第45話 情報収集@冒険者の酒場
遅くなりました。
冒険者ギルド所有の酒場だけは、正直に言ってどこも変わらない。
アルコールに弱い者ならその場にいるだけで酔っ払いそうな程の、アルコールの匂い。
どうでもいい話を大声で話す為、常に騒々しい店内。
その喧噪のおかげで、内緒話もしやすいという利点もあるのだが……
「おーおー若いのに、ハーレム状態たぁ、羨ましいねぇ」
ディアさんに紹介された冒険者パーティーは、既にできあがっていた。
到底上品とはいえない発言に、イリスがピクッと反応したが、酔っ払い相手であることを考慮してか、それ以上は何もない。
まぁ、こっちの方が話を聞きやすいかもな。
情報の信憑性という意味では、問題があるかもしれないけど。
ちなみに、ディアさんたちは酔っ払いの相手は嫌なのか、紹介だけしてくれた後、別なテーブルへと行ってしまった。
当たり前か。
俺だって、事情がなければ酔っ払いの相手なんてゴメンだ。
「で? 何だ? 迷宮攻略について聞きたいんだっけか?」
「はい! 大変な思いをされたと聞きましたので、武勇伝をうかがいに来ました!」
命からがら逃げ出して、武勇伝ねぇ……ヤスナは、酔っ払い相手だと、持ち上げてしゃべらせる傾向にあるな。
まぁ、こういうのは専門家に任せよう。
「そーかそーか、俺たちもBランク冒険者だからな。武勇伝のひとつやふたつ語って聞かせようじゃないか!」
と、上機嫌に話し始めたが、話が盛られている以外には特別新しい情報はなかった。
魔除けの香で完全に守られているのに、「俺の盾を貫くことができた魔物はゼロだった!」だもんなぁ。
「その、魔除けの香を持っていた冒険者について、何か思い出すことはありませんか?」
「そうだなぁ、茶色の狼人族の男で、ぱっと見はいい奴そうだけど、何を考えてるかわからんような奴だったな」
「信用すると裏切るタイプだな、ありゃあ。一般人や、駆け出し冒険者ならともかく、俺たちくらいになると、むしろ警戒の対象だったなぁ」
「それに助けられたんだから、わからんもんだな」
と口々に、その冒険者の特徴を告げてくる。
評判は余りよくなかったみたいだな。
「名前とかってしっていますか?」
「あーなんっつったっけか? あー」
「ガルデとか呼ばれてなかったか?」
ガルデ。
どこかで聞いた名前だな……
「(主様、私を襲った賞金稼ぎパーティーの男の名前が、ガルデです。茶色の狼人族という特徴も一致しています)」
と、イリスが小声で話しかけてきた。
目の前の冒険者パーティーたちは、また武勇伝を語り始めた為こちらに意識は向いていない。
そもそも、騒がしすぎて、イリスの声を聞き取ることができたのは、ほぼ耳打ち状態で話しかけられている俺だけだろう。
ガルデ。
文字が読めずに困っているイリスに、「薬草」という単語を教えることで近づき、盗賊討伐に誘って連れ出し、集団で襲おうとした男。
かつ、炎衰毒にかかっていたあの冒険者パーティーを隠れ蓑に、都市セーレ近郊で好き勝手やっていた男たちか。
迷宮が見つかったのが三ヶ月前。そこから、すぐに攻略が開始され、モンスターハウスの罠にかかったのが序盤だった為、時系列的に見ても問題ない。
問題は、そのガルデという男が、すでにこの世にいないってことだけど。
イリスが持っている魔寄せの香は、賞金稼ぎたちの物だったな……
なるほど、やはりゲルベルン王国と繋がったか……
魔寄せの香の出所が本当にゲルベルン王国だったら……という話にはなるけどね。
「(イリスが持っている魔除けの香も、もしかして賞金稼ぎから奪った物か?)」
「(ええと、元々持っていたものと、奪った物と半分半分ですね……香入れごと奪ってきているので、見分けはつきます)」
それなら、【真理の魔眼】で見てみたら何かわかるかもしれないな。
その後、ヤスナが更にヨイショして、情報を引き出そうとしたが、結局冒険者たちが酔いつぶれるまで、新しい情報が手に入ることはなかった。
†
酒場を出て、宿に向かう。
夕食の開始時間はとうにすぎているが、まだ食べることができるはずだ。
ギルド職員の話によると、料理もおいしいらしいので大いに期待したいところだ。
「魔除けの香を持っていた冒険者の情報がわかったってだけでも、よかったって感じですね!」
「あーその事なんだけどな……」
と前置きし、シンシアに頼んで盗聴を防ぐシールドを張ってもらう。
盗聴対策も万全になったところで、イリスとガルデの話を伝え、イリスがその魔除けの香を持っている可能性と、強化された魔寄せの香を持っていることを告げた。
「サンプルが手元にあれば、時間はかかりますが解析はできますね! 姫様を助けた後になりますが、その魔寄せの香と、魔除けの香について交渉させて下さい!」
何となく、すぐにでも解析した方がいい気がするんだけど……
とはいえ、【真理の魔眼】かそれに近いスキルを持っている所に持ち込まないと解析はできないだろうしなぁ。
魔眼で解析できるとばらしてもいいけど、検証に時間を取られて王女を救出することができないってのも本末転倒だしなぁ。
「イリスの持ち物だから、イリスと交渉してくれ」
「いえ、私の物は主様の物、主様の物は主様の物です」
何その、ジャイ○ンの逆バージョンみたいなの。
「……何にせよ、交渉については了解した」
「本当はすぐにでも調べたいんですが、今は王都もごたごたしていますからねぇ……」
なるほど、王女救出に関しても、助けたくない勢力がいるくらいだからな。
しかも、デルリオ公爵家――現王の弟を隠れ蓑に使っても、冒険者ギルドに喧嘩を売っても、それこそ何とも思わないような勢力が。
政治のことはよくわからないが……確かに、投げっぱなしのまま安心して任せられるってことはないのだろう。
「と、宿についてしまったな。今日の所は食事を摂って早めに休もう。明日には、出発だからな」
と話を打ち切り、シールドを解除して宿の中に入る。
「お帰りなさいませ。食事の用意ができておりますので、ご都合のよろしいときにどうぞ」
武器やら魔法の鞄やらはずっと持ちっぱなしだが、特にそれが問題になるわけでもないので、そのまま食事を摂っていくことにする。
むしろ、部屋に置いておくより持ち歩いた方が安全だろう。
「じゃあ、このまま食べるので、席に案内してもらえますか?」
「承知いたしました」
料理は、コース料理となっており、メインディッシュを魚か肉かで選べる以外は全員同じのようだ。
都市セーレの宿とは違い、コース料理らしく、前菜から始まって、最後はデザートまでハインツエルン王国の素材を楽しめるようになっている。
なるほど、長期滞在用の宿というよりは、観光ホテルに近いらしい。
長く滞在する冒険者はいないらしいし、旅の商人は何を況やだ。客単価を上げるしかないということだろうか。
前菜は、薄く切ったパンの上に、レバーのペーストが乗った物だ。
ミレハイム王国では、魔物食材が多く食べられているが、ここ、ハインツエルン王国は普通の畜産物が多く食されている。
このレバーも、養殖されている鳥のレバーのようだ。
次は、サラダ。
野菜は、ここヘルムントでも多く栽培されており、とても新鮮だ。
保存技術が未発達なこの世界では、輸出する際には加工することになる。
加工してしまうと、塩漬けになったり、乾燥させたり、酢漬けにしたり……と味よりも保存期間優先になってしまうので、こうして現地で生の野菜を食べるのはある種の贅沢なのかもしれない。
ブーケレタスのような葉っぱに、ベビーリーフが散りばめられているが、もともと、ベビーリーフなど余り食べたことがないため、地球に似たものがあるのかどうかもよくわからない。
しかしながら、適度な苦みと、強すぎない香りは、酢と油、それに塩胡椒だけの単純なドレッシングにぴったりと合う。
スープは、野菜のポタージュだ。
丁寧に裏ごしされたスープは、元の野菜が何であったのかを知ることはできない。
こちらは、製法について少し説明があり、
「一度、野菜を【氷魔術】で冷凍し、粉々に砕いてポタージュにしております。もちろん裏ごしもしておりますが、このスープの食感を出しているのは、主にこの冷凍のおかげです」
とのことだった。
そして、パンで口直しをした後は、待ちに待ったメインディッシュだ。
俺は、名物料理だという、魚料理を選んだ。
というか、全員魚を選択した。「名物料理でおすすめだ」と言われると、魚を選択したくなるのが人情だろう。
さて、その魚料理だけど……
味はイワナに近いが、鯛のように切り身で供される。
恐らく、大きさも鯛と同じくらいだろう。
ソテーされ、白いソースとハーブが添えられている。
骨は丁寧に取りのぞかれ、スプーンで食べることができるくらい柔らかい。
それが、やや酸味がかったソースとよくあっている。
俺が、料理コメンテーターならもう少し気の利いた台詞を言えるのだろうが……
気がつくと、魚は皿から消えていた。
もう少し食べたい。そう思わせる量がみそなんだと思う。
そして、デザート。
これは、残念なことに、先ほど行ったフルーツパーラーから仕入れているらしく、同じ内容だった。
ただし、今回は少量ずつ全種類を盛り付けられているので、女性陣は嬉しそうだ。
くっ……コーヒーが飲みたい……
未だに、コーヒーを手に入れる算段はついていないんだよなぁ。
お茶も好きだからいいけど、どうしても物足りなく感じてしまう。
そうして食事を摂ったあと、フルーツキャンディを貰って個室へと向かったのだった。
後半、ご飯食べてるだけで終わってしまった……




