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第54話 ゲルベルン王国の思惑

 2015/08/10 00:00頃から2015/08/10 9:15分頃まで、第54話の内容が掲載されておりました。

 

 申し訳ありません。

 

「元から助けるつもりで、わざわざ別行動までしたんだ。言われるまでもないですよ。

 でも、詳しい話は……とりあえず、ここを出てからにした方がいいでしょうね」

 

 影に封じ込められた兵士たちも、そろそろ解放されてしまう頃合いだろう。

 そうなる前に脱出しておきたい。

 

「そうですね、少々長居をしすぎました。アンナロッテ様の着替えも終わりましたし、そろそろ、脱出しないとまずいですよ」

 

 と、ヤスナも俺に同意する。

 「着替えも」の部分で、王女様が顔を赤くしたような気がしたが、気にしたら負けだ。

 

「ヤスナ、今更ですが……わざわざ着替えずとも、アンナロッテ王女様の【時空魔術】で移動してしまえばいいのでは?」

 

 イリスの質問に答えたのは、ヤスナではなくアンナロッテ王女様だった。

 

「それが……時空魔術は自分自身を対象にすることはできませんから……」

 

 と、肩を落とす王女様。

 

「(そうなのか? シンシア)」

「《ええ、私の力でも自分自身や対象の格によっては制限がかかるし、時空魔術なら当然そうなるわね》」

 

 まぁ、自由に【時空魔術】で転移できるなら、こうして捕まっているはずもないよなぁ。

 

「ですので、ご迷惑にならないように、頑張って皆様について行きます……」

 

 王女様は、そう言って両の手をぎゅっと握り込んだ。

 そこに悲壮感は無いが、決意が見て取れる。

 

「とまぁ、そんな状況でして。アンナロッテ様には動きやすい格好に着替えていただき、アタシたちと一緒に脱出する予定だったのですが……」

 

 と言って、ちらっとこちらを見るヤスナ。

 視線だけで続きを促してやると、非常に言いにくそうにしながら、願いを口に出した。

 

「……キョーヤさんに、アタシたちだけでも先に脱出させてもらえたらなぁーとか」

 

 まぁ、そんなことだろうとは思った。

 俺は、軽くため息をつくと、

 

「セーフハウスに送る。俺は後で合流するから、迎えを頼む。それでいいか?」

 

 と提案した。

 セーフハウス内に入る際の符丁が、毎回同じとも限らないしな。

 

「はい! ありがとうございます! それでは、私は店の中で待ってますね!」

 

 俺がOKを出した瞬間に、ぱぁっと表情を明るくさせるヤスナ。

 なんとも現金なものだ。

 イリスは、そんなヤスナをどことなく面白く無さそうな表情で眺め、そして王女様はというと、話にまったくついていけず、頭の上にはてなマークを浮かべている。

 

「(シンシア、3人をセーフハウスに飛ばしてやってくれ)」

「《はいはい。キョーヤも甘いわねぇ》」

「(理解しているさ)」

 

 と笑って、シンシアに魔力を渡す。

 シンシアが軽く空間を引っ張ると、空間がドアのように開かれた。

 

「私の『ワープゲート』と比べると、まさに“次元が違う”ゲートですね……」

 

 ヤスナ、イリス、そして背中を煤けさせた王女様の順にそのドアをくぐっていった。

 

 さて、俺も逃げるか……

 

「『インビジブル』」

 

 インビジブルを発動させ、透明人間になる。

 

 ヴァルバッハへ入ったときにも使ったインビジブルだが、実のところ、これも万能ではない。

 

 気配を消さなければ、【気配察知】で見抜かれてしまうし、気配を消していても【索敵】スキルで発見されてしまう。

 同じスキルレベルでの効果範囲を比べると、【索敵】が【気配察知】より圧倒的に狭いというのが救いと言えるだろうか?

 

 また、魔術ではあるので、【魔力検知】スキルや、魔力の流れを視覚的に見ることができる魔眼。そういったスキルの持ち主などの目をごまかすことも難しい。

 

 加えて、音も消せないし、匂いをごまかせないから、イリスのようにわずかな音や匂いで敵の気配を追うことができるような相手にも相性が悪い。

 

 なのでまぁ、人がたくさんいるような場所を、突っ切るのには向いていない。

 

 だが、発見される前に、人が居ない所を選び高速移動して脱出してしまえば、何の問題もない。

 要は、違和感を感じさせなければいいのだ。

 

 俺は窓を開け放ち空中に身を躍らせると、『空中跳び』を発動させた。

 

 

 

 †

 

 

 

 ヴァルバッハ城から無事脱出した俺は、発動させていた『インビジブル』や【気配遮断】、【隠密行動】、【忍び足】などといったスキルを手早く解除し、市井に紛れ込んだ。

 

 相変わらず人の少ない街を、更に人を避けつつ移動しながら、セーフハウスへと急ぐ。

 

 空軍たちは、まだ空軍基地周辺を捜索しているらしく、まだこちら側までは来ていない。また、先ほどヴァルバッハ城内で兵士達が話をしていた、街での捜査協力もうまくいっていないのか、まだ空軍以外の兵士が騒ぎに投入されている様子もない。

 

 セーフハウスにたどり着くと、店の中でヤスナが手持ち無沙汰そうに俺を待っていた。

 

「お待ちしてました! では、こちらへどうぞ」

 

 例の符丁は、俺がここに来る前に済ませておいたのだろう。

 ヤスナの案内に従って王女様とイリスが待つ部屋へと向かう。

 

 ノックの後、入室を許可する声。

 今度は、いきなりドアが開いたりはしない。

 

 部屋に入ると、王女様はソファーに腰をかけており、イリスは部屋の入り口付近に立っていた。恐らく、王女様の警護のためだろう。

 

 視線でイリスをねぎらい、王女様の目の前にあるソファーに腰を下ろす。

 

「さて、詳しい話を聞かせてもらいましょうか」

「はい……といっても、詳しいことはあまりわかっていないのですが……」

 

 という歯切の悪い前置きのあと、意を決したように続きを口にした。

 

「実のところ、今回の魔物の大量発生は、ゲルベルン王国が仕組んだことのようなのです。

 魔物の大量発生によって、ミレハイム王国を釘付けにしつつ、疲弊させてハインツエルン王国との戦争に横槍を入れさせないようにするため……そして、あわよくば、疲弊したミレハイム王国を叩きハインツエルン王国に次いでミレハイム王国を手に入れるつもりなのでしょう。

 そのことに気がついた私とサクラは、何か打てる手はないかとあれこれ模索していました。

 そして、先ほどサクラが劣飛竜(ワイバーン)に乗ってやってきて、“王都の《錬成研究室》に対処方法があるらしいから”と……

 私も、止めようとしたのですが、隷属の首輪を自分で外してしまって、「送ってくれないなら、飛んで行く」と言って聞いてくれませんでしたので、空を飛ぶよりは【時空魔術】で送った方が安心かと思い王都まで送ったのですが、やはり……」

「心配、と」

「はい」

 

 心配なのは俺も同じだ。

 しかし、恐らく通常の【時空魔術】では俺を送ることはできない。

 

 アスドラを呼び戻して移動するか、自力で走っていくしかないだろう。

 まぁ、アスドラには悪いけど自力で走った方が早いだろうけどな。

 

 どちらにせよ、出るなら早く出た方がいいな。

 何せ咲良はもう王都ゲンベルクに着いてしまっているのだ。

 咲良がそこで何をやらかすつもりかわからないが、アイツならうまくやるだろうという気持ちもあるけど……失敗して取り返しの付かないことになる可能性もある。

 

「イリス、ヤスナ、王女にはマリナさんのことは伝えてあるのか?」

「はい。塔では触りしかお話しできませんでしたから、ここでキョーヤさんを待つ間に大体の説明はさせていただきました!」

「そうか、なら早速マリナさんの所に送ろう」

 

 ヤスナも一緒に送るとして、イリスはどうするか……

 まず、都市セーレに一緒に送る選択肢はない。

 

 事ここに至って、一冒険者であるイリスにできることは殆どないだろう。ここからは、政治や、権力がものを言う世界だ。

 それに、イリスの嗅覚は人捜しに重宝するだろうしな。

 

 ちらっと視線を向けると、イリスは耳をぴくっとさせる。

 

 シンシアは王都ゲンベルクに行ったことがないから、イリスを転送させることができない。

 王女様なら王都ゲンベルクに飛ばすことができるが、先に飛ばして咲良を確保してもらうってのは……

 

 まぁ、無理だろうな。

 一緒に行くのが無難だろう。

 

「ヤスナ、二人乗り用の鞍は用意できるか?」

「はい! ここは、兵站基地も兼ねてますからね! 御用意できますよ!」

「よし。なら、イリスは俺とアスドラに乗って王都ゲンベルクに行くぞ」

「はい! 主様!」

 

 耳をピンと立て、しっぽを振りながら、元気よく返事をするイリス。

 だが――

 

「いえ、お二人なら私の時空魔術でお送りしますが……」

「うーん、イリスは兎も角、おそらく俺は無理だと思いますよ? 試しに、簡単な【時空魔術】で試してみていただけますか?」

「はい。

 ――『テレポート』――あれ? 駄目ですね」

 

 王女様はやおら立ち上がると、その細い指で俺の手に触れ、テレポートを発動させた。

 だが、案の定失敗した。

 『テレポート』こそ失敗したが、【時空魔術】はしっかり複製することができた。

 

 ありがとう王女様。

 

 ちなみに、テレポートは、手に触れた人や物を、目に見える範囲に瞬間移動させることができる魔術だ。溜めの時間が無く、魔力効率もいいという、使い勝手のよい魔術だ。

 

 テレポートが不発に終わり、「どうしてでしょう?」と首をかしげている王女様に、「そういう体質みたいですよ」とだけ伝える。

 正直いって、俺にもよくわかっていない。

 

「ああ、そうだ、王女様に1つ聞いておきたいことがあったんですよ」

「? はい、何でしょうか?」

 

 と、小首をかしげる王女様に、今後の身の振り方を大きく決定づけるであろう質問を投げかけた。

 

「俺と、咲良は、元の世界に帰ることができるのでしょうか?」

 

 

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