第49話 戦地潜入
ハインツエルン王国とは違い度々索敵に引っかかる魔物は、サーチ&デストロイ状態でシンシアが対応してくれている。
ヴァルバッハへ向かうこと自体に異論はないが、状況が変わりすぎている。
アスドラも頑張ってくれているし、このままいけば数時間でたどり着くだろうけど、一度、マリナさんやイリスに連絡を入れるべきだな。
ヤスナも影の中にいても声を聞くことはできるし、移動しながらサクッと連絡を済ませてしまおう。
「シンシア。イリスたちに連絡を取りたい。頼めるか?」
「《いいわよ? ――はい、繋がったわ》」
「あー、マリナさん、イリス、聞こえるか?」
『――トウドウ様!?』
「ああ、色々と状況が変わったから話をしておこうと思ってな」
『ああ、良かった! こんなにすぐに連絡をいただけるなんて!!』
「ん? どうした? 何かあったのか?」
ひとまずこちらの話は置いておいて、水を向ける。
「実は……」
という前置きの後に説明されたのは、魔物の大量発生が今から16時間後に起こり、恐らくそれが原因でミレハイム王国が滅びるかもしれないということだった。
正直、咲良と俺がこの世界に召喚された責任はゲルベルン王国だけではなく、ミレハイム王国にもあると思っているので、むしろ「勝手に滅びてしまえ」という気持ちはある。
と同時に、この世界に来て世話になったのも、ミレハイム王国に住む人たち――特に、都市セーレに住む人たちだ。
「――報復するなら、自分の手で……か」
報復はする。
しかし、そこに住む一般市民諸共全滅させたいわけじゃあない。
それに――
『……? どうかされましたか?』
「いや、こっちの話だ」
それに、ゲルベルン王国より先にミレハイム王国が滅びるというのもなんか違う気がするしな。
『おねがいします。こちらに、シンシア様を……』
「それは、できません」
シンシアを送ってくれと頼みたかったのだろうが、それは断る。
当然、嫌がらせなどではない。そうできない理由がある。
『そんな……』
「勘違いしないでください。何も協力しないわけではないですよ。要するに、都市セーレに魔物の大量発生に関して伝えることができれば良いのでしょう?」
『はい。
それと――できれば、シンシア様に都市セーレの物資と軍勢を前線に送っていただけると助かります』
そうだな、取りあえずシンシアと相談するか……
内容は聞かれたくないため、当然念話だ。
「(シンシア、できるか?)」
「《一カ所にまとめておいてくれたら、ちょちょいってやってあげるわよ?》」
「(何にせよ、今すぐってわけにはいかない)」
「《わかってるわ、あの子たちも頑張ってくれてるしね》」
最初に劣飛竜の元へと送った光妖精と風妖精は、そのまま群れに随行し咲良の居場所と状況を調べてもらっている。
見逃すとは約束したが、見過ごすとは言っていないからな。
シンシアを送ってしまうと、情報の即時性が失われてしまうので、許容することはできない。
「(それと、ここにいながら、マリナさんを都市セーレに送ることはできるか?)」
「《妖精がいるから、それを媒介すればそれくらいは可能よ?》」
「(じゃあ、合図をしたらマリナさんを都市セーレに送ってくれ)」
「《あら? イリスはいいの?》」
「(イリスには、仕事を続けてもらわないと……な?)」
シンシアとの話がまとまったところで、
「まず、俺が時空の力を使えるということは秘密にしたい。理由は言葉にせずともわかりますね?」
と釘を刺した。
第三王女を取り巻く状況をよく把握している、マリナさんはここで頷くしかないだろう。
『はい』
「第三王女にも同じこと――都市セーレから戦力や兵站を送る事はできますか?」
『……何度かに分ければ、恐らく可能かと』
「では、何としてでも、王女を救出して、彼女に送ってもらいましょう」
どうしても間に合わなければ、シンシアに力を借りることになるだろうけど、それはまだ言わない方がいいだろう。
保険があるとしっていれば、楽な方に流れようとするのが人間だ。
『ですが、それでは……』
と、保険を求めてくるが、俺が首を縦に振ることはない。
「大丈夫ですよ! マリナ様。必ず、どんな手を使ってでも、アンナロッテ様を助けてお連れします!」
アスドラの影から半身を出したヤスナが、力強く宣言する。
移動は続けているので、ヤスナの半身が地面を滑るようにしながらピッタリ付いてくる絵面は、なかなかシュールなものがある。
『――ヤスナ……必ず、ですよ?』
「話がまとまったところで、マリナさんをセーレに送るので、準備してください」
ここがチャンスとばかりに、たたみかける。
『はっ、はい!
――お待たせいたしました。大丈夫です』
「(じゃあ、シンシア、やってくれ)」
「《はーい
――終わったわよー》」
「(ありがとう)」
『あの、主様……?』
静観を決め込んでいたイリスが、戸惑ったように声をかけてきた。
「どうした? イリス」
『私は、行かなくて良かったのでしょうか?』
「都市セーレなら何の問題もないだろう、それより、イリスにはこっちに来て手伝ってもらわないとな」
俺は、ヤスナを問い詰めるか、妖精から詳しい情報が手に入り次第咲良を助けに行くし。
という、本音は隠しつつ。
『承知しました。それでは、このまま待機しています』
「頼む。ヴァルバッハに着いたら連絡する」
『お待ちしています』
そう言って、通信を終了した。
そういえば、ゲルベルン王国がハインツエルン王国に宣戦布告をしたって話、伝え忘れたな。
†
城郭都市ヴァルバッハ。
王都ゲンベルク、ヘルムント王国との国境、そしてミレハイム王国との国境、その三角の中心にある街で、ゲルベルン王国が誇る、空軍の駐屯地であり、陸軍もかなりの規模で駐留している、守りと攻めの要の都市だ。
そして、勇者召喚が行われ、今も第三王女が幽閉されていると推測される街であり、何の因果か現在咲良がいる街でもある。
馬車で一日半の距離を、僅か2時間ほどで走破したアスドラを労いつつ、城壁を見上げる。
ちなみに、通常の馬車が一日で移動できる距離は、100キロメートル程だ。
城郭都市というのは名ばかりではない。
街全体が城壁と、高い塀に囲まれており、「正規の手段」以外での進入はハードルが高いといえる。
平時なら兎も角、ハインツエルン王国に宣戦布告し戦時となった今は、城門は硬く閉ざされ、その「正規の手段」を使用することは不可能だ。
予めわかっていたことだが、現状、アスドラを連れた状態でこの城壁を越えるのは不可能だろう。
俺たちが中に入った後に無理矢理連れてくるという手段も取ることができるが、それよりは、この場で姿を隠してもらっていた方が安全だろう。
脱出の時に、同じようにアスドラを連れ出す余裕があるとは限らないし。
当面の餌は置いていくが……いざとなれば、アスドラは自分で餌を捕ることが可能な「できる竜」だ。
申し訳ないが、アスドラはしばらく待機だな。
「ぐるるぅ……」
ぐっ、そんな目で見るな。
「キョーヤさん! 何やってるんですか!? さっさと行きますよ!」
ヤスナ……お前、案外冷たい奴だな。
違うか。忍びとはかくありき。そういうことだろう。
彼女にとっては、やっとのことで始まった『仕事』だからな。
既に、仕事モード。そういうことだ。
「『インビジブル』」
【光魔術】インビジブルの効果で、アスドラと餌の姿が消えていく。
勿論、消滅したわけではなく、単に姿と気配を消しただけだ。
「シンシア、アスドラに、妖精をつけてあげてくれ」
「《はいはい。この子は大丈夫だと思うけど? 過保護ねぇ》」
魔物の大量発生もあるしな。
安全策は必要だろう。
まぁ、このあたりの魔物は、アスドラにとって餌にしかならないし、魔物の大量発生で被害が及ぶまでここでボーッとしてるほどアホの子でもないし、過保護といわれれば、否定はできないけど。
「じゃあ、ヤスナ。行ってくる。
『インビジブル』」
アスドラと同じく、今度は俺の姿が消えていく。
皆のあこがれ、透明人間だ。
時間をかければ、ヤスナも自力で忍び込むことができるだろうけど、今は時間がない、
手っ取り早く俺が忍び込んで、中でイリスと一緒に転移で呼ぶことにした。
(ハイジャンプ!)
からの……
(空中飛び! 空中飛び! 空中飛び! 空中飛び! 空中飛び! 空中飛び! 空中飛び! 空中飛びっ!)
と、自力発動でハイジャンプと、空中飛びを発動させつつ、堀と城壁をマックツイストで跳び越え、5回転6回ひねりを決めて着地。
文句なしに10点満点だろう。
インビジブルのおかげでシンシア以外は俺の姿を見ることはできないし、そもそも着地地点の周囲には誰もいないし、動き自体も完全に無駄な動きでしかないわけだけど……
地球でこんなことをしたら、確実に足の骨が砕けるか、関節が大変なことになるだろうけど、この世界では、こうしてたやすく三次元的な高機動戦闘ができそうだ。
さて、人が来ない間に、イリスとヤスナを呼ぶか。
「(シンシア、頼む)」
「《はいはーい》」
こうして、俺たちはゲルベルン王国内部に忍び込むことに成功した。
ヤスナの仕事モード。




