筈なんだから》」
「(つまり、魔術は人間用の技術だから、妖精や精霊には使えないってことでいいか?)」
「《ざっくり言うと、そういうことになるわね》」
なるほど、俺がシンシアのステータスを見ることができなかったり、スキルを複製できないのはその辺が原因か……
まぁ、今は送還の術式が手に入ってもどうしようもない、ってことさえ知ることができればいい。
「なるほど、アンナロッテ・フォン・ミレハイム第三王女殿下。貴方個人のお気持ちはわかりましたが、国としてはどう責任を取るつもりですか?」
副音声は、「王女には個人的に責任は取ってもらうけど、ミレハイム王国としても責任は取ってくれるよね?」ってところだろうか。
むしろ、そちらが本命だ。
二度とこんなふざけたことをしようと思わないようにしてやらないとな。
「……私に、それを決定する権限はありませんが……この件は必ず王に伝えましょう。国の責任とは別に、私自身も微力ながら償いをさせてください」
まぁ、及第点だろう。
「それを聞いて安心した。じゃあ、俺と咲良が地球へ帰る手段を手に入れるために全面協力すること、手段を手に入れたらそれを実行するために協力をすること。この二点を約束してくれ」
帰る手段が手に入った場合、十中八九【時空魔術】が必要となる。
俺自身も【時空魔術】を使うことはできるが、他の時空魔術と同じ制限――勇者送還が自分自身を送り返せない等の制限がある場合、王女の力が必要となるだろう。
詳しいことはよく知らないけれど、ゲルベルン王国に送り込まれる第三王女の権限など他の王族と比べれば、有って無いようなものだろうし、この場での落としどころとしてはこんなものだろう。
「はい。それは謹んで。必要とあれば、金銭の供出は惜しみませんし、また、必要とあればこの身捧げましょう」
と、王女自身はこう言っているが、国との交渉が控えている以上、そのときにミレハイム王国側からもの言いが入る可能性がある。
そのときまで安心はできないだろうが……
そんな考えが顔に出てしまっていたのだろうか?
「私は、度々殺されかけるような王女ですから。正直、どうとでもなりますよ」
王女はそう言って、自虐的な微笑みを浮かべた。
何にせよ、今のところ王女とはこれ以上の話はできないな。
俺は、右肩だけを竦めて見せ、ヤスナに視線を向けた。
「ヤスナ、一つ聞きたいことがある」
「はいっ! 何でしょうか?」
「空軍基地に忍び込んだときに、いきなりバレた。お前、何しやがった?
場合によっては……」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。何もしてませんよ」
「あん?」
と、俺が殺気を込めるのと同時に、イリスの方からも、パチッと放電音が聞こえる。
「おっ、恐らく符丁に対して、何も回答しなかったとかではありませんか?
会話の内容そのものというより、変わった動きをしていませんでしたか?」
ふむ、確か喉を押さえていたような気がするな。
「ああ、心当たりはあるな」
「ではそれが原因ですね!」
そう言って、あははーと乾いた笑いを浮かべる。
やっぱりこいつ、わざと伝えなかったのか!?
……いや、微妙に演技くさくもあるな、ミスを誤魔化しているだけか?
まぁ、どちらにせよ笑って済む問題でもないわけだけど。
そして、そう結論づけたのは、俺だけではなかったようだ。
ヤスナの乾いた笑いは、文字通り凍り付いた。
もう一度、パチッという音がした後に、部屋の温度が一気に5度ほど下がる。
冷気を出しているイリスは、それこそ涼しい顔で、ヤスナを眺めている。
「ちょっと! イリスさん! 何するんですか!? 危うく死ぬところですよ!!」
顔表面を覆う、氷を砕きながら、ヤスナが抗議の声を上げる。
真理の魔眼でイリスを見ると、【魔力操作】スキルレベル1が増えていた。
怒りで新しい力に目覚めたらしい。
何となく、これ以上怒る気が失せた俺は、「いいから、符丁に対する解答を教えろ」と言って、いくつかのパターンを聞き出した。
恐らく王都で使うことはないだろうが……
「じゃあ、そろそろ都市セーレに送るが、忘れ物はないな?」
「ああそうだ、キョーヤさん、二人乗り用の鞍を出して頂くための書類をお渡ししておきますので、店にいる男の人にコレを見せてください」
そう言って、羊皮紙を差し出してきた。
ありがたく受け取る。
「とりあえず、ここでお別れだな。俺とイリスは王都へ向かう」
「わかりました。――サクラをよろしくお願いします」
「わかってるよ。
(――じゃあ、シンシア、頼む)」
「《はいはい。といっても、私はそこに行ったことがないから、私たちが出会ったあの森の近くにしか飛ばせないわよ?》」
「(じゃあ、俺が『ワープゲート』で飛ばすから、シンシアは『ワープゲート』が正しく張れたか確認してくれるか?)」
「《それくらいなら、お安いご用よ?》」
よし、それじゃあ……
「『ワープゲート』」
シンシアが使う転移では、ドアが開くように空間に黒い穴が開くが、『ワープゲート』は蜃気楼のように、転移先の景色がぼんやりと見える、正に空間の揺らぎだ。
転移先の様子が窺える分だけ、『ワープゲート』の方が上位互換っぽく思えるかもしれないが、それはいつもシンシアが、一方通行のゲートを開いているからで、双方向にすればシンシアの転移ゲートでも転移先の状況をうかがい知ることができる。
しかも、こんな蜃気楼のようにボヤッとしたものではなく、くっきりはっきり見ることができる。
「《問題なく繋がったわ》」
と、シンシアのお墨付きを貰えたので一安心だ。
見えているので、安心なのはわかっているが、転移事故は防ぎたい。心配してしすぎることはないだろう。
「それでは、後はよろしくお願いします」
そう言って、王女とヤスナは、『ワープゲート』を潜って都市セーレへと向かった。
完全に転移が完了したのを確認して、『ワープゲート』を消す。
「主様……」
「どうした? そんな泣きそうな顔をして」
「主様は、元の世界に戻られるのですか?」
「……まだ決めていない。だが、帰れるのに帰らないのと、ただ帰れないのとは話が違う。帰る手段は探すつもりだ」
正直、俺は天涯孤独の身で、帰っても帰らなくてもどちらでもいいけど、咲良の両親は勿論、祖父母も健在だ。
咲良は恐らく帰りたがるだろう。
そのためにも探さないとな。
「そうですか……もし、お帰りになるのでしたら……
いえ、何でもありません。主様の願いは私の願いですから、私も協力いたします」
「……そうか、ありがとうイリス。
さて、アスドラのところに行こうか」
「はい、主様!」
そう元気よく返事をしたイリスは、いつも通りのイリスに見えた。
†
ヤスナから貰った書類を使って、二人乗り用鞍(地竜専用)を受け取り、街の外に出る。
今回も壁を飛び越えての脱出だったが、驚いたことに、俺に続いてイリスも壁を飛び越えてしまった。
成長が嬉しいような、末恐ろしいような。
で、肝心のアスドラだが、何と別れた場所でそのまま待っていた。
『インビジブル』を解いてやると、「もういいのか?」とばかりに、「ぐるるぅ」と一鳴きすると、体勢を低くして乗り易いようにしてくれた。
「その前に、鞍を付け替えないとな……イリス、手伝ってくれ」
「はい」
……? 何か表情が固いな。
まだ、引きずっているのだろうか?
イリスと二人で、手早く鞍を付け替えていく。
元は、50ccスクーターの座席程度の大きさだったが、この二人乗り用の鞍は……
「三段シート……っていつの時代だよ……」
三段シートは、昭和な珍走団がバイクにつけている、妙に背もたれの高いアノ座席だ。
俺も、某グレート先生で見るまで知らなかった。
――さすがに、あそこまでの高さはないけど。
まぁ、日本人的感覚ではアレだけど、地竜で二人乗りすることを考えれば、これくらいで丁度いいかもしれない。
誰もが、俺やイリスと同じような運動能力を持っているわけじゃないからな。
「よし、じゃあさっさと行くぞ」
そう言って、俺がアスドラに乗り、続いてイリスが後ろに乗――
ってこない。
どうしたのかと思って、イリスを見る。
「あっ、主様、実は私地竜はおろか、馬に乗るのも初めてで……」
表情が固かったのはコレが原因か。
何となくイメージで、乗馬経験ありだと思っていたが、ないとはね。
「操作は俺がするし……それに、アスドラは賢いから、後ろに乗っているだけで済む」
操作といっても、俺自身乗ってるだけだけどな。
「はっはい……」
そう言って、おっかなびっくり乗る。
それが伝わるのか、アスドラは、
「ぐるるぅ」
と唸って、軽く身を揺すった。
「わわっ!」
慌てて、俺の身体にしがみつくイリス。
「こら、アスドラ。イタズラするな」
と、口では叱るものの……
コレは、もしかして女の子と二人乗りという、青少年あこがれのシチュエーションなのではなかろうか?
ヤスナのときは、影に潜ったままだったからな。
残念な点をあげるとすれば、二人して鎧を着ているために、何の感触も味わえないといった所だろうか。
「主様、申し訳ありません」
と言いながら慌てて離れようとするイリスを押しとどめる。
別に変な裏なんかはない……よ?
「そんなにおっかなびっくりじゃあ危ないから、そのまましがみついていろ」
「はっはい……」
ぎゅっ。
と、しがみついてくるイリス。
鎧さえなければ……
「ぐるぅ」
「ああ、待たせてすまんな、行ってくれ」
「ぐるるぅ」
アスドラは、二人を乗せているとは思えない程力強く加速していく。
イリスの悲鳴を置き去りにして。
すみません、お待たせしました。
夏風邪ですが、何とかなおりました!
皆様も、風邪には気をつけて下さい。
──────────
■改稿履歴
旧:
こいつ、わざと伝えなかったな!?
新:
やっぱりこいつ、わざと伝えなかったのか!?
……いや、微妙に演技くさくもあるな、ミスを誤魔化しているだけか?
まぁ、どちらにせよ笑って済む問題でもないわけだけど。




