第51話 潜入&潜入
後半はヤスナ視点です
イリスとヤスナは、王女救出のために王女が幽閉されている、ヴァルバッハ城・西の塔へと向かった。
念のため、シンシアの眷属妖精をこっそりつけてある。
ここから先は、俺1人で咲良を救出にいく必要がある。
さて、ここで一度、勝利条件の再確認をしておこう。
1.王女を助け、都市セーレに送り王女の【時空魔術】を使い、都市セーレの戦力を、前線に送る。
前線に送りきるまでのタイムリミットは、残り13時間弱。
2.【神聖魔術】によって、咲良にかけられている奴隷魔術を書き換えられる前に、咲良及び、王女を救出する。
タイムリミットは不明だが、状況を鑑みて13時間もない。
次に状況の再確認だ。
1.マリナさんの情報によると、後13時間ほど後に、魔物の大量発生が起こり、ミレハイム王国は壊滅する。
2.王女の位置は、ヤスナが持つ見守りの首飾りで把握可能。
3.咲良の位置は、シンシアの眷属妖精が追跡中。
咲良さえ助かればそれで良しとするのであれば、勝利条件は間違っていないけど、戦力を送れば、魔物の大量発生への対処、ミレハイム王国の壊滅を防ぐことができるのかどうかは、未知数といえる。
少し、穿った考えかもしれないが……ミレハイム王国の壊滅に関しても、魔物の大量発生があるから関連づけて考えてしまっているが、関係なく壊滅する可能性もあるからな。
問題は、どうやって咲良を救出するか……だ。
ぶっちゃけ、咲良なんてどうでもいいと思っているはずの隠密モードのヤスナが、単身とはいえ俺を救出に向かわせた理由。
恐らく、体のいい陽動として使われたのだろう。
もし俺が騒ぎを起こせば、その分ヤスナたちの仕事がやりやすくなるからな。
……イリスがそのことに気がついたら、激怒しそうだな。
できれば、気がついても穏便に済ませてくれることを祈っておこう。
ヤスナの思惑通り、大騒ぎを起こしてやってもいいが……当然、咲良を救出できる確率も下がるだろうし、何よりも俺自身それは面白くないと感じる。
まぁ、普通に忍び込むか。
1人なら、どうとでもなるしな。
「(シンシア、咲良の居場所は見つかったのか?)」
「《ええ、もう移動はしていないわ。さっき、ヤスナから貰ったこの街の地図を出してくれるかしら?》」
言われたとおりに、地図を取り出してシンシアに見せた。
「《ここにいるみたいね》」
と、シンシアが指さしたのは、ヴァルバッハ内にある空軍駐屯地だった。
恐らく、劣飛竜に乗って戻ってきてから、そのままということだろう。
面倒なことにならなければいいけど……
空軍駐屯地は、イリスたちがいるヴァルバッハ城から少し離れた位置にある。
街の城壁の内側にありながら、更に堀と壁が張り巡らされている。
これは、ヴァルバッハ城も同じだ。
空軍駐屯地は、ヴァルバッハ城と同じくらい重要な場所だってことだろう。
その壁の内側には、ゲルベルン王国の国旗らしき旗が、何本も掲げられている。
さて……
(『影潜り』)
【無詠唱】スキルを使用して、声に出して詠唱することなく影潜りを発動させる。
街へ入ったときと同じように飛び越えても良かったが、高く掲げられた旗の影を伝って入れそうだったので、そちらの方が物音も立てずに済むことでもあるし、試してみることにしたのだ。
以前、SPを消費して手に入れた【無詠唱】スキルとは別に、最近ヤスナから手に入れた【詠唱破棄】となるスキルもある。
互いに、声に出すことなく魔術を使えるという点では、似た効果だ。
で、【無詠唱】と【詠唱破棄】の違いだけど……まず、【無詠唱】は武器技の発動もできるのに対して、【詠唱破棄】は魔術のみに対応している。
加えて、【無詠唱】は口に出す必要がないだけで、心の中で術技名を唱える必要があり、口頭での発動と同じく、発動中は追加で詠唱できない。それに対して、【詠唱破棄】は発動を念じるだけで発動させることができる。また、発動中でも術者の許容量の範囲内であれば、同時発動や連続発動が可能という違いがある。
後は、若干だが、【無詠唱】の方が威力が上がる。
旗の影を使って無事潜入に成功した俺は、【気配遮断】、【隠密行動】、【忍び足】を発動させながら、影潜りを解く。
「(シンシア、咲良の所へ案内してくれ)」
「《わかったわ! でも……》」
「(どうかしたのか?)」
「《勇者の娘は、また劣飛竜の所に向かっているみたいね。急いだ方がいいかも》」
また、劣飛竜に乗ってどこかへ移動されると面倒だ。
さっさと助けにいかないとな……
†
キョーヤさんと別れたアタシとイリスさんは、一路ヴァルバッハ城西の塔を目指しています。
見守りの首飾りによると、アンナロッテ様は塔の最上階に幽閉されているようです。
「イリスさん、それ、『影のマスク』ですか?」
イリスさんは、黒い覆面で彼女の顔と、煌めく銀髪を隠しています。
こっそり忍び込むとなれば、彼女の容姿は目立ちますから、こうして自主的に隠してくれるのは助かりますね。
「ええ、顔を隠しつつ、気配を遮断してくれる覆面です。
――主様には通じませんでしたが」
珍しい物を持っていますね。
禁制品ではありませんが、あまり表のマーケットに出回らない類いの品物ですね。
完全に気配を絶つことは不可能ですが、それでも心得のない兵士や冒険者程度では見抜くことは難しいでしょう。
まぁ、キョーヤさんに関しては今更ですね。
ヴァルバッハ城は城壁の周りに堀を張り巡らせた二重の守りになっていて、忍び込むのは少し手間です。
太陽の方角的に、うまく忍び込めるような影はありません。
影潜りも、影がなければ潜ることはできませんし……
もう少し時間が経って夕刻になれば、影が伸びて忍び込めますが、そんなことで時間をロスするわけにもいきませんし……
やはり、ここは奥の手を使うしかないですかね……
あれ、めちゃめちゃ疲れるんですよねぇ。
と、覚悟を決めていると、
「じゃあ、いきましょうか」
と、イリスさんが気易い感じで堀に向かって歩き始めました。
「いくってどうするんですか?」
「普通に飛び越えようかと……」
「いくら、獣人族だからといっても、流石にそれは無茶が過ぎるのでは?」
「確かに、主様に教えを請いながら未だものにできておらず、恥ずかしい限りですが……これを飛び越えるくらいはできますよ?」
堀だけで50ヤークト(約50メートル)はあり、城壁も高さ5ヤークト(約5メートル)ほどで、飛び越えるなんてどう考えても不可能ですが……
イリスさんからは特に気負いも何も伝わってきません。
ただできることを「できる」と言っているだけ。そんな雰囲気です。
「でしたら……先に中に入って、このロープの端をこちらに投げていただけますか?」
と、魔法の鞄から分銅付きの縄を取り出してイリスさんに見せます。
イリスさんは、「わかりました」と言って、縄を彼女が持つ魔法の鞄にしまい込むと、
「『風翔』」
と、詠唱し地面を蹴って飛び出して壁の向こうに消えてしまいました。
本当に、ひとっ飛びでしたね。
イリスさんが壁の向こうに消えて、数瞬後。
チリッと、頬を刺すような嫌な予感にかられ、半ば本能的に地面を転がるように回避行動をとります。
そして、それは正解でした。
さっきまでアタシの顔があった位置に直撃するコースで、縄付きの分銅が飛んできました。
地面を見ると、回避行動をとらずにいた場合の未来がそこにはありました。
ベッコリと地面にめり込んだ分銅の姿が。
敵襲!?
――ではなく、先ほどイリスさんにお渡しした縄付きの分銅ですね。
まさか、味方に殺されかけるとは……
これは、一言二言文句を言うべきですね。
(『影潜り』)
【詠唱破棄】を使用して影潜りを発動させ、縄によって作られた影を伝って、城壁の向こう側へ移動します。
その先には、案の定縄の端を持ったイリスさんが待っていました。
特に、敵兵の気配もないようですので、影から出てイリスさんと合流します。
「(ちょっと、イリスさん! 下手をすれば死んでましたよ!? アタシ!)」
小声で問い詰めます。
あれ? 何で、イリスさんは舌打ちをしてるんでしょうね?
「(こちらに投げてくれと言ったのは、そちらではありませんか)」
ぐ……確かにそう言ったのはアタシですが……
殺気を込めて投げてくれとは言ってないんですがねぇ。
何か嫌われるようなことでも……
やはり、キョーヤさんを1人で送り出したのが原因でしょうか……
どう見ても、陽動目的で送り出したようにしか見えませんからね……
嫌われてしまったでしょうか?
アタシからすれば、陽動どころか壊滅させてくるか、何の問題もなくひょっこり帰ってくる未来しか見えませんが。
でも、何か伝え忘れているような気がしますね……
まぁ、忘れているということは、比較的どうでも良いことということですね。
「(……では、気を取り直して……手早く縄を回収して西の塔へ忍び込みましょう)」
これは、ヴァルバッハ城だけではなく、ゲルベルン王国全体にいえることですが、どうにも、城の作りが質実剛健というか、砦も城も変わらない造りなんですよねぇ。
やってきた、ヴァルバッハ城もその例にもれず、敷地内にある塔も、来客用の離れというよりは物見の塔といった感じでしょうか?
客室として利用できるのは、上の階ワンフロアだけ。
最上階は物見になっているので、客間があるのはその下の階ということになります。
それ以外は、螺旋階段と物置になっているようです。
現在アタシたちは影に隠れて、塔の正面から様子を窺っています。
塔の前には、見張りの男性が2名立っています。
「(どうやって忍び込むんですか? まさか、外壁を上るわけにもいきませんよね? 流石に、私もこの高さを飛ぶのは無理がありますよ?)」
「(それなら大丈夫ですよ)」
と言って、『影人形』をつかって、城の使用人に化け、ゆっくりと見張りの兵士に近づきます。
モデルは、実際にこの城で働いている使用人です。
アタシの足下を見れば影がないはずですが、兵たちがそれに気が付くことはないようです。
「洗濯物を引き取りに来ました」
「何だ? 朝に一度引き取りに来ているだろう?」
ゆっくりと、【影魔術】の射程距離まで近づき……
(『影潜り』『影人形』『影潜り』『影人形』)
見張りの兵士を、影に沈めて代わりに影人形を立たせます。
兵士は、自分の影から作られた影人形の中に閉じ込められていることになります。
影属性を持たない人が、影の中に入ると意識を保つことは不可能です。
しばらくの間、眠っておいていただきましょう。
とはいえ、即席ですので、保って15分ほどでしょうか。
殺してしまうと、影人形を作ることができないのが、難点ですねぇ。
兵士たちの影が消えたことに気がついたのであろうイリスさんが、近づいてきました。
「(では、時間もありませんし参りましょうか)」
イリスさんが頷くのを待って、アタシたちは塔の中に侵入を果たしました。
改稿履歴
旧:
どう見ても、陽動目的ですからね。
アタシからすれば、陽動どころか壊滅させる未来しか見えませんが。
新:
どう見ても、陽動目的で送り出したようにしか見えませんからね……
嫌われてしまったでしょうか?
アタシからすれば、陽動どころか壊滅させてくるか、何の問題も無くひょっこり帰ってくる未来しか見えませんが。
でも、何か伝え忘れているような気がしますね……
まぁ、忘れていると言うことは、どうでも良いことと言うことですね。




