第46話 宣戦布告
ゲルベルン王国への入国方法は、獣人国からハインツエルン王国へ入国した時と同じ作戦でいく予定だ。
一度成功した作戦でもあるし、万が一越境時に問題があっても、俺一人だけなら何とでもなると言うのが大きいかもしれない。
ただし、今回は国境線近くにキャンプを作るのではなく、国境近くの街クルムシェに宿を取り、そこで待機することになった。
もちろん、何かあればすぐにわかるように、妖精は置いてきた。
俺は普通にハインツエルン王国に入国しているので出国自体は問題ないが、徒歩で一人旅など流石に怪しすぎるし、入国時の情報を確認されると、今度は移動速度が問題になるだろう。
と、言うわけで、アスドラに地竜用の鞍を付けて乗っていくことにした。
しばらくは、俺とアスドラ、それにシンシアの三人旅だ。
クルムシェから国境までは、道こそ存在しないが、平原になっていて移動しやすい。
国境線にはしっかりとした城壁が巡らされており、万里の長城に似たそれはクルムシェからでもその姿を拝むことができる
加えて、城門部分には物見櫓が建っているため、城門の位置を確認することが可能だ。
城壁自体は非常に長大で、山岳部分にも張り巡らされているが、門は平原にある門ひとつだけだ。
「よくよく考えたら、こうして直接お前に乗るのは初めてだなー」
「ぐるるぅ♪」
心なしか、アスドラが鳴らす喉の音も嬉しそうだ。
アスドラは揺れなどは全くなく、素晴らしい乗り心地を提供してくれる。
鱗が硬く、鞍を使わず直接乗ることはできないが、それさえなければ鞍も必要ないだろう。
まぁ、鐙がなければ騎乗戦闘は無理だろうけど。
「風とひとつになる! ってこういうことか。バイクの免許を取り損なったのは、残念だったかもなぁ」
自分で走った方が早いと言える速度だが、こうして、人竜一体となって走るのもまた良い物だ。
ちなみに、二輪と四輪の両方で教習所には通い卒業もしているが、校則の関係上、卒業後に本試験を受けるつもりだったので、まだ免許は取っていない。
そういえば、四輪での高速教習ではここまでの感動はなかったな。
やはり、この風を切る感覚というのが大事な要素なのかもしれない。
と、心地よい風を楽しんでいると、シンシアが何かに気がついたらしく目を覚まし、声をかけてきた。
「《なんか、この先に劣飛竜の群れがいるみたい。しかも、人間が乗ってるみたいね》」
「この先って、ハインツエルン王国内か? それとも……」
「《ゲルベルン王国内ね》」
示威行動のつもりだろうか?
度々国境線沿いで、示威行動を兼ねた軍事演習をすることがあるとは聞いていたが……
ミレハイム王国との関係性が微妙な今、あえてここで示威行動……?
まぁ、それより前に気にするべきことは……
「出国できないような事態にならなければいいけど……」
「《そうねぇ、劣飛竜たちが気になるなら、妖精に頼んで見てきてもらうけど?》」
「じゃあ、頼めるか?」
「《任せてー。光妖精と、風妖精でいいかしらね。じゃあ、いってらっしゃい》」
シンシアによって呼び出された妖精が、緑と白の鱗粉をこぼしながら、空へと舞い上がっていく。
何度見ても、幻想的だな。
「じゃあ、ひとまず劣飛竜の群れについてはシンシアに任せて、サクッと国境を越えてしまおう」
†
遠くから見ても長大だった城壁は、近くから見ると一層迫力がある。
「《時々、人間って凄いことするわよねぇ》」
「(シンシアもこういう物の良さがわかるのか?)」
周りに人がいるので、念話で返す。
「《そりゃあ、私がやればこの程度一瞬で作れるけどね。力を合わせて、私たちと同じことができるっていうのは、素直に感心できるわね》」
「(そういうものか?)」
感心するポイントがずれている気がするけどなぁ。
事前情報通りゲルベルン王国へと向かう旅人は少ないらしく、ほとんど待たされることなく俺たちの順番となった。
「はい、次の方どうぞー」
獣人国は出国審査など存在しなかったが、ここでは、出国審査と入国審査は同時に行われる。
つまるところ、ハインツエルン王国側の兵士と、ゲルベルン王国側の兵士両方から、あれこれ質問され、手荷物の確認を受ける。
また、ハインツエルン王国では、商取引許可証を持たず、持ち込む品がある一定数以下であれば関税はかからないようになっているが、ゲルベルン王国に入国する際は、すべての物品に細かく関税がかかる。
このあたりも、ゲルベルン王国が不人気国である理由だろう。
ちなみに、商取引許可証を持たない場合は、ハインツエルン王国内に物を売ることはもちろん、仕入れを行うこともできない。
個人のお土産程度の量なら購入して国外に持ち出すこともできるが、利益が出るほど購入しようと思うと、商取引許可証を取得し関税を支払う必要がある。
ただし、自国の産業である食料や木材こそ関税は高額だが、それ以外に関しては、控えめに抑えられている。
それがゲルベルン王国となると、ありとあらゆる関税が高額となる。
ハインツエルン王国のように、自国の産業を守るために高めの関税を課すというのならまだわかるが、食糧自給率が低いのに、そんなことをして大丈夫か? とも思うけどね。
いや、大丈夫じゃないから、他国に食料援助を依頼しているのか。
持ち物検査といっても、アイテムボックスの中まで見られるわけではない。
魔法の鞄の中身を見せるだけだ。
流石に空っぽだと怪しまれるため、予備の剣として、鉄の剣を1本と、携帯食料、コップなどの生活用品と、3枚ほどの着替えを入れておいた。
まぁ、これでも、荷物が少なすぎると思うのだが、税金を抑えるためにあらかじめ要らない荷物を処分してから、出国審査を受けることは多いそうで、これについては何も言われることはなかった。
それでも、
「入国料、2000リコ、関税が合計で、1万4000リコだ」
提示された金額に驚愕した。
地竜に対する関税が高いとはいえ、幾ら何でも高すぎやしませんかねぇ……?
支払わないと出国できないし入国もできないので大人しく支払うけど、これでは確かに行きたがる人がいないわけだ。
ちなみに、劣飛竜の群れについてはまだ気がついていないのか、出国には何の影響もないと断じられているのかは不明だが、何も言われなかった。
門の中は、特に感慨は湧かなかった。
都市セーレの門の方が豪華に見えるからかもしれない。
ただ、門自体は、木製の門と石製の門の二重になっており、石の門まで閉めてしまえば、守りは非常に堅牢な物になるだろう。
アスドラを引き連れて、さっさと門を抜けてしまう。
ゲルベルン王国は色々と厳しい土地だという話だったが、流石に城門を抜けたらいきなり雪国と言うわけでもないようだ。
って、当たり前か。
ここから、旅を続けていけば、その厳しさを目のあたりにするのだろう。
って、おいおい。
あの劣飛竜の群れ、どんどんこっちに近づいてきてないか!?
流石に物見の兵士が気がついたらしく、狼煙があがる。
あの色が何を表す物かは知らないが、続いてカンカンカン……と警鐘が鳴り響き、城門が閉ざされる。
これで、戻るという選択肢は消えた。
「《恭弥、あの劣飛竜たちが攻撃態勢に入ったわ!》」
「劣飛竜は、地竜と同じで火を噴いたりはできないんだったな!?」
「《ええ、飛龍なら兎も角、劣飛竜には無理よ。羽で突風を起こすか、突撃してくるか……そのどちらかだけど、乗ってる人間が何をしてくるか迄はわからないわ》」
そいつらが魔術を使ってくれば、手の届かない上空から好き勝手にやられるってことか……
マップは紅点で真っ赤に染まり、正確な数を知ることはできないが、恐らく100は超えているだろう。
(まったく……他国の援助に頼っている、貧乏な国じゃなかったのかよ!?)
と、胸中で舌打ちをする。
そして、
(――シンシアと俺の二人で爆撃して、まとめてたたき落としてやろうか?)
という考えが一瞬だけ頭を過ぎるが、短絡的に行動すると後で後悔することになりそうだ。
やはり、ここは三十六計――と行こう。
まず、シンシアは俺に瞬間移動を使うことができないので、緊急脱出は不可能。
そもそも、今から空間をねじ曲げても間に合うかどうかギリギリといったところだろう。
安全そうなのは、影魔術で影に潜って隠れることだが……【炎魔術】等で影を消された場合、いきなり炎の中に放り出されることになる。
俺だけなら、何とかなるかもしれないが……アスドラは無理だろう。
これも却下だな。
「ぐるるぅ……」
アスドラが不安そうにこちらを見る。
大丈夫。見捨てたりしないからな。
シールドを張りながら、アスドラだけイリスたちの所へ送るか?
そんな思考が伝わったのか、アスドラが俺の服を口で引っ張る。まるで、「乗ってくれ」と言わんばかりだ。
俺は、アスドラに飛び乗ると、
「『マテリアルシールド』!
『マジックシールド』!」
と、【純魔術】のシールドを張り、
「シンシア! シールドの強化を頼む! アスドラ、真っ直ぐ突っ切るぞ!!」
と言って、シンシアに魔力を渡す。
「《任せてー》」
と軽く言って、省エネモードから、半顕現状態へと変わり、ミルフィーユのように重ね合わされた全属性のシールドが、俺のシールドの外側に張り巡らされる。
そして、アスドラは、
「ぐぅおおおおお!!」
と雄叫びを上げながら、劣飛竜と立体交差するように真っ直ぐ突っ込んでいく。
――確か、先っぽを尖らせると、速度を出しやすくなるんだっけか……?
「シンシア、シールドの形なんだけど――」
「《あ、はいはい。形を変えればいいのね?》」
皆まで言わずとも、俺の望み通りの形にシンシアの多重積層シールドが変わる。
「まだ何も言ってないんだけど……」
「今は、繋がりが強くなってるから。恭弥がもう少し成長すれば、もっと色々できるようになるわ」
魔術の先生が欲しいと思っていたが、精霊魔術の先生も必要になりそうだな……
やはり、どこかに転がっていない物だろうか……
そうこうしている内、劣飛竜の一部が空中で留まり、大きく羽を羽ばたかせ始めた。
単体では突風だろうが、数が集まればそれは暴風だ。
しかし、シンシアと俺のシールドは風に飛ばされる小石は疎か、その風すら通すことはない。
それどころか、速度が上がる。
シンシアのおかげか、はたまた、アスドラが頑張っているおかげか……
恐らく、その両方だろう。
シンシアのシールドが、向かい風を追い風に変え、それを受けてアスドラが必死に歩を進める。
俺たちに対する被害は、この暴風のみだった。
劣飛竜は、【風魔法】を併用して飛行し、暴風を起こしているらしく、【風魔法】の経験が入ってくる。
暴風に後押しされた残りの劣飛竜は、俺たちのことは意にも介さず、城壁に向かって突撃していく。
もちろん、いつまでも城壁の近くにいたのなら巻き込まれていただろうが、俺たちはすでに影響範囲からは脱しつつあった。
そのおかげか、改めて状況を俯瞰する余裕ができた。
何とか城壁は、劣飛竜の突撃に耐えているようだ。
流石に、木の門は何度か直撃を受けて破壊されてしまっているが、石の門が間に合ったようで、まだ門は破られていない。
「我々、ゲルベルン王国は王の名の下に、ハインツエルン王国に宣戦布告する!!
これは、我らの力の一端である!!」
群れの最奥から、耳を疑う宣誓がなされた。
いや、攻撃を仕掛けている時点で、予想はついていたが……
宣戦布告の前に攻撃するってのはありなのか?
等と考えている間に、城門に突撃を仕掛けていた劣飛竜が空へと引き上げていき、宣戦布告した男のすぐ近くから、強力な魔法が放たれた。
複製された内容から、それが【重力魔法】であると判明する。
【重力魔法】は、劣飛竜が幾ら突撃しても破壊できなかった、城門とその周辺の城壁を易々と破壊していく。
「《【重力魔法】ね。ゲルベルン王国にも、恭弥と同じ人外がいるみたいね?》」
内容に反して、その口調は軽い。
「このまま、しっぽを巻いて逃げるだけっていうのも面白くないしな。敵の顔だけでも拝んでいくか……」
「《あら、妖精たちがきっちり記録してくれているわよ?》」
「まぁ、ここからなら魔力強化で十分顔くらいは拝めるしな。妖精からの情報は後で見るとして、自分の目でも見ておくとするよ」
そう言って、俺は魔力を目に集めた。
■改稿履歴
旧:
俺たちに対する被害は、この暴風のみだった。
新:
俺たちに対する被害は、この暴風のみだった。
劣飛竜は、【風魔法】を併用して飛行し、暴風を起こしているらしく、【風魔法】の経験が入ってくる。
手元の設定と食い違っていたので、修正しました。
旧:
ちなみに、教習所には通い卒業もしているが、校則の関係上、卒業後に本試験を受けるつもりだったので、まだ免許は取っていない。
そういえば、高速教習ではここまでの感動はなかったな。
必死だったと言うのも勿論あるが、やはり、風景というのも大事な要素なのかもしれない。
新:
ちなみに、二輪と四輪の両方で教習所には通い卒業もしているが、校則の関係上、卒業後に本試験を受けるつもりだったので、まだ免許は取っていない。
そういえば、四輪での高速教習ではここまでの感動はなかったな。
やはり、この風を切る感覚というのが大事な要素なのかもしれない。




