第53話 推理と対面
何はともあれ、咲良がいないんじゃあこれ以上ここにどどまる必要はない。
戦争をしに来たわけじゃあないからな。
さっきまでは、隠れる場所も、影潜りを使うための影もなかったけれど、今は違う。
おあつらえ向きに、劣飛竜たちが影を作ってくれている。
これなら、さっくり逃げ出せるな。
(『ダークミスト』『影潜り』)
【詠唱破棄】で魔術の連続発動。
『ダークミスト』は、いわば煙幕だ。
一瞬で辺り一面を黒い霧で覆い、視界をゼロにする。
その隙に影に潜って、さっさと逃げさせてもらおう。
†
まことに遺憾ながら、騒動が起こってくれたおかげで、脱出は容易だった。
だだっ広い基地の中だ。いくら劣飛竜が飛び回っているとはいえ途中で影が途切れたりもした。
しかしながら、騒ぎに紛れ込んでしまえば、あっさり脱出は叶った。
炎を纏っていたおかげで、最初に全滅させた7人以外はまともに俺の顔を見ていないというのも大きいな。
もう少しうまくやれるかと思ったけど、さすがに無理があったか。
状況的に色々できすぎている気がするのが気になるけどな。
とりあえず、さっくり街まで逃げるとするか。
と、思ったがシンシアに肩を叩かれ、思わず足を止めてしまった。
「《恭弥、勇者の娘がどこに行ったか、わかったわよ》」
「(早かったな)」
意外と近くに移動したのか。
「《でも、ゴメン。見失ったみたい》」
「(えっ? どういうことだ?)」
「《行った場所ってのが、ヴァルバッハ城・西の塔なのよ》」
「(おいおい、まさか……?)」
「《ええ、王女が時空魔術でどこかへ飛ばしたみたい。それに――もう、隷属の首輪は付いていなかったわ》」
ふむ。となると、咲良の意思でどこかに転移したことになるな……
強制転移させるなら命令して次元の穴をくぐらせるか、シンシアみたいに強制的にくぐらせるかしかないが、王女にシンシアと同じことができるとも思えないからな。
となると、気になるのは、居場所とその目的だな。
居場所はまぁ、飛ばした本人に聞けばいいとして……素直に教えてもらえるかどうか?
――は、未知数だな。
少しピースが揃ってきた感じがするな。
王女の下に移動しながら、ここで一度整理してみよう。
王女を問い詰めるにしても、ヤスナを問い詰めるにしても、マリナさんを問い詰めるにしても、情報がないと、どうしようもないからな。
ゲルベルン王国は、魔物の大量発生を餌にしてミレハイム王国に協力を持ちかけ、何を血迷ったか協力を受けたミレハイム王国は第三王女をゲルベルン王国へと送った。
第三王女は、ゲルベルン王国で勇者召喚――異世界転移の魔法を使用し、咲良を召喚した。
ただし、咲良は俺より先に召喚されている。
恐らく、一度失敗して再召喚したのではなく、同時に召喚されたのだろう。
父さん達が咲良について何も話していなかったのが気になるが……
父さんたちも、異世界召喚魔法の一部分を書き換えるのが精一杯だと言っていたところを鑑みると、守護対象の俺は兎も角、咲良のことには気がついていなかった可能性があるな。
ゲルベルン王国の目的としては、勇者の力を使ってハインツエルン王国に宣戦布告し、その後の戦争に勝つことだろう。
疑問に残るのは、確実にこじれるであろう、ミレハイム王国との関係はどうするつもりなのか?
あともう一つ、魔物の大量発生が迫っている今、宣戦布告なんてしていていいのか?
と、いうところだろうか。
どちらにせよ、その鍵になっている勇者。その主の権限を、事故か故意かはわからないが、第三王女が持ってしまっているというのが現状ゲルベルン王国がかかえている問題だろう。
その為、主の権限を奪うべく王女をここヴァルバッハに軟禁し、【神聖魔術】によって奴隷魔術の書き換えを行っていると。
それが殆ど完了し、先ほどの宣戦布告と相成った。というわけか……
しかし、何故このタイミングなのだろうか?
あえて魔物の大量発生が起こる直前を狙ったのだとしたら、まるでマリナさんの力などなくても、魔物の大量発生が起こる日時がわかっているようなタイミングといえるだろう。
次に、奴隷魔術と、それを書き換える神聖魔術についてだ。
奴隷魔術は、隷属させる『スレーブ』と隷属状態を維持させる契約魔術、『コントラクト』との複合魔術だ。
ちなみに、黒い首輪は『スレーブ』の効果で、『コントラクト』をかけなくても同じ首輪が付く。
『スレーブ』単体では、自力で隷属状態から脱出できてしまう為、『コントラクト』という契約魔術で、脱出しないように縛りつつ主等の条件を付け加える。
【神聖魔術】を使って奴隷魔術を書き換えるというのは、つまるところ、この『コントラクト』の部分を書き換えるということだ。
すなわち、【神聖魔術】を使って隷属状態を維持するための『コントラクト』を書き換えても、奴隷化する『スレーブ』は変わらない。
つまり、ゲルベルン王国によって、『コントラクト』が書き換えられたからといって、首輪が外れるなどあり得ないということだ。
となると、首輪が外れているということは、ゲルベルン王国の術者がミスをしたか、『コントラクト』がとっくの昔に解除されており、いつでも『スレーブ』から脱出可能な状態だったかという事になる。
付け加えて、【神聖魔術】は他の魔術と違って、自分以外の存在にお願いして効果を発動させる為、女神の巫女のような特殊な才能がない限り、途中経過を知ることはできない。
術者が『コントラクト』を書き換えたいと思って術を発動させたとしても、結果が返ってくるまでは、何となくでしかわからない。
怪我なら見た目でわかるが、『コントラクト』の書き換えといった場合は推測不可能だ。
たとえ、最初から『コントラクト』など掛かっていなかったり、もしくは途中で解除されたりだったとしてもだ。
まぁ、この推理が事実かどうかは横に置くとして、何かを企んでるのはゲルベルン王国だけじゃあないってことだよな。
――と、考え事をしている間に、ヴァルバッハ城の前へとたどり着いた。
空軍基地とは違い、騒動はまだ起こっていないようだ。
いや? 少し騒がしいか。
聴覚を上げて話を聞いてみると、どうやら空軍から応援要請が来ているようだな。
空軍が街への討伐隊を出すように依頼をしに来たが、王城警備の兵士からは陸軍に行けとつっぱねられているようだ。
話を聞く限り、咲良のことはまだ気がついていないようだ。まぁ、連絡が遅れているだけという可能性はあるが。
まぁ、制空権を持っているこの世界では強力無比なゲルベルン王国空軍が、基地周辺にへばり付いていてくれるだけでも、陽動の効果はあったってことだな。
意識してやったわけじゃないのが悔しいところだけど。
城壁と堀はサクッと飛び越えて易々と進入を果たした俺は、第三王女が軟禁されているという、ヴァルバッハ城・西の塔の前にたどり着いていた。
空軍基地とは違ってほとんど人の気配がしない。
内通者をなくすために警備や王女の世話にかかわる人数を最低限にしているからだそうだ。
その最低限の人たちですら、王女に直接会うことはないそうだ。
ヤスナ曰く、
「人誑しすぎて、所謂“権力者”に嫌われ、恐れられている」
とのことなので、内通者をなくすためというよりは、寝返りを防ぐためかもしれないな。
王女を警備する数少ない兵士――西の塔、唯一の入り口を守る兵士は、影の中に閉じ込められているようだ。
恐らくやったのはヤスナだろう。
【気配探知】と【索敵】を強めに発動させて経路を確認。
塔の最上階付近にぽつんとひとつだけ気配があるのが、王女だろう。
王女がいる部屋までは敵の気配はない。
イリスやヤスナの気配は感じられないが、気配を消して恐らく王女の部屋にいるのだろう。
入れ違いにならないように急ぐか。
塔の中は、所謂螺旋階段だ。
階段の途中途中に部屋があるが、すべて倉庫になっているようだ。
扉も開けずに何故わかるかというと、1階から順に、第1倉庫、第2倉庫と書かれたプレートが下げられているからだ。
王女がいるらしき部屋には第10倉庫と書かれたプレートが下げられていた。
もしかすると、下の階の倉庫も倉庫以外の使われ方をしているかもしれないな。
まぁ、礼儀として一応ノックくらいするか。
などという俺の気づかいは何の意味も持たなかった。
ドアを軽く叩くと何の抵抗もなく開いてしまった。
案の定、王女の部屋にはイリスとヤスナの姿があった。
そして、一糸まとわぬ姿を俺の目の前に晒しているのが、第三王女だろう。
ちょうどパンツを脱いだところだったらしく、下着を持ったまま奇妙なポーズのままフリーズしている。
幸い(?)長い髪のおかげで、上半身の大事な部分は見えていない。
よし、ならばせめて視線は上半身に固定だ。
大事なところこそ見えてはいないが、日焼けを知らないかのような白い肌や、マリナさんの従姉妹であることを納得させられる豊満な胸部、そして無駄な贅肉などないお腹に、華奢な肩や腰といった視覚情報が、情報の洪水となって押し寄せてくる。
「《……恭弥、すごいわね。こういうとき、目をそらすとかそういう反応をするものだと思ったけど、まさかガン見の姿勢とは……》」
シンシアの呆れ声は俺にしか聞こえていないはずだが、時が動き出したのはその声が引き金だった。
「キャー!」
「きょっ、キョーヤさん! あっち! あっち向いて下さい!!」
「すっ、すまん」
慌てて、後ろを向くと、イリスが冷静に扉を閉めていた。
それが無言の抗議に見えて恐ろしいものがある。
そして、それからしばらく衣擦れの音が響き、やがてそれが終わる。
「もう、こちらを向いても構いませんよ」
言われて振り返ると、動きやすそうな格好に着替えた王女の姿があった。
動きやすいとはいっても、それを着ている本人は元より服そのものも一級品であることがわかる。
その仕立ての良い服の上に、ケープを羽織っている。
【真理の魔眼】で確認するまでもなく、魔術の精度を上げたり威力を上げるような効果があるのだろうとわかる、強力な装備だ。
目を赤くしてはいるが、涙の痕は綺麗に消えている。
「すまなかった」
開口一番頭を下げる。
この王女には言いたいことが山ほどあるが、先にわだかまりを解かないと面倒なことになるからな。
「いっいえ、ノックをしようとしてドアが開いてしまったのは、状況からわかりましたから……(お嫁には行けなくなりましたが)」
最後にボソッとつぶやかれた言葉は、聞こえないふりをすることにした。
王女本人が許す姿勢を取っている以上、ここを掘り進めても墓穴しか掘らないだろう。
それよりも――
「改めまして、アンナロッテ・フォン・ミレハイム第三王女様。藤堂恭弥と申します。あんなことがあった後で今更ですが、世情に疎く王族への礼を知りません。あらかじめ、何とぞご容赦のほどを」
仕切り直すように、あえて少し芝居がかった挨拶を行う。
実際、王族への礼法なんて知らないからな。
「他国の方に我が国の礼法を強要するつもりはありません。ましてや、ここは謁見の場ではないどころか、ミレハイム王国内ですらないのですから。イリスさんにもその旨を伝えて楽にしていただいていますし、お気になさらないでください。
さて、あなたが、ヤスナに協力をしてくださっている方ですね?」
爆弾を投下するなら、ここだな。
「ええ、マリナさんとヤスナに請われてアンナロッテ第三王女救出に手を貸している冒険者であり、あなた方に呼び出されたもう一人の異世界人ですよ」
「「「!?」」」
「ちょっ! ちょっと、キョーヤさん!? それは事実なんですか!?」
「ああ、この間咲良との関係を話すと言ったよな? それがコレだ。勇者――いや、咲良とは地球で一緒だった」
「そういえば、始めて出会ったときにサクラは、「恭弥は?」と仰っていたような気がします……あなたが、その恭弥……キョーヤさんなのでしょうか?」
「俺がここであれこれ、証明するより咲良本人に証言してもらった方が早いだろう。
――で、聞きたいことがある。咲良をどこに送った?」
「ちょっ、ちょっと待ってください、アタシたちが来てからここには誰も来ていませんよ?」
「いえ、ヤスナたちがここに来る直前、確かにサクラはここにやってきました」
ニアミスだったのか。
「なるほど、それでこんなに早くキョーヤさんがあらわれたってことですか……お一人だったので、どうしたのか? とは思っていました」
「ああ、その件でお前には色々言いたいことはあるけどな。
――まずは、サクラの居場所だ。どこに送った?」
俺のセリフに肩を震わせるヤスナを無視して、王女に視線を向ける。
王女は俺の視線を受けて、意を決したように口を開いた。
「……ゲルベルン王国、王都ゲンベルクです。お願いします。あの子を……サクラを助けてあげてください」
奴隷魔術の説明部分は、第14話で一度説明した内容を含んでいますので、読まれる方によっては蛇足かも知れません。




